神魔戦記 第六十章

                  「過去との決着(W)」

 

 

 

 

 

 祐一は緩やかに息を吐いた。

 身体の鈍痛は抜けない。正直、この状態で戦うのはよろしくない。

 だが、今回はそんなことを言っていられる相手ではないのだ。

 過去との決着のため。これからを進むためにも。

 自分が、自分の手で倒さなくてはいけない相手だ。

「・・・・・・」

 祐一はふと周囲を見やった。

 ここはカノン王城内。玉座の間。

 そう、潤や宗采、そしてリリスと戦った場所だ。

 天井は所々崩壊し、床や壁も穴が空いている。リリスとの戦いで覚醒を使った余波がまだありありと残っていた。

 しかし、祐一はこの場を闘いの場に選んだ。

 ここが一番妥当だろうと思った。

 まだ正式なものではないが、自分はこの国の王となった。ならば、王として迎えた者たちと同じ場で戦いたい。

 だから祐一はここで待つ。自分の敵を。

「―――」

 無言のまま、剣を抜く。

 その程度の動作で痛む腕に失笑しながら、祐一は前方、半壊した扉の方を見やった。

 来る。

 祐一をして汗を垂らせるほどの、濃密な気配を纏った者が近付いてくる。

 扉の影から見えてくる影、その姿は遠くとも、すぐにわかった。

 幾度と見た悪夢の立役者だ。忘れろと言っても早々忘れられるものではない。

「その姿、いままで忘れることなどなかった・・・。ホーリーフレイム総帥、ジャンヌ」

 言えば、ジャンヌは無表情のまま扉を越えて、こちらの前方約十メートルという地点で動きを止めた。

「・・・相沢祐一、か。あの頃は取るに足らん存在だったが・・・なるほど。確かにあの頃からは成長したようだ。だが―――」

 ジャンヌも腰から剣を抜き放った。切っ先を向け、

「お前の父は、もっと強い気配をしていたぞ」

 だろうな、と祐一も頷く。

 あの状況であるとはいえ、父を打ち破った者だ。覚醒なしで敵う相手ではないことはわかっている。

 それに・・・その剣、父を打ち破った頃の剣と同じものだ。

 全てはあのときの光景のまま、ジャンヌはそこにいる。

 だが自分は変わった。

 身体的にも、精神的にも・・・いろんな面で。

 だから、・・・戦える。

「全力でいくさ。俺は・・・お前相手に手加減などしない」

 戦おう。これまでを終わりとし、これからを迎えるために。

 小さく息を吸い―――眼を見開く。

「―――俺は、お前を倒す!」

 覚醒。

「!」

 刹那、強烈な魔力の波動が祐一を中心に迸った。

 瞳が黄金に輝き、背には白黒の対の色を持つ翼が出現する。

 だが・・・、

 ―――やはり、きついか・・・!

 以前の覚醒から中二日。

 いままでこれだけの短期間で覚醒を使用したことはない。

 不安はあったが・・・やはりそれは正しかったようだ。

 ただでさえ痛みを伴っていた身体が悲鳴を上げる。加えていつもより魔力の上昇を感じない。

 なにもかもが不完全だった。

 だが―――引けないのだ、この戦いは。

 ―――やるしかないだろう!

 気合を込める意味でも自らの身体を叱責し、祐一は前を見る。

「なかなか辛そうな顔をしているな、相沢祐一。・・・やはりこの国を落とすのは容易でなかったと見える」

「・・・っ」

 ジャンヌほどの者が、やはり気付かないわけがないようだ。

 ジャンヌは失笑を浮かべたまま剣を構え、

「だが、それもまた全て含め貴様の実力だ。そして私は・・・魔であるお前にそんなことで容赦は―――せん!」

 跳んだ。

「くっ・・・!」

 予想以上に速い。あれだけあった距離が一足飛びで詰められる。

 ・・・いや、その速さ。確かに予想以上に速かったとは言え、真琴に比べればまだ遅い。

 真琴の最高スピードあろうと覚醒時の祐一なら見切ることができる。それができないということは、

 ―――やはり魔力だけでなく、身体能力も思った以上に上がっていない・・・!

 地を蹴り、右側の翼だけを動かすことで強引に身体を剣の振られる方向へと押し流す。

 だが、完全回避には遅い。その剣先は、わずかにだが祐一の腹を刻み込んだ。

「づっ・・・!?」

 かすっただけだ。それなのに祐一は強烈な痛みを腹に感じた。

 それはもとからある体の痛みのせいなのか。ジャンヌの持つその剣の効果か。

 いや、おそらくは両方だろう。

 ジャンヌの剣は明らかに他のホーリーフレイムとは異なり、精巧かつ特別な雰囲気を携えている。

「聖剣ヴァルシオン。浄化の能力を宿し、魔族には通常以上のダメージを与える光の剣だ。効くだろう?」

 祐一の視線に気付いたのか、ジャンヌはそんなことを言いながらさらに一歩を踏み込んでくる。

 振り下げから振り上げの一撃が来る。それは剣で受け流し、祐一はなんとか距離を稼ごうとする。

 この身体での接近戦は自殺行為に等しい。

 四、五度の斬り合いを繰り返し、祐一は強く退き下がる。それを追わんとするジャンヌに対し祐一は手を掲げ、

「『覇王の黒竜(アルディアス・アルブラスト)』!」

 闇の上級魔術を無詠唱で放った。

 さくらほど魔力コントロールは上手くない。もちろんこの状況下のその行為は自分の身を更に痛みつけることになるが、詠唱している暇などない。

 一直線上に闇の波動が飛ぶ。しかしジャンヌは失笑を浮かべた。

「魔力が乗っていないぞ。こんな空っぽな魔術、魔力付与するまでもない」

 言うが早いか、闇の波濤はヴァルシオンの一振りによって消し飛ばされてしまった。

 ヴァルシオンが強い剣、というのもあるだろう。しかし、おそらくはジャンヌの言うように魔力が乗りきれていないに違いない。

「はぁ!」

「くっ!?」

 剣と剣がぶつかり合い、火花を散らす。

 祐一の剣は対リリス戦で半壊した剣に変わって新しいものだが、あの剣よりも若干劣る。これしかなかったのだ。

 対してジャンヌの剣はしっかりと加護の入った正真正銘の聖剣。たとえ魔力付与していようとも、競り負けるのは道理だった。

 剣戟が響く。押すのはもちろんジャンヌだ。

「っ・・・!」

 まずい、と祐一は打ち合いながら思考する。剣の格が違いすぎる。あと数合もすればこの剣は耐え切れず破砕するだろう。

 剣なら光の剣もあるが、光属性の聖剣である以上、差は歴然だ。この剣以上に軽く破壊されるに違いない。

 かと言って陰陽の剣なんて現状では使えるかさえ疑問だ。

 ならば距離を取っての魔術戦しかないのだが・・・、

 ―――そんな暇が、ない・・・!

 身体の激痛も相俟って、迎撃がワンテンポ遅れている。それでも持っているのはこれまでの経験による条件反射に近い。

 これで隙を見つけ距離を取るなど、難しい。

 普通この状態なら片手でも相手を圧倒するほどの力が出るのだが・・・いまは両手で受けていてもこちらが押されている。

「ふっ・・・、考え事とは余裕だな!」

「!」

 地面を這い上がってくるような振り上げの一撃がやってくる。いままで以上に力の込められた、渾身と呼ぶにふさわしい一撃。

 剣自体が耐え切れるだろう限界まで魔力付与して、受け止める、が、聞こえてくるのは鉄の破砕音。

「っ!」 

 剣が―――持たない。

「ぬおぉぉぉ!」

 剣が破砕される一瞬、その反発作用を利用して思い切り体を反らす。かわせるかどうかの思考など無視。そうしなければ死ぬだけだ。

 ザクッ、と肉を絶つ音が右側から聞こえた。ワンテンポ遅れるようにして胸から右肩にかけて熱が走る。

「―――」

 だが、それを痛覚だと脳が判断するより刹那早く祐一はその場を翼を利用して大きく退いた。

「いまのをかわすか。まぁ・・・それくらいではないとな」

 剣をゆっくりと下ろし、ジャンヌは追うことなくその場に佇む。

 余裕が、満ち溢れていた。

「ちぃ・・・」

 やはりあの剣での一撃は効く。自己再生を遅くさせる能力もあるのか・・・はたまた自分自身の自己再生能力が落ちているのか。

 どちらにしろ傷の回復が極端に遅いことには変わりない。

 ただでさえ鈍い身体が、血を失うことによって拍車が掛かる。

 ―――そう、長くは持つまい。

 身体もそうだが、そろそろ覚醒の残り時間も少ない。

 ならば、・・・次の一手が最終手だ。

「来るか、相沢祐一」

 こちらの雰囲気を察したのか、ジャンヌがやや表情を固めて問う。

 それに返事はせず・・・祐一は態度こそ答えだと言わんばかりに腰を落とした。

 魔力が集う。いままでとは違う、圧倒的な魔力が祐一の腕に集約されていく。

 ジャンヌは動かない。こちらの動きを邪魔するつもりはないらしい。

 余裕な態度だ。だが、

 ―――それも良いさ!

 ならばこの一撃に全てをかけその余裕すらも消し飛ばすだけだ。

 金色の瞳が一際強烈な輝きを放ち、背の翼が、それぞれの色を強めた瞬間、

 

光と闇の二重奏(アルティメット・デュエット)”!!

 

 対である闇と光の古代複合魔術が咆哮を上げた。

 一瞬の間、闇と光は互いを飲み込み消滅し合う。が、刹那の次にそれはあり得ざる力となりて発現をし、ジャンヌを飲み込まんと突き進む。

「なるほど。魔族七大名家の姓は伊達ではないな。対となる二属性の複合魔術か。ならば―――」

 迫る無の象徴を前に、しかしジャンヌは怯えることもせず悠然と剣を中空に掲げ、

「―――私も必殺の一撃を持って、貴様の技と自信とその命、打ち砕いてやろう!」

 魔力が紡がれる。祐一のものとすら遜色ないほどの高圧な魔力が聖剣へと集う。

 全ては光。その煌きとも呼べる一刀を持って、一閃と成す!

 

浄化を担う光の波濤(ヴァルシオン)”!!

 

 光が、その名のとおり波濤となって空間を染め上げた。

 その光はまるで大波。全ての悪しきを覆い飲みつくさんとする断罪の業波。

 この城一つを優々半壊させるほどの魔力を編み込まれたそれらは、互いを激突させ、空間をすら歪ませる。

「ぐぅ―――!?」

 空間を撓ませる衝撃に、祐一ですら思わず呻きを上げる。

 だが、駄目だ。ここで少しでも力を抜けば・・・押し負ける!

「あ。あ。あぁぁぁぁぁぁぁああぁああぁぁあぁあ!!!」

 持ちえる魔力、全てを叩き込み押し込む。身体の節々が限界だと悲鳴を上げているが、無視だ。

 魔術回路が壊れる。無視。筋肉の筋が断ち切れる。無視。眼球が割れそうに痛む。無視。

 無視、無視、無視、無視、無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視無視!

 全て無視。そうでなければ、

 ―――ここで終われば全てが終わる!

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ―――っ!!」

 だが、

「・・・・・・っ!?」

 押される。

 現状の自分の全力でなお、徐々に押されていく。

 流されそうになる身体を必死に持たせようとするが、駄目だ。限界を突破した身体に、踏ん張りが効かない。

 一度押されれば、止まることなどない。“光と闇の二重奏”はジャンヌの“浄化を担う光の波濤”に押し流される。

「くそ・・・!」

 そして―――“光と闇の二重奏”が完全に消し飛ばされた。

「―――――――っ!?」

 光の波に、祐一が飲み込まれる。

 

 

 

「・・・ふむ存外にしぶといな」

 ジャンヌは目の前、わずかに下を見る。

 ぶち抜かれて青空を覗かせる壁の手前、巻き上がる粉塵の中に倒れている祐一の姿がある。

 しかし、生きている。ほぼ虫の息に近いが、その胸は確かに上下していた。

 覚醒時の魔術抵抗が高かったのだろう。

 とはいえ、その覚醒ももう解けている。魔力の消費が高すぎたのか。はたまた時間がなかったのか。

 が、そんなことジャンヌの知るところではない。ジャンヌはヴァルシオンを片手に持ったまま、そのそばに移動する。

「だが、これで終わりだ」

 剣を掲げる。このまま心臓目掛けて突き立てればそれで終わりだ。そうして剣を振り下ろそうとして、

「だめ―――っ!」

 脇からやって来た光の一撃がそれを邪魔した。

 なんだ、と視線を巡らすその先。そこには二人の少女がいる。それは・・・、

「み、観鈴・・・有紀寧・・・!?」

 呻くように呟いた祐一の言葉にジャンヌは頭を振った。

「なるほど。あのクラナドとエアの王女か・・・。どうやら無理やり連れてこられた、というわけでもなさそうだな」

 なぜなら二人のジャンヌを見る目は、助けに来たものを祝福する目ではなく、明らかに仇を見るような目だからだ。

「・・・何を、やっている・・・!? こんなとこ・・・ろ、に・・・来る、なんて・・・!」

「だ、だって祐くんが危ないから・・・だから・・・!」

 観鈴に続くようにして有紀寧も頷く。二人の膝は笑っているが、それでも心だけは負けまいと奮闘しているのが見て取れた。

 そして、ジャンヌはその会話を聞いていて、ふと笑みを象り、

「ふっ・・・。温いな。全てが温い」

 そのままに歩を進める。・・・祐一を越えて。

 向かう先は・・・もちろん二人の少女が立つ場所だ。

「ま・・・待て!?」

 腕を伸ばそうとする。だが祐一の身体は身体どころか、腕すらまともに動かない。

 静止の声にジャンヌは肩越しに失笑だけを返し、ただ歩を進める。

「人間族と神族の王女ともあろう者が穢れし魔を庇うなど・・・。あってはいけないことだ」

 歩を止める。その距離およそ七メートル。ジャンヌなら一瞬で詰められる距離だ。それだけを残し、ジャンヌは剣を掲げる。

「この後、クラナドやエアにはこう言っておこう。・・・二人の王女は既に魔族に殺されていた、と」

「よせ・・・!」

「貴様はそこで黙ってみていろ。そして嘆くが良い。そうして泣き叫ぶのも・・・魔の醍醐味だろう?」

「貴様・・・っ!!」

 ヴァルシオンに光が集まる。それは先程の十分の一程度の規模のものではあるが、それでも二人の少女を消し飛ばすには十分な魔力。

 祐一がそれを止めようと這いずって来る。だが、遅い。そんな動きでは、何をしようと無意味だ。

「逃げろ、逃げろ二人とも・・・!」

 だが二人は動こうとしない。―――否、動けない。

 ジャンヌから自分たちに向けられる圧力に、身体が言うことを聞かないのだ。

 くっ、と祐一が呻く。

 また自分は守れないのか。

 母を殺されたときや、父を殺されたときのように何もすることができず見ていることしかできないのか。

「くそ・・・!」

 しかし身体は動かない。動いてくれない。覚醒が解けてなお意識があることすら奇跡なのだが、それでもそれ以上を望んでしまう。

 動け。

 ―――いま動けないでどうする・・・!?

「くそっ!!」

 どれだけ自らを罵倒しても、やってくるのは痛みだけだ。口からは血が吐き出され、骨は軋みを上げ、肉は断絶する。

 動けるわけがない。人間族なら既に死んでいてもおかしくない身体なのだから。

 ―――だからどうした・・・!

 それでも這う。這ってでも、止める。そうしなければ、自分が、自分の戦ってきた意味が、そしてこれからが・・・!

「届かないさ。だから、見届けろ。・・・これがお前の結末だ」

 冷たい声が、耳を穿った。

 剣が、下ろされる。

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 光が奔った。

 それは一直線に二人を焼きつくさんと突き奔る。

 その二人は動けない。ならばこの光は必殺であり、

「・・・!」

 二人の身体が光に包まれ―――、

「!!」

 光の放流が、激突した。

「・・・なに?」

 だが、ジャンヌは眉を歪めた。

 おかしい。なにがおかしいかと言えば、目の前の光景全てがおかしい。

 自分の放った光の一撃。それは確かに先程祐一に放った一撃を大きく下回るが、人二人など楽々消し飛ばせるほどの魔力量を持っていたのだ。

 それが貫通せず、激突(、、)

 注視する。その光の波動を邪魔立てする何かを見極めんと視線を強くし、

「!」

 そこにいた。二人の王女を守るかのようにして立つ、一人の男の姿だ。

 祐一か、と一瞬思ったが違う。祐一の気配は背後にあるままだ。

 ならば誰だ、と思った答えは、祐一の驚愕の声によって判明する。

「・・・北川、潤!?」

 そう、それは北川潤。この国の本来の次期国王であり、王子だった者だ。

 その潤は、残った右腕を前に翳し、その光を受け止めていた。

「なに・・・やってんだよ、お前!」

 光を睨み付けながらの潤の言葉は、祐一に投げかけられたものだ。

「なに、倒れてんだ、お前・・・そんなところで!!」

 潤は一瞥をくれ、

「そんな暇・・・お前にはないだろう!? お前は俺の思いを簡単に断ち切って、さらには俺の親父を倒した男だぞ!?

 王子としての俺の思いを上回ったんだろう!? 王としての親父に打ち勝って、お前はこの国の新しい王になったんだろう!?

 ・・・だったらそんなとこで倒れてるんじゃない! お前にはすべきこと、守るべきものがあるはずだろう!?」

 好き勝手言ってくれる、と祐一は思う。

 限界はもう突破した。身体はもうどれだけ動けと願ってもわずかにしか動いてくれない。

 ここからはもう精神論じゃどうにもならない領域だ。これ以上は―――、

「お前は、俺の親父と戦って何を思った!?」

「!」

「その剣を受け、お前は顔を強張らせたな・・・。重かったんだろう、その一撃一撃が!

 親父はな、本当は動けるような身体じゃなかった! 医療魔術師からはもう一歩も動けないだろうとまで言われていたんだ!

 そんな親父がなぜ動けたと思う!? ・・・それが背負う物の強さだからだ!

 俺にはない高みだ。だが・・・同じ王になったお前にはわかることじゃないのかよ!?」

 そう。あの剣を受けたとき、確かに祐一は押されていた。

 それはその剣戟が、重く、強く・・・。そして多くの想いが込められた一撃だった。

 最初から感じていた、魔力の希薄さ。・・・あれだけの生命力でなお、あれだけの攻撃を繰り出した宗采。

「立てよ・・・! お前は俺の思いを上回るほどの思いを背負っていたんだろう!?

 ならこんなとこで挫けてるんじゃない! お前は・・・俺を倒した男だぞ!」

「北川・・・潤」

「助けはこれ一度だけだ・・・! あとは自分で守れよ・・・っ!」

 光を受けながら潤が一歩を進める。

 おかしい。

 北川潤とは、永遠神剣の加護を受けて初めてあれだけの力を持っていたのだ。

 永遠神剣なき今、ジャンヌの一撃を止める術など潤にはないはずだ。

 しかし、潤は腕を翳す。その握り締めた拳の中から、わずかにだがジャンヌのものとは違う輝きが見えた。

「なぁ、聞こえてるか・・・『誇り』」

 そう。その拳の中には、祐一と戦ったときに砕け散った永遠神剣『第四位・誇り』の、マナに還らなかったわずかな欠片が握られていた。

 それのわずかな加護を持って、潤はその一撃を抑え込んでいる。

 とはいえ、微々たるものだ。ジャンヌの攻撃を跳ね返すなどもってのほかであり、また防御ですら厳しいような、その程度。

 しかし潤は受け止めている。右腕が熱により皮が剥け、血管が破裂。そうしてボロボロになっているにも関わらず潤は腕を下げない。

「お前とは、随分と長い付き合いだったな。いや、お前からすれば短い付き合いか・・・?

 まぁ、それだけ俺が不出来な主だったってことだな」

 苦笑し、でも、と続け、

「悪いな。付き合ってくれ。・・・これで最後だから」

『・・・・・・』

 わずかに、聞こえた『誇り』の声。なにを言ったのかすら明確ではないその声だが、なんとなくなにを聞いたのかはわかる気がした。

 伊達に長い間、共にいたわけじゃない。

 ―――お前の、いまの誇りとは何だ。

 おそらくそう聞いたのだろう。

 だからこそ、潤は笑みを浮かべ、

「俺の誇りは・・・この国を守ること。そして・・・俺たちの想いを受け継いだ者へ、生き様を見せること!!」

『・・・・・・』

 わずかな返答。やはり聞こえないが、それでも潤は頷いた。そして、

「『誇り』よ! これが最後の―――、一撃だぁぁぁぁぁぁぁ!」

 叫び、マナが集束する。それを持って一撃と成し、

オーラフォトンレーザー!」

 二つの極光が、激突した。

「「!」」

 一際強烈な輝きが場を支配し、同時、爆音が鼓膜を振るわせた。

 巻き上がる粉塵。そこにどちらの光もない。そして・・・、

「北川王子!?」

 北川潤は、その両腕を失くしてその場に倒れていた。

 駆け寄るのは有紀寧だ。有紀寧は潤の身体をわずかに抱え、その顔を見下ろす。

「北川王子・・・」

「・・・宮沢・・・有紀寧王女・・・ですか? あぁ、会うのは・・・初めて、ですね・・・」

 結婚を約束されていた二人。潤は力ない苦笑を浮かべ、

「はは・・・。まさか、こういう形で会うことになるとは思いませんでしたが・・・えぇ。あなたを守れて良かった・・・」

 潤の身体に力はない。抱える腕からはみるみる熱が引いていく。

 魔力感知に疎い有紀寧ですらわかるほどに魔力の波が小さくなっていく。

 その事実に、有紀寧は小さく肩を震わせた。

 北川潤は、・・・死ぬ。

 外傷からのものではない。過剰な魔力の消費。それによる体内の魔術回路の崩壊。

 永遠神剣の加護をろくに受けていない潤では、先程の一撃は自らの身を大きく超えるものだった。

 魔術回路は耐え切れず、制御し切れなかっただけの魔力が潤の身体を内部から破壊した。

「・・・あ」

 有紀寧は何かを言おうとして口を開き、しかしそれ以上の言葉は出なかった。

 何を言って良いのかわからない。

 初めて出会った。もちろん北川潤という人物は有名であったし、その話は何度も聞かされていたが、こうして面と向かうのはこれが最初だ。

 だから、わからない。何を言いたいのか。何を言わねばならないのか。

「なんで、泣きそうな・・・顔を、しているんですか?」

「・・・わたしたちが、出てこなければ・・・あなたがこんなことをする必要もなくて・・・それなら―――」

 死なずに済んだのに。

 そう言おうとして、しかし言葉は紡がれない。潤が首を横に振ったのだ。

「これは・・・・俺の誇りです・・・。誰であろうと、目の前で・・・人を殺されるのは、嫌ですから・・・」

「でも・・・!」

「それに・・・あなたは、あの相沢祐一が好きなんでしょう?」

 有紀寧の動きが止まる。それに対し潤は笑みを浮かべ、

「良いじゃないですか。・・・あなたはこれからのこの国を王妃として支えていくのでしょう・・・?

 なら、死ぬわけにはいかない。・・・だから守った。俺は、そういう男ですよ」

「北川王子・・・」

「良かった。決められた結婚ではなく・・・あなたが進むべき道を自分で見つけられたこと・・・俺は、嬉しく思います」

 潤は、ゆっくりと首を横に向ける。その動きですら既に散漫で、もう・・・長くは、ない。

 向いた先は、祐一だ。いまだ倒れている祐一と視線を合わせ、

「・・・戦えよ。お前の思いと、誓いと、守るもののために・・・」

「・・・北川・・・潤」

「俺に勝ったんだ・・・。こんな、ところで・・・負け、る・・・んじゃ・・・な・・・い・・・ぞ・・・」

 首が、力なく項垂れた。

 遠目からでも、わかる。魔力が・・・消えた。

 北川潤は―――死んだ。

「ふっ。愚かな・・・愚かな人間ばかりだな、ここは! 魔など、全て滅ぼさねばならぬ悪でしかないというのに!

 思いだと!? 誓いだと!? ふざけるな! 北川潤という王子がこんなだから・・・カノンはこうして魔へ堕ちたのだろうさ!」

「やめてください!」

 ジャンヌの嘲笑めいた言葉に、しかしそれ以上の迫力を持ってかき消す者がいた。

 有紀寧だ。有紀寧はその表情に隠し切れぬ怒りを携え、

「北川潤王子は王子の使命と、自らの誇りを持って散ったのです。・・・死者を愚弄することは許しません!」

「許さない? はっ、許してもらう必要などないさ。魔に屈した王子など、死んでしかるべきだろう?」

「・・・あなたは!」

「・・・む」

 不意に、有紀寧の身体から魔力が迸った。

 それは有紀寧の怒気によって発現したものであり、有紀寧のコントロール下にはない。

 それはジャンヌからすればまだ矮小であるが、だがそれでもそんじょそこらの者よりもはるかに強力な魔力の波動だった。

「・・・なるほど。長男でないとは言え、やはりクラナドの王家の者か。力はあるようだ。だが・・・コントロールはできまい!」

 ヴァルシオンが光を帯びる。そうしてまた破壊の光が放たれようとして―――、

「!?」

 突如空間を支配した強烈な気配に動きが止まった。

 慌てて振り返る、その先。

 いる。

 先程まで虫の息だったはずの・・・相沢祐一が、立ってそこにいた。

「有紀寧。観鈴。・・・離れていろ」

 その言葉に、嬉しさと心配そうな表情をない交ぜに浮かべた二人が距離を取っていく。だがそれにジャンヌは反応すらせず、呆然と呟く。

「・・・馬鹿な。たとえ傷が治ろうともズタズタになった体内でそう簡単に動けるはずが・・・」

「別に傷なんか治っちゃいないし、お前の言うとおり中もボロボロさ」

 そう。覚醒の解けた状態の祐一の自己再生能力は魔族で言えば並みのレベルだ。聖剣で付けられた傷を治すにはまだ時間がかかる。

 加えて、過度な魔力行使による内部の傷も大きい。いまだって立っているのが精一杯だ。

 だが、

 ―――いま、俺は立っている。

 さっきまでは立てもしなかったのだ。だからいまは立つだけしかできなくてもすぐに、

 ―――動けるようになるさ!

 動いて、この敵を倒さなくてはならない。

 命懸けで教えてもらったことがある。一度はこちらが圧倒した相手に、しかし教えられた事だ。

 背負うものがある。しかし、それは国王になって・・・復讐を果たせば減るものではない。

 逆。増えるものなのだ。

 手に入れた大きなもの。それを、自分はあの重い剣戟の向こうに見たはずだ。

 なら、倒れている暇などない。

 それを背負い、そして進むためにはこんなところで立ち止まってなどいられない。

 進め。

 これを倒し、スタート地点に立て。

 限界? いや、まだのはずだ。

 あの頃、まだ光と闇の魔術を行使するために修行していたときも奴は言った。

『限界を勝手に決め付けるのは良くない。あなたの限界はもっとずっと先・・・。いまのあなたではまだ見えないはるか遠くの先にある。

 きっとあなたが生きているうちには辿り着けないような先。・・・だからあなたが生きている限り限界なんていうのは届かない』

 悔しいが、あの人物の言うことはどれも正しいのだ。

 ならば、これが限界のはずがない。

 枠を超えろ。殻を破れ。

 自分が限界だと思い込んでいる『偽者の器』を破り捨てろ。

「・・・いけるはずだ」

 いや、いかねばならばい。

 潤と宗采から受け継いだものがあり、そして守らねばならぬ存在がある。

 どちらも重要で、どちらも手にするためには―――、

「いくだけさ!」

 北川潤を一瞥する。そこで全ての思考をシャットアウトし―――ただ、吼えた。

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 魔力が途切れ途切れに出現する。

 具現されない。それだけの魔力は既になく、魔術回路はこれ以上は無理だと悲鳴をあげる。

 だが、やめない。祐一は自らの奥の奥の奥まで意識を埋没させ、自らを呼び起こさんと咆哮する。

 激痛など通り越した。下手すれば痛覚だけで死ねるのではないかと思えるほどの熱が体中を駆け回る。

 止めろ。

 進め。

 止めろ。

 進め。

 止める。

 進め。

 本能と意識が交錯する。本能は執拗にそれ以上はやめろと叫んでいるが、意思を持ってそれを無視して突き進む。

 そして、

「!」

 一瞬の暗転とともに、身体は破裂した。

「なっ・・・!?」

 ・・・否、破裂したのは魔力だ。内側から発せられる魔力は、先程を超え・・・通常時の覚醒すら上回る。

 目を見開くジャンヌの前方、再び金色の瞳と明暗の翼を出現させた祐一がいる。

「・・・あぁ、そうだ。限界などない」

 視界が揺れる。意識が落ちようとする。

 一日に二度目の覚醒。限度を超えた魔力行使。

 だが、祐一はいまはもう柄しか残っていない剣を振り上げた。

 痛みはない。既に痛覚など麻痺している。身体を動かしているという自覚すら当に失せた。

 ある意識は一つ。

 これからの始まりとして、ジャンヌを倒すことだけ。

 剣を中心に闇の魔力と光の魔力が流れ合い、紡がれ、構築される。

 その魔力量、先程の比ではなく―――、

「ジャンヌ! これで・・・終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 絶対の思いを持って、一撃を放った!

 

光と闇の二重奏(アルティメット・デュエット)”!!!

 

 行く。

 全てを無へといざなう、究極の一撃が、黒と白を成して目の前にあるもの全てを消し去らんとただ突き進む。

 ジャンヌは慌てた動作でヴァルシオンを振り下ろし、

 

浄化を担う光の波濤(ヴァルシオン)”!!

 

 一帯を照らしあげる極光を放った。だが、

「・・・!?」

 比ではない。その大きさ、魔力量。全てにおいて下回る“浄化を担う光の波濤”が、“闇と光の二重奏”に敵うわけがない。

 飲み込まれる。

 光はただ圧倒され、まるで何事もなかったようにそれは止まらない。

「おのれ・・・!」

 ジャンヌは全ての魔力を注ぎ込み、ヴァルシオンで防御体制を取る。

 しかし―――、

「貴様がどれだけの魔力を込めようと―――この一撃は止まらないっ!!」

 母を殺され、父の元へ辿り着いた。

 その父も殺された。

 復讐を誓い、戦ってきた。

 仲間を得て、友を得て、ここまで辿り着き、思いをぶつけ、退けて、そして未来への一歩を踏み出そうとしている。

 しかしまだ付いていない過去との決着。

 だが、・・・だが、これで―――、

「決着だっ!!!」

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――っっっ!!?」

 ジャンヌの魔力、全てを込められた聖剣ヴァルシオンが、破砕する。

 そして闇と光を担いし一撃は突き進み、その一撃は、ジャンヌを飲み込み、城を突き抜けて、空を切り裂いた。

 ・・・その途中で北川潤の屍も巻き込んで。

「・・・ありがとう」

 ただそれだけを呟いた。あとは、・・・これから示すことだ。

「・・・・・・」

 魔力が消失する。

 目の前に残るものは何もない。

 二度目の覚醒が解け、身体はゆっくりと仰向けに倒れこむ。

 見えるのは半壊した天井から覗く空。

 薄れ行く意識の中で、

「・・・・・・終わった、な」

 呟きは、見上げた青空へと吸い込まれた。

 

 

 

 あとがき

 ・・・はい、神無月です。

 カノン王国編最終決戦、終了。盛り上げようと思っていたんですが・・・はてさて、どうでしたかね。

 最終話はこの後のお話ですね。

 キー大陸編の前振りでもありますが、まぁ、緩やかな感じですので。

 では、また。

 

 

 

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