神魔戦記 第五十九章
「過去との決着(V)」
カノン王国各地で発生する戦いは、徐々に祐一たちが押されだしてきている。
最初こそ南側だけに留まっていたホーリーフレイムは徐々に東、西に入り城を越え北にまで侵攻し始めていた。
北側。
「敵をこれ以上北に来させちゃ駄目だよ! これより向こうは人が一杯住んでるんだから・・・!」
「わかってるけど・・・このままじゃいずれ突破されるわ!」
「泣き言を言うとは留美らしくありませんね。・・・とはいえ、確かにこのままではいずれ突き崩されますか・・・」
さくらは留美とシオンと数十名の祐一の部下と共に北側で防衛線を張っていた。
ここから先はカノン王国で最も人が多く住むエリアだ。これを突破されればさらに被害が大きくなってしまう。
だが、いかんせんこちらは全員合わせても百に満たない。対して向こうは倒しも倒しても現れてくるのだ。
いくらさくらや留美、シオンが奮闘しても防衛線としては限界がある。
「『灼熱の烈火(』!」
「獅子王覇斬剣!」
「バレルレプリカ―――フルトランス!」
三人の一斉攻撃で前方に群れていた兵士が一掃される。だが、
「芳野様! 東側より敵が!」
「こちらからも敵が来ます!」
「くっ・・・!」
迎撃が間に合わない。加えてさくらたちとて疲れを知らないわけではない。疲弊も始まっている。
―――念話で、誰かをこっちに回してもらって・・・。
いや、皆は皆で各所で迎撃に追われているはずだ。こちらに回す余力などないだろう。
どうすれば、と歯噛みした瞬間、
「お手伝いしますよ、さくらさん」
そんな言葉と共に、
「『落千なる砲火(』!」
炎の雨が降り注いだ。
「これは―――」
これだけの密度の魔力。編みこめる魔術師など、いまこの国には自分を含めて二人しかいないだろう。
吹っ飛ばされた兵士たちの向こう、砂塵舞う中を歩いてくる一つの影。それは、
「・・・佐祐理さん!?」
「あははー、どーもー」
それは間違いなく倉田佐祐理だった。
「ど、どうして・・・」
「相沢祐一王の命により助太刀に来ましたー」
その言い回しに、さくらは一瞬キョトンとし、次いで噴出した。
「あはは。なんだ、そういうことか・・・。うん、相沢祐一“王”ねぇ」
「はい。なんとなく、わかった気がしますから」
笑みに対し笑みを返し、佐祐理は踵を返す。
さくらの横に並び、佐祐理はえーと、と呟くと、
「ふぇー。敵多いですねー」
「大丈夫だよ。佐祐理さんがいるんならね」
「あははー。こちらもさくらさんがいると安心できますねー」
二人は知っている。互いの強さを。
だから安心できる。この人がいれば大丈夫、と。
「それじゃあ・・・」
「はい。死守しましょう。ここを」
二人の魔力が逆巻きに蠢く。
芳野さくらと倉田佐祐理。
天才と謳われる二人の魔術師が、いま肩を並べ魔術を放つ。
南側。
「あー、もう・・・! 敵が多すぎてやってられないわ!」
「ごたごた抜かす暇があったら手を動かせ杏」
「浩一! あたしはあんたらと違って身体能力は普通なの! 疲れもするの! わかってぇぇぇ―――る!?」
杏は怒りを叩きつけるように横から迫ってきた兵士を大黒庵で殴りとばす。
ぶつけられた相手はそれこそ鎧もろとも骨まで砕かれ大きく吹っ飛んでいった。
「十分動けるじゃないか、杏。そのまま俺と鈴菜とあゆと名雪の分を頼む」
「あんたは鬼か―――!!」
再び杏の後ろにいた者が強烈な一撃で吹っ飛んだ。
だが、一向に敵は減らない。杏ではないが、浩一たちとて疲れはある。
しかも浩一はこの前の川澄舞との戦いで大蛇の力を解放した。あれからまだ二日だ。祐一ほどではないが、身体に痛みが残っている。
「ちょ、馬鹿! 浩一!」
「!?」
杏の声にハッとし、浩一は意識を戻す。左右に敵が二人ずつ。通常じゃありえないほどに接近されている。
「ちぃ!」
左の二人を拳で打ち抜く。だが、
「ただでは死なん・・・!」
「なっ・・・」
その二人が浩一の腕を掴む。身動きが―――取れない。
「散れ、魔族!」
「くっ!」
背後から迫る二つの剣先。これはかわせない、と思った瞬間、
「川澄流剣術、第六番―――孔雀の閃!」
澄んだ女性の声と共に真紅の衝撃波が浩一の背をかすっていった。
「なっ―――」
それはいままさに浩一に剣を突き刺そうとしていた兵士二人を飲み込んだ。
この声、この技。忘れるはずがない。
なぜならつい先日その相手と死闘を繰り広げたばかりなのだから・・・。
「・・・どうしたの。あなたらしくない」
声は右側から。振り向けば、黒髪を靡かせた少女が剣を振るった状態でこちらを見ている。
「川澄舞、か。それに・・・」
その後ろ。もう一人見たことのない青年がいる。
その青年はこちらの視線に少し眉を傾け、
「・・・倉田一弥です。カノン王国軍近衛騎士団副長をしています」
「ほう。近衛騎士団の隊長副隊長か。その二人が何の用だ」
言いつつ、浩一はいまだ腕を掴む二人を地面へ叩き付けた。木っ端微塵に吹き飛ばし、ゆっくりと姿勢を上げる。
そんな浩一に近付いて行くのは舞だ。
「新しい王の命令で街の人を救いに来た」
「新しい王ね。認めたわけだ」
「うん。・・・それより、どうしたの? 動きが鈍い」
「お前との戦いで大蛇の力を解放したからな。少し身体が言うことを聞かないんだよ」
「・・・そう」
すると舞は浩一の背中合わせになるように立ち、剣を構えた。
「・・・なんの真似だ?」
「・・・こうしたほうが効率良く敵を倒せる。そうすれば多く街の人を助けられる」
「・・・・・・」
はぁ、と息を吐く。なんとなく何を言っても無駄だろうという気がした。それに、
「なるほど。じゃあ・・背中、預けるぜ」
「うん。・・・後ろ、お願い」
二人も以前の戦いで互いの力を認め合っている。だからこそこうしてすぐに背中を任せることもできる。
そんな舞をなにか文句言いたそうに見ていた一弥だが、その頭をいきなり誰かが小突いた。
「ちょっと! なにボーっとしてんのよ、青年!」
なんだ、と思い振り向けば、そこにいたのは藤林杏だ。一弥はその姿を見て、驚愕を浮かべる。
「クラナドの藤林杏!? あなたがなぜ魔族の部隊なんかに・・・!?」
「いろいろあんのよ。っていうか・・・あんたあたしのこと知ってるんだ?」
「そりゃあ、キー大陸合同武術大会であのエアの柳也さんを倒した藤林杏さんといえば有名ですよ」
「あ、そお」
香里と同じ理由なようだ。どうやらあの件で自分は自分が思っている以上に有名なのかもしれない、と杏は意味もなく頷いた。
だが、いまはそんな場合ではない。
「ま、そういう細かい話は後よ後。いまはホーリーフレイムを撃退するほうが先よ。違う?」
大黒庵を構え横目で、杏。
そんな杏に何か言いたそうにはするも、一弥は烙印血華を手に取り、嘆息一つ。
「・・・えぇ、いまはあなたの言うとおりでしょう。ですが、これが終わったら是非とも聞かせて欲しいですね。
あなたほどの人が共にいる理由であるいろいろ、というものを」
「ま、気が向いたらね。―――来るわよ」
「了解」
やってくる鋼の壁。
それに対して、しかし臆することなく皆は突っ込む。
城橋付近。
美汐は数十人の部下を引き連れて城に雪崩れ込もうとする兵士と戦っていた。
ここを通して良いのはジャンヌだけ。
それ以外と戦う余裕など、いまの祐一にはありはしないだろう。
だから美汐は槍を振るう。先には進ませないと、そこに気迫を乗せて。
・・・だが、美汐はともかくも他の者がそう長く持つはずもなく。
一点が突破される。
「くっ・・・!」
それに突き崩されるようにさらに他のラインも崩される。
そこに美汐が駆けつけようとするが、無理だ。そうすれば今度はここが崩される。
城の内部へホーリーフレイムが殺到する。
駄目か。そう思った直後、
「!」
巨大な火柱がそれらを吹き飛ばした。
燃え盛る城門前。その中央に浮かぶシルエットはただ一つ。
それを見て、美汐はその人物の名を呟いた。
「美坂・・・香里」
その人物、香里が歩を進める。
それに対し突っ込んでいくホーリーフレイムだが、それを香里は炎を纏った一閃で切り払う。
そうして香里は美汐の横に立ち、視線を向けることなく、
「苦戦してるじゃない」
「ええ。残念ながら。・・・しかしあなたの目的は街の人々を守ること。ならばここではなく別の所へ行かれた方が良いかと思いますが?」
「街の人を助けるのに街に下りなきゃいけないなんていうことはないわ。
・・・ここで暴れてホーリーフレイムを引き付ければ、敵は自ずと街から離れるというものよ」
なるほど、と美汐は頷き、
「では、ここの守護を手伝っていただけますか?」
「あたしはあなたを手伝わない」
即答。しかし間を置いて、
「・・・だからあなたがあたしを手伝いなさい」
香里は地を蹴った。
いまなお群がってくるホーリーフレイムの兵士たち。それらを見据え、大きく剣を振りかぶる。
集う炎のマナ。それを乗せて、ただ一撃として振るう。
「炎龍覇葬!」
飛ぶ。剣の振り下ろしに呼応するように出現した炎の龍が橋を渡ろうとしていたホーリーフレイムの兵士たちを飲み込んでいく。
止まらない。炎はただ己が前に在るものを燃やし尽くすのみ。そこに静止などありはしない。
そうして炎が止んだあと、一直線上には敵兵の姿が無くなっていた。
まさに圧倒的。
これが聖騎士。これが世界に六人しかいない者の強さだ。
「さすが、ですね。これなら私も楽ができそうです」
「楽なんかさせてくれそうもないわよ。ほら、まだ敵は山ほどいるようだし」
確かに敵はまだまだいる。
・・・しかし、兵士たちは動きを見せなかった。
なんだ、と二人が首を傾げて―――、
「「!?」」
次の瞬間、二人の表情が凍りついた。
香里が消し飛ばした直線上。その中央をゆっくりと、しかし強烈な存在感と威圧感を持ってやってくる者がいる。
「あれが・・・」
「・・・ホーリーフレイム総帥ジャンヌ、ね」
金髪を靡かせ、ジャンヌがいまだ遠くで剣を抜く。
「悪しき存在よ・・・我が剣の錆となれ」
しかし声は鮮明に届く。それだけ周囲は静寂に包まれており、まやジャンヌの言葉は圧迫感を携えていた。
香里は剣を構える。だが、その横で美汐が静止するように腕を翳した。
「どういうつもり?」
香里の問いに、しかし美汐は答えず一歩を踏み出す。
「我が主、相沢祐一様があなたには手を出すなと申されました。そしてあなただけはここを通すように、とも。
ですからお通りください。あなたの相手は我々ではありません」
「私が悪しき存在であるお前たちを放っておくと思うか?」
「思いません。しかし、我が主は言い訳を認めません。我々と事前に戦っていたから負けた、などということを主様は認めません。
故にここを素通り願いたい。
・・・まさかあなたほどの方がこれだけのことを言われて引き下がるとは思えません」
「見え透いた挑発だな。私がそれに乗るとでも?」
「あなたが自らの腕と誇りに自信があるのならば」
ジャンヌは一拍を置き・・・失笑と共に剣を納めた。
「良いだろう。その挑発、受けてやろう」
ゆっくりと歩を進め、近付き・・・そしてこちらの横を通り過ぎていく。そのときに、
「貴様がそれだけ信頼している主とやらの首。後でここに持ってきてやろう。
だからそのために必死に生きていろ。そして深い絶望の後・・・貴様も浄化してやる」
そう言い残してジャンヌは王城へと姿を消していった。
その背中を横目で見送った香里は嘆息し、
「・・・だって。あなたの主様とやらは、やられるかもしれないわよ?」
「いえ、主様は自分の言ったことは意地でも貫き通す方です。だから・・・勝ちますよ」
そう、とだけ呟き香里は視線を元に戻した。
ジャンヌが去ったことで再びホーリーフレイムの兵士たちが押し寄せようとしている。
「ま・・・あたしのやることに変わりはないけど」
「ええ。では・・・お手伝い(しましょう(」
美汐の言い草に、香里は苦笑を浮かべ、
「上等よ」
二人は突撃する。
ブゥン、と何かが空を切る音が響いた。
振られたのは剣だ。薙ぐようにして振られた一撃は、しかし目標には当たらない。
目標となっていた赤いジャケットを羽織る少女はそれを掻い潜って騎士に肉薄する。
見上げる瞳が青く輝き、
「―――」
銀の一閃がその剣を切り飛ばした。
狼狽する騎士の横をすり抜け、装甲のない膝裏部分に踵を叩き込む。
倒れこんだ騎士の首元を掴み、強引に捻った。
蛙を潰したような声が聞こえ、男の身体から力が抜ける。手を離せば、騎士はぱたりと地へ倒れた。
死んではいない。気絶はしているが、直接的な怪我はほとんどないだろう。
そうやって、少女―――式は足元に騎士の山を築き上げた。
その数二十余。残っているのは、正面でこちらを見据えている男―――バイラルただ一人。
「ほう。誰も殺さず、誰も傷付けず全員倒したか。・・・ふん、聖人君子の真似事か?」
「お前たちなんか、殺す価値もない。それだけだ」
「ほう。余裕な発言だな。だが・・・」
バイラルが腰から剣を抜き放つ。そして剣の切っ先をこちらに向け、
「このバイラル相手でもその余裕が持つかな!」
駆けてくる。
決して速いとはいえない。だが、強い足取りで迫ってくる。
それを見ながら、式は微動だにしない。ただ、悠然とそこに立つ。
「おぉぉぉ!」
振り抜かれる必殺の一撃。
式の持っている武器はただの飛び出しナイフだ。それ以上でもそれ以下でもない。
特殊加工された剣を、しかもかなりの力を持っているであろうバイラルに振られた剣を、たかがナイフで受け止めるのは不可能だ。
だが、式は回避しようとしない。
する必要がない。
なぜなら見えているからだ。
―――剣の、『死』が見える。
「―――」
ゴゥ、という強烈な風切り音の中を、ヒュン、という軽い音が突き抜けた。
前者はバイラルの突き出した剣によるもの。そして後者は―――式が振り上げたナイフの一閃によるもの。
そして・・・バイラルの剣は根元から先が無くなっていた。
「・・・・あ?」
間抜けな声と同時、カラン、という乾いた音が二人の横から響き渡った。それは、間違いなくバイラルの剣の刀身。
「馬鹿な・・・」
無くなった刀身と、落ちてきた刀身と、そして最後に式を見て、バイラルは叫ぶ。
「このバイラルの剣を・・・そんなナイフで切っただと!?」
バイラルの剣は他のホーリーフレイムの者たちとは根本的に作りが違う。
バイラルの属性は地。最も防御に特化した属性だ。
だからそれを生かせるようにバイラルの剣はホーリーフレイムの中でも最高硬度を有した剣であった。
それが、ナイフによる一撃であっさり断ち切られた。
信じられない。
「信じ・・・られるかぁ!」
もはや刀身の無い剣を突き出す。それでも折れた部分で攻撃はできるだろう。
しかし、点の攻撃でしかないものに式が当たるわけが無い。
式はそれを身体を捻るだけでかわし、バイラルの腕を『視る』。
そしてナイフを振り下ろした。
「がっ・・・!?」
バイラルの右腕が鎧ごと両断された。その異常性に、さしものバイラルも後退する。
「なんだ・・・なんなんだ、貴様は!」
残った左腕で腰から短剣を抜く。それを地面に突き刺し、
「アースガンズドロー!」
大地が抉れ巨大な岩石が式へと跳ぶ。法具のようだ。
だが、式はそれすらも一閃の元に切り伏せた。
「くっ・・・!」
「無駄だ。あんたじゃオレを殺せない」
式が歩を進める。それに従いバイラルもゆっくりと後退する。
「そのナイフ・・・ナイフになにかあるのか!?」
「これか? これはただのナイフだよ」
「そんな、そんな馬鹿なことがあるはず・・・!」
「なんならやるよ。ほら」
式が無造作にナイフを放る。それをバイラルは受け取った。
「は、・・・ははは。馬鹿が! 余裕を見せたつもりかぁ!」
法具を捨ててそれを握り締め、バイラルが再び式へと迫る。
その間に式は倒したホーリーフレイムの兵士から剣と盾を奪った。
「もらったぁぁぁ!」
バイラルがナイフを振るう。だが、式は無造作にそれを盾で受け止めた。
バイラルの表情が驚愕に染まる。
「ば・・・馬鹿な!? どんなものでも切り裂くナイフではないのか・・・!?」
「違うって言っただろ」
式の剣が落ちる。
今度はそれがバイラルの左腕を切り払った。
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
激痛に膝を突くバイラル。切り落とされたバイラルの左腕からナイフを取り戻し、式は剣と盾を投げ捨てた。
そう、ナイフが問題なのではない。
それは式の魔眼が成せる業。
―――直死の魔眼。
全ての存在の死を視る、最高ランクの魔眼がそれだ。
全ての物はこの世界に出現した時点で死が確定する。その綻びを『点』と『線』で視覚化するのが直死の魔眼。
線をなぞればはその部分を殺し、点は突けばその存在自体を殺す。
故にどのような防御も式の前では無意味なのだ。
だからバイラルでは式に勝てない。
そう。これはどうあろうと覆されることの無い不変の事実・・・。
式はバイラルを一瞥だけすると、踵を返しその場を去ろうとする。
だがバイラルはそれを許さない。
「待て! ここまでコケにされて生きてはいられない。私を殺せ!」
だが式は振り返るどころか立ち止まりもせず、
「嫌だね」
そう言い放った。
「なっ!? 貴様・・・私に情けを掛けるつもりか!?」
「なに言ってんだ。オレは最初に言ったはずだ。お前たちなんか殺す価値もない、ってな。
死にたいんなら勝手に死ね。そんなことオレの知ったことじゃない」
「っ・・・!?」
そうして式のもとへ幹也たちが駆けつけてくる。
「式。誰も殺さなかったね」
「・・・ふん。そういう気分じゃなかっただけだ」
幹也の言葉にそっぽを向いた式の両目は既に黒に戻っている。
幹也はただ微笑みを浮かべるのみだ。式は小さくかぶりを振って、
「・・・んなことより早く城に行くんだろ。さっさと行こうぜ」
「うん、そうだね。行こう」
そうして三人は去って行った。
残されたバイラルは、
「くそ・・・くそ・・・! くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!」
ただ悔しさを胸に募らせた。
跳ぶ。
文字通り少女は跳んだ。
黒い服に身を包み、碧の瞳を輝かせた少女、リリスは跳んで銃口を下に向けた。
下にいるのは敵。着物を所々血で濡らせた敵がいる。
目掛け、撃つ。
視界に映る必中の『軌道』に乗せて銃弾を撃ちまくる。
「くっ・・・」
それに対して伊織は受けをするしかない。
どういうわけかリリスの攻撃はどうやってもかわせないというピンポイントにしか跳んで来ず、防ぐことしかできないからだ。
しかもこの銃弾、剣で受ければ罅が入り、生身で受ければ自己再生も効かない怪我を与えられる。
リリスと伊織の戦い。
この戦いは終始リリスが圧倒していた。
リリスの攻撃はかわせない。
なぜなら、それが彼女の持つ碧の魔眼―――必中の魔眼の効果だからだ、
視界の中に線が映る。それになぞって攻撃するだけで、それは必ず敵に当たる攻撃となる。もちろん外そうと思えば外すことも可能だ。
加えてリリスの持つ銃。概念武装『アウルシュトゥス』。
施された概念は“衰退”。物体に当たればそれを老朽化させ、生物に当たれば当たった部分を腐らせる能力を持つ。
そして呪具『慧輪』。
魔力は刃と化す、という呪(いの通り、敵に突き刺さればその魔力を吸収して刀身を肥大化させる。
加えて伊織を上回る自己再生能力と無痛覚により、生半可な攻撃では動きを止められない。
まさに、完成された存在だ。
「・・・・・っ!」
リリスの銃弾を受けすぎて、伊織の三叉が砕け散る。これで四本目。伊織が常時携帯しているのは六本なので、これ以上は持たない。
しかも身体に受けた傷は治らない。さらにはいくらか魔力も吸い取られている。
どうするべきか、伊織は思考する。
まず、自分ではこの相手に勝つことができないのは見えている。
そして、自分はまだ死ねない身だ。
ならどうするべきか・・・、答えは一つしかない。
「・・・・・・」
伊織は迫る銃弾をもう一度三叉で弾くと、踵を返し離脱を図った。
そう、答えは一つ。
この相手から逃げることだ。
「・・・逃がさない」
無論リリスは伊織を追う。その背に銃口を向け、
「!」
しかしその前に伊織が大きく地を蹴って跳び、空中で身を捻ってリリスに三叉を投擲した。
当たる。リリスはそう確信する。
必中の魔眼はなにも命中に限ったものではない。こちらに放たれた攻撃の命中の是非も読み取れる。
だから当たる。
しかしリリスは回避行動をとろうとしない。
この程度の攻撃はかわす必要すらない。強力な自己再生と無痛覚を持つリリスならではの思考だ。
だが、だからこそ伊織はそれを狙った。
直撃。そして次の瞬間、
「―――!?」
強い衝撃と共にリリスの身体は後方へ大きく吹っ飛ばされた。
三叉は突き刺さることなく、どういったわけか強烈なインパクトをしてリリスの身体を吹き飛ばしたのだ。
驚き目を見開くリリスは知る由もない。
鉄甲作用。
これはそう呼ばれる投擲による体術なのだ。
だがその呼称、実は使った当人である伊織も知らないこと。
なぜならこれは伊織が以前に出くわした埋葬機関の者が使っていた投剣技術なのだから。
襲われた伊織が辛くも逃げ出した後、これは使えると暇なときに訓練したのがこれである。
ちなみに本物と伊織の投げ方は若干異なっているが、成功しているので伊織としては十分だった。
これでリリスと伊織の差が大分開いた。スピードは決して速くないリリスでは、ここから伊織に追いつくのは無理だろう。
だから伊織はもはやリリスから視線を外し、ただこの場を離脱するために足を動かした。
「・・・・・・むぅ」
その背中を見つめることしかできないリリス。自分でもここからでは追いつかないことを悟っていた。
アウルシュトゥスの有効射程もとっくに過ぎている。
以前のリリスならそれでも追いかけていただろう。だが、リリスの目的は昔とは変わっていた。
踵を返し、リリスは栞の元に駆け寄っていく。
「・・・栞、大丈夫? 怪我ない?」
「うん、大丈夫。ちょっと無理して身体が痺れてるだけだから」
「・・・うん。それなら良かった」
小さく笑うリリスに、栞も笑みを返す。
だがまだ戦いは終わっていない。
「栞。もう動ける?」
「・・・うん、なんとか」
「じゃあ動こう。・・・まだパパの敵はいっぱいいる」
本来敵を倒すだけならリリスだけで動いたほうが得策だろう。
だが、この場に栞を置いていくわけにも行かない。
だからリリスはそう言って栞に手を差し出した。
そうして立ち上がった栞の腕を掴み見上げ、
「行こう」
栞も頷く。
そうして二人は歩き出し、再び祐一の敵と戦いを開始する。
あとがき
ども、神無月です。
カノン四人衆(!)もとうとう動き出し、対ホーリーフレイム戦はいよいよクライマックスです。
式。まぁ、原作の彼女を知っていればバイラル程度に負けるわけがないのはわかるでしょう。
リリス。決定打に欠ける彼女ですが、そのバランスはとても良く、祐一たちが苦戦したんですから伊織が勝てるはずもない。
まぁ、伊織は無口でもいろいろ緻密に考えれているタイプなので逃亡、という形になりました。
しかしリリス。SRPGだと対雑魚戦のエース、あるいは対ボスの壁キャラみたいな位置ですね。
決定打に欠けるとなると後半はベンチウォーマーか!?
とか言いつつ、次回、遂にカノン王国編ラストバトル、祐一VSジャンヌです。
では、また。