神魔戦記 第五十八章

                  「過去との決着(U)」

 

 

 

 

 

 祐一は見る。

 自らの部屋、その中央に立つ四人の姿を。

 美坂香里、川澄舞、倉田佐祐理、倉田一弥。

 四人とも拘束されていない。最初はされていたが祐一が外させたのだ。

 剣などの武具こそ所持していないが、四人がその気になれば祐一に襲いかかれる距離でもある。

 そばに美汐が控えているとはいえ、同時に四人に掛かられたら・・・この状態ではかなり厄介なことになるだろう。

 それを憂いて美汐も拘束を解かないことを主張したが、却下した。

 拘束下での話では脅しや命令に聞こえてしまう。

 それでは意味がないのだ。この話は。

「で・・・話というのは何かしら?」

 最初に口を開いたのは美坂香里だった。その表情は憮然としたもので、こちらを睨みつけていると言っても過言ではないだろう。

 そんな香里の視線を受けながらも、祐一は顔色一つ変えず、喋る。

「もったいぶることでもないな。時間も惜しい、率直に言おう。

 ・・・いまカノンはホーリーフレイムに襲われている」

 四人の表情が動く。香里と佐祐理は驚愕の後に表情を落とし、舞は眉を動かすだけ。一弥はどことなく嬉しげだ。

「ホーリーフレイムですか。そうでしょうね。あの軍団がこんなことを許すはずがない。いい気味ですね?」

「ううん、・・・事はそう簡単なものでもないよ、一弥」

「? 姉さん?」

 佐祐理は横に立つ香里を見やる。

「王国ビックバンエイジにいた香里さんなら・・・わかりますよね?」

「そうね。あそこは・・・ただ魔族を討つような生易しい集団じゃないわ。

 とても残虐で、非道。もし魔族の管理下に置かれた国だと認識しているのなら・・・」

「街の人々も見境なし、でしょうね」

「そんな!?」

「でもね、一弥。いま相沢さんも言ったでしょう? 『カノンが襲われている』と。

 もしも相沢さんたちだけが襲われているのなら言い方は違うはず。ですよね?」

 佐祐理がこちらを向く。それに頷きを返し、

「あぁ。ホーリーフレイムは民家を燃やし、老若男女問わず街の人々も襲っている」

「そんな・・・!」

 呻く一弥の横、佐祐理が真剣な表情で祐一と向き合う。

「それで、佐祐理たちを呼んだのは?」

「もうわかっていると思うが―――お前たちにも戦いに出て欲しい」

 いままでの話の流れで予想していたのか。一弥以外の三人は表情を崩さなかった。

 だが香里は腕を組み、

「・・・納得いかないわね。なんかあなたたちのために戦うようで」

「別に俺たちのために戦って欲しいわけではない。カノンの街の人のために戦ってくれればいい」

 祐一は小さく嘆息し、

「ホーリーフレイムの強みはなんと言ってもその兵力の多さだからな。・・・俺たちだけじゃとても守ることまで手が伸びない」

 ホーリーフレイムの構成員はそのほとんどが魔族に身内や友人を殺された者たちだ。

 だからこそ魔に対する憎しみは強く、またその怨念が次々と兵の数を増やしていく。

 よってホーリーフレイムは減らない。そうして再び魔族を討てば、またその名声から兵が増えていく。

 この戦いにどれだけの兵士がつぎ込まれているかは知らないが、ざっと気配を探ってみても千は下るまい。

 ホーリーフレイム独立地帯には一万ほどの兵がいると聞く。これでもまだまだ少ないだろう。

 だが、先程の戦いで疲弊している祐一の部隊だけではその数の差に飲み込まれてしまうかもしれない。だから、

「俺たちは俺たちの戦いをする。お前たちにはお前たちの戦いをして欲しい」

「それでも結局あなたたちの手助けになるじゃない」

「じゃあ、それだけのために街の人々を捨てるのか?」

「・・・」

 香里が沈黙する。そう、だからと言って街の者を見殺しにするわけにもいかない。

 だが、つい先日に襲ってきた魔族の言いなりになるようで気に食わない。

 しかしこうして迷っている間にも街の人々は襲われている。

 どうすれば良い? と自問する香里の横、動きがあった。

「ええ、わかりました」

 そう答えたのは、

「佐祐理!?」

「姉さん!?」

 そう、倉田佐祐理である。佐祐理は祐一を真正面から見つめ、

「国王はお亡くなりになる前に言いました。あなたが新しい王だ、と。

 そしてその新しい王が民のために戦われると言うのなら、佐祐理はカノンに仕える者として戦います。

 そしてこの戦いの中で見極めさせてもらいます。あなたが、王の器であるかどうかを」

 祐一は苦笑する。これはしっかりとやらねばな、と。

 だが、結局やることなど一つしかないのだ。

「それで、佐祐理はどうすれば?」

「これから城橋を下ろす。敵の最大目的は俺の首だ。城に進行できると知れば来るだろう。

 が、中にはそうじゃない者もいるはずだ。そういう輩から街の人々を守ってやって欲しい。

 自分で撒いた種だが、俺は俺のすべきことをするだけだ。すまんが、な」

 しかし佐祐理は首を横に振った。顔は真剣なものから笑みへと変わり、

「いえ。・・・なんとなくリリスさんやさくらさんが信頼するのもわかる気がしました。確かにあなたには・・・他の人にはないなにかを佐祐理は感じます」

 そして佐祐理は跪き、恭しく頭を下げ、

「カノン王国魔術部隊長、倉田佐祐理。相沢祐一王を新たな国王と認め、王のために戦うことを誓いましょう」

 すると続けて動く者がいた。

「・・・カノン王国近衛騎士団長、川澄舞。・・・相沢祐一王を新たな国王と認め、王のために戦うことを誓う」

 横で佐祐理はそんな舞を見やり、

「舞・・・」

「・・・私は佐祐理を信じてる。そして佐祐理が信じる人なら、私も信じれる。ただ、それだけ」

「・・・うん」

 そうして二人は身体を上げると、こちらの顔を見る。

 待っている。

 それは・・・王としてのこちらの言葉を。

 だから祐一は頷き、

「カノンの王として命ずる。倉田佐祐理、川澄舞は至急街へ下り、人々をホーリーフレイムから守れ!」

「「御意」」

「装備はこちらにあります。持っていってください」

 美汐が横から舞や佐祐理の装備を渡してくる。きっと祐一が四人の名を呼んだときにこうなることを予測していたのだろう。

 二人は祐一の言葉に頷きを返し、美汐から装備を受け取って駆けていく。

 それを一弥はオロオロした表情で見つめ、香里はやはり憮然とした表情で一瞥した。

「ふぅ・・・」

 嘆息一つ。そうして香里は美汐の前まで歩を進め自らの装備を受け取ると踵を返し、佐祐理たちが向かった先へと歩を進める。

「お前も行ってくれるのか?」

「勘違いしないで。あたしはあの二人のようにあんたに忠誠を誓ったわけじゃない。

 ・・・けど、今回はあくまで利害が一致しているから、一緒に動くだけ」

 一瞬だけ歩を止めて、

「ただそれだけよ」

 呟き、駆け出す。

 その背中を見ていた一弥も何かを決心したように頷き、

「・・・僕も美坂さんと同じであなたを認めたわけではありませんが、街の人は助けます。・・・それ以上でもそれ以下でもないことを、お忘れなく」

 そして奪い取るように美汐から装備を受け取って同じく駆けていった。

 そんな四人の背中を見送り、かぶりを振る。

 これで大丈夫だろう、と。

 そして祐一は美汐を振り返る。

「美汐、お前は城橋付近で兵を迎撃しろ。ただし、ジャンヌには手を出すな。

 もし向こうが手を出してきてもお前なら逃げ切れるだろう」

「しかし・・・主様。ホーリーフレイムのジャンヌは実力は確かです。その状態では・・・

 ですから今回は私も共に―――」

 だがそんな美汐の肩に落ちるものがあった。熱だ。

 その熱は、祐一の掌であり、

「しかし、あいつは俺が一人で倒さなくては意味がない。

 これも勝てば良いという戦いではないのだ。これは俺の過去との決着であり・・・未来へ進むためのステップなんだ」

「・・・・・・」

 美汐が沈黙する。

 たっぷりと十秒ほどして、美汐は頷いた。

「わかりました。ですが―――」

 熱と熱が重なる。

 祐一の手の上に、美汐の手が重ねられたのだ。

 そうして見上げられ、

「未来を進むと言うのなら、絶対に死なないでください。天野の主であるあなたには・・・負けは認められませんよ?」

 告げられた言葉に、祐一は苦笑した。

「あぁ、それは責任重大だ。だがまぁ・・・大丈夫。最初から勝つつもりだ。

 だから、美汐。・・・頼んだぞ」

「・・・御意」

 美汐の姿が空間跳躍により消える。

 それを見届けて、祐一も歩き出した。

 身体は歩くだけで悲鳴を上げる。まだお前は動ける身体ではないと、激痛を持って知らせてくる。

 だが、いまはそんなことも言っていられない状況なのだ。

 ―――ホーリーフレイムはジャンヌを崇拝している。

 そのジャンヌさえ打倒すれば、どれだけの兵がいようと意味はなくなる。

「来い、ジャンヌ・・・」

 故意に、気配の密度を上げる。

 来い、と。お前の望む敵はここにいるぞ、とアピールするかのよう。

 そして祐一は巨大な気配を纏ったまま、決戦の地へと赴く。

 

 

 

「・・・ふむ。挑発のつもりか」

 そしてそんな祐一の気配を、ジャンヌは鋭敏に感じ取った。

「ここで行かねば臆病者だな。・・・いいだろう。その挑発受けてやろう」

 ジャンヌがゆっくりと歩を進める。

 行く先、見上げる物は・・・カノンの王城。

 

 

 

 炎と水が疾駆した。

 街中。視認できるかできないかというスピードで奔る影は二つ。

 真琴とエクレールだ。

「へぇ。真琴のスピードについてこれるなんて、人間族のくせにやるじゃない」

「ふん。そんな余裕を吐いていられるのも・・・いまのうちですわ!」

 爪と剣の打ち合いが響く。

 一振り一振りが神速であるそれは、まさに空中で火花が散っただけのように見える

 傍目から見れば、その剣戟はほぼ互角。

 しかしその打ち合いの中で、真琴は小さく笑みを浮かべた。

「スピードにだいぶ自信があるみたいだけど―――」

 ガキィン、と一際高い音を鳴らせて真琴が大きく後退する。そして、

「―――スピード勝負で真琴に勝とうなんて百年早いわよ!」

 腕を交差させ、瞼を閉じた。

 隙だらけだ。それをエクレールが見逃すわけもなく距離を詰める。しかし、

「死妖曲、第五楽章・・・」

 その言葉にただならぬ気配を感じ、足が止まる。その向こうで、

烈火・狐旋(れっか・こせん)!」

 真琴の背中に、炎の翼が出現する。

「なっ・・・!?」

「出し惜しみはしない。これがスピードの戦いである以上、真琴は・・・」

 翼がはためく。それは一度緩やかに靡き、

「負けられない!」

 飛んだ。

「!」

 その飛翔、まさに光速。

 自らのスピードから培われてきたエクレールの動体視力ですら残像しか見えないほどの速度。

 音速を突破する。風を裂くより速く、音が届くより速く真琴の姿が空を駆ける。

「ふっ・・・!」

 来る。

 炎の翼をはためかせ、それ自体が弾丸のような存在が飛んでくる。

「・・・くっ!」

 追いきれない。そのスピード、確かにエクレールでは敵わない領域まで達している。だが、

「わたくしとて、伊達にホーリーフレイムの幹部なわけではありませんわ!」

 その自らの身より長い刀身を大地に突き立てる。そして、

「鎌首を上げなさい・・・、青龍!」

 叫びと共に、大地から巨大な水の龍が湧き上がった。その全長、優に十メートルを越す。

「―――!?」

 その内包魔力、真琴の烈火・狐旋とほぼ同等。

 このまま激突すれば、自身が突っ込む分真琴の方が分が悪い。

「なら・・・!」

 真琴が出現した青龍を迂回するように回り込む。だが、

「!」

 それを追いかけるように青龍が動きを見せる。エクレールを中心に首だけを向けて口を開く。

「食べてしまいなさい、その炎もろとも!」

 エクレールの指示の下、青龍が舞う。凶悪な口を開け放ち、その身を飲み込まんと真琴へ迫る。

 だが、

「甘いわよぉ!」

 真琴のスピードに青龍が追いつけない。その目まぐるしいスピードを利用して青龍を撒き、エクレールへ肉薄する。

「くっ・・・!」

「はっ!」

 振るわれる爪の一撃。しかし、それをエクレールは地に身を投げることで回避。

「ちっ!」

 真琴がもう一度戻って攻撃しようとするが、青龍が迫ってきているので仕方なしに空へと舞い戻る。

 だが、悔しいのはエクレールとて同じだ。

「わたくしを・・・地に平伏せましたね・・・!」

 魔を敵視するエクレールにとって、その魔に倒されるというものは屈辱以外の何物でもない。

 エクレールは立ち上がり、憤怒の表情で真琴を仰ぎ見る。

「もう許しません・・・! わたくしの本気を持って―――あなたをこの世から消し去ってあげますわ!」

 剣を逆手に振り上げる。凝縮する魔力、その密度、先程の比ではなく―――、

「鎌首を上げなさい、青龍! その力・・・全てを見せ付けて!」

 突き立てる。剣を中心に水のマナが飛び荒び、それが幾多もの龍を形成していく。

「なっ・・・!」

 目を見開き見下ろす真琴。その先には、先程と同等の魔力を宿した青龍が新しく十一体、計十二体がエクレールの周囲を踊っている。

「さぁ、・・・これでそう簡単に・・・わたくしには近づけないでしょう?」

 エクレールの息が荒い。魔力の使いすぎだろう。

 だが、それこそがエクレールが本気を出している証拠だ。

「―――」

 確かに、あれだけの青龍を掻い潜るのは至難の業だろう。

 しかも属性は水。一度噛み付かれれば烈火・狐旋はいとも簡単に消失する。

 ならば―――、

「真琴も本気を出すだけよ」

 再び腕を交差する。瞳を閉じ、集中。雑念を払い、思い浮かべるは妖狐の奥義。

 自分が使える死妖曲は第三、五、六、七、八楽章。

 数字が小さくなるにつれ難しくなると言われているそれの第一楽章と第二楽章を自分は習得していない。

 だが、ないものねだりをしても仕方がない。

 ならば使えるもので、なんとかするだけだ。

 だから魔力を高ぶらせ、・・・発言する。

「死妖曲、第八楽章・・・」

 真琴が大きく息を吸う。そして、

烈火・狐砲(れっか・こほう)!」

 口から強烈な炎の弾丸が放たれた。

「なっ!?」

 接近戦しかできないと思い込んでいたエクレールの目が見開かれる。

「くっ・・・、青龍!」

 一体の青龍がそれの防御に身を前に出す。そして、直撃。

「!」

 青龍の身体が吹き飛んだ。あまりの熱量に水が蒸発したのだ。

 首から下を消し飛ばされた青龍は身体を維持できず消失する。

烈火・狐砲(れっか・こほう)!」

 続け様に三度、炎の弾丸が飛ぶ。それぞれが青龍に激突し、さらに三体の青龍が消え去っていく。

「なっ・・・!」

 エクレールに焦りの表情が生まれる。これを十二度繰り返されたら、青龍が全て消し去られてしまうからだ。

 だが、真琴にそんな魔力の余裕はない。あくまでもこれは青龍の数を少しだけ減らすための行為だ。

 これで残り八体。これくらいならば・・・、

「いける!」

 再び真琴が翼をはためかせた。そのまま身を引き、エクレールへ向かい急降下する。

「死妖曲、第六楽章・・・」

 今度は真琴の腕に魔力が集中する。赤のマナが踊り、形成されるは―――、

烈火・狐刃(れっか・こじん)!」

 ―――巨大な炎の剣!

「っ―――青龍!」

 エクレールの言葉に呼応して八体の青龍が真琴目掛けて襲い掛かる。

 それに対し真琴は空中でステップを刻むように小刻みに身体を揺らした。

 細かい挙動。炎の翼が火の粉を撒き散らし、真琴の辿る道を赤い軌跡とする。

 迫る青龍の群れ。その間に身を投じ、

「邪魔よ!」

 一閃。

 極限にまで圧縮された炎の刃が、青龍四体を一撃の下に切り伏せる。

 残り四体。だが真琴はそれを無視する。そのままエクレールへ突っ込んでいく。

「青龍!!」

 二体がエクレールを庇うようにとぐろを巻く。その中心に佇むエクレールは指揮棒のように剣を振るい、

「喰らい尽くしなさい!」

 一体の青龍が真琴の前に回りこんだ。それを切り払い、しかしその直後、

「!?」

 視界が黒に染まった。それは影だ。つまりなにかが上にあるということで・・・、

「っ!」

 次の瞬間、残り一体の青龍に真琴は飲み込まれた。

「・・・っふ」

 勝利を確信し笑みを浮かべるエクレール。だが、

「死妖曲、第三楽章・・・」

 聞こえてきた声は、

烈火・狐爪(れっか・こそう)!!」

 全てを切り裂く爪の主。

「なっ・・・!?」

 青龍が内側からはじけ飛ぶ。

 その内部から現れた真琴には翼も剣も消えていた。青龍にかき消されたのだろう。

 だが、変わりというように爪がある。真琴の身体の三倍はあるだろう巨大な炎の爪。

 エクレールの魔力を練りこんだ青龍を内側から蒸発させるほどの熱量を持つ、それこそ灼熱の爪。

 真琴が着地し、地を蹴った。

 俊足。エクレールへの肉薄は一瞬。

 だが、エクレールは汗を浮かべつつも笑みを浮かべ、

「しかしどうします! わたくしの周囲には防御に徹している青龍がまだ二体も・・・!」

「そんなもの―――」

 振りかぶる。生えいずる業炎の爪に全ての魔力を注ぎ込み、

「―――共々消し飛ばすだけよぉ!!」

 叩き付けた。

「――――――ぁあ!!」

 直後、轟音と悲鳴が大地を焼いた。

 青龍の防護を容易く消し飛ばし、大地にその爪跡を残す。

 まさに最強の炎の爪。

 エクレールは十分に強い水使いだった。

 だが、・・・真琴はそれ以上の炎使いだった。それだけだ。

「・・・・・・っ」

 魔力の酷使に、思わず真琴は膝を突く。

「ちょっと・・・暴れすぎたかな・・・?」

 巻き起こる煙。大地すら焦がすその煙の向こう、しかし影がある。

 エクレールだ。倒れて、意識こそ失っているが五体満足でそこにいる。

 青龍の防御でかなり受け流したのか。多少の傷こそ負っているが、命に別状はなさそうだ。

「・・・どうしよう」

 殺す気で行った一撃だった。が、運が良いのか悪いのか、敵は生きている。

 ここでトドメを刺すのもいい。が、せっかく生き残ったのなら、

「捕まえる、っていうのも手よね」

 はぁ、と嘆息し、真琴は大の字で寝っ転がった。

「いやー、暴れたー・・・」

 その表情は、満足の笑みに満ちていた。

 

 

 

 ゴォン、と爆音が空に響いた。

「これなら・・・どうさ!」

 肩で息を吐きながら叫ぶのは、アイレーンだ。

 剣から放たれた炎の衝撃波。全力だ。全力で放ったその一撃は、本来なら魔術耐性が高い城壁ですら貫通するほどの威力を持つ。

 ・・・だが、

「もう終わりですか?」

「ぐっ・・・!」

 その攻撃を既に七度。防ぎきった少女が悠然とそこに立っている。

 茜だ。

 その茜の前にはどこからか現れた水の壁が展開しており、茜には傷一つない。

 それ以前に戦いが始まってから一度たりとも茜は動きを見せていない。

 ただそこに立っているだけだ。

 だが一切の攻撃は通用せず、こちらはただ魔力を消費するのみ。

「・・・くそ」

「どうやら、本当にもう終わりのようですね」

 ザバァ、と形成されていた水の壁が消失する。その向こうで茜はやはり表情一つ変えることなく呟く。

「では、そろそろこちらからいかせてもらいましょう」

 言って、茜は傘の柄を撫でた。

「―――水は集まる―――」

 (まじな)いによって大気中から水が形成され、茜を取り巻くように水の塊が浮遊する。

 だが、おかしい。

 その(まじな)いは、実は日常生活でも良く使われるものだ。

 水は集まる。

 特に水道が形成されていない村などでは洗濯やらなにやらで重宝する呪具である。

 が、それは決してあのように浮いたりはしない。あくまで水分を大気やマナから形成するだけのもののはずだ。

 つまり、水の出現こそ呪具の効果であるが、それ以降の動きは茜の能力であるということだ。

 しかし、茜は魔術を使用していない。詠唱もなければ、魔力の流れも感じられない。

 そう、それこそ本当に茜は最初からそこに立っているだけだ。

 だから理解できない。

 いまのこの光景が、いったいどういう現象の下に発生しているものなのか、が。

 茜が小さく手を上げた。

 何が来る、とアイレーンが身構えた瞬間、

「いきなさい」

 こちらを指差し、告げた。それだけで周囲いを漂っていた水がまるで弾丸のようにこちらへと跳んでくる。

「!」

 やはり魔力の流れはない。ただ茜は指を差して、言葉を放っただけだ。

 わけがわからず、その弾丸を回避する。すると凄まじい音を立ててそれらは大地を貫通した。

「なっ・・・!?」

 あまりの威力に思わず声が漏れる。こんなもの、当たればその時点で終わりではないか・・・!

「どこを見ているんです?」

「!?」

 弾かれるように振り替えれば、今度は水の刃が襲い掛かってきている。

「くそ・・・!」

 回避は不可能と判断し、炎の壁を出現させる。だがその水の刃はそんな炎の壁すら切り裂いた。

「なんだと!?」

 魔力を宿した炎が、魔力の流れを感じない水に切り裂かれた。

 その驚きにわずかに身を引くのが遅れ、右腕を切り飛ばされる。

「・・・っ!」

 思考は捨てた。

 痛みも怒りに変えて、ただ突っ込んでいく。

 どういったものかを考えるのは止めた。考えたところでわからないことなら考えるだけ無駄というものだ。

 だが、わかっていることもある。茜は自ら水を生み出すことができない。

 だからこそ呪具を使って、そして集まった水を使役する。

 ならば、いまの攻撃によって水を失ったいま、あの強固な水の壁は使用できないはず!

「喰らいなぁ!」

 いままで幾多もの魔族を討ち滅ぼしてきた炎の一撃を放つ。紅蓮に染まるその炎は一直線に茜へ向かい、

「無駄ですよ」

 しかし攻撃から戻ってきた水と、足元にある水が収束し壁となりその一撃を受け止めた。

「なっ・・・!?」

 ―――まさか一度使った水も使役できるのか!?

 その様は、まるで水が茜を守護しているようだ。

 炎が消え、水の壁は再び形を崩し水溜りとなって茜の足元に落ちた。

 一瞬の静寂。その後、

「・・・アンタ、いったい何者だよ」

 ぽつりと、アイレーンが呟いた。

「私ですか? 私はただのワン自治領国の外交官ですが、なにか?」

「ふざけんじゃないよ! ただの外交官がこんな強いなんておかしいだろ!」

「そんなことはないですが・・・。実際ワンでは私より強い魔術学校の教師や王の秘書官がいるわけで―――」

「なっ・・・」

「ワンとはそういう国です。兵力こそ他の国を大きく下回りますが、・・・個人戦力としては他の国にも負けない自負があります。そして、・・・私も」

 その瞳を見たとき、アイレーンは自らが身震いしたことを悟った。

 別に魔眼などではない。ただ、その瞳にこちらに対する殺気が込められただけだ。

 ・・・ただ、この戦いで初めて(、、、、、、、、)

 先程までの攻撃や防御は、茜にとってなんでもなかったのだという事実に、アイレーンの身体は震えを持った。

「―――I wish to the spirits of the dead(我は精霊に願う)

 刹那、大量の水がアイレーンを覆った。

「なっ・・・!?」

 周囲にあった水が球体を作り出し、その中心にアイレーンを置く。

 そのまま球体はゆっくりと浮き上がり・・・地上から二メートルほどのところで停止した。

 がはっ、とアイレーンが咽る。息ができない。全ては水でできているからだ。このままここにいたら溺死だろう。

 だから必死に剣を振る。が、無意味だ。炎を使おうとしても水の中では炎が形成を待たずに消滅してしまう。

 一気に水を蒸発できるだけの炎を召喚できれば良いのだが、そこまでの魔力をアイレーンは持っていない。

 どうすれば、と焦るアイレーンの前方、茜がゆっくりとアイレーンを仰ぎ見る。

「冥土の土産、ということで教えてあげましょう。・・・あなたは精霊憑き、というのを聞いたことはありませんか?」

「――――――っ!」

 ある。

 精霊憑き。

 生まれながらに精霊に愛された存在。精霊の寵愛を受けて育つ者は一切の病を受け付けず、またその属性を操る術を会得すると聞く。

 とするならば―――、

「そうです。私は水精憑き。しかもその数は―――五十二柱」

「!?」

 精霊憑きの精霊の数は、そのまま全てのステータスに比例する。

 属性を使った攻撃、防御、また、使役できる限界などだ。

 通常、精霊憑きは多くても五柱程度だったはず。それを五十二。

 つまりこの少女はただでさえ稀な精霊憑きの中でも、十倍以上の能力を持った精霊憑きということになる。

 それならば、あの魔力も通していない水の壁の防御力や水の弾丸、水の刃の威力も納得ができる。

「では・・・」

 スッと、茜の手が掲げられる。掌を開き、

「―――あぁ、でもその前に一度チャンスをあげましょう」

 と、そんなことを言ってきた。

「これ以降二度と魔族を襲わないと誓うのなら、助けてあげても構いません」

 するとアイレーンの口元だけ水がなくなった。喋れ、ということなのだろう。

 だからアイレーンは大きく息を吸い、叫ぶ。

「舐めんじゃないよ! アタイはホーリーフレイム幹部・・・アイレーンだ!」

「・・・そうですか」

 頷き、

「―――Scatter(散りなさい)

 グッと掌を握りこんだ。

 刹那、水球がアイレーンごと収縮し、次の瞬間轟音と共に爆ぜた。

 回避しようのない一撃。

 後には死体どころか肉片一つ残らない。

「あなたのしてきたことを地獄で悔いながら・・・輪廻転生を待つことですね」

 踵を返す茜。

 ・・・まさに圧勝。まさに圧倒。

『最強の外交官』

 自国の王にそう言わせるだけの実力が、確かにそこには存在した。

 

 

 

 あとがき

 うい、神無月です。

 今回はカノンの四人の動きや、真琴VSエクレール。さらに茜VSアイレーンでした。

 真琴、VS時谷戦で不完全燃焼で終わった怒りをぶつけ本気を出しましたー。いや、強いんですよ、真琴は。

 で、茜。うん、ワンは個人戦力ではかなり強いですからー。中立守っててエアにやられなかったのはこの辺が原因。

 さて、次回は式VSバイラルとリリスVS伊織。後者は魔導生命体同士の戦いなんですよね、そういえば。

 さぁ、あと三話。さくっといきたいものです。

 では、これにて。

 

 

 

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