神魔戦記 第五十七章
「過去との決着(T)」
祐一はベッドから起き上がった。
身体は激痛を持って訴えてくる。まだ動くのは早い、と。
だがそんな悠長なことは聞いていられない。
なぜなら敵がいる。過去を払拭するためには打倒しなくてはいけない、最後の敵が。
「・・・っ!」
痛む身体は内側から剣で切り刻まれるかのようだ。それを精神力でなんとかカバーする。
「お呼びになりましたでしょうか、主様―――主様!?」
空間が歪曲して美汐が現れる。が、立ち上がって剣を腰に差す祐一を見て驚愕する。
無理もない。本来はまだ動けない身体だ。が、慌てて支えようとする美汐を片手で制する。
美汐は一瞬躊躇したが、祐一の表情を見て動きを止めた。なにかを察したのだろう。
「失礼します。何用でございましょうか」
次いで、隆之も入室してくる。そちらもこちらが立っていることに驚いたようだが、それは一瞬だった。
祐一は現れた二人に等分の視線を預け、
「敵がもうすぐそこまで来ている。だからお前たちにはすぐにやってもらいたいことがある」
「ちょ、ちょっと待ってください。敵が来るとはどういう・・・? それになぜわかるのですか?」
「わかるさ。敵はホーリーフレイム。その中に・・・忘れえられるはずがない気配がある」
ハッとする美汐と隆之。
ホーリーフレイム。その名を、二人が忘れるわけがない。なぜなら、
「・・・父の仇がそこにいる。だから―――」
だからお前たちにやってもらいたいことがある、と言おうとして、しかしそれは遠くから聞こえた爆音によって塗り潰された。
「ちっ」
動きが早い。もう来たようだ。
「俺たちが攻めてきたときに南側の住民は避難されていたな。その後、どうなった?」
「我々との戦いが終わった後は自主的に戻ったようです」
隆之の言うとおり戻っているとすれば、四の五の言っている暇はない。あのホーリーフレイムだ。街の者だからと見逃しは入らない
「久瀬。お前は増幅装置を使って全員に念話を送れ」
「御意。して、どのように」
「この状況下で部隊も作戦もない。各自速やかに敵を迎撃せよ、と」
「御意」
頭を垂らし、隆之は速やかに部屋を後にする。
それを一瞥だけして、今度は美汐へ振り向く。
「美汐には、連れて来て欲しい人物がいる」
「連れて来て欲しい人・・・?」
「あぁ」
一息。
「美坂香里、川澄舞、倉田佐祐理、倉田一弥の四人だ」
美汐の表情が驚愕に染まる。
だが、どうして、と問うことはなかった。美汐はしばらく祐一に仕えていてわかったからだ。この人物は何を言っても曲げない人だ、と。
この状況で返答がわかっている問いをするのは時間の無駄だ。
だから美汐は恭しく頭を下げ、これだけを言う。
「御意」
そして美汐の姿が消える。
それを見送って、祐一は南側・・・気配のする方を凝視した。
燃えている。
南側門近くの民家が激しく燃え盛っていた。
「ふっ・・・」
その光景にジャンヌは笑みを浮かべる。
炎は浄化の証だ。だからこそ、まずは火を放つことから始める。
侵入は容易だった。数人兵士がいたが、そんなものはゴミのようなものでしかなく、さらには門は最初から全壊していたのだから。
「ほ、ホーリーフレイムだ! 助けに来てくれたんだ!」
ジャンヌの姿を見つけ、感極まった声をあげる街の人々。
魔族に占領されたこの街を、そして自分たちを助けに来てくれたのだと、信頼しきったそんな目だった。
だから気付かない。ならばなぜ民家に火が放たれたのか。そして・・・ジャンヌの目が侮蔑の色しか含んでいないことに。
そうして街の人々がジャンヌに駆け寄ろうとして、
「汚らしい手で私に触れるな」
一閃が、全てを消し飛ばした。
「なっ・・・!?」
ジャンヌの振るった剣から放たれた黄金の波動は駆け寄ろうとした人々もろとも一直線上にある全ての物を消滅させた。
運良くそれに巻き込まれなかった者たちが愕然とした表情でジャンヌを見る。なぜ、と。
それに対しジャンヌは当然のように告げた。
「一度魔のもとに下った者ならばそれもまた魔も同然。・・・潔く浄化されるが良い」
一瞬の静寂の後、人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
だがそれを追うことなどしない。所詮数分の間生を長引かせるだけの結果に過ぎないのだから。
「さて・・・」
「ジャンヌ様、宣言を」
隣で跪いているバイラルの言葉に、ジャンヌは頷き剣を抜いた。
それを高々と掲げ、
「勇敢なるホーリーフレイムの騎士たちよ! ここに、この場所に魔が存在している!
故に我々は、我らが神の名の下に神罰を下し、この地の浄化を行う!」
「我らが神の名の下に!」
「我らが神の名の下に!」
「我らが神の名の下に!」
轟く言葉。次々と掲げられる剣の群れを背に、ジャンヌは高らかに継げた。
「―――行け、我らが神の名の下に!!」
「なに!?」
城の外をリリスと散歩していた亜衣は、突然響いた爆音に驚きの表情で空を見つめた。
空が・・・赤く染まっている。
「一体、なにが・・・?」
「ホーリーフレイムが攻めてきたって」
「リリスちゃん・・・?」
「いま念話が届いた」
「ホーリーフレイム・・・」
ホーリーフレイム。もちろん聞いたことはある。
エフィランズでも相当有名な名だった。魔族などを狩っている正義の集団、というふれこみだったはず。
自分もあの頃には確かにそうなのだろうと思っていた。
・・・だが、魔族のことを知るいまでは・・・。
「亜衣」
「え、なに?」
「攻めてきたってことは・・・パパの敵?」
「う、うん多分・・・。ホーリーフレイムは魔族とかを目の敵にしている集団だから、きっと祐一さんを狙って―――って、リリスちゃん!?」
言葉を紡ぎきる前にリリスが駆けたのだ。騒ぎ止まぬ南側へ。
「ちょ、リリスちゃん!」
呼びかけても止まらない。
おそらくそれだけリリスの中での祐一の存在が大きく・・・祐一の敵は許せないのだろう。
どうしようか、と思考し・・・しかし思いつくことなど一つしかない。
「追わなきゃ・・・」
リリスがとても強いらしいことは神耶から聞いている。
だが、だからといって放っておくわけにはいかない。
だから亜衣もその身を追うことにした。が、既にリリスの姿は視界の中にない。
「うわ、速いなぁ・・・」
魔力付与により強化した足で走っているのだろう。剣士などでは基本的な動作だ。
が、魔力を使用できない亜衣はそれができない。身体強化はできず、あくまで身体能力は一般の少女のものだ。
だから一生懸命に走る。
そうして南側に近付くと、
「え・・・?」
嫌な記憶を思い起こさせるような声が、耳に届いた。これは・・・、
「悲鳴・・・!?」
祐一の部下だろうか、と思うが・・・違う。これは、
「・・・街の人を、襲っている・・・!?」
走りついた先。そこはまさしく―――虐殺の惨状だった。
男、女、老人、子供・・・。関係ない。逃げ惑う人々を十字架のエンブレムを刻んだ騎士たちが背後から切り捨てている。
耳に届く言葉はただ一つ。
「我らが神の名の下に!」
―――なにが神だよ。
こんなものは、ただの殺戮でしかない。
逃げ惑う人々。悲鳴。爆音。炎。血。
それが全て―――あのときと重なって見えて。
「・・・!」
地を蹴った。無我夢中で。
北へ北へと逃げていく人々を掻き分けて一人、逆流する。
「ん? なんだ。あのガキは」
「さぁな、気でも触れたんだろう。魔にはよくあることさ」
「だな。では・・・我の剣で浄化してやろう!」
一人の騎士が向かってくる。対してこちらは何も持っていない。
が、そんなものは意味がない。
神殺しとは離れていてもなお隣にある者。
たとえこの場になくとも、己が使い手がそれを求めるならば、どのような場所であろうとやってくる魔武具。
誰に教えられたわけでもなく、亜衣はそれを理解していた。
なぜなら、彼女もまた神殺しの使い手なのだから。
だから呼ぶ。手を中空に掲げ、己が力を。
「―――来て、ディトライク!」
直後、空間が歪曲して一振りの斧が手元に出現した。それを手に取り、亜衣は騎士―――敵を見る。
あのときはなにもできなかった。母も父も死んだ。
だが、だがいまならば、
『一般兵くらいならいまのお前でも渡り合えると思うぞ』
いまならば―――戦える!
「はぁ!」
突如現れた斧に驚きを見せた騎士は、注意を払って後ろへ下がり魔術を放ってきた。
「『火炎球(』!」
亜衣は止まることなくそれに激突した。だが、無論亜衣に魔術など通じる訳がない。
「なっ!?」
驚きに動きを止めた騎士に向かってディトライクを一閃した。
第一段階とはいえ、神殺し。そんじょそこらの鎧で止められるはずもなく、
「ぎゃあ!」
粉砕。肉と骨もろとも切り飛ばされ、騎士はその身を二つに分かたれた。
飛び散る血。手に残る肉と骨を絶つ感触。
「―――っ!」
歯噛みする。振るえを止めろ。人を殺すことになるかもしれないことは修行しているときからわかっていたこと。
だから気持ちを揺らすな。前を見ろ。いま自分は戦っていて、そして守るべき者があり、そして・・・敵は前にいるのだから。
「・・・ぁぁぁあ!」
気合でもろもろの感情を押さえ込み、さらに強く足を踏み込んだ。前へ、前へと。
二人の騎士が慌てたように剣を振るってくる。
だが、遅い。
―――時谷さんの攻撃は、もっと鋭かった!
左から来る剣を無視して右へ突っ込む。その右側から来る横合いの一撃を地を這うくらいの低姿勢で掻い潜り、背後に回りこむ。
「はぁぁぁ!」
振り向きざまに一閃。その振り上げの一撃は斜めに騎士を両断する。
それでも止まらない。止まることをしない。
「く、こんなガキが・・・!」
振るわれる剣は、狼狽が込められてる。敵を殺す一撃ではなく、敵を近付かせないための一撃だ。
それが読み取れる亜衣に、そんな一撃が届くわけもない。かわし、肉薄する。
「ふっ!」
横一直線に薙いだ。勢いによって騎士の上半身が吹っ飛んでいく。
「はぁ・・はぁ・・・はぁ・・・!」
崩れ落ちる下半身を一瞥だけして、亜衣は汗を拭った。
この汗は運動に対するものではない。気力に対するものだ。
血の臭いでクラクラする。少しだけ吐き気もある。だが、ホーリーフレイムはまだ大勢いるはずだ。
そうして体勢を直し、再び走り出そうとして、
「あらあら。威勢の良いお子様ですこと」
クスクス、と笑い声が耳を穿った。
ハッとして声のする方・・・後方へ顔を向ければ、そこには自分よりわずかに年上かと思われる少女がいた。
着込んだ鎧や盾には先程の騎士たちと同じ十字架。ホーリーフレイムの一員のようだ。
その少女は不意に亜衣によってやられた騎士たちを侮蔑の色を含んだ視線で見下ろすと、
「まぁ、そんなお子様にやられる者たちも者たちですが」
近付いてくる。それに対し身構えながら、
「・・・あなたもあまり亜衣と歳変わらないように見えますけど?」
言い返せば、少女の笑みが止まる。
「・・・ふぅ。だからお子様だと言うんです」
「どういうことですか!?」
「なぜって? それは―――」
刹那、少女の姿が視界から消えた。
目を見開き、慌てて周囲を見やり―――、
「彼我の実力差を判断できないんですから」
「!?」
「どこを見ておられるの? わたくしはこちらですわ」
声は真後ろ。だが、振り返るよりも攻撃の方が早い!
「ラトゥール・セイオ」
衝撃が背中を襲った。強烈な剣風に巻き込まれ、亜衣の軽い身体は大きく吹っ飛ばされる。
「げ、ほ・・・!」
背中から民家に突っ込んだ。思わず意識が遠のき、息が詰まるが・・・こんなとこで意識を失えばそれこそ殺される。
だから気合で意識を押し上げ、そのままなんとか立ち上がった。
「あら、まだ立てますの? このホーリーフレイム幹部、エクレールの一撃を喰らって立てるなんて・・・案外しぶといですわね」
クスクス、と笑う少女―――エクレール。それを見据え、
「いまのは・・・風? でも魔力は亜衣に効かないはずなのに・・・」
「みたいですわね。でも、いまのは魔力を通わせた風ではなく、純粋にこの剣で巻き起こした自然の風ですもの。
第一、わたくしの属性は水ですわ」
一歩。言いながらエクレールが詰め寄ってくる。
それに対して下がろうとして・・・しかし後ろはいましがたぶつかったばかりの民家があることを思い出した。
―――下がれない、ね。
だが、これで後ろからの強襲は避けられる。なら前方だけを注意していれば良い、と意識を前に戻すと、
「!?」
目の前から青い壁が迫っていた。
いや、これは・・・、
「水の波!?」
直撃する。だが、魔力無効化である亜衣にそれによるダメージはない。
それは相手もわかっている。ならばなぜこの攻撃を放ったのか。それは・・・、
「目くらまし、ですわ。動きは良い。心構えも良い。ですが・・・あなたは経験が少なすぎますわ」
声は上から。咄嗟にディトライクを上に構えるが、重力すら味方にまわしての振り下ろしの一撃は重い。
「くっ・・・!」
抑えきれず、身体が沈む。するとエクレールが空中で身体を捻り剣を横から振るってきた。
身軽さと体捌きを駆使した横からの一撃。その素早い切り返しに、亜衣の視覚は追いついても身体が間に合わない。
「うわぁぁ!?」
ディトライクで衝撃を殺すのが限界だった。再び大きく吹っ飛ばされ、地面を一度二度と大きく転がっていく。
砂塵が舞う。その中で、亜衣はただうつ伏せに倒れるだけだ。
立てない。
時谷との修行により動きは良くなった。戦えるだけの動きを得、そして技術も手に入れた。
だが、それでも時谷は手加減していた。だから亜衣は、ほとんど攻撃を受けたことがない。
だからこそ、亜衣は打たれ弱い。戦えるようになったとは言え、握力も筋力も、身体能力は十歳を少し超えた程度の少女のもの。
それが二度。大の男ですら苦悶するほどのダメージを受けて立てるわけがない。
「あ・・・ぐ・・・」
「さすがにもう限界のようですわね。ですがまぁ、あなたの歳を考えれば・・・頑張った方だと思いますわ」
視線を上げることすらできない。わかるのは、近付いてくる気配と足音があるということだけだ。
ディトライクを構えようにも腕も痺れて動かない。先程の振り下ろしを受けたからだろうか。
足音がすぐ近くで止まった。
「さようなら。恨むのなら、魔に加担した自らの愚かさを恨みなさい」
振り上げられる剣。それを視界の隅で捉え、あぁ、自分はこんなとこで死ぬんだ、と自覚した。
思わず涙がこぼれた。
死ぬのは嫌だ。怖い。だが、この涙はそういうことではなくて・・・一緒に戦うと、あれだけのことを言っておいた結果がこれなのだと。その悔しさに涙が溢れた。
「・・・ごめん、なさい」
誰にともなく呟き、来るであろう激痛に目を瞑った。
そして、耳に肉を切り裂く嫌な音が響いた。
・・・のだが、
「・・・?」
痛みがこない。それともあまりの痛さに感覚が麻痺しているのか。それとも・・・・自覚していないだけでもう死んでいるのか、と思った瞬間、
「あらあら・・・。これは、また」
小馬鹿にするような言葉が飛ぶ。それと同時、頬に温かいものが伝った。
これは・・・?
瞼を開けて・・・その正体に気がついた。
血だ。
自分ではない、誰かの血が自分の頬に落ちている。そしてゆっくりとそれを追っていけば・・・、
「あ・・・」
そこに、こちらを庇う様にして立つ男がいた。
「あぁ・・・」
「・・・ったくよぉ、なにやってんだ。てめぇは・・・」
見間違うはずがない。聞き違うはずがない。
なぜならその人物は、ここ最近ずっと一緒にいた存在で・・・。
「時谷さん!?」
「よぉ」
気軽な声が返ってくる。だが、その腹からは大量の血が吹き出ていて、こちらの頬に伝っていた。
それだけで、どういうことなのか容易に想像できる。
庇ってくれたのだ。こちらを。
「なんで・・・、なんでですか!?」
思わず叫んでいた。どこに叫ぶだけの力が残っているのか不思議だが、それでも声は出ていた。
なぜ、こんなとこにいるのか。
そして・・・なぜ、自分なんかを庇っているのか。
すると時谷は口元に血を浮かべながらも苦笑を浮かべ、
「なんかよくわかんねぇけど・・・、体が勝手に動いちまったんだよ。仕方ねぇだろ」
すると、ぐっ、と苦しそうに呻き膝を突く。
「時谷さん!?」
いますぐその背を支えたい。でも、身体はまったく言うことを聞かない。聞いてくれない。
悔しい、という思いが更に募る。
自分の無力さが、悔しい、と。
「あは、あはははは!」
唐突に笑い声が上がった。無論、それはエクレールの声だ。
さもおかしそうにひとしきり笑うと、口を手で押さえ、いまだ少し震え肩を見せ、
「ふふ・・・。失礼。あまりにも面白い光景を目の当たりにしたのでつい。・・・魔ともあろう者が他者を庇うなどと・・・えぇ。とても面白いです」
「はん・・・。そんなに魔族が他者を庇うのがおかしいかよ?」
「当然ですわ。悪たる魔族にもそのような心が少しでもあるなどと・・・・・・・・・汚らわしすぎて逆に笑えてきてしまいます」
表情が変わった。それまでの笑みの残滓はなく、ただ無表情に・・・まるでゴミでも見るかのような冷えた目で二人を見やる。
剣を向け、一歩を刻み、
「えぇ。それでしたら二人まとめて葬って差し上げましょう」
剣を振り上げた。
「ちっ・・・!」
すると時谷が亜衣の身体を抱える。再び庇うように。
「だ・・・」
駄目、と言おうとした―――刹那、
「なにしてんのよ。斉藤時谷」
炎が、舞い降りた。
「なっ・・・!?」
慌ててエクレールが下がる。
そしてエクレールと時谷たちの中間。振り落ちた炎の中から一人の人影が浮かび上がった。
腰まで伸びる狐色の髪。腕に装備された爪は輝きを放ち、炎を纏った少女がいる。
その姿は、間違いなく、
「・・・沢渡、真琴・・・!?」
時谷の驚愕の言葉に、少女―――真琴が小さく笑みを浮かべた。
「栞たちから聞いたわ。あんた、祐一の仲間になったんだってね」
「・・・ああ」
「まったく・・・。起きて早々の戦いがよりにもよってあんたを助ける戦いだとは・・・やってらんないわ」
嘆息。でもま、と続け、
「祐一が認めた仲間なら、真琴にとっても仲間だもの。助けてあげるわよ。
・・・でも、この借りは大きいわよ?」
振り返る。真琴の視線の先には、エクレール。
「借り、ですか。あなたの頭の中ではもうわたくしに勝てることになっているのですか?」
すると真琴は笑って告げた。
「当然」
「・・・っ!」
素早い動きでエクレールが剣を構える。その表情を怒りに染め、
「その態度・・・、冥界で後悔させてあげますわ!」
「上等よ。こっちもずっと氷の中だったからストレス溜まってるの。・・・ここで発散させてもらうわ」
二人の少女が、地を蹴った。
どうしよう、どうしよう、と思いながらマリーシアは街を走っていた。
この王都カノンにある教会を見たくて散歩していたら突如爆音と悲鳴が響き渡った。それだけでなにかが起こったのだとわかる。
なにかの事故だろうか、とも一瞬思った。だが、しばらくして頭に響いてきた念話で全てを理解した。
ホーリーフレイムが、カノンを攻めているのだと。
戦いの音は南側からだ。教会は東側にあったので。こちらはまだ被害はない。
とりあえずマリーシアは城へ向かって走っていた。
何がしたくて走っているのか、何をするために走っているのか、自分でも理解できぬままに走る。
そして曲がり角に差し掛かって、
「うわぁ!」
「きゃっ!」
何かにぶつかった。だが、衝撃は小さい。
なにが、と思い前を見れば、そこに自分よりもずっと小さい男の子が尻餅をついていた。
「ご、ごめんね、大丈夫?」
「え、あ、うわ・・・!?」
こちらを・・・というよりむしろ背中の黒い翼を見て少年は悲鳴を上げた。
その少年のこちらを見上げる表情を見て、思わず悲しくなってしまう。
エフィランズとは違う、ということは頭でわかっていたはずなのに・・・それでも心が痛んだ。だが、
「!?」
その少年の後ろを見て、そんな思いは吹っ飛んだ。
人がいた。二人。・・・鋼色の鎧に、返り血をくっつけた騎士が。
「な・・・」
忘れるはずもない。その肩に刻まれたエンブレム、その鎧・・・。それは、
「ホーリーフレイム・・・!?」
もうここまで、という思いの向こうで騎士が剣を振り上げる。その切っ先は・・・目の前の少年。
「!」
思考よりも先に身体が動いた。
倒れていた少年の腕を手に取り、力ずくでこちらに引き寄せたのだ。そしてワンテンポずれて剣が空を切り裂く音。
「ちっ・・・!」
騎士たちと目が合う。
「あ・・・」
殺される。そう思った。
父のように。母のように。殺される。
その思考が頭を埋め、身体は機能を停止する。
「うわぁぁぁぁ!」
が、腕の中から聞こえる少年の悲鳴に目を覚ました。
駄目だ。いま自分が死んでしまえばこの子も死んでしまうことになる。
―――それは駄目!
かぶりを振り、マリーシアは少年の手を更に強く握る。
「逃げるよ!」
答えも聞かず走る少年の恐怖心はこちらとあちらで等分だったが、少年は引かれるままに走り出した。
後ろからもこちらを追いかけてくる音がする。ガッシャン、ガッシャンと響く鎧の音がこちらの恐怖心を煽る。
だが止まるわけには行かない。止まればそれは即ち・・・、
「・・・!」
だが、足は止まった。なぜなら、前方にも騎士が三人いたからだ。
左右を見るも、壁ばかり。逃げ道は・・・ない。
「ひっ・・・!」
「大丈夫。大丈夫だから」
泣きそうになる少年を抱く。腕の中に埋まった少年に向けた言葉は、もしかしたら自分に向けたものでもあるかもしれない。
前から、後ろから、騎士がやってくる。
―――誰か、助けて・・・!
港町ウィゾンでは名雪に助けられた。だが、いまは助けてくれるような人はいない。
「うっ・・・!」
涙が出そうになった。
何もできない自分が悔しい。人の助けを待つことしかできない自分が悔しい。
せめて・・・せめてこの少年を助けるだけの力が欲しい・・・!
騎士たちが剣を抜き、高らかに叫ぶ。
「我らが神の名の下に!」
「我らが神の名の下に!」
そしてこちらを串刺しにせんと剣を突き出す。
もう駄目だ。そう思い、いっそう少年を抱く腕に力を込めて瞼を閉じた。
だが、聞こえてきたのは肉を裂く音ではなく、
「な、なんだ―――ごばぁ!」
「う、う・・・ぎゃっ・・・!」
そんな、男たちの悲鳴だった。
「え・・・?」
驚きに開いた視界の中。そこにあるのは・・・先程こちらに剣を突き出したはずの騎士たちの死体だった。
ある者は何かに刺されたような跡が無数にあり、ある者は首を切られていたり、またある者は押しつぶされたように潰れていたりと様々だった。
なにが、と思うのと、
「カノンが騒がしいので戻って来てみれば・・・まさかこんなことになっていようとは、思いもしませんでした」
そんな声が上から来たのは同時だった。
仰ぎ見る先、民家の屋根の上に傘を差した少女がいる。そして肩にはワンの紋章。
「あ・・・」
里村茜。
「良かった。間に合ったようですね」
こちらを見下ろし笑みを浮かべた茜は、ふわりと屋根からこちらへ飛び降りた。
「あ、あの・・・えと、あ、ありがとうございます。・・・でも―――」
「ワンが手を出しても良いのか、ですか?」
頷く。すると茜は表情を変えぬまま、
「まぁ、駄目でしょうね。まだ同盟を組んだわけでもありませんし」
「そ、それじゃあ・・・」
「しかしそういう状況であの人は偶然とはいえ、頼みを聞いてくれました。だから私も頼みを聞くことにします。
それに、・・・知人を目の前で殺されるのを黙ってみているのも気が引けますし。
だから、マリーシアさん。―――下がってください」
え、と思った瞬間、轟音がやってきた。だがそれは茜の背後に突如出現した水の壁によって遮られる。
「へぇ。まさかあれだけ隙だらけだったのにアタイの一撃を防御するなんて・・・やるねぇ」
粉塵巻き上がるその向こう。剣を担ぎ来る巨体がある。
「・・・っ!?」
マリーシアは知っている。
その人物は、ホーリーフレイムの幹部、アイレーン。
噂ではたった一人で砦を攻め落としたとも言われている人物だ。
「さ、里村さん! あの人は・・・!」
「わかってます。しかし、それでなお私はこう言いましょう。・・・大丈夫です」
茜が振り返り、アイレーンを見やる。
「・・・ふん。まさかワンが魔族の味方してるとはね。驚きだよ。
こりゃあ、カノンを攻め落としたらワンにも行かないとだねぇ?」
茜はその言葉を聞いて嘆息する。
「ワンを攻める? あなたが?」
そして、失笑。
「それは無理でしょう。なぜなら・・・あなたはここで死ぬのだから」
「・・・なに?」
眉を立てるアイレーン。それと対峙する茜は、見ている者が身震いするほどの冷笑を浮かべ、こう述べた。
「宣言しましょう。・・・あなたは一撃も私に当てることなく―――死ぬ、と」
街の中を三人の影が走っていた。
幹也たちだ。彼らはカノンを出ようとしたときにこのホーリーフレイムの強襲に巻き込まれる形になってしまった。
しかも向こうは手当たり次第だ。こちらも狙ってくる。
三人はなんとか逃れ、こうして城へと向かって進んでいた。
外にはホーリーフレイムが蔓延っている。ここは城に逃げ込むのが一番だろう。
「しかし・・・厄介なことになったな」
隣を走る杉並の呟きに、幹也も頷く。
―――まだ祐一の身体は完全じゃないのに・・・。
それでも祐一は戦うだろう。一度大切な者を失った祐一だ。どのようなことがあろうと守ろうとするに違いない。
そんな祐一を心配に思うが、いまは自分たちのことを優先すべきだと思考を切り替える。
そういう冷静さが、彼にはあった。
だが、
「!」
「うわ〜〜〜ん」
脇道から四、五歳くらいの少女が出てきた。人形を抱えながら泣いていて、服は所々汚れている。
親とはぐれたのかもしれない。だから幹也は少し進路を変えて少女の下へ走った。
「おい、幹也!」
式の声が耳を掠めたが、それよりも少女を保護するほうが先だ。
少女の下に駆け寄り、屈み込む。
「大丈夫かい?」
「うわぁぁぁぁぁん」
駄目だ。こちらの言葉が届いていない。それだけパニックになっているのか。
かと言ってこのままここに置いていくわけにもいかない。
「仕方ない」
抱え上げる。少女は別段暴れることもなく腕に収まった。
そのことに安堵し踏み出そうとした瞬間、
「我らが神の名の下に!」
「!」
少女の出てきた脇道から剣を振り上げた騎士が現れた。
この距離、この状況で―――幹也に回避する手立てなどない。
「―――馬鹿が!」
叱責と同時に風切り音。それは銀色の軌跡を生み、
「がぁっ!?」
騎士の腕を両断した。
その間、幹也を庇うようにして立ったのは、
「式・・・」
「だから言ったんだよ。こんなところに来るもんじゃないって」
「くそぉ!」
健在の方の腕で式に殴りかかろうとする騎士。だがそれを式は余裕の動きでかわし、懐に飛び込んで肘を打ち込んだ。
「ぐふ・・・!」
鎧といえど全てを全て守れるわけではない。動きやすさを重視して鉄でできていない部分もある。
脇腹。腰との付け根の部分。そこから攻め上げるようにして肘は正確に叩き込まれた。
崩れ落ちる騎士を一瞥すらせず、式は肩越しに幹也を見やった。
「何ぼさっとしてんだ幹也。早く行くぞ」
「うん」
「いや、そうはいかんようだぞ」
「え?」
杉並の言葉に振り向く。すると前方・・・人の壁が見える。
その数、およそ二十ほど。
そして中央には他の者とは違う威圧感を携えた男がいる。
「魔に穢れし者は鼠一匹とて逃がしはせん。このバイラルの剣によって浄化されるが良い」
そう言ってバイラルたちがこちらに歩を進めてくる。それに対しあとずさる杉並と幹也。だが、一人前に進む者がいる。
「式」
「・・・下がってろ、幹也。あとお前もだ」
杉並の肩を掴み、後ろへ促すのは式。そうしてさらに前に出て、単身ホーリーフレイムの前に立つ。
「みすみす殺されに来たか、穢れし者よ」
「何言ってんだお前。穢れるだのなんだのとわけわかんないこと並べ立てて。
・・・気に食わないんだよ。お前らのやってることは単なる殺戮だ」
「殺戮? 戯けたことを抜かすな。これは粛清であり浄化だ。魔に穢れし者を神に代わって葬っているのみ。決して殺戮という野蛮な行為ではない」
「それこそ戯言じゃないか。自分たちの行いを神の代行なんていうふざけた建前を翳して美化しているだけだ」
瞬間、バイラルの眉がつりあがった。
「貴様・・・我らが神を愚弄するか!」
「神・・・ね」
式は失笑する。片手にナイフを構え、
「そいつが生きてるんだったら・・・、オレはたとえ神だろうと殺してやる」
見上げた瞳は、全てを見通すような青に輝いていた。
「『突き抜けし水の刃(』!」
圧縮された水の刃を受け、騎士が鎧ごと細切れになっていく。
「くっ・・・!」
察知した殺気をもとに、振り返りざまにもう一撃を喰らわせる。そうしてまた一人が腹から両断された。
「はぁ・・・はぁ・・・」
栞は周囲を見やる。
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。各所で魔の浄化という名の下に虐殺が行われている。
―――なにが魔の浄化ですかっ!
そう言って罪のない人間に刃を振るうことが許されるはずがない。
オディロから真琴の治療を無事遂げて、帰ってきたら―――この状態だった。
さくらや美咲、真琴とも逸れてしまったが、きっと皆も戦っているだろう。
だから自分も戦わなくては。
人々のために。そして・・・祐一のために。
「うわぁ!」
「!」
奔る。なにを考えるより先にその声が上がった場所へ奔った。
「え・・・!?」
駆けつけた先、騎士が剣を振り上げている。だが、驚いたのはいままさに殺されそうになっている青年だ。
その青年は―――アーフェンにいた青年だ。そして、美咲に石を投げた青年でもある。
「―――っ!」
―――だからなんだって言うんです!
一瞬でも迷いを生じさせた自らの心を叱責した。
そんなことは考えるまでもない。無意味に殺されそうになっている人を助けるのに・・・思考など不必要!
「『水の大障壁(』!」
騎士と青年の間に水の壁が出現し、振り下ろされた剣が止まる。
その間に詠唱しつつ駆け、
「『突き抜けし水の刃(』!」
放たれた水の斬撃が騎士を突き抜ける。鎧など紙だと言わんばかりの一撃は、その身体を一閃せしめた。
「な・・・え・・・?」
困惑の表情を浮かべる青年が、こちらを振り向く。
「し、栞様・・・?」
その表情の驚きは・・・はたしてどういったものなのだろうか。
恐怖か。それとも差別的なものか。
・・・そうでなければ良い、と思う。
だが、それを話している暇はないだろう。
なぜなら―――青年を間に挟むような形で前方、・・・圧倒的な気配を持った存在がいる。
少女だ。他の者たちとは明らかに異質だとわかる。
服装。雰囲気。気迫。なにもかもが。
だが、・・・少女の持つ武器は血に濡れていた。それだけで栞は十分だった。
やっていることに変わりはない、と。
「逃げてください。早く」
「栞様・・・あなたは、魔族の仲間で・・・」
「その話は後です。私はできる限り多くの人を助けたいんです。・・・ここにいたら死にます。だから早く!」
「・・・!」
栞の言葉に、青年が腰を上げて駆けていく。そしてこちらの横を通り過ぎていく際に、
「死なないで・・・ください」
聞こえた言葉に、栞は頷きを返した。
生きていて欲しいと願ってくれる人がいるのなら、
「死ぬわけにはいきません」
そう思えるのだから。
遥か前方。表情の色が見えない少女はこちらを覇気のない瞳で見据えている。
「・・・・・・死ぬわけにはいきませんか」
「・・・?」
「そうですね。そう・・・・・・死ぬわけにはいきません。それは・・・・・・私も同じです」
ですが、と少女は自らの獲物を構えた。
三叉。それを両手に構え、少女は腰を落とす。
「・・・・・・すいませんがあなたには死んでもらいます」
そして、
「・・・・・・伊織、参ります」
跳んだ。
さほど早いわけではない。栞の目でもなんとか追えるくらいのスピードだ。
だが、栞は魔術師。接近されればその時点で決着が着く。
水の大障壁を、と腕を振るが・・・止める。
防御に回っているようではこの相手には勝てない。中途半端に自らを守ろうとすれば、逆にそこに付け入られる。
ならば・・・、
―――攻める!
「『突き抜けし水の刃(』!」
「!」
それはあちらも予想外だったのか、わずかに動きが鈍る。そこへできる限りのスピードで詠唱をした第二派を放つ。
「『突き抜けし水の刃(』!」
だがかわされる。その二つの攻撃を掻い潜って、地を滑るようにに栞へ迫る。
「その思い切りさは・・・・・・たいしたものですが・・・・・・」
距離を詰められた。敵の攻撃が届く間合い。
だが、それでも栞は防御を取らなかった。
―――攻めろ!
肉薄してきた伊織へ逆にこちらから身体をぶつけに行く。驚きに動きを止めた伊織の腹に腕を添えて―――撃つ!
「『洗練たる水の濁流(』!」
「・・・っ!?」
強烈な水の一撃を受けながら、伊織の身体が大きく吹っ飛び、民家へ突っ込んだ。
「はぁ・・・はぁ・・・!」
最後の一撃。さくらに教えてもらっていた無詠唱を使ってみた。
使用は初めて。上手くはいったが・・・魔力の制御が上手くいかなかった。身体が少し痺れてしまっている。
こんな荒業を連発できるさくらのすごさを改めて理解した。
「・・・あの人は・・・?」
あの敵はどうなったか。視線を前に向ければ・・・、
「・・・・・・」
いた。
着物こそ水圧で腹部分が破けていたが、どうやら伊織自身は無傷のようだ。平気な顔をして立っている。
「・・・・・・出し抜かれてしまいましたね。ですが・・・・・」
次はありません、と伊織は疾駆した。
そう、確かに次はない。なぜならこちらは痺れで動きが取れないのだから。
対処は・・・不可能。
「!?」
が、伊織は突如動きを止めた。そのまま伊織はこちら―――ではなく、さらに後ろを注視する。
誰かいるのか。しかし気配はまるで感じない。ならば・・・?
ジャリ、と砂を踏むような音がすぐ隣で聞こえた。驚き見れば・・・、
「リリス・・・ちゃん?」
そう、そこにはリリスがいた。
その瞳は碧に輝き・・・そして怒りに満ちている。
「・・・栞は、そこで休んで」
「でも―――」
「・・・大丈夫」
リリスが進む。
そして伊織を見据え、リリスは銃を向けた。
「・・・・・・栞はリリスの味方。リリスは栞の味方。そして栞が危なければ、それを助けるのも味方」
睨む。それは、リリスの見せた初めての感情―――怒り、というものだった。
「だから許さない。・・・リリスの仲間を殺させない!」
碧の瞳が一際強い輝きを放った。
あとがき
はい、めちゃめちゃ長くなってしまった五十七章をお届けしました、どうも神無月です。
んでまぁ、これで戦いのラインナップは決まりました。
人員的には豪華だと思うんですが、どうでしょうかね? 神魔では初戦闘の人もいますし。
次回は真琴VSエクレール、茜VSアイレーンをお届けですw
ではでは。