神魔戦記 第五十五章

                  「決戦、カノン(Z)」

 

 

 

 

 

 ドン!

 大気を穿つ音が、玉座に響き渡った。

 それは銃声。表情という色をなくした少女が放った、無常な一撃。

 それを祐一は剣で防御する。が、

「なんだ・・・?」

 腹で弾丸を受けた。その弾丸はどうやら魔力で編みこまれたもののようで、受けた後に大気に散った。それは良い。

 だが、受けた部分・・・腹に亀裂・・・というよりは罅、いや綻び、といった方が正しいか。そんなものができていた。

 この剣は無名ではあるが、それでも名工の作り上げたものだ。そう簡単に壊れるはずがない。

 先程までの戦いの反動かもしれない。が、・・・それよりもあの銃になにかがあると考える方が普通だろう。

 そうして再び引き金を引こうとする少女。

「待て、お前は何故戦う!?」

 祐一の問いかけに、少女の動きがわずかに止まる。次いで、首を傾げて、

「何故・・・? ・・・敵が、いるから」

「敵? お前の敵とはなんだ?」

「敵・・・。敵は、敵。リリスの敵」

「リリス・・・? それがお前の名か」

「リリスはリリス。敵を殺すことが・・・リリスの存在理由」

 その物言いに力はなく・・・いや、当然のことであるからこそ強く言う必要もないのだろう。

 だから淡々と、少女―――リリスは続ける。

「敵を殺す。・・・リリスがリリスであるために」

 話でどうにかなる状況ではないようだ。舌打ちし、来るであろう攻撃に向けて脚に力を入れる。

 ドンドン、と二発の銃声。同時に右に飛ぶ・・・が、

「!?」

 銃弾はこちらに飛んできていた。咄嗟の行動でその二発を剣で払う。

 が、やはり剣には罅が入った。そう何度も受けて入られないようだ。

 だが、・・・なにより驚くべきはいまの攻撃。

 まるで動きを読んだかのように攻撃が来た。

 だが、いまのは初動作すらなく、またなにかの動きの途中でもなかった。正直読めるとは思えない。

 また、攻撃の後に祐一は回避をしたのだから、軌道修正も無理だろう。

 とするならば、考えられることは唯一つ。

 ―――あの、魔眼か。

 祐一は碧色の魔眼というものを見たことも聞いたこともない。だからあの魔眼がどういった類のものであるか全く見当がつかない。

 が、推察はできる。

 知り得ないはずの敵の動きに合わせて、攻撃を放った。

 とすれば・・・未来を見ることのできる魔眼、などだろうか。

 時に関連する魔眼と言えばさくらの持つ時空の魔眼しか祐一は知らないが、もしかしたら、ということもある。

 仮に仮説が正しいとすると、これを打破するのは単純である。

 行動を読まれても、対処できないような攻撃をすればいい。

 思考は一瞬。戦いを組み立て、それを実行へと移す一撃を放つ。

「『月からの射手(レイ)』!」

 リリスの頭上から数多の光の矢が落ちる。これを避けさせてそこに次の一撃を放つつもりだったが、

「な・・・!?」

 少女は避けず、その光の雨を直撃した。

 魔力完全無効化だったか、と一瞬思うも、目の前の光景がそれを否定する。

 なぜなら彼女はそれによりダメージを受けていた。つまりリリスは魔力完全無効化ではなく・・・気配完全遮断の能力の持ち主ということだ。

 だが、貫かれたはずのリリスの身体の傷は瞬時に回復していく。

「避けられなかったのではなく・・・避ける必要がなかったと言うことか」

 その自己再生のスピード、覚醒時の祐一に勝るとも劣らない。

 リリスはそんなことなどまるでなにもなかったかのように銃を放つ。

 回復するとは言え、痛みはあるはずなのにリリスは表情を動かさない。まるで痛覚がないように・・・。

「くっ・・・!」

 そして相変わらずその攻撃は絶対に当たるポイントに飛んできて、剣で捌くしかないという状況だ。

 だが、一撃一撃が確実に剣を蝕んでいく。この剣が破砕されるのも・・・時間の問題だろう。

 しかし、・・・二人は完全に失念してる。この場には二人以外に・・・もう一人いることを。

「!」

 ブゥン、という強烈な風切り音がしたかと思った瞬間、リリスの身体はなにか黒い物体によって強く吹っ飛ばされていた。

 それは棺による横殴りの一撃であり、―――もちろんそれを行ったのは神耶である。

「神耶」

「この戦いに大きな意味はない。・・・私が手を出しても問題はないはず」

 頷く。

 この戦いは王や潤との決闘のように深い意味などない。これは純粋な・・・戦闘だ。

 視線の先、リリスがゆっくりと立ち上がる。首があらぬ方向に曲がっていたが、リリスは片手でそれを強引に正すと小さく首を振った。

 どうやら治ったらしい。

「・・・それにしてもものすごい再生スピードだな。まるで吸血鬼や蜘蛛と戦っているようだ」

「私でもあのスピードには負ける。・・・いままで魔導生命体に着手していなかったカノンがいったいどうやって・・・」

 魔眼、気配完全遮断に加え強大な自己再生能力ときた。

 確かに。いくら外国から技術を盗んだからとはいえ、・・・怒号砲すらオリジナルを越えられなかったカノンがどうやってこれだけの魔導生命体を作り出したのか。

 だが、それを考えている余裕はない。

 向こうはどうあってもこちらを敵と認識してるようだから・・・!

「敵は・・・殺す」

 いままで緩慢な動きしか見せなかったリリスが突如疾駆した。

 銃を持つ方ではない、空いた手をこちらに掲げる。つられるように手首の銀色に輝くブレスレットが揺れ、

「―――魔力は刃と化す―――」

 その手に、短剣が四本出現した。

「あれは呪具だったか・・・!」

 見た目、投擲用と思われる短剣。それぞれ指に挟み込み、しかし投げずにそのまま駆ける。

 そして片手が動き、銃が向けられる。条件反射のように祐一と神耶がそれぞれ左右に回避行動をとった。

 そして銃弾はその真ん中を通り過ぎ、確かに回避された。

「なっ・・・?」

 いままでどうあってもかわせなかった攻撃が、外れた。

 が、祐一は逆にこれに危機感を感じた。そしてそれは・・・正しかった。

「がっ!?」

 腕に痛みが走った。なにが、と振り向けば先程リリスが生成した短剣が突き刺さっている。

「さっきの銃弾はフェイントか・・・って、これは!?」

 突如、力が抜けていくような錯覚を覚えた。・・・否、錯覚ではない。実際に力が抜けている。 

 短剣を見やれば、こちらの力が抜けていくことに反比例し、その刃が大きくなっていた。

 それを見て、祐一はさっきの(まじな)いを思い出す。

 魔力は刃と化す。

 それは純粋に魔力で刃を作り出す呪具だと思っていた。が、違う。

 その(まじな)いの通り、その刃は突き刺さった相手の魔力すらも利用して刃を形成しようとする。

 これは・・・突き刺さった相手の魔力も吸い取っているのだ。

「くっ・・・!」

 慌てて刺さった短剣を抜く。するとそれはマナと変わって大気へ四散した。

 神耶の方を見やれば、どうやら神耶も短剣を受けていたようだ。左太腿に刺さった短剣を抜いているのが見える。

 と、その後ろへリリスが回りこんでいる。神耶はそれに気付かない。

 なぜ、という思いは刹那で答えを導き出す。

 ―――しまった、気配完全遮断能力!

「神耶!」

 呼び声に、神耶は一瞬でその意味を悟る。

 大きく跳躍をし、振り向きながら棺を防御のために構えた。

 が、連続で放たれた五発のうち二発を右肩と左脇腹に受けてしまう。その瞬間、

「がっ・・・!?」

 神耶の姿勢が大きく崩れた。

「神耶!?」

 なんとか着地する神耶に駆け寄る。そして傷口を見て・・・祐一は絶句した。

「これは・・・」

 傷口が・・・徐々にだが広がり、そして腐っていく。

 神耶の自己再生能力は通常の魔族を上回る。だが、その再生能力が働いていないのか、それとも働いてこの結果なのか・・・。

 どちらにしろ、これでわかったことがある。

「あの銃、概念武装か」

 どのような概念が込められているのか知らないが、この傷といい剣といい、当てた対象に徐々にダメージを与えるものらしい

「これは・・・また上手い具合に統率された装備だな」

 絶対命中の魔眼に、当たれば魔力を吸い取る呪具と、当たれば自己再生も通用しない傷口を広げる概念武装。

 ―――このまま普通に戦ってもジリ貧だな。

 身体能力、自己再生能力でも劣り、棺のような強力な防具も持たない以上祐一は神耶よりリリスとの相性が悪い。

 かと言ってどれだけ考えても有効な手段は思いつかない。

 とするならば・・・祐一にできることは一つしかない。

「祐・・・一?」

 不意に立ち上がる祐一を、傷口を抑えた神耶が見上げる。

「そこで待っていろ。あとで治療してやる」

「祐一・・・。手があるの?」

「・・・あまり、使いたくない手だったがな」

 怪訝な表情を浮かべる神耶を後ろに、祐一は歩を刻む。

 それに対しリリスは動きを見せない。余裕を見せている・・・というわけではないだろう。この少女にそういった感情があるようには見えない。

 リリスの表情はいままでと変わらないように見えたが・・・しかしわずかに目の部分が強張っているように見える。

 気付いたのかもしれない。祐一の雰囲気の変質に。

「行くぞ、リリス。俺はこんなとこで死ぬわけにはいかないからな。・・・悪いが力ずくでいかせてもらう!」

 刹那、強烈なプレッシャーが場を覆った。

「「!?」」

 リリスと神耶の表情が驚愕へと変わる。その視線の先にいるのは、もちろん祐一のみ。

 その祐一は強烈な重圧を撒き散らしながら天を仰ぎ―――咆哮する。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 視界が、強制的に具現化された魔力で多い尽くされた。

「な・・・!?」

「・・・くっ!?」

 神耶だけではなく、感情というものの希薄なリリスですら身震いした。

 荒ぶマナ。縦横無尽に駆け回る魔力によって壁は破砕し床は捲れて天井には亀裂が走る。

 無理もない。こんな馬鹿げた魔力(モノ)、たかが人が造り出した建造物が耐えられるわけがない。

 吹き荒ぶ魔力の渦の中心、そこに―――得体の知れない化け物がいる。

「・・・!?」

 黄金の瞳が、リリスを直視する。

「な・・・あ・・・!?」

 目が合い、リリスは無意識に徐々に後ろへ下がっていた。

 それも仕方ないだろう。背中しか見えない神耶ですら立ち上がることができないほどの恐怖。

 直視されれば―――その恐怖はむしろ命を殺ぐ毒にすらなり得る。

「この状態はそう長く維持できない・・・。悪いが早々にケリをつけさせてもらう」

 黄金の瞳の向こう、対の色を持つ翼が大きく戦慄いた。

 ―――右には光を司る純白の翼が。

 ―――左には闇を司る漆黒の翼が。

 そのそれぞれにすら神耶とリリスを足してもなお届かないだけの魔力が込められている。

 まさに桁違い。

 もし、もしも彼がやろうと思えば・・・おそらくこんな城など一瞬で消し飛ばせるだろう。

 それだけの魔力を纏った祐一が・・・一歩を進む。

「ひっ・・・!?」

 それだけでリリスは腰が砕け、思わずへたり込んでしまう。

 リリスは明確に感じ取っていた。

 恐怖と―――そして抗いようのない死の臭いを。

「あ・・・あ、あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 気でも触れたかのように銃を乱射し、短剣を投げつける。

 だがそのどちらも魔力で形成されたものだ。祐一の身体から放出される強烈な魔力の前に打ち消されてしまう。

 だが構わず撃ち続け、そして投げ続ける。

 一生懸命に死から逃れるように。

 だが祐一の歩は止まらない。その距離は確実に縮まっている。

「・・・や・・・だ・・・、やだ・・・よ!」

 ずりずりと後ろに下がりながら、銃を放ちながら、リリスは必死に首を横に振る。

「リリスは・・・敵を、敵を殺さないと・・・敵を殺さないといけないのに・・・! 敵を殺さないと・・・リリスはリリスじゃいられないのに・・・!」

 まるでそうして首を振ることが死から逃げられることであるかのように、必死に。

「なんで・・・リリスは、リリスは・・い、言われたとおりに・・・ただ、敵を殺せ・・・って、そ、そう言われたから殺すだけなのに・・・!」

 もう銃を撃つことも短剣を投げることもしない。ただリリスは怯えるように頭を抱え、泣き叫ぶ。

「生まれてきたことが・・・敵を殺すためなのに・・・! ど、どうしてそうするとリリスが・・・リリスが殺されるの!?」

「・・・・・・」

 祐一はあることを思い出した。

 それはいま後ろにいる、神耶と初めて出会ったときのことだ。

『作られたの。強欲な人間族に。魔族と獣人族の細胞を使って、何百という実験体の屍を積み上げて作りあげられた・・・魔導生命体』

 そう、なんでもないことのように語った少女は、続けてこう言った。

『勝手に生んでおいて殺そうとする』

 それは、きっとリリスにとっても同じことなのだろう。

 敵を殺せと勝手に生み出され、そうして敵と戦えばその敵に殺されそうになる。

 リリスは言った。

『敵を殺さないと・・・リリスはリリスじゃいられないのに・・・!』

 それはつまり、彼女の存在意義。存在理由。

 それを遂げなければ彼女が彼女でいる意味がないと・・・そう思っているのだろう。

 どうなんだろうか、と考える。

 生まれたときから何かを望まれるということ。自分が何かをするためだけに生まれるということ。

 ・・・生まれた者にとってはそれが当たり前であり、また鎖なのだろうか。

 目的があって生み出された。なら、その目的を果たせないことイコール生まれた意味がない、ということだ。

 ―――なんだ、それは。

 実際そうして神耶は役立たずの烙印を押されて・・・いまこういう状況になっている。

 そんなことは悲しすぎる。

 生まれたことに罪などない。

『この悪魔が! 神族のくせに魔物なんか生みやがって!』

 ・・・生まれたことに、罪などあって良いわけがない。

「あ・・・あぁ・・・」

 既にリリスとは伸ばせば腕が届く距離だ。

 リリスはその碧の瞳を涙で濡らし、怯えた表情でこちらを見上げている。

 その瞳は、死にたくないと、そう語っていた。

 ―――当然だ。死にたい奴なんていないだろう。

 こうして、勝手に生まされたのなら、なおさら。

 片手に持つ剣を見る。自分は、この子を殺すのだろうか?

 敵だから?

 だが、リリスはある意味でその敵・・・カノンの被害者だ。

 それに・・・自分は誓ったはずではないのか。

 悲しい存在は作らないと。そしてそんな者たちが共に暮らせる国を造るのだと。

 なら・・・自分のすべきことなど、決まっているのではないか。

「な、え・・・?」

 リリスは大きく目を見開いた。

 なぜなら死の具現であるはずの祐一が、武器である剣をいらないと言わんばかりに足元に突き刺し、そしてこちらの身を抱きしめたからだ。

「・・・え・・・?」

「大丈夫だ」

「あ・・・う・・・?」

「大丈夫。俺はお前の敵じゃない。そして、お前は敵を殺さなくても生きていられる」

「・・・!?」

「敵を殺さなくちゃ生きていられない、・・・なんていうのはどこかに捨てろ。生きている目的なんていうのは・・・自分で見つけるものだ」

 そう、自分がそうであるように。

 生まれたことを後悔した自分ですら、こんな気持ちになれるのだから。

 だから、この少女にも・・・、

「だから生きろ。俺はお前の敵じゃない。味方だ」

「み・・・か、た・・・?」

「あぁ。お前と一緒にいる。共に生き、守り、支える・・・。それが味方だ」

「・・・リリスは・・・殺されないの? 敵を殺さなくても・・・リリスで・・・いられるの・・・?」

「あぁ。そうだ」

 ただ頷き、祐一はより強く少女を抱いた。

 震えている。それはきっと自分が与えた死という恐怖によるものだろう。

 いまも怯えているだろうか。

 でも、これは知っていた方が良いことのはずだ。

 死の恐怖。

 それを忘れなければ・・・きっとこの少女はこれからこんな簡単に人の命を奪おうとはしないだろうから。

「リリス・・・リリスは・・・」

 リリスの腕から銃が落ちた。そしてその腕はゆっくりと祐一の背に回される。そして、

「リリスは・・・」

 一つ、二つ・・・。ゆっくりとこぼれるものがある。

 涙。

 ボロボロと泣くその様は、見た目同様の幼さに満ち溢れていた。

 泣け。

 泣けば良い、と思う。

 自分だって昔は泣いた。泣いて知ったこともある。

 良くも悪くも泣く、という行為は自分が信じていたことを否と否定されたとき、はたまた悔しいか嬉しいときに起きる現象だ。

 だから泣けば良い。

「リリスは・・・生きていたいよ・・・だから、」

 だから一緒にいて・・・味方でいて・・・いろいろと教えて欲しい、とリリスは言った。

 それに対し祐一の言葉は一つしかない。

「あぁ」

 ―――さぁ、時間切れだ。

 あれだけ周囲を荒らしていた魔力が途端に霧散する。同時に薄れていく意識。

 ―――国を落とし、晴れて国王になったにもかかわらず、しばらくは動けないわけか。

 無様だな、と思うも・・・まぁ、それも良いだろう。

 それにより、いま一人の少女を救えたわけだから。

 さて、次自分が目を覚ましたときには・・・いったい皆はどのような表情で迎えてくれるだろうか。

 そんなことを思いながら―――祐一の意識はゆっくりと落ちた。

 

 

 

 あとがき

 あい、神無月です。

 決戦、カノン。終わりましたー。まぁ、カノン王国編はまだ続きますが。

 まぁ、元ネタになっているゲームを知っている方はわかると思いますが。

 さて、いよいよカノン王国編も終わりが見えてきましたね。

 さー、頑張っていきましょう♪

 

 

 

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