神魔戦記 第五十一章
「決戦、カノン(V)」
そこはやはり高級感漂う空間だった。
吹き抜けの天井には豪華なシャンデリアが飾られ、広間には無意味なくらいでかい階段や何が描かれているかよくわからないような絵画がある。
無論、カノンの王城なのだからこれくらいが普通だろう。
そしてその広間。
「・・・ほう」
感心するように呟いた祐一の眼前。そこには広間を埋め尽くすかのような兵士の壁が出来上がっていた。
「ざっと・・・百人くらいはいるか?」
大まかなカウントだが・・・まぁ、その程度だろう。
「外での迎撃を減らしてまでここに兵を投入するぐらいだから・・・敵さんも何人かは抜けてくるって考えてたみたいだね」
名雪の言葉に頷く。
美坂香里に倉田佐祐理という二重の布陣を敷いてなお、城内にこれだけの兵を待機させているのだ。
用意周到というか・・・。まぁ、さすがは指揮の秀逸さでは有名な北川潤、といったところだろうか。
だが―――、
「名雪。神耶。・・・ここは任せる。良いな?」
脇の二人はそれぞれ頷いた。
それを確認するや、すぐさま祐一は地を強く蹴った。
正面の兵を切り捨て、そのまま一直線で兵の壁を抜ける。そして階段に差し掛かり、そのまま駆け上がる。
それを追いかけようと兵士が群がるが、
「琉落の夜(」
突如現れた漆黒の球体に飲み込まれ、そして凍りつき爆ぜた。
どよめく兵士たち。そんな彼らと祐一の間に、漆黒の翼を揺らせて名雪が立ち塞がる。
「ここから先は通行止めだよ?」
にこりと。そして剣を向け、
「さて。死にたい人はどうぞ。でも、わたしの技は手加減できないから、生きたいなら向かって来ないでね?」
そして入り口側では神耶による蹂躙・・・否、捕食が始まっている。
「・・・死にたくなければ近付かなければいい。そうじゃなければ、容赦はしないけど」
『そうですね。まぁ、これだけいれば私の空腹も満たされるでしょう』
そんな二人の姿を肩越しに見ていた祐一は頷き、再び駆けた。
あの二人が、あの程度の軍勢に負けるはずがない、と。
斬撃が、来る。
まるで流れるように放たれる斬撃に終末は見えない。一閃をかわしたかと思えば既に次の一閃が目前に迫っている。
早いのではない。ただ終わりがないのだ。
言うなれば無限。ただクルクルと回る、終わりのない輪のようにその太刀筋はやってくる。
「ちぃ!」
埒が明かない。浩一は自分の魔力を一瞬で溜められるだけ足に溜めて、一気に爆発、後退する。
一気に開いた距離は十メートル強。だがその距離を相手は詰めようとしない。
ただ緩やかにそこに立ち、剣を構える。
「まったく・・・厄介な剣術だな。川澄流と言うのは」
思わず愚痴るように出た言葉に、しかし相手・・・川澄舞はまったく表情を動かさない。
この少女。なにか特別な能力でもあって隊長の席にいるのかと思っていたのだが、どうやらそういうわけではないらしい。
戦ってみてわかった。川澄舞はただ純粋に剣を極めているだけだと。
あの聖騎士である美坂香里ですら、単純な剣術では川澄舞に勝てないらしい。
そして聖剣『天ノ剣』。魔力付与せずとも魔術を切り裂き、どのような硬い鎧も一刀両断するという。
いくら自分にわずかな大蛇の加護があっても容易く切り裂かれるに違いない。
「!」
不意に舞が動きを見せた。
こちらに、ゆっくりではあるが歩を進めてくる。まるで散歩をしているような足取りだが、油断はできない。
浩一は構えを取り、様子を見る。
と、
「・・・なぜ本気で来ないの?」
突然そんなことを訊いてきた。
「・・・なに?」
「あなたは本気で戦っていない。それはなぜ?」
「・・・なぜ本気を出していないと思う?」
「普通、追い込まれたら人は切羽詰った表情になる。けれどあなたはそうじゃない。
表情には・・・まだ少し余裕があるし、なによりその魔力量でこれだけの動きというのも変」
「なるほど」
どうやらあれでかなりの観察眼を持っているようだ。
だが、浩一とて別に出し惜しみをしているわけではない。
できれば本気を出したくないだけだ。
浩一の力・・・すなわち大蛇としての力の解放は、むしろ祐一の覚醒に近いものがある。
大蛇としての血を強く引き起こそうしても、人間族としての血がそれに耐え切れない。
だから無理に力を解放しても、それほどの時間は持たないのだ。
かと言って、確かにこのままの状態・・・大蛇としての力をまるで解放しない状況で果たしてこの相手に勝てるかと言えば、
―――まぁ、無理だろうな。
そういう結論に達する。
だとすれば・・・、
「・・・仕方ない、ということか」
ふぅ、と小さく息を吐く。
刹那、浩一の身体から強烈な魔力の渦が出現した。
「!?」
舞だけではない。美汐や、周囲の兵・・・カノン軍、祐一軍かかわらずあまりの魔力量に思わず動きを止めていた。
それだけの魔力を周囲に撒き散らしながら、中心にいる浩一は涼しい顔で、
「では・・・望み通りの本気とまではいかないが・・・少しだけこちらの力を見せよう。川澄舞」
放散された魔力が再び浩一に集束していく。
そして次の瞬間、浩一の瞳が紅蓮へと変化し、
「大蛇―――三割解放」
圧倒的な威圧感が世界を覆った。
「なっ・・・!?」
思わず近くにいた美汐が呻いた。
それだけのプレッシャー。周囲の一般兵は思わず戦意を喪失し、地面にひれ伏している。
いまこの場で立っているのは舞と美汐・・・そして張本人の浩一を除けばごく僅かであった。
「ちなみに俺の解放限界はいまのとこ五割だ。それを越えると俺の身体が持たない。だからまぁ、とりあえずはこれで勘弁してくれ」
なんでもないことのように浩一は言ってのけ、
「・・・さて、この状態を維持できる時間は少ない。手早く行こう」
駆けた。先程よりも格段にあがったスピードで、浩一は舞へ肉薄する。
「・・・!」
舞が迎撃の剣を振るう。その鋭さは、たとえ大蛇の力を解放したところで変わりはない。
だが、
ガァァン!
「・・・!?」
舞が驚愕の表情を浮かべる。
無理もない。どのような硬い鎧であろうと寸断する代々川澄に受け継がれてきた聖剣『天ノ剣』が・・・片手で受け止められているのだから。
「あまり舐めるなよ。大蛇っていうのは魔族の中でも最強の防御力を備えた種族だ。
さっきの状態の俺ならまだしも。いくら聖剣とは言え魔力も込められてない刃が俺たちの皮膚を傷つけられるものか」
空いた手で拳を繰り出す。大蛇の豪腕、しかも力を三割も解放したいまなら、たとえ聖剣の加護を受けているとは言え簡単に貫くだろう。
それを感じ取ったのか舞はそのまま地を蹴って強引に自らの身体を上へ持って行った。
腕は聖剣を掴んだままだ。浩一の腕を基点に側転をしたような形になる舞は着地ざまに蹴りを見舞う。しかし、
「くっ・・・!」
足に返ってくる反動はまるで鉄板を蹴ったかのような衝撃だ。思わず足を引いた舞に、浩一の裏拳が飛ぶ。
が、屈み込んで回避。舞は聖剣をとりあえず諦めて、大きく後退した。
そんな舞を肩越しに見ていた浩一は小さく笑みを浮かべ、手に持っていた聖剣を舞に向かって軽く放った。
怪訝な表情を浮かべながらもそれを受け取った舞に、浩一は身体ごと向き直る。
「俺に言っておいて・・・まさか自分だけ本気を出さないつもりか?
それで本気なら・・・その聖剣が泣くぞ?」
挑発めいた言葉だ。
それに触発されたわけではないだろうが、しかし舞の表情が険しいものに変わった。
そして聖剣に魔力が込められていく。
「・・・もう、手加減できそうにない」
「手加減なんかしてたのか?」
「それはあなたの動きが奇妙だったから。でも・・・もうそんな余裕もなさそう」
「そうか。なら、来いよ」
言った瞬間だ。
浩一の視界から舞の姿が消えた。
どこに、と思った瞬間、
「川澄流剣術、第四番―――」
突如吹いた緩やかな風が左頬を撫で、耳元には声が聞こえた。そして、
「―――咲殻の閃」
激痛が浩一を襲った。
気付けば、左腕が肘から先がない。そして脇腹も背骨付近まで切り裂かれている。
自らの身体から血が噴出すのを見て、そこに至りようやく自分が舞によって斬られたのだと気付いた。
「くっ・・・速い!」
だが、振り向けば、既に舞は次の一手を打っている。
「川澄流剣術、第六番―――孔雀の閃!」
真紅の衝撃波が浩一を襲う。だが、
「そう簡単に何度も受けると思うなよ!」
残った右腕がその衝撃波に向かって掲げられる。するとそれは浩一に当たる直前にまるで避けるようにして二つに別れていった。
「―――」
舞の表情が怪訝に染まる。それはいま一体何をしたのか、という疑問がありありと浮かんでいた。
浩一の手前に結界が出現したわけではない。いや、魔力の流れすら微々たるものだった。その程度の魔力で、孔雀の閃は防げない。
ならば・・・?
「お前は羽山という苗字に聞き覚えはないか?」
突如放たれる問い。
その問いに舞は首を傾げる。羽山・・・そんな苗字聞いた覚えは―――、
「あ・・・」
ある。
そう、あった。
大蛇の力を見せる浩一を見て、思い出した。
その姓は、大蛇の中でも最強と言われる八岐。その元六位と同じ姓。だとすれば・・・、
「そう。俺は八岐の元六位、あの羽山の実の息子だよ」
一歩。近付き、
「さて、ここでもう一つ質問といこう。お前、そいつの二つ名知っているか?」
知っている。そしてそれを思い出し、いまの光景を思い出し、納得した。
それを表情から読み取ったのか、浩一は頷き、
「そう。俺の父親はこう呼ばれていた。『静寂の狩人』。または・・・『音の支配者』、とな」
パチン、と指が鳴った。
瞬間、舞の聴覚から一切の音が消える。
「そして俺もまたそれを受け継いでいる。俺もまた特殊属性・・・『音』の持ち主だ」
浩一の足音が聞こえない。自分の呼吸音も聞こえない。しかし浩一の声だけが届く。
おそらく選別できるのだろう、と舞は推察しながら身を沈める。
だが、音がないだけ。それならば如何様にも戦い方はある。
「!」
疾駆した。剣を水平に、再び、今度はもう片方の腕を狙って、・・・だが、
「!?」
あり得ないことが起こった。
転んだのだ。
何もないような場所で。自分が。
「耳という場所は、なにも音をキャッチするだけの器官ではない。そこには三半規管というものが存在し、それは平衡感覚を司る。
お前はいま俺の声以外の音をキャッチしていないからわからないかもしれないが、俺はいま音を使ってお前を攻撃しているよ。
だからお前は自覚のないうちに平衡感覚を失っている」
立ち上がろうとする。しかしまるで自分の身体ではないかのように再び逆方向へ転倒した。
「音とは、つまり空気の振動波だ。どのような防御も音の前には無意味になる」
見上げる。そこに浩一がいた。
脇腹の傷がもう完治している。いつの間にか腕もだ。
その視線に気付いたのか、浩一は小さく笑みをつくり、
「力を解放中は能力も上がってな、自己再生のスピードも格段に上がる」
そして拳を作り、
「悪いな。お前は強かった。だから・・・これで終わりにする」
放った。手加減など存在しない、渾身の一撃だ。
「!」
激突。舞の身体がまるでボールであるかのように強く吹っ飛んでいく。
「なに・・・!?」
しかし驚いたのは浩一の方だ。
なぜなら、手応えがない。それに浩一ほどの腕力なら、舞の身体は吹っ飛ぶのではなく串刺しになるはずだ。
だが舞は吹っ飛んだ。それの意味するところは・・・、
「自分で後ろに跳んだか!」
遥か向こうで舞が空中で身を捩って着地するのが見えた。
浩一は舌打ちし、舞の方向へと駆ける。
「三割じゃあ、まだ音を物理的な攻撃手段として使えるほど操作はできない。だが・・・!」
これ以上の力を解放したら、舞を倒す前に自分が倒れる可能性の方が高い。
だから判断はこのまま。三割で行く。
「川澄流剣術、第六番―――孔雀の閃!」
なんとか立っている、という状況で舞から真紅の衝撃波が放たれる。
視覚も生きてるし、なによりこれだけの魔力を解放しているのだ。気配でも十分場所は計れるだろう。
だが浩一には無意味だ。音―――つまり強烈な空気の振動波が大気を歪め、遠距離攻撃を寄せ付けない。
だからそのまま直進する。そして三度目の孔雀の閃が音の壁に遮られ―――、
「っ!?」
猛烈な嫌な予感に襲われ、浩一は身を捻った。
その直後、遮られた真紅の衝撃波の向こうから突き出るようにして剣先が現れた。そしてそれは刀身を輝かせ、
「川澄流剣術、第三番―――牡丹の閃!」
爆発した。
刀身に極限にまで込められた魔力が、一気に外へと放出されることによる爆発現象。
この間、この距離では浩一にかわす術などない。
「ぐぉぉぉ!?」
吹き飛ぶ。そのまま地面に二度、三度と激突し、転がる。
「がっ・・・くそ」
受身すら取れなかった。よろめく身体をなんとか支えて立ち上がる。
「・・・音が・・・聞こえる・・・?」
剣を杖代わりにして立つ舞が眉を傾けた。
いまの爆発によって浩一の制御が消えたのだ。
しかし、それよりも気になるのは・・・、
「平衡感覚を失っていながら・・・どうやってあそこまで来た・・・?」
「・・・バランスが崩れるなら、崩れる方向に一歩を踏み出せば良い。そうすれば一直線には走れなくても、前に進むことはできる」
「・・・お前、なんて奴だよ」
簡単なことのように言っているが、実際はとんでもないことだ。
剣と共に磨かれた、反射神経と体捌きの賜物なのだろう。
「はぁ・・・はぁ・・・」
しかし、舞のダメージも大きいようだ。いまだ平衡感覚はボロボロだし、自ら跳んだとは言え腹への一撃は確実なダメージとしてそこにある。
対して浩一の方は怪我こそひどいが、自己再生能力の向上している現状では大した問題でもない。
それよりも問題なのは力の解放限界だ。
そろそろ人間族としての身体が悲鳴を上げてくる頃合なのだから。
「・・・くそ」
毒吐く。
現状ではほぼ状況はイーブン。このまま簡単に勝負が着くとも思えない。
ならば・・・、
―――倒すことを考えるな。燃費を考えて、できる限り戦闘を引き伸ばす。
この戦いは舞を倒すことで終わりだが、自分たちがするべき決着はそれではない。
自分たちの本当の勝利は、祐一がこの国の王を討つことだ。
だから、待つ。できる限り時間を稼ぎ、その朗報が届くのを。
それまでは・・・、
「けど、いくら節約してもそうは長引かない・・・。早くしろよ、祐一」
愚痴のように呟いて・・・、浩一と舞の戦いは再開する。
あとがき
はい、神無月です。
舞VS浩一。決着付かず。
最初から浩一が五割で行けば浩一が、最初から本気で行けば舞が勝っていたでしょう。
ま、それはさておき次回は杏VS香里です。
あれ、鈴菜や栞は? と思う方もいるでしょうが、まぁ、それは次回わかります。
ではでは。