神魔戦記 第四十九章

                  「決戦、カノン(T)」

 

 

 

 

 

 昼。

 雲一つない晴天が空に広がっている。

「決戦にはちょうど良いかもな・・・」

 その下、城塞都市オディロ北門付近。そんな空を見上げて、祐一はゆっくりと呟いた。

 グッと腕を握る。魔力が滾る。精神も淀みない。肉体的にもなんら問題ない。

 心地良い高揚感だ。

 緊張でもない。ただ、ゆるやかに身を流れていく闘志がある。

 後ろを振り返る。そこには総勢五百六十七人という、自分について来てくれる者たちがいる。

 美咲、あゆ、浩一、鈴菜、栞、さくら、シオン、留美、名雪、時谷、美汐、杏、神耶・・・。

 その一人、栞に視線を向ける。

「本当・・・に良いんだな?」

 栞はただ無言で頷いた。

 ・・・本来、栞は対人間族の場合は手を出さなくて良いことになっている。

 だが、ここにいるのは栞本人の意思だった。

『あなたの力になると、約束しました』

 そう、微笑みながら祐一に言ってのけたのだ。

 自分が住んでいたカノンの兵、そして自分の姉とも戦うことになるかもしれないとも言った。

 が、栞は考えを改めたりはしなかった。

 だから、祐一ももう何も言わない。彼女が己自身で決めたことだ。

 前を見た。腰から剣を抜き放ち―――、一息。そして、

「これより・・・カノンに攻め入る!」

 オオォォォォォォ、と咆哮が空を穿った。

 

 

 

 進軍する祐一軍。

 城塞都市オディロから王都カノンまでは歩きでおよそ五、六時間というところ。

 現在はもうその行程をほぼ済ませた状態である。

 美汐に先に偵察に行かせた限りでは、どうやらカノンは王都周囲に結界を張っているらしい。

 無論、それだけ巨大な結界。それほど耐久力もないはずだ。だが、カノンにとっては門に入る前に少しだけ時間を稼ぐだけで良いのだろう。

 カノンの南門の方向はオディロから一直線の開けた通りであるが、その脇には森が続いている。美汐はそこに多数の人の気配を感じたと言う。

 すなわち、待ち伏せ。おそらく結界を壊し、門を通過したところで前と後ろから挟撃をするつもりなのだろう。

「しかし、その結界をどうにかしないとな」

「それならあたしに任せてよ」

 呟く祐一にそう言って名乗りをあげたのは、杏だ。

「どうにかなるのか?」

「ええ。任せてもらえる?」

「・・・よし。美汐、杏、さくらは美汐の空間跳躍によって先行。結界の破壊を頼む」

 その言葉に、さくらが首を傾げる。

「ボクも?」

「門が狭いと群れで動くぶん何かと不自由でな」

 祐一は悪戯っぽく笑みを浮かべ、

「暴れて来い」

 あぁ、と得心がいったようにさくらは頷くと、親指をグッと立て、

「おっけー♪」

「では、二人とも。私につかまってください」

 杏とさくらが美汐の身体に触れると同時、三人の姿は虚空へと消えた。

「さて・・・あとはタイミングだな」

 祐一は頭上を見上げる。

 快晴の空の下、一羽の黒い鳥が小さく舞った。

 

 

 

 王都カノンの南門よりわずかに離れた場所に三人は出現した。

 結界は円形に王都を覆っている。別に結界を壊すだけなら真正直に正面から出なくてもいいのだ。

「さて・・・?」

 杏が手近にあった小石を広い、無造作に結界へと放る。

 するとまるで透明な壁があるかのように空中でコツンと音を立てて転がった。

「ふぅん。別に反射するような結界じゃないのね」

「まぁ、これだけ巨大な結界だしねぇ。そうそう魔力使ってられないでしょ。きっと数人がかりで、交代で張ってるんだよ、これ」

 頷く杏。だか不敵に笑い、

「ま、どの道無意味だけどね」

 腕を振るう。すると袖から小振りの槌が現れた。だが、それは大黒庵ではない。色が黒ではなく白だからだ。

「それは?」

 訊ねる美汐に。杏はそれを見せるように手で遊ぶ。

「あたしのもう一つの呪具。名を小貫遁(こかっとん)。効力は・・・まぁ見てて」

 すると杏は力を込める素振りすらなく、軽く結界を小貫遁で叩いた。そして、

「―――守る物に意味はない―――」

 (まじな)いが読み上げられると同時、カシャァァァン、という甲高い音と共に王都を覆っていた結界が消失した。

「なるほど。結界破壊用の呪具ですか」

「ま、ね。もちろん壊せる対象の限界はあるけど、あたしにとっては十分よ」

「すごいねー。・・・さて」

 ふわり、とさくらの身体が浮く、どうやら風の浮遊魔術を使ったらしい。

「次はボクの番だね?」

「ええ。盛大にぶっ壊してきなさい」

「にゃはは、よーし!」

 杏に笑みを見せ、さくらは勢い良く空へと舞い上がる。

 城壁の向こう、わずかに見えるカノン内部は結界が突如破壊されたことに気付いた者たちが半ばパニックになっている。

 敵の姿は見えないのに結界が壊されたのだ。驚きもするだろう。

 そんな光景を眼下に見据え、さくらは南門の真上にまで移動する。

「な、なんだあれは!?」

 誰かが気付いたようだ。それに続いて何人かがこちらの存在に気付き始める。

 だがさくらはそれを見て慌てるどころか楽しそうに笑みを浮かべ、

「んー。今日は大盤振る舞いと行こうかにゃ?」

 両手を頭上へと掲げ、魔力を組み上げる。

 その挙動からこちらを敵と認識した何人かの兵士が矢を放つが、当たらない。さくらの周囲には風の結界が展開しており、矢が逸れていくのだ。

 王都。それは国の中心。無論、城壁や門が簡単な魔術なんかで破壊されるわけがない。魔術の耐性がかなり高い材質を使っているはずだ。

 だからさくらは、これを選んだ。

「上級魔術数発でも十分だろうけどさ、やっぱ最初の花火はでかい方が良いよね〜」

 さくらの詠唱が長い。それの意味すべきところは―――、

「派手にいくよ〜!」

 両手を下に。圧縮された魔力の渦が、真紅へと姿を変えていく。そして、

「『断罪の業炎道(エルメキエスド・ゼロ)』!」

 上空から放たれた業炎が―――門だけに留まらず城壁、そして大地すらを破壊し尽くしていった。

 挟撃するために門の内側に待機していた兵までもが巻き込まれ、次々と消し飛んでいく。

 この場で生き延びた者は、上空で佇みその黒い外套を靡かせるさくらをこう思っただろう。

 ―――魔女、と。

 燃え盛る、門があった場所にさくらが着地する、それに合わせ空間跳躍で美汐と杏も姿を現した。

「うわー。これはこれは・・・」

「大分派手にやりましたね。魔力の方は平気なのですか?」

「うん。この四日間一切魔力使ってないから、ボクにはそれだけのストックがあるし」

 そう笑って、さくらは自分の目を指した。それを見て納得したように頷く二人。

「ま、あとは皆の到着を待つだけだね」

「待てれば・・・ね」

 後ろを振り向く。

 門の向こう側、脇の森からぞろぞろとカノンの紋章を鎧に刻んだ兵士が現れてくる。

「我々三人に対して出てくるなんて・・・愚かですね」

「いつボクたちの本隊が来るのかわからない状況で出てきちゃったらねぇ。自分たちが挟撃される立場になるってわかんないかなぁ?」

「ま、いきなり門ぶっ壊されたんだから気持ちはわからないでもないけど」

 おそらく敵の指揮官はわかっているはずだ。総指揮が美坂香里であるにしろ北川潤であるにしろ、どちらもそんなことがわからないほど愚かではない。

 とすれば、この部隊が勝手に行動しているということになる。

「使えない兵士を預かる上は大変でしょうね。少し同情を禁じえません」

「ま、でもそのせいであたしたちはピンチなわけだけど?」

「まねー」

 三人がそれぞれ構えを取る。が、それと同時に三人の頭上を影が過ぎった。

 仰ぎ見れば、鳥が見えた。黒い鳥だ。黒い鳥は頭上で旋回し、カー、と小さく鳴いた。

 それを見て、三人は互いを見やる。・・・笑みで。

「さすがは祐一、ってところだね」

「ドンピシャ」

 さくらと杏の声に続いたのは、悲鳴だった。

 いきなり響いた悲鳴に慌てる敵部隊だが、それの中央を切り開いてやってくる群れがある。

 もちろん、祐一たちだ。

 三人は頷き、敵部隊中央へ身を投じる。祐一たちの道を開けるために。

 そして道ができ、三人も祐一たちと合流する。

「よくやった」

 そんな言葉を掛ける祐一に三人は頷きを見せた。

 そして祐一はまた一人兵を切り捨てて、剣を掲げる。

「第五部隊! この部隊を抑えよ! 他の部隊は俺に続け!」

 敵はおそらく王都という入り組んだ地形を利用して部隊を細かく分けてくるだろうと祐一は踏んでいた。

 だから祐一たちも事前に部隊をいくつかに分けていたのだ。

 戦力は分散するが、挟撃されるよりははるかに効率が良い。

 そうしてその場に留まる者、兵士の群れを突き抜けて王都へ行く者とに分かれていく。

 残留側、第五部隊の隊長とされたシオン=エルトナム=アトラシアが門の前に踏み止まり、銃を構える。

「我々の任務はこの部隊に祐一たちを追わせないことです。・・・ここから先へ一歩たりとも通してはなりません!」

 応じるように咆哮がこだまする。気合十分といったところだ。頷き、シオンは上を見上げる。

「あゆ。上空からの援護を頼みます。いけますね?」

「任せてよ。・・・祐一くんのところへは、絶対に行かせないから!」

 自らが持つ神殺し、グランヴェールを構え、同じく第五部隊のあゆは力強く頷いた。

「ですね・・・では、行きます!」

「うん!」

 

 

 

「これは・・・」

 王城の頂点。最も見晴らしの良いその場所から、北川潤は南門側を眺めていた。

 突然の結界の破壊に続いて門の撃破。立て続けに起こったことに動転した待機部隊が勝手に動き出した挙句突破された。

 こちらの兵士の訓練の足らなさは認めよう。だが、それにしても動きが鮮やかだ。

 だが、まさかこちらの状態が最も良いこの日に攻めてくるとは思いもしなかった。

 そんなことをするのは馬鹿かよほどの自信家だろうが・・・。無論、前者ならこんな動きはあり得ない。ならば、

 ―――こちらの全力に合わせてきたのか。自分たちならこんなもの越えられると・・・!

 相沢祐一。どうやら予想以上に一筋縄ではいかない人物であるらしい。

「王子」

「ん? ・・・って、倉田? どうしてお前がここにいいる? お前は魔術部隊の指揮だろう?」

 潤の後ろ、魔術部隊の隊長である倉田佐祐理は小さく会釈をし、

「すいません。ですが、敵の行動が予想以上に周到ですので、少し提案が」

「提案?」

「はい。佐祐理が出鼻を挫きます。ですからもうしばらく兵を動かさずにいて欲しいんです。巻き込んでしまうといけないので」

「出鼻を挫くって・・・。一体どうやって? まさか一人で突っ込んでいくわけじゃないよな?」

「あははー。魔術師の佐祐理がそんなことしたら死んじゃいますよー」

 ならどうやって、と聞く前に潤はハッとした。

 佐祐理の身体を中心に徐々にマナが集まっているのだ。

「まさか・・・」

「はい♪」

 微笑み、佐祐理は頷いた。

 

 

 

 王都カノンに足を踏み入れた祐一たち。

 戦いの中、祐一は後ろへと流れていく街の景色を見て思う。

 ・・・懐かしい、と。

 嫌な思い出ばかりではない。ここで母親と暮らした確かな平和もあった。

 無論、だからといって手を抜くようなことはしない。母親を殺されたのもここなのだから。

 ―――いま、俺は再びここに立っている。

 グッと、剣の柄を強く握った。

 ―――俺はいま、あの時の清算と・・・そしてこれからを踏み出すためにここにいる!

 そしてさらに足を踏み出そうとした瞬間、

「!」

 マナの流れを感じ思わず祐一は足を止めた。

「祐一も気付いた?」

 隣に来たさくらが言う。どうやら気のせいではないらしい。

 だが妙だ。祐一の感覚では周囲に敵の気配はない。もう少し建物で入り組んでくる先の方で仕掛ける気かと別段気にもしなかった。

 が―――、

「「!」」

 確かな魔力の流れを感じ祐一とさくらは頭上を見上げた。

 青空の中に小さな暗雲が立ち込めている。自然現象ではありえない。これは、

「魔術!?」

 馬鹿な、と祐一は心中で呟く。

 もし仮にこの魔術を発動した者が気配遮断の能力者であろうとも、その人物から魔術が発動されている以上、魔力の残滓を追えば大体の場所は特定できる。

 しかし、この魔術の魔力の残滓を追っても、自分の察知領域を越えてしまい、確認できないのだ。

「これは気配遮断の能力者じゃない! 超遠距離魔術だよ!」

「超遠距離魔術!?」

「しかも雷属性! 駄目だ、防御が間に合わない・・・!」

 雷属性は火属性ほど威力が高いわけではないが、発動からの出のスピードが全属性合わせてトップなのだ。

 即ち術式が完成した頃に防御結界を張ろうと詠唱を開始しても遅い!

「『天罰の神雷道(ジャッジメント・ゼロ)』!」

 どこからか聞こえる魔術発動の真名。普通の声が響く距離ではないが、魔術の真名とは魔力に乗せられた言葉。ここにだって届く。

 しかも超魔術。一瞬でやってくるそれを、防ぐ手立てはない!

 ―――駄目か!?

 そう思った瞬間、祐一の横をすり抜けて正面に立つ者がいた。

 水色の修道衣に身を包んだ少女。それは・・・、

「栞!?」

 栞の腕には既に強力な魔力が内包されている。栞はそれを掲げ、力の限りに叫んだ。

「『静寂の水流壁(フェネティリア・ハイウォール)』!」

 栞から放たれた魔力が巨大な水の壁となり、振り落つ雷を受け止めた。

「くっ・・・!」

 思わず呻く栞。大地すらも穿たんとする雷を、しかし極限にまで圧縮された水の壁がそれを許さない。

 ・・・激突し合うのが同じ超魔術であるならば、優劣を決めるのは魔力のみ。、

 超遠距離魔術の欠点がここにある。術者が近くにいないので、そう簡単に魔力の上乗せができないのだ。

 故に・・・、

「負け・・・ませんっ!」

 ・・・魔力を上乗せされれば、遠距離魔術は押し負ける!

「―――っ!」

 轟音と強烈な光を残し、超魔術の雷は消失した。次いで、水の壁も消えていった。

「ふぅ・・・」

 疲れたように息を吐く栞にさくらが駆け寄る。

「栞ちゃん」

「念のため街に入る前から詠唱しておいたんですけど・・・正解でしたね」

 さくらは頷き、そして笑みを向ける。

「少し魔力の波が荒れてたけど・・・でも、できたね。超魔術」

「はいっ」

 少し疲れた風に、しかし嬉しそうに頷く栞にさくらも嬉しそうに頷いた。

 だが、すぐ真剣な表情になって祐一へ振り向く。

「祐一。早くここから進んだ方が良い。いつまたいまのが来るかわからないし、乱戦に持ち込めば超魔術なんておいそれと使えないよ」

 頷く祐一。

 これ以上進んで兵を向けてこないはずはない。なら進むことが超遠距離魔術の打開策につながる。

 祐一は再び皆に前進を告げ、走り出した。

 その横へさくらがつく。

「超遠距離魔術は、魔力完全無効化なんかの先天性の能力じゃなくて、無詠唱や無言発動みたいな後天的な魔術技術の一つだよ。

 魔術は基本的に魔力を使用して具現化させるものだから、理屈では別に術者の近くじゃなくても使用できる。

 でもそれをするためには多大な魔力コントロールと制御技術に驚異的な集中力、あと周囲のマナの状況を伺う観察眼が必須。

 もしかしたら・・・ううん。カノンでこんなことできる人一人しかいない。

 カノンで最強の魔術師と言われる倉田佐祐理。あの人しか」

 さくらは遥か前方を見据える。

 そこにいるであろう、倉田佐祐理を目指して。

 

 

 

「ふぇー、防がれてしまいましたー・・・」

 佐祐理にとっていまのはそれなりに自信があった一撃だった。

 だが、それも防がれた。どうやら敵は予想以上に層が厚いようだ。

「これ以上はやっても無駄だろうな」

 潤の言葉に佐祐理も頷く。

 おそらく二度も同じ手が通用する連中ではない。これまでの動きでそれくらいは読み取れた。

「では、佐祐理は戻ります」

「あぁ。敵の動きが予想以上に早い。気を付けろ」

 佐祐理は笑みで頷いた。

 そうして去っていく佐祐理の背を見届け、潤は自らの周囲を見やった。

 そこには数人の魔術師がいる。それは、潤の指揮を伝えるための仲介役だった。

 潤はこうして全ての動きを見下ろせる場所から敵の動きを見定め、各部隊長にこの魔術師たちを使って念話で指揮を取るのだ。

「近衛騎士団長、ならびに副団長に通達。―――敵が来る。こちらの号令と共に仕掛けよ、と」

「「はっ」」

 二人の魔術師が返事を返し、念話を開始した。

 

 

 

 だが、潤は気付いていない。

 自分だけではなく、高みからこの戦いを眺めている者がいることに。

 青空、そこに滑空する黒い鳥・・・カラスがいる。

 そのカラスは戦場を見下ろし小さくカー、と鳴いた。

 実はこのカラス、神尾観鈴の使い魔であり、名を「そら」と言う。

 そしてそらの見た光景はオディロで待機している観鈴にも見えているのだ。

「・・・カノンに動きがあるよ。祐くんたちの前、横に広がる大通りの左右にそれぞれ部隊が待ってる。挟撃する気みたい」

 そしてその隣で同じく待機の宮沢有紀寧が頷いた。

 すると有紀寧は小さく魔術式を組み、念話を飛ばす。組まれた両の手首に魔力感知増強のブレスレットを揺らせて。

 通常、これだけ離れた場所からの念話は不可能だ。だが、その二つのブレスレットがそれを可能にしている。

『祐一さん。前方に広がる大通りの左右に敵が待ち構えているそうです』

 聞こえてくる有紀寧の声に、返事を返す手段が祐一にはない。

 だからその意味でも、祐一は声高に叫んだ。

「敵があの大通りで待ち構えている! 第三部隊は左を、第四部隊は右を叩け!」

 その言葉に従って、部隊がポジションの変更を開始する。

 そしてその大通りへと差し掛かり、

「おおぉぉぉぉぉ!」

 挟撃せんとするカノン側よりも僅かに早く祐一軍が先手を取った。

 第三、第四部隊に遮られ、左右に分かれていた部隊は祐一たち本隊に手が出せない。

 祐一たちはそのままその場を素通りして行った。

 

 

 

「第三部隊、前へ! ここは我らが抑えます!」

 左側、槍を掲げて叫ぶのはこの部隊の隊長美汐である。

「あぁ、そうだ。ここは俺たちで片付けるぞ!」

 手近な兵を潰し、浩一が答える。だが、

「!」

 鋭い一閃が浩一の頬を切った。もう少し反応が遅ければ首を持っていかれただろう。

 立つのは少女。漆黒の長髪を一本に纏めた少女は、その鋭利な視線で浩一を射抜く。

「・・・お前は?」

「カノン王国近衛騎士団長、・・・川澄舞」

 大物だ、と浩一は頷く。大物だからこそ・・・、

 ―――なおさらここを通すわけには行かない!

「羽山さん!」

「こいつの相手は俺がする。天野はそのまま指揮をしてろ!」

「・・・わかりました」

 遠く離れていく美汐の気配を背に、浩一は舞に対して腕を振った。

「さぁ・・・来いよ」

 

 

 

 対して右側に向けられた第四部隊の方は・・・もうほぼ決着が付いていた。

 第四部隊の隊長が時谷だったからだ。

 すぐさま石化の魔眼を解放した時谷によって右に展開していたカノン軍はその半数以上が石像へと変貌していた。

「さっさと残りを片付ける。いく―――」

「斉藤! 左!」

「!?」

 留美の言葉に時谷は弾かれるようにしてその場を後退する。するとそこへどこからか投擲されてきた剣が突き刺さった。

「まだ全てがやられたわけではありません!」

 素早く走りこんできた少年が地面の剣を引き抜きながらこちらへと肉薄してくる。

 素早い斬撃。だが、見極められない程度ではない。

「この・・・!」

 だが反撃に出した拳は当たることなく空を切った。少年がその前に距離を置いたからだ。

 その読みの深さに時谷は気付く。・・・只者じゃない、と。

「てめぇ・・・何者だよ」

 問えば、少年は剣を一振りし、

「カノン王国近衛騎士団副長、倉田一弥です」

 それ以上語ることなしと言わんばかりに一弥が地を蹴ってくる。

「七瀬、他の奴頼むわ。俺は・・・こいつの相手をする」

「わかった。でも危なくなったら勝手に手を出すわよ」

「はん。勝手に・・・しろぉ!」

 時谷も次いで地を蹴った。

 両者が・・・激突する。

 

 

 

 美坂香里は閉じていた瞼を開け、立ち上がった。

 香里がいるのは王城の目の前。敵を城に通さないための最終防衛ラインだ。

「聖騎士様・・・?」

「敵が来るわ。どうやら挟撃は失敗したようよ」

「な、なんですと!?」

 驚く横の兵士をよそに、香里は前方を見やる。

 所々から爆発音や金属を打ち合わせたような音、さらには悲鳴などが聞こえてくる。

 ・・・念話によれば、あの潤が出し抜かれているらしい。

 敵もかなりの手練ということだろう。

「美坂さーん」

 声は頭上から。

 仰ぎ見れば、城の周囲にある塔から魔術師部隊がこちらを見下ろしている。

 その中、真ん中の塔の上に立つ魔術師部隊長の佐祐理がこちらに向かって手を振っていた。

「ばっちり援護しますんでー、思いっきり暴れちゃってくださーい」

 その言い方に思わず笑みを浮かべ、香里は返事の代わりに手を振り替えした。

「諸君!」

 声が来る。男の、聞き知った声だ。

 香里、佐祐理、そして他の兵全てがある一点に視線を注ぐ。

 城の頂。そこに一人の男が立っている。

 この国の王子、北川潤だ。

「もうすぐここに敵がやってくる! 強い敵だ! ・・・だが、我らは屈しない! 我らはカノンに生きる者として、戦うのだ!」

 王子! 王子! と次々と声が上がる。それらに潤は頷きを返し、

「いまこそ我らが誇りを敵に見せよ! 敵の一撃を、身体を、心を打ち砕き・・・カノンに勝利を!」

 オォォォォ、と兵が剣を抜き天へと向ける。

「カノンに勝利をー!」

「カノンに勝利をー!」

「そうだ、カノンに勝利を! そのために戦え! 我らの誇りを見せてやれ!」

 潤が腰から二振りの剣を引き抜いた。

 永遠神剣『第四位・誇り』。その二つの刃を中空で交差し、叫ぶ。

マナよ、我が誇りに応じよ。オーラとなりて、刃の力となれ・・・。インスパイア!」

 鼓舞の神剣魔術が発動する。

 それは全ての兵に降り注ぎ、その剣を淡く発光させた。

 インスパイア。一定範囲の味方の攻撃力を上げる神剣魔術だ。

 潤の一声で士気が上がった兵士たちを見渡し、香里はもう一度潤を見やる。

 視線が合った。

 潤が頷きを見せた。だから香里も頷き返す。

 すると潤は小さく笑みを浮かべ、そこから姿を消した。

 ―――あなたも戦う気なのね、やっぱり。

 そして前へ向き直り、腰から剣を抜き放つ。

「来なさい、魔族・・・。この聖騎士美坂香里が・・・ここから先へ行かせはしないわ」

 近付いてくる戦いの気配に、香里の周囲を炎のマナが喜々と踊った。

 

 

 

 潤はそうして下がると、その場を後にしようとする。

 慌てた魔術兵が声を掛けてくる。

「王子、どちらへ!?」

「下だ。ここまで敵が来ている以上、美坂たちさえかわされる危険性もある」

「ですが・・・!」

「俺はこの国の・・・カノンの王子だ。一人だけ遠くから眺めているだけというわけにはいかない」

 それでもなお止めようとする魔術兵を無視して、潤は階段を下りて行った。

 口ではああ言ったが、ほぼ間違いなくかわされるだろう。何人かはこの城へ入ってくるはずだ。

「ならば・・・」

 この城にも何人かの兵は配置してある。が、おそらく大した時間稼ぎにもならないだろう。

『戦へ赴くか』

「あぁ」

 頭に声が響いてきた。それはいま手に持っているこの剣・・・『誇り』からの声だ。

『その前にもう一度問おうか。お主の誇りとはなんぞ?』

「俺の誇り?」

 小さく笑う。

 ・・・そんなもの、一つしかない。

「王子として、この国を守ることだ」

『・・・淀みない決意。しかと聞いた。では、参ろうか。・・・誇りある戦場へと』

「あぁ、行こう」

 確実に歩を進めていく潤の表情に、一遍の曇りもない。

 そこにあるのは・・・一人の“王”の表情だった。

 

 

 

 あとがき

 はい、ようやく始まりました、カノン決戦。

 今回は出だしみたいな感じですが・・・、やたらと長かった・・・。

 では、執筆中BGM「うたわれるもの」の「采配をふるう者」よりお届けしましたー。

 

 

 

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