神魔戦記 第四十七章
「炎の聖騎士」
せわしなく人が動き回っている。
晴天の下、王都カノン。
そこでは目の前―――オディロにまで差し迫った魔族に対する対策に軍も民も追われていた。
「南側の住人は速やかに北へ移動してくださーい! 南側は戦場になる可能性が極めて高いです! 南側の住人は速やかに―――」
「北側、フェイズリー大公園にて十分な仮設住宅の準備は出来ております! 焦らず騒がず、ゆっくりとお進みくださーい! 繰り返します―――」
あちこちで響き渡る兵士の声。ぞろぞろと大荷物を抱えて移動をしていく国民たち。
そんな光景を王城の一室から見下ろしている彼―――北川潤王子は人知れずため息を吐いた。
思うことはただ一つ。遂にここまで来てしまったか、ということ。
相沢祐一。あの魔族七代名家と同じ姓を持ち、そしてカノンが何年も手を焼いていた水瀬秋子の一派を壊滅させた男。
さらに傭兵五百人を退かせ、エフィランズ、オディロの部隊も下し、いまこうして目の前のオディロに君臨している。
「しかし・・・」
潤は今回までの魔族軍撃退の作戦内容をほとんど聞かされていなかった。
否、潤の耳に入る前に全て行われていたのだ。
エフィランズへの怒号砲しかり。エア軍との共闘しかり。
それを言及し、今回においては作戦から行動全て潤に任されることとなった。これは父、国王の言葉でもある。元老院の連中もそう表立って反論は出来ない。だが・・・、
「あの良くない噂もある。注意はしておかないと・・・」
元老院の連中。なにか良からぬ研究をしているらしいと聞く。しかもエアやクラナドからも融資を受けているとも。
先日まで直属の隠密部隊に探らせていたが、この状況だ。内情に兵を裂いていられる余裕もない。
「中も外も・・・まったく。今年は厄年か?」
ぼやきはため息と共に吐き出される。と同時、トントン、と小刻みな音が室内に響いた。ノックだ。
「どうぞ」
入室を促す。すると入って来たのは二人の少女だった。
左側。カノン王国魔術部隊の証である足元まで届くローブに身を包んだ少女が一礼をする。胸元には隊長の証であるバッチが光った。
「魔術部隊長倉田佐祐理がご報告申し上げます。全魔術部隊、配置完了しました」
次いで右側。近衛騎士団の証である銀の鎧を着込んだ少女が一礼する。こちらも胸元に隊長のバッチが付けられていた。
「・・・近衛騎士団長川澄舞。・・・全部隊、配置完了した」
そんな二人に、潤は頷きを返す。
「あぁ、ご苦労だった。随分と早かったな?」
すると佐祐理がいつもの笑みを浮かべ、
「はい。なんせ魔族がいつ攻めてくるかもわかりませんからー。それに、日頃の訓練は伊達ではないんですよー?」
「ははっ、そうか。でも、他の部隊はまだまだ掛かりそうだな」
眼下、部隊ごとに定められた配置ポイントにはまだ兵士の姿が見えない。誰がどこに行くかなど、まだ部隊内で話し合っているのだろう。
「ま、この調子じゃあと一日は掛かりそうだな」
「佐祐理たちがお手伝いに行きましょうか?」
「・・・いや、やめておいたほうが良い。残ってる部隊はどれも元老院贔屓の部隊だ。王族直属の川澄や倉田が行ったら良い顔しないだろう」
「でも、いまはそういう状況じゃ・・・」
「まぁ、な。でもとりあえず魔族側も今日明日には来ないだろうさ」
「なぜですか?」
「今日は美坂が帰ってくる日。今日明日は聖騎士の帰還で兵士たちの士気も高まるだろうし、その次の日は程よく緊張感も抜けて準備万全だ。
俺が敵の大将ならそれ以降・・・しかもできるだけ遅くに襲撃するね。
長い間襲撃に備えていた兵士たちは精神を磨り減らしているだろうし、油断も出来る。叩くなら、できる限り時間を置くだろう」
「とすると・・・」
「俺の予想だと、五日後から十日後の間、ってとこだろうな。さすがにそれ以上の時間を使うとエアやクラナドの心配も出てくるだろうし」
「でもエアやクラナドは・・・」
「あぁ。手を出してこない。そういう通知が来ている。だが、それを向こうは知らないだろう?」
おかげで元老院の連中が青ざめた顔をしていたのが少し笑えたわけだが・・・。
閑話休題。
「さすがにここまで来たら俺たちだけでなんとかするしかないだろうさ。あんまり余所の国を当てにするのも格好悪いしな」
潤は立ち上がり、眼下・・・カノンの街並みを見る。
「カノンは俺たちの国で、俺たちの場所だ。やっぱり、ここを守るのは俺たちじゃないとな」
「王子・・・」
―――俺が王子としてできることは、これくらいしかないだろうしな。
それは口にせず、自嘲気味に笑みを浮かべる。
前に聞かされたワンのこと。ここ最近の出来事全て。まるで自分は本当に王子なのかと疑いたくなるこの無力さ。
だから、だからこそ―――、
「俺たちで守り抜くぞ。俺たちの国を」
後ろで、二人が頷く気配があった。
元老院にどれだけ蔑まれようと、自分にはこうして付き従ってくれる部下がいる。
いまは・・・それだけで十分だった。
「・・・ん?」
と、唐突に眼下の方が騒がしくなってきた。なにが、と都の方へ視線を下ろせば、
「来たか」
下。中央通りに集まった多くの人々が道を開け、その間を悠々と歩く馬がある。その上には栄える真紅の鎧を着込んだ一人の少女が歓声に応えるようにして民に手を振り返していた。
「聖騎士様だ! 聖騎士様が帰ってこられたぞー!」
「これで俺たちの国は救われる!」
「あぁ、聖騎士様! わたしたちの街をお救いください!」
次から次へと言葉が飛び交う。その中、馬に跨った少女はその全ての言葉に笑みを返し、悠然と進んでいた。
「帰ってきたみたいですね、美坂さん」
後ろから佐祐理が嬉しそうに呟く。
炎の聖騎士。美坂香里。それが彼女の名だ。
カノン王国始まって以来初の聖騎士ともあって香里の知名度は極めて高い。国民の間には崇拝する者もおり、また子供の間では最高のヒーロー像としても根強い。
そんな香里がカノンに帰ってくるのはおよそ二年程振りだろうか。
どことなく浮かぶ笑みを隠そうともせず、潤は佐祐理たちへ振り返る。
「城外での出迎え、任せても良いか?」
「はい、もちろんです! ね、舞?」
「・・・(こくり)」
「そうか。それじゃあ頼む。その後はここまで通してくれ」
「御意」
恭しく頭を垂らす佐祐理に、舞も続く。そうして出て行った二人の背中を見送り、潤は再び窓から街を見下ろした。
しばらく経って、扉を叩く音が聞こえた。
促せば、もちろん入ってきたのは炎の聖騎士、美坂香里である。
香里は兜を外し腕に挟むと、恭しく頭を下げて、
「聖騎士、美坂香里。王国ビックバン・エイジよりただいま帰還しました」
その態度に潤は座っていたソファから立ち上がり、思わず苦笑する。
「あぁ、いいよ美坂。ここには俺たち二人しかいないんだ。普通に接してくれ」
言うと、香里は頭を上げて小さく微笑んだ。
香里は手近なテーブルに兜を置き、くっ付いてしまった髪を小さくかき上げ、一言。
「久しぶりね、北川くん」
「あぁ、そうだな。美坂」
互いに苦笑。数年振りの再会は、どこかこそばゆいような感覚が込み上げていた。
この二人、実は幼馴染なのである。
カノンに生まれてからは互いに将来国の行く末を担う立場ということで、よく共に研鑽したものだ。
・・・だが、いまはそうそう再会を喜んでもいられない状況だ。
だからすぐに潤の表情は王子のそれに変わり、腰を下ろす。
香里もそれを察し、すぐさま一人の戦士の表情となって対面に座った。
「それで、いま状況はどうなっているの? そんなに厳しいの?」
「情報班からはどこまで聞いているんだ?」
「王都を魔族が攻めそうだから、早く帰ってきてくれって。詳しいことは着いてから聞こうと思ったから、それ以上聞いてないの」
潤は頷く。
「そうか。じゃあ、最初から話そう。
その魔族軍は最初にアーフェンの村を襲い、魔族襲撃の報を聞いて出撃した石橋らをも撃退。
その後傭兵を五百人雇ったが、それも撃退され、どうやら敵対していたらしい水瀬秋子の一派をも下した。
そこから北上し、エフィランズ、オディロと落とされて・・・いま敵はオディロに陣を構えこちらを狙っている」
香里は、その言葉に思わず顔を俯かせた。
「そう・・・。石橋さん、やられたの。それにあの水瀬秋子も・・・。なかなか厳しい状況ね。・・・街や兵の被害は?」
「エフィランズ駐留部隊、オディロ駐留部隊はほぼ全滅。アーフェンの村人は一度捕まったけど解放されてるし、エフィランズの街の民はどうやら無傷らしい。オディロに関しては攻められる前に住人はここ王都に避難させている。
だから一般人の被害はほとんどない。ただ・・・」
「ただ?」
潤は一瞬言いにくそうに口ごもる。
それがどことなく自分にとって良くない報であるということを香里は察した。伊達に何年も潤と幼馴染をやっていたわけじゃない。
「・・・続けて」
それでも言いにくそうにする潤だったが、香里の表情を見て諦めたようにゆっくりと口を開いた。
「その・・・な。お前の妹、栞ちゃんが・・・そのときちょうどアーフェンにいたんだよ」
「!」
「で、解放された人の中に栞ちゃんはいなかった。
さらに詳しく聞けば・・・栞ちゃんはどうも村人の解放の代わりに残ったらしいんだ」
「・・・そう」
ショックは大きい。・・・だが、同時にその行為がとても栞らしいと納得できた。
栞は優しい人物だ。だからこその行動なのだろう。
グッと掌を強く握り締める。
―――待っててね、すぐにお姉ちゃんが助けてあげるから。
が、真実はそんな香里の斜め上を行っていた。
「で、占領されたエフィランズでの話なんだが・・・。栞ちゃんらしき人が確認されているらしい」
「え? それはどういう・・・」
捕まっているのではないのか?
そんな疑問を粉砕するような言葉が、潤から放たれる。
「その・・・、まだ未確認な情報なんだが・・・。どうやらその栞ちゃんらしい人は魔族軍と一緒に行動しているらしい」
「―――え?」
一瞬の間。呆けたように目を見開いていた香里は、すぐさま怒りをあらわにして思い切りテーブルを叩き付けた。
「そんな、そんな馬鹿な! 栞が、そんな魔族と一緒に行動しているなんて、そんな馬鹿な話信じられないわ!」
「落ち着け美坂! そう決まったわけじゃない! 誤報かもしれないし、もしかしたら栞ちゃんが操られているだけかもしれない!」
「でも!」
「落ち着くんだ! お前は聖騎士だろう!」
「!?」
ハッとし・・・香里の身体から怒気が抜けていく。数回深呼吸を繰り返す頃には、いつもの香里に戻っていた。
腰を下ろし、小さく頭を下げる。
「ごめん。少し取り乱したわ」
「いや。肉親がそんなんだって聞けば少なからず驚くし慌てるさ。無理もない」
「そう言ってくれると助かるわ・・・」
ふぅ、と整える意味でも小さく息を吐く。
「とりあえずあたしとしては・・・是が非でも負けられない戦いになったわね」
「最初は負けることも考えていたのか?」
「・・・北川くん。それは意地悪な質問よ?」
「ははっ、すまない。少しくらい冗談言わないとやってられない感じでな・・・」
失笑のような形の笑みを見て、香里は思う。
どうやら自分がいない間に潤はいろいろと苦労していたようだ。が、潤はきっと聞いてもそれを言ったりはしないだろう。
北川潤という人物は昔からそうだった。自分の苦しみを決して他者に吐露しない人物なのだ。
だから、香里も聞かない。これまでも潤はそうして一人で物事を解決し、それを良しとしてきた。
もしどうしても一人でできないそのときは・・・声を掛けてくれるだろう。そう信じて。
よって香里は追求をせず、話をもとに戻す。
「現状はわかった。エアやクラナド、ワンからの救援は?」
「ないな。クラナドもエアもその魔族軍とは一戦やらかしてるし、クラナドに至っては王女を誘拐された。エアも王女が行方不明になってる。
ワンは・・・まぁ、それに関係なく無理だろうな。いろいろあって、いまカノンがワンに救援を要請してもきっと無視するだろうさ」
香里は頷くだけにとどめた。ワンに関して何かあったのだろうが、それを問う無い気はない。いまは現状把握だけで良いのだから。
「ということは、他国の援護は当てにしちゃいけないということね」
「そうなるな」
「敵の規模は?」
「六百弱。・・・が、どういうわけか敵には魔族だけじゃなく人間族、獣人族、果てには神族まで確認されている」
思わず、ちょっと待って、と潤の言葉を止める。
「なにそれ、どういうことよ・・・? 多種族同士が協力して攻めて来るってこと・・・?」
「実際確認されている以上、そういうことなんだろう。どうしてそういうことになっているのかは・・・わからないけどな」
間。互いがしばらく無口になり静寂が部屋を覆う。
しばらくして動きを見せたのは潤だ。ポリポリと頭を掻きながら、笑みを寄越す。
「・・・まぁ、それを俺たちがどれだけ考えたって答えは出ないさ。敵さんに会うまでは・・・な」
「それもそうね。いま考えるべきは―――」
「出来るかぎりの対策だ」
力強く言い放つ。
「で、だ。美坂。お前には前線指揮を任せたい。そうすれば兵の士気も高まるだろうしな」
「それは良いけど・・・北川くんは?」
「俺は後方で総指揮を取る。だから作戦なんか全ては俺に任せてもらいたい。・・・良いか?」
すると確認に対し、笑みという返答が来た。
「当たり前でしょ? あなたの指揮で動けるのなら、あたしも、皆も安心して動けるわ」
「・・・そう言ってもらえると嬉しいね」
「見せてあげましょう、敵に。あなたの指揮の下、束ねられたあたしたちの強さを」
頷く。そして潤は立ち上がり、窓から外を見た。
遥か向こう、小さいながらもここからオディロの砦が見える。それに向かって、静かに、しかし強い思いを込めて口を開く。
「来るなら来い。相沢祐一。俺たちは逃げも隠れもしない。
俺は俺の誇りに掛けて・・・お前たちを迎え撃つ!」
あとがき
はい、神無月です。
そろそろこの更新ペースもへばってきました。うぃー、へるぷみー。
まぁ、そんなわけで次回はワンの人が祐一たちのとこへ来ます。
あー、それとも間章が先かな? かもです。
では、また〜。