神魔戦記 間章  (四十七〜四十八)

                  「時谷」

 

 

 

 

 

「・・・はぁ?」

 疑念の声が、部屋を染めた。

 ここはオディロの砦内。いまここを占領している軍の長、相沢祐一の個室。

 そこに呼ばれた彼―――斉藤時谷は自分の目の前に座る相沢祐一の言葉に、思わず頭を抱えた。

「あー・・・。もう一度聞いて良いか? なんだって?」

「だから、この子に斧の使い方を教えてやってくれと言った」

 祐一の右側。『この子』と呼ばれた少女、雨宮亜衣がどことなくおどおどとした表情でこちらを見上げている。

 そんな態度に辟易しながら、時谷は祐一を睨み付けた。

「つかよぉ、なんで俺だよ。てめぇが教えやがれ。てめぇが」

「俺は斧の使い方を知らないからな。お前はいまでこそ素手だが、昔は斧を使っていただろう?」

 確かに昔・・・まだ祐一の父親が健在だった頃、時谷は斧使いだった。

 あの頃は経験なんていうものがなく、自分の頼れるものが力しかなかった頃だ。

 その力を十二分に生かしたい、ということで斧を修練していた。

 ・・・まぁ、経験からくる戦闘予知をするようになってからは、スピードが足りないということで斧ではなく素手にしたわけだが。

「他にはいねぇのかよ。七瀬なんか斧使えそうじゃないか?」

「いや、とりあえず聞いてみたが使えないそうだ。他の面々にも一応聞いてみたが、誰もいなかった」

「・・・ちっ。だがよぉ、俺はもしかしたら三日後以降にはいなくなるかもしれないんだぜ? まともな修行なんかできねぇよ」

「それもわかってる。とりあえず、基本的な型さえ教えてくれればいい。そうすれば後は自分で研鑽できるはずだ」

 そんなもんかねぇ、と時谷は心中で呟く。

 こう言うのも癪だが、相沢祐一は基本的に天才肌だ。どんなものでも、大抵の事はそつなくこなす。

 剣もおそらく自分のものにするまでにそう時間が掛からなかったに違いない。

 が、無論皆が皆祐一みたいに手早く修練できるわけではない。時谷とて、いまの戦闘スタイルを得るのに一年は掛かった。

 基本的な型のみとはいえ、いままで一切の戦闘経験がないというこの少女が、果たして三日で会得できるものだろうか。

 ―――ま、そこまで考える必要ねぇか。

 別段、決戦までなにか用事があるわけじゃない。暇つぶし程度に考えれば良いだろう。

「わぁったよ。暇つぶしに教えてやることにする」

「そうか、助かる」

「けっ、別にてめぇのためじゃねぇよ」

 その横、亜衣が小さな身体をくの字に曲げて、

「あ、あの・・・よ、よろしくお願いします!」

「・・・ちっ」

 時谷は思った。

 もしかして面倒なことを背負ってしまっただろうか、と。

 

 

 

 ガキィン、と鉄同士がぶつかり合う音がこだました。

 広い空間に、その高い音はどこまでもよく響く。

 そこはオディロの砦に隣接された訓練場だった。おそらく駐留兵のために造られたのだろうが、あまり使われた形跡がない。

 長く続いた平和と、慢心から、訓練というものをほとんどしていなかったのだろう。

 そしてその中で、再び連続した鉄の激突音が響き渡る。

 その音の発生源は、中央で斧を激突させている時谷と亜衣だった。

「・・・ふっ!」

 呼吸を吐くと同時、右からの鋭い一閃が亜衣から放たれる。

 それをバックステップで回避した時谷が右手に持っている斧を振り上げて、そのまま力任せに振り下ろす。

 亜衣は先程の攻撃の軸となっていた左足をわずかに下げ、逆に右足に力を入れることで旋回。ギリギリの範囲でそれを回避する。

 だが、それはギリギリでしかかわせないのではない。できるだけ隙を減らすためにわざとギリギリで回避したのだ。

 そのままさらに右足を強く踏み込み、旋回の遠心力を利用して斧を振るう。

 ・・・早い。かわしきれず時谷がそれを斧で受ける。それを見た亜衣はすぐに斧を離し逆旋回。左側から斧を振るう。

 が、これも受けられる。力では適わないと理解している亜衣は、そのまま競り合いをしない。

 斧を弾く勢いを利用し、そのまま後方へとステップを刻む。

 開いた距離はざっと五メートルほどだろうか。斧では、少なくとも移動しなくては攻撃の当たらない距離だ。

 だが、安心は出来ない。互いのスピードを考えればその距離は一歩もあれば射程距離に収まるのだから。

 だから、と隙を見せずに、しかしこの間を利用して呼吸を整える亜衣を見て、時谷は思う。

 ―――こいつ、なんて飲み込みの早さなんだよ。

 修行を始めてもう二日が経った。明日が決戦なので、実質時谷との修行が確約されているのは今日で終わりとなる。

 修行を承諾した日を合わせて三日。そう、たった三日で亜衣は、手加減しているとはいえ時谷とほぼ互角に渡り合っていた。

 初日なんて斧を振り回すだけで体勢を崩しまくり、こちらが攻撃をすれば目を瞑る、あるいは逃げ出していたものだが・・・。

 ―――それがいまじゃこれかよ。

 呼吸を整えている間も、亜衣に隙は見当たらない。いや、時谷ほどの者から見ればそれでも多少の隙はあるのだが、時間を考えればそれはとても驚異的なことだった。

 亜衣の視線は、こちらの隙を注意深く伺う視線だ。少しでも気を抜けば、鋭利な攻撃が降りかかってくるだろう。

 別に時谷はなにか教えたわけじゃない。基本的には実戦を繰り返しただけだ。

 唯一教えたことと言えば、よく見ろ、ということだった。敵の動きを見極められなければ接近戦では勝てない、と。

 だから亜衣はよく見るようになった。そしてそれを吸収していった。

 そう、亜衣には才能がある。

 それは武芸の才能ではない。言うなれば・・・『見る』才能と『実践する』才能だ。

 時谷は時々錯覚するのだ。

 いま相対している相手は雨宮亜衣という少女ではなく・・・“自分”ではないか、と。

 それだけ亜衣の動きは時谷に似ていた。否、ほぼ同じである。

 時谷は二日目にそれに気付いた。亜衣は・・・同じような攻撃を二度喰らわないことに。

 それは時谷の経験による戦闘予知に似ている。だが、それだけに留まらなかった。

 亜衣は自分が受けたような攻撃、自分がきついと思うような攻撃を、そっくり(、、、、)そのまま使う(、、、、、、)ようになったのだ。

 まるで鏡写しのように正確に、だ。

 故に亜衣は実戦を重ねれば重ねるだけ動きに鋭敏さが増し、また一挙動一挙動の中に無駄がなくなる。

 攻撃にも躊躇がなくなり、判断も即決となる。

「―――はっ」

 時谷は思わず笑みを浮かべた。

 これから、自分以外の者とも戦い、さらに神殺しを使った魔術や、能力の解放を得たとするなら―――、

「いったい、どこまで行くんだろうな?」

 楽しい、という感覚が沸き起こった。

 いままで戦っているとき以外でこんな感情を感じたことはない。まして、他者の成長を見て楽しいなどと・・・。

「!」

 瞬間、亜衣の姿が視界から消えた。いまの一瞬を隙と判断したらしい。

 どこだ、と思うことはない。なぜなら、現段階では亜衣の動きは時谷の動きでしかない。ならば自分ならここでろどうするかを考えれば良い。

 判断は一瞬に。時谷は鋭い一撃を下へと向ける。

「!?」

 すると驚きの気配と同時に、真下からその一撃を受ける音が響いた。

 ぎりぎりまで腰を落とすことで相手の視界から一瞬でも消えさせ、またその体勢のスピードなら間合いをゼロとするのも早い。

 これも昨日時谷が亜衣に対して行った戦法だ。

「割り切りは良い。躊躇も消えた。・・・だが、まだ浅い!」

 力ずくで亜衣を弾き飛ばす。軽い亜衣はそのまま大きく吹っ飛ばされるが、なんとか受身を取りすぐさま体勢を立て直す。

 追撃を仕掛けた時谷の攻撃をなんとか捌くが、

「右の反応が・・・少し遅い!」

 カキィィィン、と一際高い音が場に響き渡った。

 それは時谷の一撃によって亜衣の神殺し、ディトライクが弾き飛ばされた音だ。

 ディトライクは少し離れた床に突き刺さり、武器を失くした亜衣に向かって斧を突きつける。

「終わりだ」

「・・・は、はい」

 しゅん、と項垂れる亜衣。

「また負けてしまいました・・・」

 その言葉に斧を引いた時谷が苦笑する。

「おいおい、こんな短期間で勝たれたら俺の立つ瀬ねぇだろ?」

「それは・・・そうですけど・・・。あの、斉藤さん?」

「時谷で良いと何度も言ったはずだ。で、なんだ?」

「えと・・・で、では時谷さん。あの、亜衣は・・・強くなっていますか?」

 時谷は動きを止めた。

 ・・・なにを言っているんだこいつは、と。

「何度やっても時谷さんとの力の差が縮まっているようには感じられないので・・・。やっぱり亜衣には戦う才能ないんでしょうか?」

 力の差が縮まっていないように見えるのは、時谷が亜衣に合わせて手加減の割合を徐々に減らしているからだ。だが・・・、

「まぁ・・・あれだ。いろいろと突っ込み所はあるが・・・、それをうちの兵士の前で言うなよ」

「? なぜですか?」

「自信を失くすからだ」

 わけがわからず首を傾げる亜衣。

 ―――これで才能なかったら、そんじょそこらの兵士はやってらんねぇだろうよ。

 実際いま祐一軍の一般兵士と亜衣を戦わせたら、十中八九亜衣が勝つだろう。もう亜衣の実力はそういうとこまできているのだ

 ―――ま、さすがにカノンの決戦に出すには早い気もするがな。

 亜衣はまだまだ発展途上だ。そしてこれから強くなることが確約されているようなもの。

 ここで散らすには惜しい存在だ。

「・・・ん?」

 そうして亜衣を見下ろしていて、気付く。

「おい、腕怪我してるぞ?」

「え、あ・・・ホントですね。さっき飛ばされたときに怪我したんですよ、きっと」

 あれか、と時谷は頬を掻いた。

 良い動きに、思わず力を込めすぎてしまった。

 考えてみれば亜衣はまだ三日目だ。なのに時谷はもうほぼ六割近い力で戦っている。あの瞬間では八割くらい出してしまったかもしれない。

「じゃあ、美坂に治療魔術を―――」

「あ、いえ。亜衣はその・・・魔力無効化の特異体質ですから」

「あー」

 そういえばそうだった。いままでは時谷の手加減が功を奏し、怪我にまでは至っていなかった。

 だから魔力完全無効化だということを時谷は完全に失念していた。

 治療魔術が使えないとなれば・・・、

「あ、それじゃあ亜衣は美坂さんにお薬を貰いに―――」

「あぁ、いい、いい。時間が勿体ねぇから行かなくていい」

「え、でも・・・」

「薬なら俺が持ってる。腕貸せ」

「え、あ、あの・・・?」

 勝手に腕を取り、時谷は薬の容器を取り出し、傷口部分に塗りたくっていく。

「ひぅ!」

「多少染みるだろうが、我慢しろ。効果は良いんだ、これは」

「・・・でも時谷さん。薬なんていつも持ち歩いているんですか?」

「まぁ、な。俺は他の魔族と違って妙に自己再生が遅いからな。連戦や、まぁ、それに近い状況のときに勝手に治るの待ってられないんだよ。

 いまとなっちゃ栞がいるが、昔俺がいた部隊は皆魔族で、誰も治療魔術なんか扱えなかったからなぁ。多少薬学に手を出したんだ」

「へぇ・・・」

「おら、終わったぞ。お前は人間族だから・・・そうだな。この程度の怪我なら二時間もあれば塞がるだろ」

「あ、ありがとうございます」

「礼なんか良い。少し休憩したらまた始めるぞ」

「はいっ」

 ふぅ、と小さく息を吐き、亜衣が手近の壁に背を預ける。

 ―――もう呼吸は整ってるのか。

 だいぶ下地は出来上がってきているようだ。このままなら二週間もすれば前線に立てるようになるのではないだろうか。

「あの、時谷さん」

 不意に声を掛けられた。視線を傾け、

「なんだ?」

「・・・亜衣は、明日のカノンとの戦いには・・・出れないですよね」

「・・・だろうな」

「ですよねぇ」

 あはは、と力なく笑う。それが作り笑いだというのは、誰にでもわかっただろう。

「戦いたいのか?」

「亜衣がもともと戦いたいと思ったのはカノンへの復讐でしたし。・・・その後の相沢さんの造る国のためにも、とも思いますけど。でもやっぱり・・・」

 あのエフィランズへの怒号砲によって亜衣の両親が死んだ、ということは聞いている。

 だから時谷は一瞬逡巡し、

「どうしても出たいってんなら祐一に掛け合ってやろうか? 一般兵くらいならいまのお前でも渡り合えると思うぞ」

 が、亜衣は首を横に振った。

「ありがとうございます。でも、亜衣だってわかってますから。まだ自分が未熟なことくらい・・・。

 それに、亜衣は相沢さんと約束しました。相沢さんの造る国のお手伝いをしたい、と。だから・・・それまで死ぬわけにはいかないんです。

 だから今回はおとなしくお留守番しようと思います。もしかしたら、これを機に誰かが攻めてくるかもしれませんし」

 でも、と亜衣は続け、

「時谷さんはその・・・明日のカノンとの決戦が終わったら・・・出て行ってしまうかもしれないんですよね」

「あぁ」

「・・・やっぱり、種族の共存なんて許せませんか?」

「いや、別にんなことはねぇ」

「じゃあ、残ってください。そしてもっと亜衣に斧を教えてください!」

 時谷は失笑する。

「利己的だな、お前。自分のために残って欲しい? 俺の意思は無視か?」

「そ、そういうわけじゃ・・・」

「俺はな、戦うために自分が生まれたんだと思ってる。だから逆を言えば、戦いをしない場所に留まる気はねぇ。

 種族の共存なんかどうでも良いさ。別にこの場所が嫌いなわけでもねぇし、人間族のお前や美坂、神族のあゆなんかが嫌いなわけでもねぇ。

 が、それは勝手にやってくれって話だ。俺は戦いを望む」

「どうして・・・そこまで戦いを望むんですか?」

「俺にとっては戦いだけが唯一の娯楽だからだよ」

「そんな・・・」

 顔を俯かせる亜衣に、時谷は大きくため息をする。

「さて・・・休憩は終いだ。やるぞ」

 立ち上がる時谷。が、亜衣は立ち上がる素振りを見せない。

「・・・おい」

「だって・・・」

「あん?」

「だって、せっかくこうして出会えて、一緒にいるのに・・・。それだけでも楽しいことだってあるのに・・・。それじゃあ駄目なんですか?

 こうして一緒に何かをして・・・こうしているいまも時谷さんにとっては暇な、退屈なことですか?」

「―――」

「亜衣は・・・亜衣は楽しいですよ。やっていることは戦いの訓練で、そして戦いって事は相手を傷付けることだし、もしかしたら殺すことですけど・・・。

 それでも、亜衣はいまが楽しいです。何かを学び、何かを得て、そして自分がほんの少しでも強くなればそれが楽しいです。

 時谷さんとこうして一緒に特訓をして、何かを教えてもらって、それが身になるのが嬉しいです。

 これは、亜衣だけですか? 時谷さんには・・・ありませんか?」

 問い掛けに、時谷は口を閉ざした。

 ―――はっ、一緒にいて楽しい・・・か。

 思考は一瞬。時谷は何も言わずゆっくりと歩を進めた。

「時谷さん・・・」

 落胆の声が響く。だが時谷は何も答えず、中央に立ち尽くした。そして、

「さぁ、来い。休憩はとっくに終わってるぞ」

 斧を構える。

 その動作に亜衣は一瞬顔を俯かせ―――しかしすぐに顔を上げると立ち上がり、遠くに突き刺さった神殺しに向けて手を向けた。

「・・・来なさい、ディトライク」

 名を呼べば、ディトライクは勝手に地面から抜けそのまま亜衣の腕へと跳んだ。

 それをキャッチし、亜衣も構えを取る。

 その表情に、先程の憂いはない。

 ―――戦いには心を引きずらない、か。・・・良いじゃねぇか。

 思わず笑みを浮かべ・・・時谷は疾駆した。

 時谷自身、その胸に迷いを刻んで―――。

 

 

 

 あとがき

 ども、神無月です。

 カノン王国編、最後の間章を飾ったのは斉藤時谷でしたー。

 原作を考えれば、出世ですね? もう名前しか出てない脇役とかじゃんじゃん出しますよー? 仁科さんとかw

 さぁて・・・いよいよ次回ですね(ニヤリ

 では、お楽しみに。

 

 

 

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