神魔戦記 第四十六章

                  「想いと誓いと」

 

 

 

 

 

 昼。

 天では昨日の雨が嘘のように太陽が輝いている。

 その下、城塞都市オディロ。

 城塞都市オディロは、その名の通り人の住める場所などごくわずかであり、都市の半分以上が砦で埋められている。

 ここはカノンに敵対する勢力を押しとどめる最終ラインとして数十年前に造られた都市だ(北側はアゼナ連峰があるので問題ない)。

 が、そのオディロももはや陥落した。

 いまやここは祐一軍の最前線基地となっている。

 そんなオディロの巨大な砦の中。その会議室。

 そこには祐一軍の主要メンバー全員が集められていた。

 先行してオディロへ来ていた部隊、エフィランズの本隊、そしてアーフェンの残留部隊がいまここに久しぶりに揃っている。

 もちろん話し合っていることはほかでもない。目の前に迫ったカノンとの決戦に関して、だ。

「敵の数はおよそ千二百。対してこちらの兵力は五百強といったところです」

 手に持つ書類を見下ろしそう告げるのは久瀬隆之だ。

 それを聞いた隆之の真正面に座る祐一は小さく頷き、

「ざっと兵力差は二倍・・・か。まぁ、あまり問題になる数値ではないな」

「単純計算で一人二人相手にすれば良いわけだから・・・まぁ、普通は大丈夫だろうな」

 続けたのは浩一だ。だが、それに異論を唱えるように美汐が立ち上がる。

「ですが、かといって侮っていては勝てるものも勝てなくなります。カノン側もそれ相応の策は取ってくるでしょう」

「そりゃあそうだろうね。カノンだっていくら二倍の戦力があると言っても安心はしてないだろうし。

 ・・・実際以前に五倍の戦力差で負けているわけだし」

 ま、それは傭兵だけど、とさくらは苦笑する。自分たちももとはそこにいたのだから、妙な気分なのだろう。

 そのさくらの横に座る名雪が小さく手を上げて、

「それじゃあ、わたしたちもなにか作戦を立てて行くの?」

「多少は、な。だが、基本的には正面突破で行く」

 淡々と、祐一。その言葉に呆れる者、納得している者、驚く者の反応があり、まず驚いた者の動きが返ってきた。

「敵には指揮官として誉れ高い北川潤王子がいるのですよ!? 正面突破など、仮に勝てたとしてもこちら側にも多くの損害が―――」

「あのね、天野さん。勝てば良いっていう戦いじゃないんだよ、これは」

 美汐の言葉に、しかし言葉を返したのは鈴菜だ。小さな苦笑を浮かべ、

「確かにいろいろな策を練って戦った方が良いのはわかる。でも、それじゃ駄目なんだ。

 相手にわからせないといけない。正々堂々と、胸を張って私たちはカノンを攻めなくちゃいけない。

 自分たちはお前たちよりも強いぞ、って。その証を立てなくちゃいけない」

「ですが・・・」

「美汐。鈴菜の言うとおりだ。俺たちはそういう戦いをしてきたんだから」

 祐一は言う。

「だが、俺たちは魔族としてカノンに力を見せ付けるわけじゃない。

 魔族と、神族と、人間族と・・・。全ての種族としてカノンに力を示さなくてはいけない」

「どういう・・・ことですか?」

 美汐の問いに、祐一は視線を周囲へ向ける。

 浩一、鈴菜、水菜、神耶、さくら、亜衣、栞が笑っている。他の面々の浮かべる疑問の表情に・・・いまは答えるときだった。

 たとえそれで何人かがここから離れていくことになろうとも。

「俺は・・・そう。俺はカノンを打ち破ったら・・・しようと思っていることがある」

 瞼を閉じ、静かに一息。

 そして顔を上げ、

「俺はカノンを潰した後・・・国を造る。

 魔族、神族、人間族。他にも獣人族やエルフ、スピリット。全ての種族が手と手を取り合って生きていけるような・・・そんな国を」

 見渡すほとんどの者が驚愕の表情を浮かべる。

 無理もないだろうと思う。

「な・・・・・・なにを仰っているのですか!?」

 最初に驚愕から立ち直り机を叩き付けたのは久瀬隆之だった。

「祐一様は全ての種族に復讐を果たすために戦をお始めになられたはず! それが、共存などと―――!」

「俺も今回だけは久瀬の意見に賛成だな」

 続けたのは時谷だ。時谷は腕を組み瞼を閉じ座っているものの、殺気すら滲ませている。

「てめぇは言ったよな。俺に世界の頂を見せるって。・・・その結果がこれか、あぁ?」

「確かに言ったな。・・・だがあのときの俺とはいま考え方が大きく変わってしまった。あのときの約束は守れそうにない」

「ハン。よくもまぁ抜け抜けとそんなことがほざけるもんだ」

「生きていれば考え方くらい変わる。それはお前にもわかるだろう、時谷?」

「・・・」

 確かに、考え方が変わらなければ時谷はこの場にいないだろう。

 水瀬秋子に殺されているか、それとも祐一に殺されているか・・・。どちらにしろこの世にはいないはずだ。だが、

「納得はいかねぇな」

「あぁ。すまん」

 そう言って祐一が頭を下げた。一つの部隊の長が、一人の兵士に向かって、だ。

 その態度に、時谷は眉を傾ける。

「・・・なに謝ってんだよてめぇ。自分の立っている場所わかってんのか? 多くの奴ら抱えて頂点に立つてめぇが、そう簡単に頭下げてんじゃねぇ!」

「だが、これは俺が一方的に違えてしまったことだ。非は俺にある。ならば謝るのは当然だろう?

 それに俺はお前たちの上に立っている気などない。あくまで仲間だ」

 絶句した。

 何を言っているんだこいつは、と怒りを通り越して呆れすら時谷は抱いた。

 ・・・確かに、自分と戦ったあの頃とだいぶ変わった、と時谷は思う。

 それもだいぶ丸くだ。それは退化だ、と思う。戦場に立つ者として、それは『下がった』と表現すべきだろう。

 ・・・が、逆に祐一の存在感というか、威厳は確実に上がっていた。

 それは荒々しい面が抜けて、落ち着いた・・・とでも表現しようか。

 ともかく人の上に立つ、という点では確実に進歩している。

 そのギャップに、時谷は迷いを浮かべる。

 ―――けっ。くだらねぇ。

 心中で呟く。そんな考えこそくだらない、と。だから、

「・・・ま、いいさ。とりあえずカノンを潰すまでは付き合ってやる。その後は・・・そんとき決めるさ」

 祐一は苦笑で頷いた。それで十分だ、と。

 そんなやり取りを眺めていたシオンは、隣に座るさくらに顔を向ける。

「さくらは驚かないのですね」

「うん。まぁ、いろいろあって事前に聞いてたしね」

「そういうことですか」

「シオンも・・・あんまり驚いてないように見えるけど?」

「私の場合祐一が何を目指そうと関係はありませんから。ですが・・・」

「でも?」

 シオンは小さく笑みを浮かべ、

「復讐よりも、この方がスッキリするとは思います」

 さくらは笑って頷き、そのシオンの横、留美を見やる。

「留美ちゃんは?」

「あたしもシオンと同意見。祐一が何を目指そうとあたしのすることに変わりはない。でも・・・」

「この方がスッキリする?」

「もちろんよ」

 そんな三人の横、名雪はただ笑みを持って祐一を眺めていた。

 ―――やっと、復讐以外の道を見つけられたんだね。

 美咲も、そしてあゆも同じ想いで祐一を見ている。

 そして杏はやれやれ、と肘を突きながら、

「・・・ま、良いんじゃない? 難しいとは思うけど、そういうことなら駆け引きなしで手伝ってあげるわよ」

 マリーシアに至っては瞳に涙を浮かべながら喜んでいた。

「良かった・・・良かったです。わ、私もその国造りのお手伝いをさせていただきます!」

 そして美汐は終始動きを見せなかった。主が望む道こそ自分の進むべき道だと言うように。

 そんな皆を見渡し、祐一は笑みしか浮かばない。

「久瀬」

「・・・はっ」

「お前はどうする? お前の好きなようにしろ」

「・・・・・・祐一様の望む道がそれならば、ご随意に」

 腰を下ろす隆之。その表情は全く納得していないようだが、それも仕方ない。それに彼は―――、

 いや、と首を横に振る。それはいま思考すべきことではない。

 だから祐一は前を見た。視界には、こちらを見る皆の姿がある。

 見渡し、拳を握り中空に掲げた。そして、言う。

「俺たちはカノンの全力に、全力を持って戦わなくてはならない。

 情報では明日にでもカノンの聖騎士、美坂香里も帰還する。

 そしていろいろと向こうも策を講じてくるだろう。苦戦するかもしれない。

 だが、俺たちはそれらを越えて行く必要がある。向こうの全力を、これでもかと粉砕して、俺たちは突き進む」

 一拍。そして、 

「ここが正念場だ! 俺たちの戦いのひとまずの決着がここで着く!

 決戦の日取りは・・・四日後! 全ての準備を整えて・・・俺たちはカノンを下す!」

 返ってくる力強い頷き。

 それに頷きを返し、万感の思いを胸に祐一は頭上を仰いだ。

 

 

 

 会議室からの帰り。

 祐一はとりあえずの自室としている部屋へと足を向けていた。

「久瀬と美汐・・・。あとはさくらとシオンくらいか。気付いているのは」

 呟いた意味は、決戦の日取りだ。

 四日後。かなり中途半端な日取り。

 パッと見では、妥当にも見える。準備や心構えを考慮すれば。

 だが、祐一が四日後にした理由はそんなことではない。

 これはむしろこちら側というよりも、向こう側を考慮してのことだ。

 美坂香里が帰還するのが明日。

 そしてそこから急ピッチでの部隊編成と作戦立案。これが明後日。

 急に配属された者たちがそれぞれ場に馴染み、極度の緊張感が抜けてくるのにもう一日。

 そう、四日後とはカノンにおいて最も防御の固くなる日だ。

 逆にその日を過ぎてしまえば、いつ来るかわからない襲撃に精神をすり減らし、磨耗していくだろう。

 だが、それを狙いはしない。

 戦では、それが常套手段だろう。だが、先程皆に言ったとおり、自分たちは完全なカノンに立ち向かい、勝たなくてはいけない。

「守れ、全力で守れよカノン。より強固に、より強い心で。

 ・・・そして俺たちは、それすらをぶち壊して突き進む。絶対の力の差を、見せ付けてやる」

 グッと拳を握る。もう、全ては目の前だった。

「・・・ま、いまから熱くなっていても仕方ない」

 自嘲気味な笑みを浮かべ、自分に言い聞かせるように呟く。

 そうして廊下を曲がり、自室を視界に納めたとき、

「・・・」

 気付いた。自分の部屋の中に誰いることを。

 神族の気配だ。そしてよくよく集中して気配を読み・・・、

「―――フッ」

 それが慣れ親しんだものであることを理解した。

 だから躊躇なく歩を進め、扉を開ける。

 最初に視界に入ったのは、その純白の翼だった。そして、蝋燭の火に反射する綺麗な黄金の髪。

 その人物が、こちらに気付き振り返る。一本に纏めた、その金色の髪を揺らし、破顔、という表情を持って、

「にはは、お久しぶり。祐くん」

 彼女―――神尾観鈴はこちらの名を呼んだ。

 懐かしい呼び方だ、と祐一は思う。ずっとずっと昔・・・まだエアにいたときのことを思い出すようだ。

 ―――感傷か、それは。

 小さな苦笑の後、祐一は口を開く。

「本当に久しぶりだな、観鈴。・・・もう出歩いて平気なのか?」

「もう大丈夫。栞ちゃんの治療魔術のおかげだね」

「そうか。それはなによりだ」

 彼女がここにやって来ているのを知ったのは、エアとの戦闘を終えて陣に戻ってきた後だった。

 美凪に関して聞きたいこともある。だが、なによりもまず聞かなければいけないことがあった。

「なぁ、観鈴」

「なに、祐くん」

「・・・本当に、お前はここにいたいのか?」

「え?」

 きょとん、と観鈴が首を傾げる。

 いきなり過ぎただろうか、と思うも、これは重要な問いだ。だから続ける。

「お前はエアの第二王女で・・・俺はただの半魔半神。それを―――」

 それ以上の言葉は紡がれなかった。その先は・・・観鈴の掌によって封じられていた。

「それ以上言ったら、わたし怒るよ?」

 にこりと、微笑みを向けられる。

「昔、約束したね? 『例えどれだけ離れても、わたしたちは祐くんの味方だよ』、って」

 思い出す。

 たかが三日。その間に出会い、そして仲良くなった三人で交わした、小さな約束を。

「・・・あの子はもうあのこと忘れちゃったけど・・・。でも、わたしは覚えてる。祐くんは忘れちゃった?」

 祐一は首を横に振る。それに対し観鈴は笑みを浮かべ、

「あのときの気持ちに嘘はない。そして、その想いはいまでも続いてる。わたしの胸の中で」

 ゆっくりと口に当てた手を引き、観鈴は自分の胸へと持っていく。

 祈るような姿勢で、胸元をギュッと握り締める。

「お姉ちゃんにね、言われたんだ」

「お姉ちゃん・・・神奈か」

「うん。お前の行きたいところに行けって、そう言われたの。だからわたしはここに来た」

 観鈴がこちらを見上げてくる。透き通るような瞳の向こう、確かな決意がある。

「祐くんの進む道にエアが敵として現れたとしても構わない。後悔しないよ。わたしは全てを受け入れてここにいる。

 だから祐くん。そんな悲しいことは言わないで。種族とかそういうんじゃなくて・・・わたしは一人の生きてる者として、祐くんの傍にいたいんだから」

「そうですよ。全ての種族の共存を謳うあなたがそんなことを言っていては、本末転倒ですよ?」

 観鈴でも祐一でもない第三者の声は、扉の向こうから。

 観鈴はキョトンとしているが、祐一は無論気配から気付いていた。小さく嘆息し、扉の向こうにいる者に向かって声を掛ける。

「誰からそれを聞いたんだ? ・・・宮沢有紀寧王女」

 呼ばれた名に反応するように、扉が開く。

 少し色の抜けた長髪を揺らせ、笑顔の宮沢有紀寧が入室してくる。腕には紅茶の乗った盆を抱えて。

「すいません。立ち聞きする気はなかったんですけど・・・」

「わかってる。なにかを探ろうとしているような動きじゃなかったし・・・なによりお前はそういうことをするようなタイプじゃない」

 にこりと笑みを持ち、有紀寧は手近のテーブルに盆を載せる。

 そしてまずは観鈴に向き直り、有紀寧は小さく頭を垂らした。

「お久しぶりですね、神尾観鈴王女。キー大陸合同武術大会以来ですから・・・もう二年ですか」

「え、えと・・・、ど、どうも」

 慌てて観鈴も頭を下げる。

 観鈴としては、まだエアにいた頃に情報で有紀寧が祐一たちに捕まったということは知っていた。

 だが、まさかこうして自由に出入りをしていて・・・こうして笑みを浮かべながらいるとは思わなかった。

 エアもそうだが、クラナドもかなりの反魔族の思想が根付いている。それは有紀寧も同じはずだったのだが・・・。

 そんな観鈴をよそに有紀寧は祐一に顔を向け、先程の質問ですが、と前置きし、

「全種族共存の話はこちらに移されたときに、栞さんより教えていただきました」 

「え、全種族の共存・・・?」

 疑問の声は観鈴からだ。そしてそれに答えるのは祐一ではなく有紀寧。

「祐一さんはカノンを倒し、自分の復讐と自己との決着を着けたら・・・そこから新しい国を造るんだそうです。

 魔族も神族も人間族もない。ただ全ての種族が共存していけるような、そんな国を」

「ホント・・・? ホントに祐くんはそんな国を造ろうと思うの?」

 祐一に向けられる観鈴の視線。それに対し祐一は少しやりづらそうに頬を掻きながら、頷く。

「それじゃあ、もしかしたらエアが敵にならないかもしれないね!」

 そう嬉しそうに言う観鈴に、しかし祐一は首を横に振る。

「いや、それはないだろう。実際種族間の共存を謳っているシャッフルを、エアは敵視している。

 魔族と共に暮らす神族を罵倒しながら・・・な」

「あ・・・」

 表情を落とす観鈴。しかしその肩をポンと励ますように叩く者がいた。有紀寧である。

「大丈夫ですよ、観鈴さん。それも現状での話ですし、これから変えていけば良いんですから」

「・・・有紀寧さん」

「ですよね? 祐一さん?」

 向けられる笑顔。それを見て、祐一は素直に思ったことを口にする。

「・・・変わったな、お前は」

「え?」

「クラナドから強引に連れてきたときとは大違いだ」

 クスリ、と微笑み有紀寧は首肯する。そうでしょうね、と。

「自分でも、ちょっと信じられないんです。この心変わりが。でも・・・。

 わたしがアーフェンで見たこと、ここで見たこと。あなたと話したこと、栞さんと話したこと、聞いたこと。それら全てがあっていまのわたしがいます。

 ここは・・・すごいですよね。いがみ合っているはずの人間族、神族、魔族が集まっているんです。

 そして食事や休憩時間ともなれば・・・その人たちが肩を取り合って笑っているんです。種族の垣根なんか超えて・・・。

 それを見ていたら・・・あぁ、クラナドは間違っていたんだなぁ、と・・・痛感しました。わたしの考えは愚かだったんだとも痛感しました」

 顔を上げる。だから、と続け、

「祐一さんの望む世界の、ここがきっと一端なのでしょう。

 なら、わたしはそんな祐一さんの望む・・・全種族が共存するような国を見てみたいと思います」

 どこか晴れ晴れと語る有紀寧を見て、観鈴は納得する。

「全ての種族の共存。・・・それは、とても素晴らしいことだと思います」

「うん。わたしもそう思う」

「・・・物好きな奴らだな、お前たちは」

 人間族の国の王女と、神族の国の王女が、揃って笑みを浮かべている。

 そんな光景に思わず小さな笑みが浮かぶ。

 そして、有紀寧が一歩を踏み出した。いままで浮かべていた笑みではなく、真剣な表情で。

「あなたの夢を、願いを叶えるために私の力が必要なら、言ってください。力になります」

 その言葉に、祐一は一瞬動きを止めた。

 なぜなら、その言葉の意味するところは―――、

「その言葉の意味を・・・お前は理解しているのか?」

「ええ。理解しています」

「それがお前ではなくお前の肩書きを利用しているだけだということもか?」

「理解しています」

「なら―――」

「利用できるものは利用すれば良いんですよ」

 平然と、有紀寧はそんなことを言ってのけた。

 唖然とする祐一に有紀寧は微笑み、

「わたしとあなたが結婚すれば、クラナドの王女・・・いえ、人間族の王女があなたのもとに下ることになります。

 この意味合いはとても大きく、そうすることでクラナドも、また他の国も手出しが難しくなる。まぁ、多少の時間稼ぎにしかならないでしょうけど」

「・・・そこまでわかっておいて、なぜ?」

「先程言いましたよ? 力になります、と。それに・・・」

「それに?」

「あなたの望む道は正しいと思いますから。だから、わたしはそれを共に見たいと思います。・・・あなたの傍で」

「・・・・・・お前―――」

「はい、わたしも!」

 祐一の言葉に被さるようにして観鈴。手を挙げ、笑みで、

「わたしも祐くんと結婚する。そうすれば神族の王女さんも手に入って効果二倍! ぶいっ!」

 あっけらかんと言い放つ観鈴に、祐一は思わず頭を抱えた。 

 こいつは事の重大さを理解しているのだろうか。いや、きっと理解していないだろう。

 半目で眺める向こう、有紀寧と観鈴がニコニコと互いを見合っている。

 ―――有紀寧も、もしかしたら基本的にお気楽思考なのかもな。

 思い、苦笑する。

 吐息一つ。最近ため息が多いなと思いながら、祐一は口を開く。

「お前たちの申し出は素直に嬉しい。だが、まだそこまで差し迫った状況じゃないし、なによりそれはもう少し先の話だ。

 エアもクラナドも以前の戦いで多少なりとも疲弊している。シズクの関係でそうそう簡単にこちらに戦力を出すこともできないだろう。

 だからいま焦って出す答えじゃないだろう。少なくともそれはカノンを討ってからの話だ。だからお前たちはその間に考え直し―――」

「祐一さんは女性からの結婚の申し出に対し答えも出さず全てを先延ばしにすると。そういうことですか?」

 笑みの有紀寧から思わぬ追撃が飛ぶ。一瞬たじろぐも、すぐさま体勢を立て直し、

「・・・お前たちがもう少し考えたほうが良いという意味だ。なにも俺が逃げているわけじゃ―――」

「わたしの気持ちに変化はありません。いまの決意に揺れる隙もありません。大丈夫です。

 なので、答えをお聞かせください」

 さらに一撃。それを受け、祐一はぐぅの音も出なくなった。

 確信する。これが地の、王女という肩書きのない宮沢有紀寧という女性なのだと。

 横を向けば、観鈴も期待の眼差しをこちらに向けている。

 だから祐一は・・・思わず笑った。笑って、

「・・・わかった。お前たちの気持ちは嬉しい。だが、俺がそれを良しとできるかどうかは別問題だ。だから、この件は保留にしておいてくれ。

 お前たちの力が必要になったら、必ず言うから。頼む」

 その返答に、有紀寧と観鈴は互いを見やる。そして苦笑を浮かべ、

「仕方ありませんね」

「仕方ないなー」

 そんな言葉が返ってきた。

 

 

 

 あとがき

 あい、神無月です。

 今回は祐一の目標を皆に打ち明けること、そして有紀寧や観鈴との掛け合いでしたー。

 これでようやく建国後の伏線も少しずつ引けてきましたねぇ。ふぃー、頑張れー、私。

 さてさて、次回は場面変わってカノン側へ移ります。

 やっとこ登場のあの人がカノンへ帰還します。お楽しみに。

 

 

 

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