神魔戦記 第四十五章

                  「目覚めし力」

 

 

 

 

 

 薄暗い道を行く三人がいる。

 ここは図書空洞へと続く、アデニス神殿の地下通路である。

 そこを行くのは以前にここを通ったことのある祐一とさくら・・・そして初めての亜衣である。

 時刻は夕方であるが、地下ではそんな意識も掻き消える。

 今日の深夜にはアーフェンの部隊が到着するとのことなので明朝にはエフィランズを出発しオディロへ向かわなくてはならない。

 少々時間が押しているが、まぁ仕方ないだろう、と祐一は考える。

 先頭を行くのはさくら。鼻歌交じりに軽快な足取りで前を行く。またいろいろな魔導書に触れられるのが楽しみなのかもしれない。

 次いで祐一。そして最後に亜衣と続く。だが、その亜衣はこの薄暗い雰囲気が駄目なのかどこかビクビクしており、その右腕はしっかりと祐一の外套を握り締めていた。

「亜衣・・・」

「は、はい?」

「その手、どうにかならないのか?」

「え、えと、あの・・・。だ、駄目でしょうか・・・?」

「・・・・・・はぁ。ま、いいがな」

 それを許し、と判断したのか亜衣は「ありがとうございます」と今度は遠慮なく両腕でしがみ付いてきた。 

 やれやれ、と嘆息する。

 そして数分後、一行はあの『選別者』にまで辿りついた。

「なんか青く光ってて・・・綺麗ですね?」

 淡い青の光を放つ『選別者』を見上げ、亜衣。

 そんな感想がどこか場に似つかわしくないようで、祐一は小さく苦笑を覚えた。

「やっぱりまだボク一人じゃ駄目だねぇ。祐一は?」

 ぺたぺたと扉に手を当てていたさくらが残念そうに呟く。そして祐一も扉に手を当てるが・・・沈まない。

「駄目だな。まぁ、魔力の総量なんてそうそう簡単に上下するものじゃないさ」

「ま、そうなんだけどね」

 さて、とさくらが亜衣を見やる。

「ボクたちもすぐ行くからさ、亜衣ちゃん先に入っててくれる?」

「え、はい? あの、どうやって・・・?」

「だからぁ・・・」

 ととと、と小走りに亜衣の後ろへ回り込む。『?』を頭に浮かべている亜衣の後ろでさくらは無邪気な笑みを浮かべ、

「こうして!」

 どん、と亜衣を押した。

「うわぁ!」

 亜衣は思わずつんのめり、そのまま『選別者』へダイブして・・・何事もなかったかのようにその向こうへと消えていった。

「・・・理屈ではわかっていても、実際にこうも簡単に『選別者』を通られると妙な気分だな」

「まぁねー」

 自分たちはある意味命を懸けてこの向こう側へ行くのだ。どことなく悔しい気持ちが湧いてこないでもない

「ま、行きますか」

「あぁ」

 さくらの腕が祐一と重なる。

 二つの魔力がシンクロする。そして上乗せされ、・・・二人の姿は徐々に扉へと埋没していった。

 

 

 

 一方、その頃の亜衣はと言えば・・・、

「あいたたた・・・」

 顔面から床に激突していた。

 痛む鼻をさすりながら、亜衣はゆっくりと顔を上げ・・・、

「・・・うわぁ」

 周囲の光景に思わず間延びした声をあげてしまった。

 どこまでも続くのでは、と錯覚させるほどの巨大な空間。そこにひしめく本棚とそれ以上の書物。

 ここがどういう場所であるかはさくらから説明を受けていたが、それでも予想をはるかに超えるスケールに亜衣は思わず飲み込まれた。

 ・・・と、

『――――――』

「・・・え?」

 思わず周囲を見やる。

 だがあるのはやはり無限に近い本棚と、書物のみ。動いているようなものは一切ない。だが、

『――――――』

 再び亜衣はそれを感じた。

 それは音。・・・いや、声、だろうか。

 あまりに小さくなにを言っているのかよくわからないが・・・確かになにかが頭に響いてくる。

 そしてそれはなぜか・・・『こっちに来い』という意味であるような気がして。

「亜衣を・・・呼んでいるの・・・?」

 ゆっくりと立ち上がり・・・歩を進める。

 呼ばれるがままに、その方向へと。

 

 

 

「・・・はにゃ?」

 さくらと祐一が『選別者』を越えたとき・・・そこに亜衣の姿はなかった。

「もしかして・・・どっか行っちゃった?」

「それはまずいぞ。あいつからは気配が全然しないんだ。こんなところではぐれたら見つからないかもしれない」

 亜衣は魔力完全無効化の能力者。ただでさえ微細な魔力の充満するこの空間で、魔力の波動を感じさせない亜衣を探すのは至難の業と言える。

「あら、またあなたたち来たのね」

 声に振り返れば、例の如く臙脂色のケープを身に纏った少女が、その真紅の長髪を揺らせてこちらを見上げていた。

 黎亜。この大図書空洞の二代目管理者だ。

 その黎亜に答えを返したのは、さくらだ。

「うん。ボクたちに新しく魔力無効化の能力者が仲間になったんだけど、格闘技もできないっていうんでどうしようかなー・・・って。

 ここならなにか参考になるようなものもあるんじゃないかって来てみたんだけど・・・」

「ふぅん。それで? その魔力無効化の能力者っていうのはどこ?」

「それが、先に入ってもらったんだけど・・・いなくなってて」

「・・・それはまた厄介ね。ここから気配のない子を探すのは一苦労よ?」

「だよね・・・。黎亜さん、どうにかならない?」

 手を顎に持っていって思案する黎亜。そして、

「・・・面倒くさいけど、仕方ないわね」

 嘆息。そして右手を中空に掲げ、

「『探求の使者(サーチファミリア)』」

 そこから無数の小さな青い発光体が生まれる。そしてそれはフワリと各方向へ散っていく。

「・・・見たことない魔術だな」

「オリジナル魔術。大気にいる微細な妖精を瞬間的に使役、周囲の状況を把握するための術よ」

「オリジナル魔術かぁ。やっぱ黎亜さんはすごいねぇ」

「別に。たまに暇なときに作ってるだけよ。なんなら後で教えてあげましょうか?」

「え、教えてくれるの!?」

「別に良いけど。わたしの作る魔術は基本的に無属性だから誰でも使えるし。あなたくらいの魔力操作技術があれば使いこなせるわ。きっと」

「やったー!」

 喜ぶさくらの横、ピクリと黎亜の眉が揺れる。

「・・・いた」

「本当か?」

「ええ。でもこれは・・・」

 祐一の確認に頷く黎亜だが・・・その表情はどこか怪訝なものである。

「黎亜?」

「あなたの仲間は・・・魔力完全無効化の特異体質者なのよね?」

「あぁ。それがどうし―――」

 瞬間だ。

 突如圧倒的な魔力の波動が図書空洞一帯を埋め尽くした。

「な、なに・・・!?」

 あまりの魔力の重圧に思わずさくらは膝を突く。この重圧は、まるで祐一が覚醒したときのような・・・。

「これは・・・まさか!?」

 その祐一はその重圧になんとか耐えて立っている。それよりも、祐一にはこの魔力の波動を以前に一度感じたことがあった。

「そう。魔力完全無効化なら『選別者』も越えられるけど・・・。なるほど。まさかこういう結果になるとはね」

 そして黎亜はそんな重圧の中でも眉一つ動かさずなにかに納得していた。

 次いで黎亜は祐一とさくらの方向を見やり、小さく嘆息。

「・・・このくらいの魔力で動けなくなってどうするの。まったく」

 パチン、と指を鳴らす。それだけで祐一とさくらにかかっていた重圧が嘘のように消えた。否、消えたのではなくこれは・・・、

「・・・防がれている? これ、結界なの!?」

「あなたたちを中心に魔力を通さない結界を張ったわ。本来の用途とは違うけど、まぁこれで動けるでしょ。

 着いてきなさい。見に行きましょう、目覚めを」

「目覚め? あ、でもこれ・・・」

「その結界は普通の結界と違うわ。中心にいる・・・すなわちあなたたちが動けば、勝手に結界も動くようになってる。移動もできるわよ」

「ふあぁ・・・」

 さくらは改めて黎亜のすごさを実感した。

 この結界もおそらくオリジナルの魔術なのだろう。特に属性を感じないのでこれも無属性だろうか。

 それだけでも驚嘆に値する。

 確かに無属性はその名の通り属性のない属性なので、誰でも、どのような属性の者でも使用しようと思えばできる。

 だが、無属性魔術というのはその絶対数が極めて少ない。

 なぜなら、あまり利用価値がないからだ。

 無属性ということは、他の属性のように神の加護を受けることがない。故に攻撃にしろ防御にしろ半端なものになってしまう。

 神がいないという点では特殊属性も同じだが、特殊属性はその存在自体が極めて有用なものであることが多いので、無属性とは比較にならない。

 無属性に限っては古代魔術とも違い魔力量さえあればどうにかなる代物でもないので、高名な魔術師ですらそうそう手を出さないのだ。

 その無属性魔術で、これだけのことをしてのける。しかもオリジナル。

 ―――世界は広いなぁ。

 思う。もしかしたら自分は少し天狗になっていたのかもしれない、と。

 栞や美咲に魔術を教えたりしているうちに、無意識に自分は他者より優れているという思い上がりが生まれていたかもしれない。

 けれど、こうして自分より遥かに高みにいる存在が目の前にいる。

 それだけでさくらは・・・胸の中に生まれる高揚を感じ取った。

「ねぇ、黎亜さん」

「なに?」

 先に歩を進めようとしていた黎亜が振り返る。それに対しさくらは笑みで、

「今度、いろいろ教えてね」

 黎亜は眉一つ動かさず、ただ淡白に、

「別に・・・。暇だから構わないわよ」

 そんな返答にさくらは実感と共に小さく微笑む。

 ―――別に、って口癖かな?

 そんな素っ頓狂なとこまで思考が及ぶのを自覚し、さくらは隣の祐一を見た。

 祐一は表情で良かったな、と語るように笑みを向けた。だからさくらは頷く。良かった、と。

 そして祐一も頷き返し、黎亜を追うように足を踏み出して、

「さて、行こう。この向こうでは・・・きっと面白いことが起きている」

 

 

 

「あ・・・え・・・?」

 亜衣はまるでわけがわからなかった。

 数秒前、呼ばれる声のままに歩を進めたらいつの間にか周囲の景気が本棚ではなく、ただ無闇に広い空間になっていた。

 そしてその中央にはよくわからない文字が多重に刻まれた台座に、一本の斧が刺さっていた。

 で、なにを思ったのか自分はおもむろにその斧へと近付き、柄に触れたのだ。そうしたら、

Take me

 そんな、意味のわからない言葉が耳を穿った。

 でも、なぜかわかる。

 それが先程から自分を呼んでいた声と同じであり・・・また、それがこの斧を取れ、という意味であることを。

 しかし、この斧は台座に深く突き刺さっている。まだ子供の、しかも自分に抜けるのだろうかという疑問が一瞬浮かぶ。

 が、なぜかその疑問はすぐに融解した。なんとかなるだろうと、意味不明な自信が生まれて。

 そして、引き抜く。

 すると、いとも簡単に斧は台座から抜けて、振り上がった。

 あ、軽い。と思った瞬間、

It confirmed it.You are admitted a my master

 そんな言葉と共に、手にした斧から強烈な風が巻き起こったのだ。

 そしていま。亜衣は呆然とその斧を見上げている。

「えっと・・・?」

 亜衣は気付いていないことだが、強烈な風とはその斧から発せられる魔力のうねりである。

 魔力を感知できない亜衣にとっては、それは風にしか感じないのだろう。

「えっと・・・?」

 再び疑問を投げかける。

 亜衣は現状を理解していない。

 いまどういう状況であり、いったいなにが起きているのか、どれだけ考えてもわけがわからない。

 その中、斧が小さく戦慄いた。

My name is Ditoraic.What's your name?

「え・・・、ディト、ライク・・・? ディトライク。それがあなたの名前?」

Yes

 疑念が確信へと変わる。

 さっきから言葉を掛けていたのがこの斧なのだと。

 そしてこの斧の名前は『ディトライク』というのだと。

 名前を教えてもらった。そして向こうはこちらの名前を聞いている。だから、亜衣は答えた。

「亜衣は・・・雨宮亜衣っていうの」

Ai ・・・ It is a good name.Confirmation and acknowledgment. It centers on Ai and you of I.

 斧・・・否、ディトライクがそう言い放つと一際大きな輝きを放ち―――そして風が止んだ。

「・・・?」

 小首を傾げ、斧を数回振ってみる。

 嘘のように軽い。いや、軽いと言うか・・・重さを全然感じない。

 さらには持つ腕に完全にフィットしている。

 まるで腕の延長線上であるかのように、こちらの意図通りに振り回すことが出来る。

 えっと、ともう一度首を傾げる。

 頭の中を整理する意味でもわかっていることを順序立ててみよう。

 まずこの斧の名はディトライクと言い、武器だけど自我を持っている。

 そしてこの斧は神殺しである。

 さらにはこのディトライクに自分は主と認められた。

「―――え?」

 待て、と自分の意識にストップをかける。

 ・・・なぜ自分はそんなことがわかっているのか?

 さっきまで全然知らなかったことが、まるで最初からある知識であるかのように、当たり前に頭にある。

 そこで理解した。

 全ては、このディトライクのしたことなんだろう、と。

「やっぱりね・・・」

 不意に声が広い空間に響き渡った。

 聞き知らぬ声に振り返れば、そこにいたのは見知らぬ同い年くらいの少女と・・・そして祐一とさくらであった。

「あ、相沢さん・・・」

「やはり・・・あの魔力の波動は神殺しの覚醒か。あゆのときと似ていたからまさかとは思ったが・・・」

 呟く祐一をよそに、知らない少女がこちらに近付いてくる。

「えと、あのあなたは・・・?」

「わたしは黎亜。あなたの名前は?」

「あ、亜衣は雨宮亜衣って言います」

「そう、それじゃあ亜衣。あなたはディトライクの声を聞いてここまでやってきたのね?」

「え、えと・・・はい」

 同い年くらいであるはずなのに、なぜか勝手に敬語で接してしまった。なぜかそうさせるものを黎亜は持っていたからだ。

 すると黎亜は頷き、

「『選別者』を越えるもの・・・。

 てっきりそれ以上の魔力を持つ者にしか該当者がいないと思っていたんだけど・・・魔力無効化の特異体質者とは考えもしなかったわ。

 でも、これなら・・・さくら。この子の力を探す必要はなくなったわね」

「そうだね」

「あの、それはどういう・・・?」

 頷くさくらに問いかけると、さくらは指を立てて、

「亜衣ちゃんは・・・それが神殺しの第七番・魔斧『ディトライク』だってことはわかってる?」

「あ、はい。本人・・・と言っていいのかよくわかりませんけど・・・聞きました」

「うん。で、前提として亜衣ちゃんは魔力完全無効化の特異体質者。

 外界からの魔力を寄せ付けず、また体内の魔力を外側に向けることも出来ない。

 で、ここで言ったように、亜衣ちゃんに魔力がないわけじゃないの。純粋に外側に出す前に魔力が無効化されるだけで。

 けど、神殺しは所持者の魔力を糧に力を発揮する武器。所持者の魔力を勝手に体内から吸うから・・・無効化の対象にはならない。

 つまり・・・亜衣ちゃん単体では使用できない魔力も、神殺しを経由させることで発現可能になるわけだ」

「・・・ということは」

「うん。亜衣ちゃんは戦うための(すべ)を、いま手に入れたんだよ」

 手にした斧―――ディトライクを見やる。

 輝かしい光沢を浮かべる刃に、自らの顔が差し込んでいる。

「だが・・・いまはまだ無力だ」

 祐一が言う。

「斧の使い方も知らないし、・・・魔力の使用方法もまるで知らないだろう?

 だから全てはこれからだということは忘れるな。お前は戦える道をいま見つけたに過ぎなんだからな」

 少しいじわるな言い方をするな、と亜衣は思う。・・・笑みで。

 でもそれは、あまり過度な期待を抱かないようにと釘を刺す・・・ある意味での優しさだ。

 だから亜衣は頷く。一度、二度と。しかし、顔を上げ、小さな反論をする。

「でもこの一歩は・・・大きな一歩ですよね?」

 すると祐一は苦笑を浮かべ、頷いた。

 その反応に、亜衣は喜びを抱く。

 自分の道が見えたのだ。それは素直に喜んでいいはず。

 亜衣はディトライクの柄をギュッと握りこみ、微笑んだ。

「これから、よろしくね。・・・ディトライク」

 それに呼応するように、ディトライクが淡く輝いた。

 

 

 

 あとがき

 どもども、神無月です。

 今回は亜衣の力―――ディトライクの覚醒をお届けしましたー。

 これで祐一軍は神殺しの所持者が二人になったわけですねぇ。どっちもまだまだ未熟ですけど。

 さて、次回はアーフェンの部隊が合流し、部隊はオディロへと移ります。

 カノンへの決戦に向けての話や、起きた観鈴、アーフェンから合流した有紀寧なんかとの話になります。お楽しみに。

 

 

 

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