神魔戦記 第四十三章
「少女の思い」
雨が降っている。
空から零れる雫が地を打つ中、祐一はひとまずの休憩を陣の中で取っていた。
いまのいままで祐一はエフィランズの怪我人の治療を行っていたのだ。
祐一軍の中で治療魔術を行えるのは祐一と栞のみ。かといって栞ばかりをあてにもしていられない。彼女にも限界はあるのだ。
ということで、栞の休憩中は祐一が怪我人の対応をしている。
その行為に対し隆之がなにかとうるさかったが、支配下の地域の安定も重要なことだと押し切った。
もちろん人間族側には祐一からの治療を拒否しようとした者もいるし、受けた者の中にもビクビクしている者もいた。
それもここ最近では少なくなってきている。おそらく栞や美咲の献身的な態度と、説得によるものだろう。
マリーシアや水菜と戯れる子供の姿も最近ではよく見かける。
魔族と神族、そして人間族の共存。それの一端をそこに見て、祐一は小さく息を吐いた。
と、陣の入り口の方から人の気配。ゆっくりと振り向いてみれば、金髪を二つに結った黒い外套を羽織る少女の姿。
「さくらか」
「やっほー」
さくらはゆっくりと祐一の近くにまでやってくると、よいしょ、と呟きゆっくりと手近の椅子に座り込む。そしてこちらの顔を伺い、一言。
「お疲れだね?」
「まぁな。治療魔術には慣れてないからな。通常以上の魔力を消費する」
「ふーん。慣れてないんだ?」
「俺たち魔族―――魔族の血を引く者には自己再生能力があるからな。普通、治療魔術なんてほとんど使わない」
「あ、なるほど」
「・・・で? お前はそんなことを聞きに来たのか?」
「あ、そうだったそうだった」
にゃはは、と笑みを浮かべ・・・次いで少し真剣な表情になる。
「祐一。雨宮亜衣ちゃんを覚えてる?」
「そんなにすぐ忘れるはずがないだろう。あの魔力完全無効化の少女だろう? それがどうかしたのか」
「うん。あの娘がね・・・ボクたちと一緒に戦いたい、って」
祐一は一瞬動きを失くし、そしてしばらくして眼をしばたたかせて、
「・・・なんだって?」
「ふぅ」
栞は息を吐き、仮設テントの中を薬品を持って歩き回っていた。
傷からなにか菌が侵入して病気になってしまった者がいるからだ。
怪我自体は治療魔術でどうにでもなる。だが、病気には治療魔術は意味がない。
そのために薬学という学問が存在する。栞もあくまで人を助ける水の修道女として、研修でいくらか学んだだけではあるが多少は心得ていた。
だが、薬学はなにも病気に対してだけではない。中には治療魔術の効きにくい者や、完全に効かないものがいる。そのためでもあった。
「お待たせ。ちょっと待ってね」
「あ、いえ・・・」
そして、この子がそんな一人だ。
雨宮亜衣。魔力完全無効化能力を持った少女。
一切の魔力を寄せ付けず、また使用できない彼女には、無論治療魔術とて例外ではない。
栞は数ある薬品からいくつかを取り出し、自分の手に塗りつけてから亜衣の傷に触れていく。
「っ・・・」
「痛い? ごめんね、少し我慢してね」
「・・・はい」
とはいえ、魔力無効化たる彼女に怒号砲による傷は一切ない。それにより飛び散った破片や小石による切り傷が主だった。
だからそれほどたいした怪我ではない。彼女がまだベッドで寝ているのは肉体的な部分ではなく・・・むしろ精神的なものからくるものだった。
目の前で両親が消し飛んだのだ。
否、両親だけではない。地下空洞へ避難しようとして共にいた者たち全てが消し飛ぶ光景を、彼女は鮮明に覚えている。
忘れたくても、目に焼き付けて離れない。
亜衣はよく眠れていなかった。その光景が、夢に出てくる、と以前栞は本人の口から聞いていた。
さくらの言葉ではないが・・・はたして一人助かったことが幸運だったのか、不幸だったのか。
人を一人でも多く助けたいと願う栞でさえ、その姿を見ているとそう疑問を浮かべてしまう。
「入るぞ」
不意に、聞き知った声がテントの中に響いた。
振り向けば、そこにいたのはやはり祐一だった。後ろにはさくらも随伴している。
祐一と栞の視線が合う。そして祐一は栞のしていることに気付き、
「あぁ、治療中だったか。・・・なら話は後でも良いか」
「い、いえ! いまお願いします!」
声を上げたのは栞ではない。亜衣本人だ。
これまで何度か彼女と接してはいたが、それでもこれだけ張り上げた声を聞いたのは栞は初めてだった。
だから・・・この話はよほど大切なことであるのかもしれない。
そう思考し、栞はとりあえず薬品をしまいこの場を離れようとする。だが、
「いや、別にお前に聞かれて悪い話じゃない。そのまま続けてやってくれ」
「ですが・・・」
「別に、構わないだろう?」
「亜衣は・・・別に」
「・・・わかりました」
本人が言うのなら良いだろうと、栞は再び薬品を手に取りを塗っていく。
祐一たちはベッド脇にある組み立て式の椅子に座り、亜衣を見やった。
ちょっとした静寂。そしてその間を最初に破ったのは祐一だった。
「とりあえずさくらからお前が俺たちと一緒に戦いたいと思っていることは聞いた」
え、と栞は思わず手を止めて祐一を見てしまう。
だが祐一の視線は真剣な眼差しで亜衣に向けられている。だから・・・栞はただ手を動かすことによって話の続きに耳を傾けた。
「で・・・ここが一番重要なポイントだが・・・お前はなぜ戦いを望む?」
亜衣は一度頷き、
「前に、さくらさんから聞きました。相沢さんは・・・その、昔カノンの人間族に魔族のお父さんと神族のお母さんを殺されて・・・いま復讐のために戦っているって」
思わず祐一がさくらを振り向く。その先でさくらはただバツの悪そうに誤魔化しの笑みを浮かべていた。
「だから・・・言わなくても、相沢さんにはわかると思います。亜衣の気持ちが」
「つまり・・・復讐か?」
「はい」
即答。それに対し祐一はふむ、と一息置き、
「少し意地悪な質問かもしれないが、敢えて問うぞ。・・・俺たちに恨みはないのか? 素直に答えろ」
一瞬逡巡する素振りを見せる亜衣。だが、再び上げられた視線に迷いはなかった。
「確かに、最初は恨みました。あなたたちさえこの街にこなければこの街がこんなことにはならなかったのに・・・、って」
栞とさくらの顔がわずかに翳る。
しかし、亜衣はでも、と続け・・・、
「皮肉みたいですけど、こういう状況になって・・・そして相沢さんの戦う理由を聞いて・・・だから納得できましたし理解も出来ました。
相沢さんの戦う目的はとても正しくて、そして亜衣も共感します。だって、親を殺されて黙っている子供が・・・いるわけないじゃないですか」
「共感・・・か。だが―――」
「わかってます。復讐したって両親が帰ってこないことくらい。
でも、そういうことをしなきゃカノンの位の高い人たちは、そんな人が死んだことを数でしか把握しないでしょ?
こんな人が死んだんだ、あなたたちのせいで、と。それを突きつけるだけでも・・・復讐に意味はあると思うんです。亜衣は」
祐一は思わず頷いた。それは考えてのことではなく・・・、純粋に同じ思いだからだ。
だが、祐一は続ける。
「それで・・・仮に復讐を遂げ終えたとして、お前はその後どうする?」
その問いは、以前マリーシアが祐一に向けて放った言葉だ。
それを、祐一はそのまま亜衣へと問うた。
そして・・・やはりあのときの祐一同様、亜衣の表情は驚きに揺れている。そして、
「・・・わかりません。その後のことなんて・・・」
思わず祐一は苦笑を浮かべた。
その受け答えは、まさにあのときの繰り返しで・・・。
「それじゃあ、相沢さんは復讐を遂げたら・・・なにをするんですか?」
返される問い。
あのときには何も浮かばず、はぐらかした問いだ。
だがその答えは先日見つかった。過去の自分と似ていた少女との戦いによって。
そして、また別の意味で似ているこの少女に向けて、見つけたばかりの答えを吐き出す。
「カノンへの復讐を終えたら・・・俺は新しい国を造る」
「国を・・・?」
「そうだ。魔族、神族、人間族、獣人族、エルフ、スピリット・・・。それら全ての種族が共存していけるような、そんな国を」
亜衣だけではなく、栞、さくらまでもが驚愕に息を呑んだ。
「ゆ、祐一さん、それって・・・!」
その中、栞がどことなく嬉しそうな笑みを浮かべつつずいっと身体を近付けてくる。それに苦笑し、
「あぁ。ついこの前・・・神耶と戦ったときにな。思い至った。俺は最初から・・・そういう場所があれば良いと思っていたんだとな」
自分の受け入れてもらえる場所を探しているのだ、と言ったのは目の前にいる栞だ。
そう・・・祐一は自分の存在―――魔族でも神族でも、ましてや人間族でもない半魔半神と言う存在―――を受け入れてくれる場所が欲しかった。
いても良いと、許されるそんな場所が。
しかし、現実問題それはかなり厳しい。だが、なら自分で作り出せばいいのだ。そういう場所を。
「でもそんなことできるとは、亜衣は・・・」
「難しい、ということはわかっているさ。だが、やる前に無理だと決め付けていたらなにも進まないし進めない。
なら、たとえ希望が少なくてもその一抹の光を信じて突き進むしかない。
それに、全種族の共存を謳っているのは俺だけじゃない。世界には、それを目指そうと奮闘している国もある」
「シャッフル王国と、王国エターナル・アセリア・・・だね」
さくらの言葉に祐一は頷く。
「シャッフルはもともと魔族の国と神族の国、そして人間族の国の三つがくっ付いてできた国だ。だから故のあの広大な国土であり・・・また世界屈指と言われる兵力でもある。
あそこは三国の王女が一人の男を好きになったことが原因での共存宣言だったが、そのおかげで三国間の長年の争いも終わった。
エターナル・アセリアは多くのスピリットがいることで有名な国だが・・・以前の国王が死んでレスティーナ女王に変わってからは大々的にスピリットと人間族の共存を掲げている。
どちらも大変な道程があっただろうが・・・国内では比較的その思想は反映しつつあるようだ」
「確かに国内は・・・ね。でも両国とも、他の国には良い風に見られてないよ」
「それは仕方ないさ。種族同士の共存なんて、プライドの強い奴らが許すはずがない」
「シャッフルとエターナル・アセリアはその思想の一致から協力体制を取っているけど・・・。エア、クラナド、シズク、ウォーターサマー、チェリーブロッサム、キャンバス、スノウはこれを悪と認識してる。
ワン、ダ・カーポ、リーフ連合、ウインド、ビックバン・エイジは中立的だね。フェイトとムーンプリンセスは中立と言うより、いまはそんなことに構ってられない、って感じだけど・・・」
さすがはさくら、と言うべきか。情勢を把握しているその様は、伊達に世界中を回っていたわけではないようだ。
「でも祐一・・・。これ、他の仲間には・・・」
「まだ言っていない。知っているのは神耶と浩一たちだけだ。本当はアーフェンの部隊が合流してから話そうと思っていたんだが」
「でも・・・もしかしたらこの話で何人か仲間が抜けるかもしれないよ?
それにたとえカノンを倒して国を建国できたとしても、周囲の国は敵だらけ。それでも祐一は・・・そんな茨の道を歩き続けるの?」
「泣き寝入りは俺の趣味じゃない。それに自分が正しいと思えることは意地でも貫き通すべきだと思う」
「祐一・・・」
「俺は俺の道を行く。誰にも邪魔はさせない」
その瞳に宿る、決意の色。それを見て、さくらはやれやれと、しかしどこか楽しそうに笑みを浮かべながら。
栞は終始嬉しそうに口元を崩して。
そして亜衣は・・・そのあまりの壮大さに気圧されて。
そんな亜衣に、祐一は再び向き直る。
「まぁ、俺が復讐を遂げたあとにすることはこういうことだ。それで・・・それを聞いたお前はどう思う?」
「え・・・っと」
どもる。まぁ、仕方ないだろうな、と祐一は次の言葉を待った。
たっぷり数十秒の沈黙の後、亜衣は顔を上げた。
「よく・・・わかりません」
祐一は頷く。それは素直な言葉だ、と。
だがその言葉には続きがあった。
「でもそれは亜衣にとってよくわからないということであって・・・、種族なんていう壁をなくして共存しようということはとっても楽しいことだと思います。
魔族だからとか、神族だからとか・・・。でも同じ生き物だし。一緒にいられれば、それはとても良いことなんじゃないかって、思います。
もちろん、できるかどうかは別問題ですけど・・・でも」
「でも?」
「でも、もしそんな国を造るのなら・・・それはやはり相沢さんでなくてはいけないと亜衣は思います。
一度は全ての種族に恨みを持って、戦って・・・。でもその戦いの中で相沢さんが見つけた理想ですから。
そしてそういう、種族の壁というか・・・そういうので実際に傷ついた相沢さんが造るからこそ、意味のある国になると思います」
祐一は・・・驚きで思わず言葉を失った。
亜衣はまだ十三歳の、幼い少女だ。けれど、考えはとてもしっかりとしているしなにより・・・彼女はとてもいろいろなことを理解している。
いや、逆に・・・幼いからこそ素直に周りを受け入れられるのかもしれない。
「亜衣は種族の違いを重く感じたことはないですけど、相沢さんたちが来てからのエフィランズの動きは嫌でした。
だから・・・そういうのも良いな、と思います。
そして、亜衣もその国造りを手伝ってみたいと思います」
「お前・・・」
「亜衣は子供ですから・・・どれだけのことができるかわかりません。復讐だってできるかどうか。
でも、復讐し終えて、それでハイお終い、じゃやっぱり駄目ですよね。
戦争で亡くなった人たちのためにも、出来る限りのことはしなくちゃ。
・・・だから、相沢さん」
向けられる顔。だが、そこに浮かぶのはこれからの恐怖でもなく、固まった決意でもなく、
ただ、笑顔。
「亜衣を、お仲間にしてもらえませんか?」
そんな表情を見て、祐一の浮かべるものは・・・苦笑。
そして手を差し出した。それは・・・、
「それじゃあ・・・これからよろしく頼む。雨宮亜衣」
「・・・はい、相沢さん。―――いえ、祐一さん」
もう一つの腕が伸び、強く結ばれる。
人はそれを、『握手』と呼ぶ。
あとがき
はい、神無月です。
今回は雨宮亜衣が正式に仲間になったことと、あとは周辺各国の種族に対する考えメインでしょうか?
雨宮亜衣がどういった活躍をするのかは・・・三話ほど経ってから明らかになります。
さて、次回は祐一のもとにお客様到来です。
え? 誰かって?
ほら、いるじゃないですかぁ。まぁ、詳しくは第二十八章参照(ぇ
では、またー。