神魔戦記 第四十二章

                   「エア、来たる(W)」

 

 

 

 

 

 大きく空が戦慄いた。

 厚く太陽を覆う雲から、時折瞬く稲光が目に届く。雨が近いのかもしれない。

 その下で行われている大きな戦い―――エア軍とオディロ駐留部隊の混成軍と祐一軍との戦いは、ほぼ互角であった。。

 祐一軍は統率の取れた動きで、魔族憎しで個々に動き回る神族と人間族を切り伏せていく。

 もともと身体能力では二つの種族よりも上である魔族だ。個々で掛かってきても群れであるなら負けるはずもない。

 そうして一度は祐一軍優勢だったのだが、その数が半分ほどに減ってきてから初めてエア軍は自分たちの劣勢に気付き、距離を置き始めた。

 中には自慢の翼を使って空中へエスケープし、魔術で攻撃してくる者も出始めた。

 それに対する有効な反撃の術を祐一軍は持たない。魔族では翼を持っている者は稀なのだ。応戦できる者もそうはいない。

 それが徐々に敵全体に知れ渡り、いまはもう敵のほとんど全てが空におり、そこからちまちまと魔術を放っていた。

 地上からも魔術で応戦するのだが、立体の動きを取れる神族の者たちにはそうそう当たらない。

「さて・・・どうしよっかね」

 祐一軍の指揮を任された芳野さくらはそれを見上げながら、そう小さく呟いた。

 最初の作戦により敵の数が大分減ってきたとはいえ、それでもおよそこちらと同数。加え、空が敵のテリトリーであるとなれば、まだ不利な状況は変わっていない。

「さくらさん、このままでは徐々に押し込められます・・・!」

 隣で氷の魔術を空に向けて放ちながら、美咲。

 確かに、彼女の言うとおりこのままではジリ貧だろう。

 だが、いくら考えたところで有効な打開策はない。祐一軍の強者のメンバーの中で翼を持っているのはあゆと名雪だが、その二人ともがここにはいないのだ。

 とすれば、対空の技を持っている者が必要だが、それもさくらと美咲しかいないだろう。

 鈴菜でもいれば少しは違うのだが・・・。

「仕方ない。ここは耐え時だね」

「さくらさん?」

「祐一たちが帰ってくるのを待つ。いまはそれしかないよ」

「でも、それじゃあ・・・」

「わかってる。その間の時間稼ぎくらいは、ボクがするよ」

 え、と美咲が呟いた瞬間だ。

 突如さくらから感じる魔力の質が変わった。

 魔眼を使ったときのような魔力の増減や圧力の発生ではない。ただ、感じられる魔力そのものが変化したのだ。これは・・・、

「さくらさん。まさか―――」

「あれ、言ってなかったっけ? ボクって、二神信仰者なんだよ」

 にこり、とさくらが笑みを浮かべ、

「『見えない翼(フールウイング)』」

 次の瞬間、さくらを大きな風が覆い、その身体を空中へと押し上げたのだ。

「二神信仰者!? だとすればいまの魔術は・・・!?」

 驚愕の声をあげる美咲を地上へと残し、さくらは空中へとその身を躍らせる。

「!」

 驚き顔を強張らせる神族たちの集団の真ん中でふわりと止まり、さくらはゆっくりと周囲を見回す。

「ボクって基本的に『火』の方が好きなんだよねー、派手だし」

 敵であるさくらに向かって何人かの神族たちが剣など武器を持ち突っ込んでいく。だが、

「『覆う切断風(ラウンド・フェード)』」

 さくらの周囲を行き交う風に阻まれ、その身を切り刻まれてしまう。

「つまんないよね、『風』って。目に見えにくくて、派手さに欠けるし」

 崩れ落ち地上へと墜落していく神族を一瞥し、そしていまだ周囲に点在する神族へと視線を向ける。

「でもいまは・・・そんなこととやかく言ってる余裕はないもんね」

 そして手を掲げ、詠唱を開始する。

ワイの名において願う。優しき息吹の理よ、我が手に集いて力となれ

 慌てて神族がさくらに向かうが、やはり攻撃は届かない。いまだ逆巻く風に巻き込まれ、その身を切り裂かれてしまう。

碧の爪、無きは素。我が呼び声が届くのならばしかと聞け。恩恵を与える者、それを拒絶するものはなく、ただ受洗のみ。慈しむもの、それを抱き切り裂く刃こそ風の力

 魔術を放つ者もいた。だが、さくらは詠唱しながらもその悉くを回避する。

そしてその名を真に呼びし者はここにあり。其の力は絶対。いまこそここに、ワイに契り願うは永劫の洗礼・・・!」

 魔力が圧力を増す。そして魔術式は完成を遂げ―――、

「『永劫の斬風波(トュアリアスド・ノヴァ)』!」

 さくらを中心に、あまりに強烈な疾風が周囲へと走る。

 その風に巻き込まれた神族たちは皆例外なくその身を微塵に切り刻まれていった。

「・・・間違いない。さくらさんは『火』と『風』の二神信仰者・・・」

 ・・・その様子を地上から見上げていた美咲は、思わずそう呟いていた。

 二神信仰。

 読んで字の如く、二つの神を同時に信仰できる者のことだ。

 元来、魔術師は生まれつき持っている属性を知り、その属性の神を崇めた教会へと渡り、術を会得する。

 だが中には特殊な属性を持つ者もいる。そして、それとほぼ同確率で生まれてくる希少な存在がある。

 生まれつき、通常属性を二つ持っている者だ。

 そうして生まれた者が魔術師となる場合、そのそれぞれの属性の教会へ渡り、術を学ぶ。

 そうして認可が両教会から下りた者を、二神信仰者、と呼ぶのだ。

 とはいえ、昨今では教会へと赴かず、自力で魔術を会得する者も増えてきている。なので最近では二神信仰者とはただ単に『二つの属性を持っている者』の代名詞として使われることが多い。

 実際、さくらは“火の神(ガヴェウス)”、風の神(ワイ)”のどちらの教会にも行っていないのだから。

「まだまだいくよー!」

 再びさくらの魔力が踊る。

 だが、そこから感じる質は『火』のときのものでも、『風』のときのものでもない。

「まさか・・・」

 美咲は、一つだけ心当たりがあった。

 二神信仰者は二つの属性を使用できる者。それだけでも強力だが、それ以上に二神信仰者は強力と言わせしめるものがある。それは―――、

「複合魔術」

 美咲の視線の先、さくらの両腕にはそれぞれ別の質の魔力が集束されている。

 右手に『火』の。

 左手に『風』の。

 そしてさくらはそれを合わせ、正面を見やる。

「複合魔術式展開、第一元素『火』、第二元素『風』・・・。其と其の力、我の魔を持って紡がれん。いま一度の恩恵を授けたまえ

 魔力が凝縮する。二つの魔力が相反しないように調節、修正しながら・・・混成させる。

我は呼ぶ。ガヴェウスを。我は呼ぶ。ワイを。共に錯綜し、共存し、集約し、脈動せよ。・・・平伏せ、ここに、二神が舞い降りる

 二つの魔力が、どちらでもあり、またどちらでもない一つの魔力へと合体する。それを掲げ、さくらは叫んだ。

咆哮せよ! 『灼熱の嵐(アグラデュース・オゼオ)』!」

 永劫の斬風波によって崩れていた隊列に、とどめを刺すかのような真紅の風が空を覆った。

 炎が舞い、風が猛る。

 ある者は焼け爛れ、ある者はその身を切り裂かれていく。

 そして直撃しない者もどういったわけか苦しそうに首を掻き毟り地上へ墜落していった。

 ・・・酸素がないのだ。風によって集められた酸素はすぐさまその炎へと転換されてしまう。つまり『灼熱の嵐』に巻き込まれずとも、近くにいるだけで二次的なダメージを受けるのだ。

 周囲一体、根こそぎ酸素を持っていかれ、神族たちは次々と墜落し、地上で待つ祐一軍たちに蹂躙されていく。

「す、すごい・・・」

 ただそんな言葉しか美咲は口にできない。

 今更だが、美咲はこの少女が味方になってくれて良かったと痛感した。

「美咲ちゃーん」

「は、はい!?」

 いきなり呼ばれて思わず声が裏返ってしまった。首を傾げるさくらに、美咲は苦笑で返すしかない。

「なんですかー、さくらさーん?」

「にゃはは。ちょっとねー、疲れちゃったー。さすがに数十分の間に超魔術二回と複合魔術一回はきついねぇー」

「・・・は?」

 美咲は動きを止めた。

 なぜそんなことを大声で言っているのだろうかこの人は、と。

 確かにさくらは上空。美咲は地上だ。大声でなければ届かない。

 だが、そんなもの念話でもどうにでもなったはずだ。

 それを敢えて声に出し・・・いま大量に仲間を殺されていきり立っている神族に聞こえるように言ってしまったら・・・、

 ―――好機とばかりに狙われてしまいますっ!

 案の定、さくらに向かって残りの神族たちが決死の表情で突っ込んでいくではないか。

 それを見、美咲は慌てて魔術を組み上げる。

「さくらさん、離れて! 援護します!」

 しかし、さくらはただ笑みのみを浮かべて、

「大丈夫大丈夫」

「さ、さくらさん!?」

「来てくれたから」

「来たって・・・え?」

 と呟いた瞬間、突如どこからか幾条もの漆黒の矢がさくらに群がろうとしていた神族たちを撃ち抜いた。

「あ・・・」

 さくらがVサインをし、ある方向へと視線を向ける。

 つられるようにして見てみれば、そこにいた。

 ・・・彼女たちの、最強の仲間が。

 

 

 

「でぇぇぇい!」

「くっ!?」

 佳乃から放たれる拳をもろに受け、美汐は大きく吹っ飛んだ。

「っ・・・」

 なんとか立ち上がろうとするも、膝が崩れて立てない。舌打ちし、血で半分ほど塞がってしまった目でなんとか相手を見やる。

 向こう、対峙する霧島佳乃も満身創痍だった。

 天地・深名撃の一撃は確かに効いている。だがそれ以上に美汐のダメージがでかかった。

 加え、佳乃には使い魔であるポテトもいる。・・・劣勢であることは傍目にわかることだった。

「まったく・・・もうへとへとだよぉ。でもこれで・・・終わりだよね?」

 佳乃の指がこちらを指す。

 それに従い四匹のポテトが大きく口を開けた。

「こんな・・・ところで・・・!」

 空間跳躍、不可能。

 美汐自身のダメージがでかく、制御が出来ない。いま下手に跳躍したら、空間の狭間に飲み込まれる恐れがある。

 だが、歩くことはもちろん立つこともできない。

 ―――こんなところで、やられるわけには・・・!

 自分の主である祐一が、自分を信頼して任せた戦場だ。天野の者として、それは成し遂げなければいけないこと。

 ―――やられるわけには・・・いかない!

 槍を杖代わりにして、膝を浮かせる。足に力は入らない。だが、手にはまだ力が残っている。

 立て。

 立たなければ、負ける。

 立ち上がれ・・・!

「・・・ホント、すごいよね。君たち。さっきの空を焼いた炎と言い、君と言い・・・。ホント―――」

 佳乃の視線が細くなる。

「これ以上放っておいたら、後々どれだけの脅威になるか、わからないくらいに・・・!」

 そして、号令が掛けられる。

「ポテト、やっちゃえぇぇぇ!」

「「「「ぴこぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」

 怪音とともに放たれる四つの光。それをかわす術は・・・美汐にはない。

 だが美汐は瞼を閉じようとはしなかった。これでもか、というほどその光を睨み付けた。

 心だけは負けたくなかった。ただその一心で。

「これで・・・終わりだよぉ!」

「・・・っ!」

 光が衝突する―――刹那、

 ガシャァァァァァァァァン!!

「「!?」」

 突如二人の間に割って入った影が、その光を弾き飛ばした。

「「なっ・・・」」

 中央に降り立ったのは、少女だった。が、それは美汐も佳乃も知らない少女だ。

 黒い服に身を包んだ少女は光を遮った棺のような物を抱え直し、美汐と佳乃・・・等分に視線を投げる。

「・・・どっちが敵?」

『さて、どうでしょうか。ですが、先程から空を舞っている者たちと・・・あそこの青い髪のお嬢さんは同じ服装をしてます。とすれば・・・』

「鈴菜が攻撃したのがあれと同じ服装の奴だから、あっちが敵」

『と、いうことになりますかね』

 ザッ、と少女は地を踏みしめる。

 美汐を守るように背後を向け、佳乃の方へ身体を向ける。

「あの・・・」

 その背中に対し、美汐は思わず声をかけた。

 少女は視線を佳乃から外さずに、声だけを返す。

「・・・なに?」

「あなたは・・・何者ですか?」

 すると少女は簡潔に、

「・・・緋皇宮神耶。祐一の仲間」

 それだけを述べ、地を蹴った。

「・・・! 誰だか知らないけど、邪魔はさせないよ! ポテト!」

 向かってくる神耶に、四匹のポテトが向かっていく。そしてそれぞれ口を開け光を放射する。だが、

「・・・」

 その四つの光は先程と同じように棺のようなものの一振りでいとも容易く吹き飛ばされた。

「そ、そんな!? ポテトの一撃はそれこそ上級魔術並みなのに・・・!?」

 驚愕する佳乃をよそに、神耶は疾走する。そして一匹のポテトの横を通り過ぎたとき、

「これ、邪魔。ルヴァウル」

『まぁ、私は好き嫌いしませんけどね』

「ぴ、ぴこっ!?」

 突如その棺から現れた腕により攫われ、棺の中へと姿を消した。

『ぴ、ぴこっ・・・・・・ッッッッ!?』

 続いて棺の中からは何かを噛み砕き咀嚼するような断絶的な音が響き渡った。

「ぽ・・・ポテト!?」

『おや、これは・・・』

「どうしたの?」

『いえ、途中までは生物のように感じたんですが、租借しているうちにマナの塊に変貌しました。どうやらこれはマナにより構成された分身のようです』

「・・・そう。ってことは、あのうち一匹が本体なのね」

「―――!? 戻って、ポテト!」

 号令に三匹のポテトが慌てて佳乃の元へと戻っていく。

 だが、遅い。再び一匹が捕まり棺へと姿を消した。

「どう?」

『・・・はずれですね』

「そう」

 再び棺から魔の手が伸びる。それがまた一匹のポテトを捕らえようとして―――、

「還って、ポテト!」

 返還魔法陣が間に合った。その腕は空を切り、ポテトはその姿を消す。

『おやおや』

「・・・別に構わない。敵はあっち」

 安心するのも束の間。神耶はそのままの勢いで佳乃へと接近する。

 ―――この身体じゃ、勝てない・・・!

 そう判断した佳乃は、翼を広げ空へと舞った。作戦は失敗だ。いまは逃げなければ、と。だが、

「逃がさない」

 そこへ棺が飛んできた。どれだけの腕力なのか、とんでもないスピードで。

「くっ・・・!」

 だがそれを佳乃はかわす。これで相手は上空に対しての攻撃手段はないと踏んで―――、

 なにかに、捕まった。

「え・・・?」

 大きな腕だ。

 それは空中に投げ出された棺から現れており・・・、

『残念でしたね。我々はなかなかトリッキーですから』

 ものすごい力で棺へと吸い込まれる。間から見えるのは、真紅の眼と、大きな口。

 頭に浮かんだのは、先程のポテトの分身の末路。

「うわっ・・・!」

『無駄です。いまのあなたでは私の腕は振りほどけませんよ』

 身体全体を覆うようにして掴まれているので腕は動かない。ダメージもでかく力も出ない。けれど、

「でも・・・足は動くよ!」

『!』

通点鼓脚(つうてんこきゃく)!」

 振り上げの一撃が、棺の隙間からルヴァウルの額を打つ。ひるみ、思わず緩まった腕から佳乃は開放される。

 それを好機とばかりに佳乃はその場から離脱していった。

 それを見届けるしかない神耶は、落ちてきた棺をキャッチし、一言。

「・・・最低」

『ははは、すいません。油断してしまいました』

 

 

 

「・・・終わりにしましょう」

 再びあの強烈な圧力が美凪から杏へと降りかかる。だが、杏の身体はピクリとも動かない。

「ったく・・・!」

 冷や汗が頬を滑り落ちた。

 刹那、美凪の腕がその柄に伸びて―――、

 闇が、振り落ちた。

「!」

 空中から墜落する闇の弾丸に向かって美凪の一閃が奔る。そして美凪はそれらを切り払うと杏から大きく後退した。

 見つめる先。その杏の隣に一人の男が立つ。

 黒い外套を翻らせ、見る者を切り裂くような鋭い視線を携えた、強烈な威圧感を纏う男。

「・・・相沢、祐一」

「ああ、そうだ。俺が相沢祐一だ。お前は?」

「・・・エア軍第四部隊隊長・・・遠野美凪」

 剣を腰から抜き、こちらを見る目に隙はない。

 なるほど、と美凪は思う。これが相沢祐一か、と。

 だが・・・、美凪は容赦をしない。

「・・・あなたの力、確かめさせてもらいます」

 再び刀を構える。周囲を美凪から発せられる圧力が覆い、ピリピリと肌を打つ。

 それを見た祐一が小言で何かを呟いている。なにかはわからないが・・・おそらく魔術の詠唱だろう。

 だが、どのような魔術であろうと美凪の一刀の前には意味を成さない。その自負もある。だから、

「琥珀流抜刀術、奥義―――」

 刀を前へ。鞘に、柄に手を掛けて・・・。全てを一撃にのみ注ぎ込み、そして―――斬る。

賀正箒星

 瞬く隙もない、刹那の一撃が祐一へ襲い掛かる。

 ―――取った。

 確信した。だが―――、

 パキィィィン!

「!」

 振り抜いた刃が、なんと祐一に衝突した途端まるでガラスのように木っ端微塵に破砕した。

 なにが、と思った瞬間、祐一の周囲をわずかに覆うものが見えた。

 薄く、透明に近いが確かに何か・・・その身の周囲を壁のようなものが遮っている。

 だが、美凪の一撃は超魔術すら破砕するのだ。それで絶てないというその壁とはいったい・・・。

「『陰陽の砦(インシュレイト・フォート)』」

 祐一が一歩を踏み出す。

「光と闇の複合魔術。黎亜から譲り受けた魔道書に書かれていたものだが・・・、なるほど。この状態でもかなり使える代物のようだな」

 光と闇の複合魔術。

 本来ありえないはずの複合だ。それは火と水の属性にように相容れない存在のはず。だが・・・、

 ―――実際私の刀は折られた。

 既に刀身のない刀を捨てる。これで美凪は丸腰だ。

 どうするか、と思案する。確かにこれでも戦いようはあるが、できればしたくはないし、なによりエア本国から使用を禁じられている。

 ―――だとすれば・・・撤退?

「遠野さーん!」

 それしかないか、と思い始めたとき、上空から声。見上げれば、ボロボロの様相をした佳乃が、翼をはためかせている。

「これ以上は無理だよ! 撤退しよう!」

「奇遇ですね。私もそう思っていたところです。では霧島さん、部隊の先導を勤めてもらえますか? ・・・私は殿を勤めます」

「え、でも遠野さん・・・。ま、まさか固有結界を使う気じゃ!?」

「あれは佳乃さんの封印と同じで使用を禁じられています。・・・大丈夫、任せてください」

「・・・わかった、無茶はしないでね!」

 佳乃が上空に向かって一発の魔術を放つ。それは撤退のサインだ。

 それを見たエア部隊が次々と後退するが、逃がさないと言わんばかりの祐一軍の追撃を喰らっている。

 そして美凪は、近くで絶命していたエア兵士の剣を拾い上げ、腕に馴染ませるように一度二度と振るった。

「まさか、俺が逃がすと思っているのか?」

「・・・いえ。ですが・・・ここは逃げさせてもらいます」

 刀ではなく、剣。慣れないものだが、使えなくもないだろう。一撃持ってくれればそれで十分なのだから。

「・・・私には、私の帰りを待ってくれている人がいるので」

「!」

 忌み嫌う力を・・・わずかばかり解放する。

 すると美凪の瞳と髪が真っ赤に染め上がり、いままでにはい威圧感を周囲へと放つ。

「その髪と瞳・・・。まさか、エアの遠野とは・・・あの遠野と繋がりがあるのか!?」

「繋がりどころではないですよ。むしろ、同じ・・・。ただ思想と行き着く先を違えた存在」

 手に持つ剣を、真っ赤な真っ赤な炎が螺旋を描き、覆い尽くす。

 そしてその剣を無造作に横に振り抜き―――、

炎月

 大地を、炎が割った。

 いまにもエアを追撃せんとしていた祐一軍を巻き込み、一直線に炎が吹き上がる。

 自然の炎じゃない。魔術の炎でもない。明らかに不自然な炎。水も氷も風も受け付けない不浄の炎がエア軍と祐一軍の境界を作り上げる。

「くっ・・・、お前、やはり紅赤朱かっ!?」

「・・・物知りですね。紅赤朱なんていう言い回しは、遠野と七夜しか使わないと思っていたのですが・・・」

 燃え滾る炎の向こう側に立つ美凪を、炎と火の粉が赤に染める。

「秋葉さんの『略奪』と違って私の『炎上』はただ燃やすだけですが・・・。それに関しては何者をも越えさせません」

 美凪は剣を捨てた。いや、既にどろどろに溶解してしまったそれを剣と呼べるかどうかは微妙だが。

「さっきお前の仲間は言ったな、『固有結界を使うのか』と。・・・紅赤朱に固有結界。お前・・・いったい何者だ!?」

「先程言ったはずです。・・・遠野美凪、と」

 失笑。

「ただ最強を目指し、力だけを望んだ遠野の作りあげた至高の作品。・・・それが私、美凪」

 美凪の髪と瞳が元の黒へと戻っていく。

「・・・あなたと会ったのは初めてですけど・・・、やはりあまり初めて会った、という気はしませんね」

「どういうことだ・・・?」

「あなたのことはよく聞かされていました。父から・・・」

「なん、だと・・・?」

「・・・あなたと私は似た存在。でも、やはり違う」

 美凪はくるりと背を向けた。それを祐一は追いかけようとするが、炎がそれを遮る。

 魔術防護を施した外套が、火の粉に触れただけで焼け爛れていく。

 ちっ、と祐一は舌打ちし、その背中に叫ぶ。

「待て! お前はいったい何を知っている!?」

 美凪は歩を止め、わずかにだけ顔を向けると、

「・・・いまのあなたに、それはそこまで重要なことですか?」

「なっ・・・」

「・・・知らない方が幸せだということも・・・ありますよ」

 ゆっくりと視線が向けられる。そして最後に優しい笑みを携え、

「神尾さんを、・・・お願いします」

 その姿は炎の向こうへと消え去った。

「神尾・・・? 観鈴のことか・・・?」

 

 

 

 こうして道を阻まれた祐一軍はエア軍を追撃できなかった。

 とはいえ、二倍以上の兵力を持っていたエア軍とオディロ駐留部隊の混成部隊を打ち破ったことは確かである。

 祐一が美凪の言葉の意味を知るのは、エフィランズへと戻り観鈴がいることを知ったときだった。

 祐一は神耶という仲間を得て、自らの目標を認識し、エア軍をとりあえず退けたわけだが、・・・ここに一つの疑念を残すことになる。

 

 遠野美凪という、その少女のことを・・・。

 

 

 

 あとがき

 はい、どうも神無月です。

 うわぁー、予想以上に長くなってしまいました〜。

 ホントは冒頭のさくらのシーンはなかったですからねぇ。ま、そろそろ決戦間近ですし、さくらのもう一つの属性も出しておかないとなー、と思ってこんな感じになってしまいました。

 さて、これでエア遠征軍とも決着がつき、残すはカノンのみですね。

 次回から数話仲間とのお話などが続きますが、それを越ええればもうカノン王国編も終わり間近ですね。

 では、また次回にー。

 

 

 

 戻る