神魔戦記 第四十一章

                    「孤高の狩人(後編)」

 

 

 

 

 

 スゥ、と剣を首元に突きつけた。

 光が反射し、こちらを見上げる少女の顔が刀身に映り込む。

 憎々しく睨むその眼光に、しかし祐一は苦笑で言った。

「チェックメイトだ」

 この相手―――緋皇宮神耶と名乗った少女の主武器と思われる棺は先程の戦闘で大きく吹き飛ばされており、しかもこの状況ならどういう体制で逃げようとも剣撃の方が早い。

 とはいえ、油断はしない。美汐のような特異な能力があればこの状況からでも脱出できるからだ。

 だから既に詠唱を終わらせて待機させてある魔術もあるし、現在も片手には完成させてある魔術を隠蔽してある。

 万全な状態を維持しつつ、祐一は神耶を改めて見下ろした。同時、神耶の口が開かれる。

「・・・殺さないの?」

「いろいろと聞きたいことがある。いきなり殺したりはしない」

「・・・情け?」

「違う。ただ無闇に敵を殺すような戦闘狂ではない、ということだ」

 神耶は探るような視線をこっちに向けたまま、

「・・・ルヴァウル」

『話、してもらってはいかがです? この状況じゃ到底逃げられないでしょうし・・・。時間稼ぎにはなりますよ?』

 返ってくる棺からの声。敵を目の前に堂々と時間稼ぎと言っている時点でまだ余裕がありそうな気もするが、と祐一は嘆息する。

「では、話をする・・・ということで良いか?」

 神耶がゆっくりと頷いた。それを見て祐一は剣を引いた。

「・・・? どういうこと?」

「剣を向けて、向けられての会話なんて嫌だろう?」

「それはそうだけど・・・。このまま逃げるかもしれないのに?」

「逃げられると思うならやってみるといい。俺だけではなく浩一や鈴菜もいるし・・・それに周囲に点在する魔術、気付いていないわけじゃあるまい?」

「・・・・・・」

 その無言を、祐一は肯定と判断した。

 さて、と前置きし、祐一はまず目下訊ねたいことを口にする。

「とりあえず・・・俺が襲われた理由を聞かせてもらおうか?」

「それはさっきも言った」

「俺が相沢だから、か? ならどうして相沢だと襲われるんだ?」

「相沢が悪しき魔族だから」

「・・・問い方を変えようか。なら、どうしてお前は魔族を襲う?」

「別に魔族を狙っているわけじゃない。悪しき魔族を殺しているだけ」

「人間族や神族は?」

「関係ない。それが悪しき存在なら、私は殺す」

「ここの盗賊も、エフィランズの兵士も・・・だから殺したのか?」

「盗賊はそこの子を襲おうとしていた。エフィランズの兵はワンの街を襲った。だから」

 なるほど、と祐一はとりあえずの納得をした。

 その悪しき、というのがどういう基準でなされているかはわからないが・・・、種族を狙ってのものではないようだ。

 実際祐一は魔族であるが、ここにいたはずの盗賊もエフィランズの兵士も人間族だ。虚偽ではないだろう。ならば、

「では、なぜ・・・お前の言う悪しき存在を狙う? お前は言ったな。これは使命で、復讐で、世界のためだと・・・。それはどういうことだ?」

「・・・」

 神耶は逡巡する。だが、それも一瞬のこと。

「・・・私が普通でないことは、もうわかってるでしょう?」

「あぁ」

 頷く。

 事実、それは祐一も気になっていたことだ。

 あり得るはずのない気配。それは、この神耶という少女から魔族と獣人族(、、、、、、)両方の気配(、、、、、)がするとういうこと。

「私は・・・作られた存在」

「・・・なに?」

「作られたの。強欲な人間族に。魔族と獣人族の細胞を使って、何百という実験体の屍を積み上げて作りあげられた・・・魔導生命体」

 魔導生命体。

 祐一もその名は知っている。

 過去、錬金術師が目指した人工の生命体、ホムンクルス。その失敗と情報を糧とし、錬金術だけでなく、魔術、薬学、機械学全ての技術を総動員して作りあげられた、至高の結晶。それが魔導生命体。

 いまでも各国でその研究、実験が行われており、なかには非人道的な実験なども行われているという。

 中でもトゥ・ハート王国、王国ビックバンエイジ、シャッフル王国、ダ・カーポ王国などで盛んに研究されているらしい。

 が、トゥ・ハート王国は魔導生命体から魔導人形へとその研究を移行し成功を遂げ、その他の三国でもなんとか理論だけは完成されていると聞く。

「その研究に興味を抱いた魔族と、それを出し抜こうとした神族の投資と協力によって完成された。・・・それが私」

 悲しげに、でもない。寂しげに、でもない。

 ただそれが事実だというように、表情を変えずに淡々と。

「でも私は予想通りの能力を持っていなかったからということで、生まれてすぐに殺されそうになった。

 勝手に生んでおいて殺そうとする。そんな奴ら、生きている価値もない」

「・・・なるほど。それがお前の言う、復讐か」

「そう。そしてこれ以上私みたいな者が増えないように・・・私は悪しき存在を狩り続ける」

 怒りも憎しみも感じない、冷めきった目だ。

 その瞳を真っ向から受け、祐一はそれをどこかで見たことがあるような気がした。

 ・・・そう、考える必要もない。

 なぜならその瞳は、以前に鏡で見た自分の瞳と同じだったからだ。

 ―――復讐を誓い、ただ憎き存在を根絶やしにすることしか考えていなかった、あのころの。

 そんな・・・自分と似た神耶を冷静に見ることで、祐一はふと、思わぬことに気付いた。

 ―――俺は・・・もう、復讐を望んでいない?

 感じるのは違和感。

 神耶を見て似ていると思う反面、神耶という存在は既に違うものだと感じているものがある。

 それは・・・そう。神耶は『似ていた』存在であり、いまは『違う』のだ。

 だとするならば、祐一のいま望んでいることとは・・・?

『全ての種族を憎んでいるはずなのに、主様の下にはこうして全ての種族が集まっている。そしてそれを配下、ではなく仲間、と主様は言いました』

 美汐が言った。

『復讐なんてしなくても・・・・・・居場所は、ここにあるんですから』

 マリーシアが言った。

『きっと、・・・祐一さんは自分の居場所を探しているんです。自分を受け入れてくれる、そんな場所を』

 栞が言った。

 そんな言葉が頭に浮かび、消えていく。

 ・・・そう。もう、答えは見つかっていたのかもしれない。

「・・・そうしてお前が悪だと決めた存在を狩り続けて・・・どうなる?」

「少しずつだけど、変わっていく。そう信じて動いてる」

「焼け石に水だな。それではお前の望む世界は生まれない」

「・・・・・・」

「それに、お前が一方的に決め付ける悪も、もしかしたら悪ではないかもしれないぞ?」

「そんなことは―――」

「ある。なら、お前はどうして相沢を悪だと決め付けた?」

「・・・・・・相沢は、魔族の七大名家の一つ。だから―――」

「なるほど。強い魔族はイコール悪か。

 ・・・そんな考えを持っているお前こそ、偏見で物を見ているじゃないか」

 神耶の顔がピクリと揺れる。

「俺の父親は・・・人間族や神族には指一本手を出さなかった。部下で手を出した奴がいるとわかれば、そいつを罰したくらいだ。

 だがそんな父も、そうして守り続けてきた人間族に殺された。魔族だから、相沢だから・・・。

 そう、いまのお前のような考え方でな」

「・・・・・・」

「母親は神族だった。だが、魔族との子を孕んだということで同族からは追い出され、人間族によって・・・俺の目の前で殺された」

 神耶の瞳に驚きが浮かぶ。

 それは魔族と神族の間に生まれた子ということに対してか、それともそのようか過酷な状況に対してか。それはわからないが。

「そして俺は復讐を誓って・・・いままでを生きていた。戦ってきた。

 なにも疑わず、それでいいと思っていた。だが・・・」

 小さく視線をずらす。

 そこには、祐一同様多種族に嫌な思いをさせられた浩一や鈴菜、水菜がいる。

 そっちを一瞥し、祐一は再び神耶を見やる。

「・・・だが、最近それだけで良いのかと迷うことがあった」

「・・・?」

「仲間の・・・人間族の少女に言われたことがある。もしも復讐を果たし終えたとして・・・その後どうするのか、と」

「その、後・・・?」

 それは神耶も考えたことのないことだったのだろう。

 キョトンとした表情を浮かべる神耶を見て、祐一は苦笑する。

 ―――少し前の自分を見ているようだ。

「俺は・・・いや、俺も少し前まではなにも考え付かなかった。復讐のために生きてきたからな。それ以降のことなんてなにも考えていなかった」

「少し前・・・?」

 祐一は小さく頷く。

「母親を殺したカノン。父親を許さなかったカノン。・・・復讐は遂げる。カノンを・・・潰す。

 だがそれは・・・過去の自分の清算であり、決別だ。

 それを果たし終えたら、俺は・・・」

 一拍。

「新しく国を造る」

 神耶だけでなく、少し後方で浩一たちも息を呑むのがわかった。

 それでも祐一は続ける。

「もう、俺やお前や鈴菜たち・・・他の者たちのような悲しい出来事が起こらないように・・・。

 偏見や差別のない・・・魔族、神族、人間族・・・その他全ての種族が共存して生きていけるような、そんな国を造る」

 改めて口に出して・・・祐一は妙な清々しさを感じていた。

 いままで暗闇に染まっていた周囲が全て明るくなったような・・・そんなイメージ。

 いまなら・・・いまならば、少しだけ父親の気持ちがわかるような気がする。

「浩一、鈴菜、水菜」

 三人の仲間の名を呼び、その三つの視線が背中に集まる。

「・・・お前たちはどうする?」

 それは確認の問い。

 いままでは全ての種族に復讐を果たす、という同じ目的を持ち共に行動してきた。

 だが、祐一はその先に新しい目標を据えた。もしそれが浩一たちの望むことでなければ・・・彼らとはここで決別することになる。

 だが、こちらに届いたのは怒声ではなく・・・小さな笑いだった。

「良いんじゃない、そういうのも。私は・・・そういうのもありだと思う」

「ま、難しいとは思うがな。・・・水菜はどう思う?」

「あ・・・ぅあぅ」

「良いってさ」

 鈴菜、浩一、水菜。三人の言葉に、祐一も笑みを持って答えた。

「そうか。それは良かった」

 そして、神耶を見る。

「良ければ、お前も一緒に来ないか?」

「・・・え?」

「お前、危なっかしい。また悪くもない奴を襲いそうでな」

 苦笑交じりに言ってみれば、神耶は視線を泳がせた。・・・少し、いじけているのかもしれない。

「・・・ルヴァウル」

『私は別にどちらでも。神耶の行きたい所へ共に行きますよ』

「・・・・・・」

 神耶は瞳を閉じ・・・そして開き、祐一を見上げる。

 その瞳に、決意の色を込めて。

「確かに・・・力だけじゃどうにもならないのかもしれない。

 なら私は・・・祐一と一緒に行く」

「あぁ、よろしく頼む。・・・神耶」

 ゆっくりと立ち上がる神耶に、祐一は手を差し伸べる。

 神耶は一瞬それを見つめ、しかしおずおずと、その手に自分の手を重ねた。

「・・・・・・なんか、変な感じ」

「なにがだ?」

「私が・・・ルヴァウル以外と共にいる、ということが」

『そういうのもたまには良いんではないですか? あー、ところで神耶。私の紹介もしていただけませんかね?』

「・・・そうだった」

 握手を解き、神耶はしっかりとした足取りで棺へと向かう。

 その足取りを見て、祐一は小さく頷いた。

「もう、先の戦闘の怪我は治っているようだな」

「・・・私の体の半分は魔族でできている。・・・自己再生能力もある」

「なるほど」

 神耶が棺を手に取る。そしてその棺の隙間から、大きな手と真紅の瞳が覗き込んだ。

『まぁ、とりあえず初めまして、というべきですかね? ルヴァウルと申します。

 一応魔物という扱いでお願いします。神耶との関係は使い魔と主であり・・・まぁ、神耶の保護者でもあります』

「・・・ルヴァウル」

『おや。そんな怒らなくても良いではないですか。これから共に行く仲間。全て知っておいた方が良いでしょう?

 ま、なにはさておき。これからよろしくお願いしますよ。・・・そちらのお嬢さんもね?』

 その言葉が向けられたのは、水菜だ。すると水菜は笑顔を浮かべ、ゆっくりと頭を垂れた。

『あぁ、いやなに。礼など良いですよ。あなたの声が聞こえたので助けただけですから』

 その言葉に、祐一たちは小さな驚きを表す。

「・・・お前、もしかして水菜の言葉がわかるのか?」

『は? だって彼女は精神感応能力者でしょう? 私はこれでも魔物ですからね、彼女の言葉はわかりますとも』

 なるほど。これは思わぬ副産物だ。

 とすれば、ルヴァウルを介して水菜の言葉もわかるようになる。

 浩一や鈴菜も、これで水菜との会話が一方的にならずにすむ、と喜んでいる。

「さて・・・」

 だが、あまりここでのんびりしているわけにもいかない。

 これが誰かの策略であるのなら・・・いまごろ美汐たちの方ではなにかしら起こっているはずなのだから。

「よし、急いで戻ろう。おそらく向こうでもなにかあるはずだ。神耶、いきなり戦闘になるかもしれないが・・・大丈夫か?」

「怪我は治ってる。大丈夫」

「そうか。いきなりだが・・・お前をあてにしている」

「うん」

「浩一、鈴菜、水菜。行くぞ」

 頷きを返す三人を見て、祐一たちはエフィランズへと急ぎ帰還する。

 ちょうどその頃、エアと美汐たちは相対しようとしていた。

 

 

 

 あとがき

 ども、神無月です。

 えー、というわけで今回で祐一の目標は明確に定まり、神耶が仲間になりました。

 そして次回、VSエアもラストです。

 あー、あと時間軸的にはこの時点でまだエアと祐一軍の戦いは始まっていません。

 祐一たち盗賊のところへ向かう→観鈴到着→観鈴との会話→祐一たち、ルグリナの村到着→エア、オディロを出る→祐一たち、神耶と戦闘開始→戦闘終了、神耶仲間に→美汐たち、エフィランズを出る→祐一たち、エフィランズへ→エア、祐一軍衝突。

 という流れになっています。

 というわけで、次回もお楽しみに。

 

 

 

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