神魔戦記 第四十章
「エア、来たる(V)」
曇りの空。
それは徐々に厚さを増しており、いまにも降り出しそうである。
その雲の下で開戦された戦いの激しさを助長させうるかのようで。
「さて・・・と」
美汐が佳乃の方へ向かっていったのを見届けて、さくらは前方に広がるエアとカノンの混成部隊へ視線を向けた。
―――気配からすると・・・兵力はざっとこっちの3倍ってとこかな?
とするならば、力押しでは勝てないかもしれない。
「・・・面倒くさいなぁ」
「さ、さくらさぁん・・・」
はぁ、と息を吐くさくらに、隣の美咲がオロオロしている。
魔術以外のことで頭を使うのは基本的に好きじゃないのだが・・・。
「ま、仕方ないか。これもお仕事の一環だと思おう」
うん、と頷き自己完結したさくらは、すぐさま取り掛かる。
まず自軍の兵士の気配を算出、キャッチ・・・。百三十三名、補足。
そこから佳乃と戦っている美汐、美凪と戦っている留美と杏を覗いてちょうど百三十名。
それら全ての気配にチャンネルを合わせ、さくらは魔術式を組み上げ胸の前で両手を重ねた。
「念話、開始」
それら全ての魔力の元へ、自分の魔力を紡いだ糸を繋げるイメージ。そして、
『こちら、みっしーに指揮権を委任された芳野さくらです。皆、聞こえてるね?』
すると、祐一軍の兵士たちがザワザワと騒ぎ出す。隣の美咲も驚いた顔でさくらを見ていた。
確かにこれだけの人数がいる中で声を出しても上手く届かないかもしれないし、なにより敵にも聞こえてしまう。
とはいえ、これだけの人数に同時に、しかも微細なミスもなく念話を行うなど誰が思いつこうか。
使う魔力量こそ大したことないとはいえ、これだけの人数の気配を正確にキャッチできる魔力感知、その全てにチャンネルを合わせられる集中力、そしてそれら全てに念話を繋げる魔力コントロールは相当なもののはずだ。
それを涼しい顔で平然とやってのけるさくら。すごい人物だとは思っていたが、こうして見せ付けられて美咲は再び愕然としていた。
そんな美咲の思考を知る由もないさくらは、全チャンネルが正常に機能していることに頷き、
『これから作戦を伝えるよ。
敵の数がこっちより多い以上、正攻法じゃ勝ち目はない。だから、ここはチームで戦う』
「チーム?」
美咲が口に出して聞き返す。それにさくらは頷き返し、
『皆、接近戦主体の人二人と魔術戦主体の人一人で三人組を作って。
そうしてその場で足を固めて、近付いてきた敵を倒して』
再び祐一軍の面々がざわめきだす。その中、美咲が一歩を近付き、
「でもさくらさん。それで敵は来るでしょうか?」
するとさくらは美咲に笑みで返す。
『敵は魔族を嫌う神族と人間族。こっちが行かなくても向こうが勝手にやって来るよ。
昔から攻める方は守るほうの三倍の戦力が必要、って言うからね。なら、こっちが守りの陣形を取ればよい』
確かにさくらの言っていることは最もだ。
接近戦に持ち込まれたら弱い魔術師タイプに接近戦用の剣士タイプを二人就けることで弱点をなくす。また、接近戦が行われても魔術師がそれの援護が出来るという極めて優れた陣形だ。
納得したような気配が祐一軍の兵士たちに浸透していく。それを肌で感じ取ったさくらは、向かってきた敵を見やり、
『誰かがやられたらすぐさま他のチームと合体。敵に付け入る隙を与えないで!』
おぉぉぉ、と雄たけびが上がった。
「これは・・・?」
美凪はそれを肌で感じ取っていた。
敵の部隊の雰囲気が変わったのだ。
先程二つの超魔術を叩き斬ってから下がっていたはずの士気が、ここに来て再び上がり始めている。
「・・・相手の指揮官が優秀・・・ということですね」
数で勝ち、精神面でも勝てば、いくら身体能力が上である魔族兵でも恐れる相手ではないと思ったが、これで戦いはわからなくなってしまった。
「よそ見してるんじゃ・・・ないわよっ!」
「・・・」
右。大きな声と共に大剣を振りかざし突っ込んでくる留美の姿が視界の隅に入る。
力は強い。その大剣を軽々と振り回せる筋力も、そこから放たれる威力も、美凪では持ち得ないものだ。だが・・・、
「・・・あなたは変わりませんね。二年前から」
美凪の右腕がぶれる。そう瞳に映った留美は、次の瞬間大剣を強く弾く衝撃に襲われていた。
「くっ・・・!」
弾き飛ばされた留美は、すぐさま体制を整えると美凪の後ろに回り込み、再び向かっていく。
居合い、という特性上後ろには剣撃はこない。そう判断しての踏み出しだったが、
「・・・無駄です」
どこから来たかもわからない二つの斬撃が留美の剣を弾き、鎧をいとも容易く破砕させた。
「ぐぅ・・・!?」
鎧を貫通し、少しばかり腹をも引き裂いた。力が抜ける感覚に、留美は思わず膝を突く。
それを首だけを向けて美凪は見やる。
「・・・遠野の居合いに死角はありません。私を軸に一定円上は全て私の間合いです」
「・・・く、そ・・・!」
憎々しい、という風の視線を向ける留美に、美凪は小さく嘆息する。
「本当に変わりませんね、その瞳も・・・。そんなにあなたは強くありたいのですか?」
「当然、でしょ・・・? あたしは『獅子』の七瀬の末裔、なのよ! 強くなくちゃ・・・強くなくちゃ誰もあたしを認めてくれないっ!」
そう、自分は強くなくてはいけない。
周囲が自分に見る五大剣士の末裔としての強さに、応えなくてはいけない。
なぜならそれが七瀬に生まれた自分の宿命であり、自分の目指すべき場所だ。しかし・・・、
父は言った。
『真の強さというものを理解できない貴様に、聖剣を受け継がせるわけにはいかん』
浩平は言った。
『お前・・・強さ、ってもんを履き違えてるよ。それがわかったらもう一度来い。それまではこの門潜るんじゃないぞ』
そして、
「あなたは強さというものを理解していません。そんながむしゃらな動きでは、私を捉えられませんよ」
「―――っ!?」
―――あんたまで、同じことを言うの!?
なにが強さだ。本当の強さってなんだ。
わからない。しかし、そうして見下げられた視線を見るのは耐えられない。
「くっ・・・そぉぉぉぉ!」
弾かれた大剣を再び手にして、がくつく足を気合で抑え込み、留美は地を蹴った。
「あたしは・・・あたしは強くなくちゃいけないのよ!」
「・・・力の強さは、確かに見た目にわかる強さです。しかし、力があるイコール強さだと考える、あなたの考え方は・・・大切なものが見えていません」
「確かに、自分の状態を冷静に把握できないのは、いただけないわね」
「「!」」
フッと、留美の横に杏が現れる。そして、
「ごめん、ちょっと寝てて」
目を見開く留美と、少し驚いた様子の美凪。
なんと杏は留美の腹の傷口に肘打ちをかましたのだ。
「・・・ふ、藤林・・・!」
「いまのあんたは周りが見えてない。そんなんじゃ無駄死にするわ。だから・・・いまは寝てなさい」
「・・・・・・!」
何かを言いたげに口を開き、しかし留美はその場に崩れ落ちた。
「・・・なかなか、すごいことをしますね」
「そうかしら? 仲間思いの良い奴だとも思うけど?」
杏は足元で横たわる留美を一瞥する。
「まぁ、あたしから見ても七瀬は大して強くない。それは能力的な部分ではなく、精神的な部分で、ね。
素質からすれば十分にあるし、むしろあたしよりもあるわ。だから・・・いま、なにも理解できないままに殺されるのは・・・惜しいのよね」
苦笑を浮かべ、杏が大黒庵を水平に構える。そして、
「ま・・・とりあえず、あたしが相手をするわよ」
美凪は杏を眺め、納得した。
なるほど。確かに、気配にムラも淀みもない。これは、留美よりも骨が折れるだろう。
だから美凪は姿勢を正した。しっかりと身体を杏の方へ向け、腕はすぐに刀を抜けるようにと柄へと運ばれる。
「・・・あら。もう少し手を抜いてくれても良いのに」
「そうしたいのは山々ですが・・・そうはさせてくれないでしょう?」
ふっ、と杏は小さく息を抜いた。そして、
「上等!」
跳躍。
杏は剣撃が浅いうちに出来る限り接近しようとするが、無論美凪の神速の刃がそれを許すはずもない。間合いに入った瞬間に弾き返される。
「ふぅん。やっぱり正攻法じゃ駄目ね。なら・・・!」
と言いつつも再び杏は真正面から特攻した。そこへやってくる斬撃の一つを大黒庵で捌ききるも、もう一撃を柄で受けることしかできず、先と同じように吹き飛ばされるだけ。しかし、杏はその中でにやりと笑みを浮かべた。
「―――大きくなる―――」
呪(いが読み上げられる同時、ガキン、と妙な音がその空間にこだました。それは美凪の腰部分から響いた音であり・・・、
「これは・・・」
美凪は自分の左側にある刀を見やる。
そこには、大きくなった剣が鞘に収まりきらずに衝突している光景があった。
「居合いとは、鞘から抜き放つ一瞬の技。つまり鞘と刃は一心同体。・・・まぁ、ようするに刀が鞘に戻らない状況を作れば自ずと居合いはその効力を失う。・・・違う?」
前に視線を転じれば、不敵な笑みを浮かべ大黒庵を肩の上で回している杏の姿。
「どういうつもりで聖剣を持ってこなかったのか知らないけど・・・。その程度の剣ならあたしの大黒庵の呪(いも効力を発揮できるわよ」
呪具は刻み込まれた呪(いを、読み上げることと魔力を使用することで現実に作用させる武具。
とはいえ、その程度にも限界はある。
大黒庵の「大きくなる」という呪(いも、特殊な魔力をその身に宿し、存在を強固なものとしている神殺しや、中位以上の永遠真剣、聖剣、呪具などには効力を発揮しない。
つまり美凪が持っている剣が『鳳凰の遠野』に代々伝わる聖剣であったなら、こうはならなかっただろう。
「これであんたは刀は一本。居合いは出来ても、『遠野の居合い』はもうできない。・・・どうする? 神族ご自慢のその翼を使って逃げる?」
大黒庵の切っ先を向けてくる杏に、しかし美凪は苦笑を持って答えた。
「残念ですが・・・私の翼は羽ばたくことを知らないんです」
「・・・?」
「飛べないんですよ、私は。・・・この翼は飾りのようなものです」
そういえば観鈴が第四部隊の半分くらいは空が飛べない、と言っていたことを杏は思い出した。
まさか隊長が飛べないとは思っていなかったが、それならばこの勝負は勝った。
高速の剣が二つだから対処しづらかったが、先のように一つだけならなんとか見極められないこともない。あとはもう片方も同じようにして、終わりだ。
「あんたの敗因は・・・聖剣を持ってこなかったことね!」
杏が大黒庵を構え強く地を蹴った。その瞳は美凪の腕・・・つまり居合いの始まりのみへ向けられている。
一本とはいえ、美凪の居合いが凄まじいことはわかっている。油断は出来ないのだ。
しかし・・・、美凪はなにを思ったのか、無造作に使い物にならない方の刀と鞘を投げ捨て、無事なほうを腰から抜きその手に取る。
「・・・?」
「いま、あなたは敗因と・・・そう言いましたね」
片方の手を鞘に、もう片方の手を柄に添える。瞼は閉じられ、静寂を体現するように風が舞い、その長い髪をわずかに揺らす。
そんな美凪を見て、杏は思わず歩調を下げた。
―――雰囲気が、変わった・・・?
後でこの時を振り返れば、わずかな差異を感知し動きを止めたことが良かった。
「遠野の居合いは確かに二刀流です。しかし・・・私は別に一刀流でもできますよ」
風が、舞った。
濃縮される圧力。杏の頬を冷や汗が伝う。
「琥珀流抜刀術、奥義―――」
まずい、と本能が告げた。
思考より先に杏は即座に後方へと跳躍する。だが・・・遅い。
「賀正箒星」
「!?」
光が、来た。
そうとしか思えないほど速い・・・否、もう速いとかそういう次元の斬撃ではない。
杏ですらまったく見切れないほどの、完全なる不可視の一撃だ。
「ぐ・・・が・・・!」
杏は大きく吹っ飛ばされ、地面に強く叩き付けられた。
朦朧とする思考の中で、杏はいまの攻撃を分析した。
―――“群”の二刀流と、“単”の一刀流・・・なのね。
美凪の二刀流は隙がない。全周囲、一定距離まで全てが美凪の領域であり、間合いである。それは居合いにおいて弱点とされていた対多数戦闘を可能とする、弱点を克服しようとした遠野が追い求め、その手に掴んだ居合い。
対してさっきの一刀流は、まるで逆。昔ながらの居合いそのものである。
全ての集中力は目の前の敵にのみ存在し、他に向けられるものなどない。一刀にこそ力が篭り、その一撃は光速を超えるという。
そう。常時全方位に振り向けられていた集中力。それの全てを前方、しかもただ一人の相手にのみ向けられた一撃であるならば、その迫力も威圧感も相当なものである。
これこそ遠野美凪の居合い。キー大陸武術大会で第三位の実力。
・・・とはいえ、杏はなんとか生きてる。
それは、途中で動きを止めたこと。素早く後方に下がったこと。全てが良かった。そのどちらかでもなかったら、今頃自分の身体は上下で分断されていることだろう。
無論、傷は浅くない。大黒庵はいまの一撃で大きく弾き飛ばされてしまったし、鎧なんてあの一撃の前ではまるで意味を成さないだろう。もう一つの呪具、小貫遁は基本的に戦闘用の呪具ではないので使えない。
・・・というより、意識が朦朧としている時点で戦えないのは明白だろう。
「あー。・・・これはちょっと・・・まずいかな?」
立ち上がろうとしても、腕から力が抜ける。どうやらそれなりの出血をしているらしい。
歪む視界の向こう、ゆっくりと大地を踏みしめて近付いてくる美凪の姿が見える。
刀を片手に持ち、ゆっくりと向かってくるその様は・・・美しい死神のように見えた。
「・・・終わりにしましょう」
再びあの強烈な圧力が杏へと降りかかる。だが、杏の身体はピクリとも動かない。
「ったく・・・!」
冷や汗が頬を滑り落ちた。
刹那、美凪の腕がその柄に伸びて―――。
あとがき
ども、神無月です。
さくら、ほんの少し純一と同じ血が流れているということに気が付かれたでしょうか?(ぇ
まぁ、それはともかく今回は再びエア戦に戻って、留美&杏VS美凪でした。と言ってもほとんど交代みたいなもんですけど・・・。
え、なんてところで終わらせるのかって? いや、まぁ、仕様だと思ってご勘弁を〜。
ちなみに読んでいればわかるかと思いますが、時間軸的には佳乃VS美汐とほぼ同時進行です。
さて、次回は再び祐一視点へ戻って神耶とのお話になります。
お楽しみに。