神魔戦記 第三十九章
「孤高の狩人(中編)」
「聞かせてもらおうか。お前、・・・何者だ?」
対し少女は簡潔に、ただ一言、
「・・・緋皇宮神耶」
緋皇宮。それはかなり珍しい姓だと思うが、
―――聞いたことのない名だ。
祐一は思案する。相手がどういった意図でエフィランズの兵を、そしてここの盗賊を殺したのかわからない。
ならば慎重にならなければならない。無駄な戦いをするつもりはないからだ。
きっと今頃、美汐たちのほうでは厄介ごとが降りかかっているころだろう。できることなら早く帰還したいところだが・・・。
「あなたは?」
と、不意に神耶がこちらに向けて言葉を投げた。それは先程の続きであり、こちらの名を聞いているということなのだろう。
相手に問い、その相手が答えたのだ。なら自分も答えなければ、と妙に律儀な祐一は口を開く。
「祐一。相沢祐一だ」
「相沢・・・?」
ピクリ、と眉が撥ねた。しかもそれはどちらかと言えば、嫌悪の色で。
「相沢って・・・魔族の、あの相沢?」
「そうだが。それがどうした?」
「・・・・・・そう」
神耶は一つ頷き、
「ルヴァウル」
『そうですね。きっとその方が良いでしょう』
「?」
神耶の言葉に続きどこからか第三者の声が聞こえてきた。しかし姿はない。気配もない。一体どこから、と祐一が周囲に目を配った―――刹那、
「!」
眼前に黒いなにかが迫った。
祐一はほぼ反射の域でその一撃を回避し、すぐさま大きく後退する。
それは。神耶の棺による一撃だった。
「随分といきなりだな。俺がなにかしたのか」
「・・・あなたがあの相沢だというのなら、生かしておくわけにはいかない」
「なぜ?」
「・・・それが私の使命で、復讐で・・・世界のため」
グン、とかなり重そうな棺軽々と持ちあげる。そうして低い姿勢で構え、その眼光がこちらを射抜き、
「私は・・・悪しき魔族を滅ぼす」
ダン、と地が蹴られた。
一足飛びに距離を詰めてきた神耶が棺を大きく振り下ろす。早いが、しかし祐一にとって到底見切れないスピードではない。なんなく回避し、カウンターに一撃を送ろうと柄に手を掛け、
「っ!?」
しかし突如感じたあらたな気配に祐一はそこを大きく跳躍した。すると次の瞬間そこへ突如現れた腕が地面を穿った。
「なっ・・・!」
なんとその腕は神耶の振り下ろした棺の中から現れていた。
―――あの中に何かいるのか!?
が、次の瞬間にはその腕は再び棺の中へと戻っており、その気配も再び消えている。
祐一は神耶から一定の距離を取り、その棺を凝視する。
あの棺の中には何かがいる。腕の形状からして人間ではあり得ない。魔物、おそらく使い魔の類だろう。
そしてあの棺、どういう構造なのか中に入っている者の気配を完全に遮断する能力があるようだ。
奇策としては十分だろう。あれほどの威力だ。気付いた頃には既に終わっている可能性が高い。だが、
「その戦法に二度目はないな」
奇策とは、わからないからこそ奇策である。
中身がわかってしまえばそれはただ少し特殊な戦闘スタイルでしかなくなってしまう。それならば、祐一にもいくらでも戦いようはあった。
「祐一!」
後ろから浩一の声。だが祐一は構うな、という意味で手を振った。手出しはいらない、と。
すると浩一の声が消え、視界の隅では鈴菜が水菜を救出しているのも見える。これで何も問題はない。
祐一は剣を構え、隙を見せぬまま神耶へと向き直った。
「・・・それで? 一体俺が襲われているのはどういう了見だ?」
「さっき言ったことだけ。それ以外にはなにもない」
「あれだけじゃ言葉が足りなすぎる。何もわからない」
「わかる必要もない。わかってもらおうとも思わない。私があなたを殺す。それだけ」
ふう、と祐一は小さく息を吐いた。どうにも取り付く間もない。
とはいえ、祐一はこの少女のことが少し気になっていた。このあり得るはずの(ない気配に(。
とするならば、やるべきことはただ一つ。
「とりあえず戦って・・・そしてゆっくりと喋れる状況を作る、か」
いまはできるかぎり時間の浪費は避けたかったが、仕方ない。この少女の放つそれは、それだけの価値のあるもののはずだ。
だから祐一は瞳に力を込める。戦いのために、だ。
「まぁ、いい。そんなに俺を殺したいのなら掛かってくるといい。だが・・・俺はそう簡単に殺せないぞ?」
「・・・できなくても、殺す」
再び神耶がこちらへと迫ってきた。単純に、真っ直ぐこちらへと。
物怖じしないタイプと見た。そして自分の攻撃力と・・・回避か防御どちらか、あるいは両方に自信があるとも見える。ならば、
―――まずはお手並み拝見といこう。
祐一はゆっくりと五秒、詠唱を込めて魔術を成す。やってくる対象に腕を向けて、
「『闇の弾丸(』!」
暗黒の球が神耶目掛けて飛んでいく。だが、それは神耶の棺にぶつかり四散した。棺に傷は一つもない。
「盾としても使えるのか、それは」
肉薄。横殴りの一撃が来る。
それを屈んで回避した祐一だが、再び棺からあの気配がした。
―――来る!
判断は一瞬。祐一は左手に込めておいた魔力を爆発させ、自らの身を右へと大きく吹き飛ばす。そこへあの腕の一撃が振り落ちた。
「!」
だが、それは先程と少し趣が異なる。
その腕の中には、魔力が集っていた。
『Flame cannon!』
こちらへと放たれた灼熱の弾丸。祐一は咄嗟に剣に魔力を付与させると、着地と共に身体を一回転させ、円運動で全ての火の玉を切り払う。
「魔術を使えるとは―――!?」
消し飛ばした火の玉の向こう、なんとそこには立てられた棺しかない。
しまった、と思うも時既に遅し。
「同じ戦術が二度通じないのなら、別の戦術を取れば良い。それだけのこと」
後ろからの涼やかな声と共に、強烈な衝撃が祐一の背中を襲った。
「ぐぅ・・・!」
その拳の一撃は、時谷のものに勝るとも劣らないほどの威力。あの棺を軽々と振り回してるのだから力はかなりのものだろうとは思っていたが、まさかこれほどとは。
『でも、それだけでは終わらないんですよね、これが』
「!」
そう。吹っ飛ばされた進行方向上には先程の棺が待っている。流れる視界の中、祐一が見るのは巨大な腕と・・・棺の陰から覗く真紅の眼。、
『せめて苦しまないように、一撃で終わらせてあげますよ』
腕には魔力が集いきっている。しかも先程の比ではない。その腕が開かれて、
『Scorching fall!』
全てを焼き尽くさんとする業炎が放たれた。
神耶も、そして棺の中の者もこれで終わったと、そう思った。しかし、
「言ったはずだがな。俺はそう簡単に殺せない、と」
にやり、と祐一が笑みをあげた瞬間、業炎が上から振り落ちた光の雨によって打ち消されていた。
「『!?』」
そして消された炎の進行上を沿うようにして、吹っ飛んできた祐一は魔力付与した剣を水平に構える。そして、
「アインスト・アッシュ!」
滑らかかつ研ぎ澄まされた一閃が、棺に叩き込まれた。
棺はその衝撃に大きく吹っ飛び、一度二度と床を撥ねて転がっていった。それを着地しながら見た祐一は、
「やはりあいつの剣技を使うのは気が引けるな。とはいえ、あいつの剣技は本物。あれで傷一つつかないなんて、どういう材質で出来ているんだあの棺は・・・」
通常なら手加減しても軽く民家を三件は斬り飛ばす技だ。それで斬れないどころか傷一つつかないというのは、どういった代物でできているのか。
祐一の頭上を飛び越えて、神耶は棺の横へと着地する。そしてそれを持ち上げ、
「平気? ルヴァウル」
『ええ、まぁ。とはいえ、少し頭がくわんくわんしますね。あれほどに転がされたことはもう当分なかったので。しかし・・・』
「うん。あの魔術はどこから・・・」
神耶の言ったあの魔術とは、神耶の使い魔、ルヴァウルが放った炎の魔術を消し飛ばしたあれだ。
そんな二人に対し、祐一は小さく笑みを浮かべながら、
「気付かなかったか? 最初、俺はお前たちに魔術を放ったな。下級魔術を。
だが、疑問に思わなかったか? どうして下級魔術の詠唱に五秒も掛けるのか、と」
「『!?』」
「あの詠唱は先程の月からの射手(のものだ。なにかあったときように、魔術を完了させてから上空で待機させておいた。
最初に放った闇の弾丸は単なる囮に過ぎない。あれは無詠唱で放った一撃だ」
驚きの表情を浮かべる神耶に、祐一は思う。
この少女は強い。だが、おそらくいままで自分より強かった相手と戦ったことはない。
なぜなら、行動が素直すぎるのだ。それは戦闘面だけではなく、こういった精神的なやり取りでも。
いや、もしかしたら、と祐一は考えを改める。
―――もしかしたら、戦闘自体そんなにしたことがない?
しかし自分の考えに祐一は心中で首を横に振る。
この少女の歳はおよそ自分と同等か若干下程度。そしてこの実力ならば、それこそ幾度もの戦いを潜り抜けてきたはずだ。
だが、祐一の疑問は晴れない。それにしては・・・動きが雑なのだ。
「・・・今度こそ、油断しない」
神耶が再び棺を持ち上げ、構えを取る。だから祐一も思考はとりあえず捨てた。それも、負かした後に聞き出せば良いことだ。
いまはただ、戦いに集中しよう。
神耶の挙動を見て、祐一の頭脳は再び回転を始める。
「相変わらず、祐一は強いよね」
そんな祐一と神耶の攻防を眺めていた鈴菜が、唐突にポツリと呟いた。
「・・・そうだな」
浩一も、それに同意する。
そんな彼らの前では、やはり祐一優勢のまま戦いは進んでいた。
余裕の表情を浮かべる祐一。対して、いままでと同じ無表情の中に、しかし傍目にわかる焦りが浮かでんいる。
そんな戦いを見て、浩一はそっと口を開く。
「祐一は、能力としては決して強い部類じゃない。もちろん弱くはないが。
力なら俺や七瀬の方があるし、スピードなら沢渡の方が断然ある。魔術の扱いなんて芳野には及ばないだろうし、あゆみたいに神殺しのような特殊な装備を持っているわけでもない。
平均的に高い能力を持つと言えば聞こえは良いが、結局のところ特に突出したものもない器用貧乏なのが祐一だ」
一拍。そこで息を崩し、
「・・・だが、祐一を強者とさせているのはそこじゃない。
あいつの強者としてのファクターは大きく二つ。本来ありえないはずのその二つの属性と、そしてなによりその頭脳だ」
「うん」
「祐一は頭が良い。状況判断や、現状観察、その他全て把握の仕方が並じゃない。
あいつは必ず相手の一つや二つ・・・、いや、五つくらい先を読んで行動している。
斉藤のような身体に馴染ませた直感系の戦闘予知じゃない。祐一のは完全な論理と計算で組み上げられた思考の戦闘予測だ。
だからこそ強い。斉藤のような経験からくるものではないから、予想外のことが起きてもすぐさま反応し新しい手を考え出す」
そう、現にいまも祐一は神耶を手玉に取っている。
とはいえ、使っている魔術は下級から中級程度のものだし、剣技だってほとんど通常のものだ。
しかし祐一は神耶を圧倒的に押していた。使い方が上手い。タイミングが上手い。なんでもないような一撃が、しかる後とんでもないギミックとなって神耶へと襲い掛かっていく。
それこそ祐一の戦闘スタイル。祐一の戦闘フィールド。
「おそらく通常時のあいつの能力値はたいしたことない。純粋な数字だけなら俺や天野、斉藤に芳野、下手すれば名雪の方が高い。
けれど、俺たちは皆が皆祐一には勝てない。俺も負けた。芳野も、斉藤も、天野も負けた。
・・・それが答えだ。あの女に祐一に勝てる要素はどこにもない」
浩一のいうとおり、もはや決着は見えた。祐一の罠とも呼べる魔術が発動し、下から光の一撃をもろに受けた神耶に対し、剣での追撃が決まっていた。
そう、駄目なのだ。力があるとか、速さがあるとか、魔力があるとか、そういったものでは祐一には勝てない。
「祐一は強い。そういう意味では、最も敵に回したくない相手だ」
祐一と戦った者ならわかるだろう。
いつの間にか、自分が後手後手に回っているという異常に。知らぬうちに巻き込まれ、知らぬうちに何かが起き、そしてそれに気付いた頃には全てが終わっているという、そんな戦い。
なにをしても、どんな行動を取ろうとも、絶対に勝てないのだと、思い知らされる敗北を。
ドサッ、となにかが倒れる音がした。
見た目にボロボロとなった神耶の首元に、祐一の剣先が触れる。
「チェックメイトだ」
それは、祐一の勝利の証。
あとがき
えー、ども神無月です。
祐一VS神耶戦、終了〜。今回は少し特殊な書き方をしてみました。
まぁ、いままで幾度か祐一の戦いも書いてきたことだし、たまにはこんなのも良いかと。
祐一の、定規では測れない『強さ』をご理解いただければ幸いです。
純粋な力よりも、こういった強さのほうが上に立つものとしては重要だと思うのですよ。力は、これから付けていけば良いんですからねw
では、また次回に。