神魔戦記 第三十八章
「エア、来たる(U)」
開戦の号令の下、美汐の横から出る二つの影があった。
さくらと美咲である。
「ガヴェウスの名において願う。雄々しき焔の太源よ、我が手に集いて力となれ」
「ザイファの名において願う。気高き白亜の結晶よ、我が手に集いて力となれ」
超魔術で先制を仕掛け、敵の陣形を崩し士気を下げる作戦だ。
「赤きは矛、黒きは死。我が呼び声が届くのならばしかと聞け。畏怖を与える者、それに反抗するものはなく、ただ従属のみ。妨げるもの、それを屠る執行の剣こそ炎の力」
「白きは牙、青きは刃。我が呼び声が届くのならばしかと聞け。安息を与える者、そこに脈動するものはなく、ただ静寂のみ。眠るもの、それを残す雲黎の衣こそ氷の力」
第二、第三小節が紡がれ、しかしさらに詠唱は続く。ことここにいたり、エア軍は驚愕をあらわにした。
「超魔術?!」
それは誰の言葉だったか。だが遅い。既に詠唱は、
「そしてその名を真に呼びし者はここにあり。其の力は絶対。いまこそここに、ガヴェウスに契り願うは断罪の裁き・・・!」
「そしてその名を真に呼びし者はここにあり。其の力は絶対。いまこそここに、ザイファに契り願うは深淵の零度・・・!」
・・・完成を迎えたのだから。
「『断罪の業炎道(』!」
「『深淵の氷結道(』!」
それぞれの腕から強大な魔力を編みこまれた、まったく逆の超魔術が放たれる。
だが、結果は同じことだ。巻き込まれれば、命はない。
だがその進路上に躍り出る一人の少女がいた。
両腰に刀と呼ばれる剣を帯剣した、遠野美凪だ。
「・・・鳳凰は生と死を司る炎の不死鳥。
故にその炎は何者にも犯されず、その雄大さに穢れはない」
スッと、美凪が腰を落とす。
腕を交差し、それぞれ逆の側の柄に手をかける。そして、
「我が鳳凰の一撃。受けてみますか」
急速に収束していくマナ。だが緩やかな流れであり、同時に研ぎ澄まされた流れでもある。
相反するような、しかしあまりに鋭い威圧を携え、
「―――遠野流居合い術・究極奥義」
マナが溢れ出す。その眼光が、二つの超魔術を射抜いた瞬間、
「月華・鳳凰閃」
―――二つの超魔術が、斬られた。
強烈な何かによって、魔力を構成していた軸を破壊された魔術が、魔力を維持できずにマナを大気に霧散させていく。
その中央にいる美凪は微塵も動いていない―――ように見えた。
「・・・美咲ちゃん。いまの、見えた?」
「・・・いいえ。さくらさんは?」
「ボクにもなにも見えなかった。みっしーは?」
「・・・微かに。ですが・・・」
・・・それでも、線が走った程度。
美汐は思わず呻く。
これが居合い。瞬を全とし放つ刹那の剣技。
しかし、それにしても、と美汐は思う。この遠野美凪という少女の居合いは、速いとかそういう次元のものではもうない。これは、既に不可視の領域にまで達している。
―――まずい、ですね。
さくらと美咲の魔術の強さを知っている祐一軍の面々からすれば、それを、しかも両方を一撃で打ち消し、しかも全然疲れた素振りを見せない美凪は完全な畏怖の対象となる。
美汐は感じる。士気が大きく下がっていることを。
ただでさえ軍勢では負けているのだ。そこまで負けてしまっては勝てる戦も勝てなくなる。。
美汐の感じるところでは、注意すべき相手はこの遠野美凪という少女と、霧島佳乃の二人だけだろう。
ならばどちらを相手にするか、そう考えている最中に味方の軍勢から飛び出していく者がいた。
「はぁぁぁぁ!」
大剣を構え美凪へと突っ込むのは、留美だ。
「・・・あなたは」
「二年前の借り、いまここで返すわ!」
留美の大きな一撃を、しかし見えないなにかが弾き返す。
まるで見えない壁でもあるかのようだが、それは正真正銘美凪の見えないほどの一撃だ。
「七瀬さん!」
駄目だ。とてもではないが留美が一人で適う相手ではない。加勢しようと美汐が一歩を踏み出そうとしたが、それを遮って前に出る者がいた。
大きくした大黒庵を携えた、杏だ。
「大丈夫よ。あたしも一緒に行くわ。あんたは陣頭指揮か・・・、あれ」
そう言って指差す先には・・・佳乃がいる。
「あの子、さっきからあんたに興味があるようよ。相手してあげたら?」
言って、杏は地を蹴った。そのまま美凪の方へと向かっていく。
思考は一瞬。
その背中を一瞥し、美汐はさくらに横目をやる。
「さくらさん。皆の指揮、お願いできますか?」
「いやー、ボクには少し荷が重い気が・・・」
「この中で最も頭の回転が早いのはあなたです。シオンさんがいれば話は早かったのですが・・・」
うーん、と考え込むさくらは、すぐに笑顔に変わり、
「うん、まぁ、やってみるよ。みっしーはあの子をお願いね」
「では任せます。あと、みっしーはやめてください」
そして駆ける。こちらを待つ敵の下へと。そこまでに立ち塞がる兵を切り倒して。
「あたしの相手はあなたかな?」
くししっ、と手を口に当てて笑う佳乃。その拍子に左手に巻かれた黄色い布が小さく揺れた。
「―――」
その布に対し、美汐は眉を傾ける。
なにかあるのかもしれない。それを無しとしても、この相手の能力は完全に未知数。
だが、美凪と同階級であることから、油断できない相手であることだけは理解できる。
―――ならば。
まずは様子見を。そして出来うる限りこちらの手を見せないまま戦う。
故に、美汐は地を蹴った。空間跳躍を使わず、それを奥の手とするために。
「近付かれると、困るなぁ」
呟いた佳乃は小さく人差し指を振った。それをこちらに向けて、
「『輝く星一つ(』!」
鋭い光線が一直線に飛んだ。
素早さ重視の魔術と当たりをつけ、美汐は身を捻るだけでそれを回避する。だが、終わらない。今度は全ての指に魔力が灯る。
「『輝く星一つ(』!」
計十本の光が飛んでくる。だが、その全てを美汐はかわしきった。その中で、考える。
―――おかしいですね。
あまりにも攻撃が浅い。美凪と同等と考えるなら、明らかに力が不足している。ということは、こちらと同じく様子見なのだろうか。
―――ならば、その余裕をなくすまでです。
一足。
「えっ?」
込めた一歩でその間を零とし、美汐は槍をコンパクトに振るう。
「わ、わわ!?」
大振りではなく、あくまでコンパクトに。威力はないが、相手を煽るならこれで十分だ。
「おっとと!?」
佳乃が慌てて距離を取る。
「やっぱ近付かれるとやりにくいなぁ。よし、こうかったら」
と、佳乃が片手を空へ掲げる。するとその足元に魔法陣が浮かび上がった。
その魔術式を見、美汐はその行動を読み取る。
「なにかを召喚する気ですか・・・!」
やはり、この佳乃という者は典型的な魔術師タイプらしい。先程の言葉、近距離を嫌い、そして使い魔を使用する。
ならば、ここはセオリーどおりに接近戦を仕掛け、離さないようにするだけだ。
「おいで、ポテト!」
名を呼ばれ、魔法陣が一際輝きだす。そしてマナが収束しその使い魔をこの場へと顕現した。
「ぴこっ」
「・・・・・・は?」
現れたその使い魔を見て、不覚にも美汐は動きを止めてしまった。
そこに現れたのは戦いの場には明らかに不釣合いな・・・、そしてどのようなところでも見たことのない・・・、強いて一言で言うならば・・・手玉がそこにいた。
そのポテトと呼ばれた犬(猫?)はこちらを見据えると、あるかどうかわからない小首を傾げて、もう一度。
「ぴこ」
「・・・・・・」
「あー、その目は馬鹿にしてるなー?」
ぷんぷん、と口で言う佳乃は、しかし笑顔でピンと人差し指を立てる。そしてチッチッ、と指を振り、
「わかってないなぁ。どんなものでも、外見で判断すると痛い目見るよ?」
と、不意に佳乃の雰囲気が変わった。先程までとは少し違う、小悪魔のような笑みを浮かべて、こちらを指差し、
「こんな風に・・・ね?」
同時、ポテトの口が大きく開き・・・、
「ぴいぃぃぃぃこおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
強烈な光の放流が視界を埋めた。
「!?」
咄嗟に横にかわす美汐の脇をかすめ、その光の放流は祐一軍の魔族兵を薙ぎ払い、大地を焼いた。
「なっ・・・」
思わず絶句してしまう。
その威力はまさに上級魔術と同等。それを無詠唱で放つとなれば幻想種、ないしそれ以上の生物でなければ無理だ。
なるほど、確かに見てくれで判断をしては痛い目を見る。
「ポテトだけ気にしてても駄目だよ?」
ハッとし、振り返った瞬間、光が来た。
「『輝く巨星一つ(』!」
今度は拳から放たれた光を、美汐はなんとかかわす。
「ぴこぉぉぉぉぉぉぉ!」
そこへポテトの攻撃が、それをかわせばさらに佳乃の攻撃がと繰り返される。
だが同時攻撃とはいえたかが二発。見極められない美汐ではない。美汐は槍を構え、
「まずはあの邪魔な使い魔を還します」
奔った。
「ぴ、ぴこ!?」
「ふっ!」
呼気一閃。
一呼吸の間に放った斬撃は。間違いなくポテトの身体を真っ二つした。
だが、それだけだった(。
「「ぴこっ」」
「なっ・・・!?」
二つに千切れた毛玉は、そのあと一瞬もこもこ動いたと思えば、なんとその二つがそれぞれポテトとして動き出したではないか。そして、
「「ぴこぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」
「!」
そのそれぞれから光の一撃が来た。
「くっ!」
身体を捻りなんとか回避して後方へと大きく跳躍する。
そんな美汐を見て、佳乃はクスリと笑った。
「残念だけど、ポテトに物理攻撃は効かないよ? そんなことしたら逆に増えるだけだもん」
「「ぴこぴこ」」
そうだそうだと言わんばかりに頷くポテト。そして、
「まぁでも。ポテトの意思でも分裂できるんだけどね?」
「なっ・・・」
その佳乃の言葉を体現するように、再び毛玉がもこもこ動き始める。すると次の瞬間にはそれぞれが二つに増えて・・・四匹のポテトがそこにはいた。
「「「「ぴこ」」」」
「そして・・・あたしもこんなことできるよ?」
言い、佳乃は両手を掲げた。そして、
「『輝く乱れ星(』」
パァ、という輝きと共に佳乃の周囲にいくつかの光点が出現した。その数、およそ二十前後。
「それいけー!」
佳乃の号令の下、その光点はどれもが意思を持つように空中を走った。
そしてその光点は美汐に向けて光波を放つ。
「!」
放ち、離脱し、そして再びやってきては光波を放つ。
美汐はそれらをかわし・・・、しかし全てをかわしきれずいくつかをその身に受ける。
その痛みに顔を歪めながら、これが遠隔操作の、魔術を放つ媒体なのだと理解した。
「そればっかに意識向けてると危ないよぉ?」
「「「「ぴこぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」
「くっ!」
佳乃の声と同時、四方からポテトによる光の波動が襲い来る。さらに、
「だから、そればっかに意識向けてると危ないってばぁ。・・・『輝く巨星一つ(』!」
佳乃自身からの攻撃もやってくる。
―――かわしきれない!
まさに四方八方。三百六十度全方位からやって来る光の攻撃をかわすのはかなり困難だ。
このままではジリ貧。
そう判断し、少し程度のダメージを覚悟して美汐は光の雨の中を突っ切った。・・・佳乃へ向かって。
「おっとと。あたしは逃げるよ?」
翼をはためかせ、空へとエスケープしようとする佳乃。だが、それを逃さない。
魔力を脚に込め、爆発させる。
急速な跳躍。佳乃の飛翔よりも速くその一撃は届く。
目を見開く佳乃を見て、美汐は必殺を確信し槍を突き出した。
―――だが、
「あはっ。やっと隙を見せてくれたよ」
槍は・・・佳乃へと届かなかった。否、距離的には届いている。だがそれが佳乃を貫くことはかなかった。
槍の刃先が、佳乃の左腕によって受け流されている。そして残りの右腕は美汐の腹に添えられている。
驚きと呆けによる一瞬の間。だが、それはこのレベルの戦闘では致命的な隙となる。
「ごめんね? 嘘ついちゃった」
てへ、という言葉と同時、添えられた手に魔力が凝縮していく。
まずい、と思うが空中で体制を整える術が美汐にはない。
「通打点掌(!」
衝撃が腹部を襲う。
「―――っ!?」
声にならない声をあげながら、美汐は地面に叩き落された。
だがそれで終わらない。
「『輝く巨星一つ(』!」
その佳乃の攻撃にあわせるように宙を駆け回る光点から、そしてポテトから一斉射撃が巻き上がった粉塵へと放たれる。
爆発に次ぐ爆発。
しばらくして攻撃をやめ、佳乃は眼下を見下ろす。
「ごめんねー? 実はあたし、格闘戦の方が得意だったんだよー」
返事はない。佳乃はんー、と呟き、
「さすがにこれじゃ・・・死体も残らないかな?」
大きく粉塵が巻き上がっていて定かではないが、おそらくあの攻撃では生きてはいまい。
・・・その判断が、感知を鈍らせた。
「なるほど。全てはこの一撃を狙うための布石と嘘だったのですね」
「!?」
声は後ろ、しかもごく近くから聞こえてきた。
馬鹿な、と思い後ろへ振り返る。そこにはボロボロになっているものの、しっかりと生きている美汐がいた。
振り上げられた槍には既に強烈な魔力が篭っている。だが、それを確認しても身体が驚愕にすぐに動けない。
それは、そう。先程とは完全に逆の立場。
「あなたも、やっと隙を見せましたね」
皮肉を込めた言葉。そして、
「天地・深名撃!」
膨大な魔力を圧縮された槍の一撃が佳乃を強く打ち付けた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
今度はそれにより佳乃が地面へと墜落していく。
だがそれを美汐は追撃することなく地へと降り立ち・・・そのまま膝を突いた。
「くっ・・・」
正直、ダメージは相当なものだった。
最初、突っ込むときに受けたダメージに上乗せで佳乃の一撃、そして墜落した後の光波もいくらか受けた。
それに加えいまの一撃。放つだけでも相当な無理をした。筋肉や骨が悲鳴をあげているのがわかる。いまも槍を杖代わりにして立っているようなものだ。
「あ・・・痛・・・」
晴れていく粉塵の向こう、立ち上がる佳乃の姿がある。
「いったい、どうやってあそこまで一瞬で・・・?」
「さて。あなたと同じように私もあることを隠していただけですから」
「・・・そっか」
どうやら・・・自分に引き換え佳乃のダメージはそれほどでもないようだ。
確かに、天地・深名撃の直撃を受けたのだ。それなりのダメージはもちろんあるだろう。血も流れているようだし、脚もふら付いている。
だが客観的に捉えて美汐の方が傷が深いのは明白だった。
それに佳乃にはまだ無傷の使い魔もいる。このまま戦えば・・・正直勝てるとは思えない。
―――ですけど。
美汐は緩慢とした動作で、槍を構える。それによりふらつきそうになる身体も気合で抑えつける。
「・・・その身体で、まだ戦うの?」
「・・・それは、そっちにも言えることでしょう?」
「あはは。かも・・・ね」
見た目に力のない笑みを浮かべ、佳乃も構えを取る。
それは近接戦闘の構えだった。体術の型である。しかもこのダメージでも相当に隙がない。
敵であれ賞賛に値する気合だ。心構えも。
だが、美汐だって負けはしない。
こうして立っているだけでも激痛に襲われ、血も大きく出て視界も揺れるが、構えを解きはしない。
それこそが主に対する忠誠であり、自らの誇りだから。
時間が経てば自己再生も発動しよう。だが、美汐はそれを待たない。
そんなことを許してくれる相手でもない。
だから美汐は前を向き―――地を蹴った。
佳乃も同時に向かってくる。いくらか消失してしてしまった光点と、ポテトを引き連れて。
「「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
渾身の一撃が、交錯する。
あとがき
はい、どうも神無月です。
今回はまた・・・長かったですね。
みっしー大活躍? というより美凪の強さが目立ったでしょうか?
佳乃も強いですけど、美凪と比べると若干劣ります。まぁ、まだ佳乃も隠し種がありますがw
さて、次回は再び祐一たちへ視点は戻ります。
それもまた、お楽しみに。