神魔戦記 第三十七章

                    「孤高の狩人(前編)」

 

 

 

 

 

 ルグリナの村。

 そこはカノン王国の中でも特になにがあるわけでもない小さな村だ。

 たまにクラナドを通ってきたものが足休めにと立ち寄るくらいだろうか。

 そんなルクリナの村に・・・しかしいま人の気配がまるでなかった。

「・・・ひどいな、これは」

 いま村の中央を歩く三人、その先頭を行く祐一が周囲に視線を向けながらそっと呟く。

 村は、完全に崩壊していた。

 いたるところの家で火が上がり、そうでない家も中はぐしゃぐしゃになっており、金目の物は一切ない。あるのは・・・壁に残る鮮血と死体。

 おそらく、水菜を攫った盗賊の仕業だろう。

「・・・どうして、同じ人間族なのにこんなことするんだろう」

「何言ってやがる。そんなの種族なんか関係ないだろ。神族だろうが魔族だろうが同族で殺しあうことはある。

 ・・・ただ、人間族はその絶対数が多いせいか、頻繁なだけだ」

 鈴菜の重い呟きに、浩一が少し怒りの混じったような声で答える。

 実際人間族が一番同族間での殺し合いが多いだろう。

 浩一の言うとおり、人間族が一番多いこともあるだろう。だが、はたしてそれだけだろうか、と祐一は考える。

「おい、祐一?」

 不意に祐一は脇にある家の中へと足を入れた。

 乱雑に散らばった家具。荒らされた家。壁に染み付く赤。息絶えた母親に、抱きかかえられたまま息をしていない赤子。

 ・・・その様が、あのときの自分のように見えて。

「――――――」

 なんだろうか。この言い知れない、込みあがってくる感情は。

 関係のない者たちだ。同じ種族でもない。

 ・・・だが、祐一は確かに怒りを感じていた。

 見る死体は全て、背中から斬り付けられている。それは・・・ようするに逃げ惑う人々を追って襲ったということだ。

 思い出す。

 あの下卑た笑いを。

 涙を。

 叫びを。

 悲鳴を。

 嘲笑を。

 蝋燭の火を。

 ・・・落ちた、白い翼を。

「―――」

 祐一は無言のまま瞼を閉じた。

 そして一言二言なにかを呟き、そっと手をその死体へと添える。

「『魂の浄化を(プリフィケイション)』」

 小さな光が祐一の掌から零れ、そしてその遺体を包む込むと、それは光の粒子―――マナへと溶けていき天へと昇っていった。

 死者の魂が、無念や怨念で世界へ残留しないように、輪廻の輪へ還れるように、その手助けをする光の魔術だ。

 そうして消え去った母子の影を小さく黙祷するように目を閉じ、そしてそっと立ち上がり浩一たちのもとへと行く。

「行くぞ」

 それだけ。

 それだけの言葉で、しかし三人は同じ思いを持ち歩き出す。

 それだけでわかるくらいには三人は長い時間を共にし、そしてわかり合っていた。

 向かう先には、どうあっても許せない連中がいる。

 その思いが、三人の歩を走へと変えていったのだった。

 

 

 

 ちょうどその頃。

 ルグリナの村から少し外れた場所にある寂れた廃墟。

 もとはなんのために建てられたものなのかもう判別できないほどに廃れたその建物の中には―――いま数十人の男たちが狂気の笑みを浮かべてそこにいた。

 足元には転がるように裸の女性。ボロボロになったその女性たちは・・・しかしその瞳にもう精気を宿していなかった。

「けけっ。やっぱ女は嫌がってるのを屈服させるのが良いんだよな」

「だな。まぁ、あまりにうるさいんでぶっ殺しちまったわけだが」

 なにが可笑しいのか、狂ったように笑う男たち。

 そんな男に囲まれるようにして、椅子に手足を縛り付けられた少女がいる。

 倉木水菜だ。

 その水菜の表情は、もう見た目に青く、そして身体は震えっぱなしだった。瞳には涙が浮かび、そして零れていく。

「ん? どうした嬢ちゃん。怖いのか?」

「ははっ、身体すげー震えてるぜ〜?」

 すっと男の手が水菜の頬を撫で上げる。

 水菜はそれを避けるように身を捩ろうとするが、叶わぬこと。あまりの恐怖に水菜は目を瞑り、ただ身を震わせる。

「ひゃはは、可愛い反応だな、おい」

「だな。ついつい手を出しちまいそうになるぜ」

 水菜の脳裏には、幼少の頃の・・・あの地獄のような光景が思い出されていた。

 来る日も来る日もあの暗くて狭い牢獄の中で、手足を鎖に繋がれて何度も何度も蹂躙された。

 狂ったように貪られ、壊れた笑みに見下され、汚いものを見るように蔑まれ、その繰り返し。

 その悪夢のような、地獄のような日々を救ってくれた浩一はいない。

 鈴菜もいない。祐一もいない。あゆも、美咲もいない。

 誰もいない。

 久しく忘れていた『孤独』と、そこから導き出される『恐怖』という感情。

「しかし・・・なかなか良い顔してるよなぁ、この嬢ちゃん」

「身体は貧相だけどな、はは」

「手を出しちまっても・・・別に構わないよな?」

「ま、いいんじゃねぇの。とりあえず殺さなけりゃ」

「だな。人質になってれば良いんだもんな〜」

 あのときと同じ、あの嫌な視線がこちらの身体を嘗め回す。

「―――、―――っ!」

「あぁん? なんだ、なにが言いたいんだこの女?」

「さぁ? もしかして誘ってんじゃないか?」

「ははっ、マジかよ」

 口を開いても、声は出ない。出るのは涙だけだ。

 助けを呼べない。

 助けを乞うしかできない自分が情けない。

 怖い。

 手が伸びる。

 怖い。

 助けて。

 服を掴まれる。

 怖い。

 助けて。

 そしてその腕に力が込められて―――、

『助けてっ!』

 そのとき、

『助けを、呼びましたか?』

 答えが、きた。

「うわぁ!?」

「ぐぎゃぁ!?」

 同時。

 水菜の服に手をかけた二人の男の上半身が無くなった。

 突然のことに、全ての者が動きを止める。

「う、うわ―――」

 一番最初に現状認識の済んだ誰かが叫びを上げようとして、しかしそれも最後まで紡がれなかった。

 喰われた。

 それは、そう。どこからか現れた巨大な手に捕まり、そのままどこかへと連れられて喰われた。

 醜い断末魔。骨が破砕し肉が千切れる音が無情に廃墟へと響く。

 恐怖が、空間を支配した。

 混乱し剣を振り回す者。逃げ惑う者。動けなくなる者。それは多種多様にあれど、

 ・・・結果は全て同じだった。

 先程まであれだけいたはずの男たちが一人残らずいなくなっていた。

 否、喰われた。

 水菜から正面。

 いつの間にか一人の少女が立っていた。

 獣の耳を頭に生やし、黒いレザースーツに身を包んだ切れ長の目をした少女だ。そして背中には・・・棺のようなものを背負っている。

「・・・魔族?」

 少女は呟いた。水菜へと。

 その身を、少しの返り血に染めて。

 

 

 

 祐一たちは廃墟を見つけた。

 おそらくそこが盗賊たちの指定してきた場所なのだろう。

 祐一たちはすぐにそこへはいかず、遠からずしかし近くもないという場所に身を隠し、気配を探る。

 水菜が人質に捕らわれているという現状。慎重になりすぎることはあるまい。

 だが、そこで妙なことに気付く。

「・・・どういうことだ?」

 どれだけ気配を探っても、その廃墟には水菜を除けばもう一人分の気配しかしなかった。

 ―――罠か?

 しかし、どれだけ気を張り巡らせても他に敵は見当たらない。

 盗賊、というからには徒党を組んでいるものと思っていたが・・・もしかして違ったのだろうか。

 わからないが・・・だからと言ってこのままここにいるわけにもいくまい。浩一や鈴菜はいまにも飛び出さんばかりの勢いなのだから。

 敵が一人。こちらが三人。

 たとえ罠であろうとも・・・どうにかできるメンバーでもある。

 祐一は決断する。

「行こう」

 待ってました、と言わんばかりに浩一と鈴菜が突き走る。その後ろに祐一がつく。仮になにか罠があっても対処できるように、と。

 そうして素早く廃墟に乗り込んだ三人は・・・意外な光景を目にした。

 無造作に転がる女性たちの死体。

 壁や床にこびり付いた血。

 そして中央で椅子に縛り付けられた水菜と、その少し前に立つ血で塗れた少女。

 祐一はその光景に眉を傾げたが、浩一はそれを見ただけで沸点が飛んだ。

「水菜を・・・離せぇ!!」

 飛ぶ。

 その距離を一足飛びで零にした浩一の全力での一撃が振り下ろされる。だが、

 ガキィィ!!

「なっ!?」

 その一撃は少女の持つ棺のようなものによって防がれた。

 あの、対魔術用にととびきり頑丈に作られた扉ですら貫通させたあの拳を、傷一つつけることなく・・・である。

「くそっ!」

 浩一は着地し、腰を落として再び一撃を見舞う。だが、それも防がれる。びくともしない。

「・・・・・・」

 今度は少女が見た目に重そうな棺を浩一に向かって片手で薙ぐ。

 それを弾き返しカウンターを決めようと構えた浩一だったが、それは愚策だった。

「!?」

 予想以上の衝撃に耐え切れずに、浩一は吹っ飛ぶ。

「浩一!」

「―――っ!」

 鈴菜と水菜が叫ぶ(無論、水菜の声は出ていないが)。それに答えるように浩一はすぐに立ち上がった。

 見た目たいしたダメージもなさそうだが・・・、だがその顔は怒りに染まっていた。

 そうして再び地を蹴ろうとする浩一を、しかし妨げるものがあった。

 祐一の腕だ。

「待て、浩一」

「だが・・・!」

「待て」

「・・・っ」

 歯噛みして、しかし浩一は動きを止める。

 それに祐一は頷き返し、もう一度周囲を見やった。

 そうしてから向き直り、祐一は口を開いた。

「盗賊たちを殺したのはお前か?」

 浩一と鈴菜の驚愕の気配が伝わるが、祐一はその少女から眼を離さない。

「・・・そう」

 小さく、だが肯定が返ってきた。だから続ける。

「祐一? それはどういう・・・」

「まわりを見てみろ」

 浩一の問いに、祐一は視線でそう促した。

「浩一も鈴菜も、ここが盗賊のアジトという観点から壁や床に血がこびり付いてても気にはしなかったんだろうが・・・、よく見てみろ」

 指差す先には壁にこびり付いた血。だが、その端々からは重力に従って伝っていくものがある。

「血が固まってない。ということは、あの血はごく最近のものだ。そして・・・この付近の血の量はそこの女たちじゃ到底足りない」

 つまり、と続け、

「この血は、本来ここにいたはずの盗賊たちのものだ」

 驚き顔の浩一たちだが、祐一はそれよりも気になることがあった。

 祐一はその少女へと視線を戻し、問うた。

エフィランズの兵を(、、、、、、、、、)殺したのもお前だな(、、、、、、、、、)?」

 これには浩一と鈴菜、そして水菜と当の本人までもが驚愕をあらわにした。

 祐一は続ける。

「数日前、俺たちはエフィランズを占領した。戦闘にもならず簡単に、だ。

 最初は罠かとも思った。おそらく、エフィランズの民もそう思ったからこそ俺たちすんなり街に入れたんだろう。

 だが、結果はオディロの部隊によるエフィランズの砲撃だった」

 そこで一拍。息を吐き、

「・・・だが、これは妙だろう?

 たとえあのカノン軍だろうと、問答無用で砲撃なんて行き過ぎだ。それに、なぜオディロの部隊なんだ? なぜエフィランズの部隊じゃない?」

 祐一は少女を見る。だが少女は無表情のままだ。

「・・・俺の仲間のさくらが言うには、エフィランズの在中兵はエフィランズの街の中ではなく、近くの砦にあるらしい。

 少し疑問に思った俺は使い魔を使ってそこを探査させたんだが・・・そこで謎は解けた」

 少女の目が一瞬だけ揺らいだ。それで確信する。

「エフィランズの兵は、一人残らず消えていた。ここと同じく、血だけを残し、屍骸は消えて、・・・な」

 祐一はあの光景と同じここを見渡す。

 真っ赤に染まるほどにこびり付いた血。だが、それを流したであろう死体はどこにも見当たらない。 

「・・・そうであれば、全ての経緯は簡単に推測できる。

 カノンは俺たちがエフィランズを占領する前にエフィランズの兵を殺したと考えた。

 だから危険だと、エフィランズの住人のことなど考えていられないと、わざわざオディロの兵がやってきたのだ。大量殲滅兵器を持ってな」

 祐一は一歩、無造作に歩み寄る。

 対し少女は、ただこちらをその静観した瞳で見るだけだ。

 その瞳に先程とは少し違う・・・警戒の色を見受けて。

「聞かせてもらおうか。お前、・・・何者だ?」

 対し少女は簡潔に、ただ一言

「・・・緋皇宮神耶」

 そう答えた。

 

 

 

 あとがき

 はい、神無月です。

 とりあえずリクの「緋皇宮神耶」登場です。

 これの登場に沿ってシナリオと伏線が若干変更されましたが、まぁ上手くまとめられたのではないかなー、なんて思っちゃってます。

 で、次回は再び美汐たちVSエア軍の方です。

 では、こちらもあちらもご期待ください。

 

 

 

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