神魔戦記 第三十六章
「エア、来たる(T)」
曇りの空。雲が覆いつくし、日の光を遮断している。
その下、オディロ城塞都市。
その広場には、明らかにカノン軍とは毛色の違う面々が戦闘準備を行っていた。
背中に純白の翼を生やした部隊。
そう、エア軍である。
そしてそれを見下ろせる位置にある砦の一室では、三人の人物が机に座っている。
オディロ部隊の隊長と机を挟んで座るのは、エア王国軍第三部隊隊長霧島佳乃と、第四部隊隊長の遠野美凪だ。
「あ〜あ、思ったより到着遅くなっちゃったねー」
椅子をギィと鳴らし、仰け反るようにして佳乃。
「・・・ごめんなさい。私たちが飛べたら、もう少し早く着いたのだけど・・・」
そんな佳乃に少し落ちた表情で謝るのは隣に座る美凪。そんな美凪に、佳乃は慌てたように手を振って、
「え、あぁ。違う違う! 遠野さんたちのせいじゃないよ!」
「・・・・・・でも、飛べたらシズクに襲われることもなかった」
「シズクに襲われたのですか!?」
驚くオディロの部隊長。
そう。エア軍のカノン到着が遅れたのは、シズクの強襲を受けたからだ。だが、
「でも、平気だったじゃん。あたしと遠野さんの二人がいればシズクなんて怖くないよっ」
そう言ってガッツポーズを取る佳乃の言うとおり、シズクの兵士およそ五十名はそのほとんどを佳乃と美凪の二人に撃退されている。
「それに、遅くなったならここから早くすればいいんだよ。準備の方はどうかな?」
唖然としていたオディロの部隊長は、話を振られたのが自分であると気付き、慌てて、
「あ、はい。あと二時間もあれば全ての準備が整うかと」
「そっか。それじゃあ、準備が整ったらすぐ進軍しようよ」
佳乃は立ち上がり、そっと窓から外を見上げる。
「なんか、空模様も怪しいし・・・ね」
その空は・・・いまにも雪でも振ってきそうなほどの厚い雲で覆われていた。
仮設テントの中。
医務用にと意識されてか基本的に白に統率されたその中は、清潔感に溢れている。
その一角、ベッドの中に横たわる少女がいる。そしてその周囲にも数名の人物がいた。
ベッドにいるのは金髪を垂らし、純白の翼を畳んだ神尾観鈴だ。
傷はもう栞によって治っているのだが、疲労が癒えていないのでこうしてベッドに腰掛けている。
その周囲にいるのは美汐を筆頭に栞以外のメンバーだ。栞は他の街民のためにいまだ治療を施している。
周囲に知らない者ばかりの観鈴はどこか萎縮したように肩をすぼめる。そんな観鈴の肩にポンと手を置いたのは杏だ。そのまま杏は椅子を持ってきて観鈴の傍に座る。
「そんなに萎縮しなくても大丈夫よ。ここにいるのは祐一が信頼してる仲間だもの。別に取って食ったりはしないわよ」
「が、がお・・・」
困ったように苦笑する観鈴に、杏は真剣な表情になって口を開く。
「それで・・・いったいなにがあったの? あの傷はなに? どうしてここまで?」
観鈴は一瞬俯き、そしてゆっくりと杏を振り向いて、
「わたし・・・エアを出てきたの。エアの第三部隊と第四部隊。それで、祐くんが危ないと思って・・・」
「なら、あの傷は?」
「ここに来る途中にシズクに襲われたの。なんとか逃げてきたけど・・・」
「なるほどね」
杏は観鈴の実力を知っている。
エアの神尾王家は、通常の王家と違い特殊な能力を脈々と受け継いできた一族だ。
いまだ発展途上とはいえ、観鈴も神尾家の人物。シズクと戦うことはできずとも、逃げることに専念すればできないこともないだろう。
そう考える杏の前を横切り、今度は美汐が観鈴を見下ろす。
「神尾観鈴さん、でしたね?」
「あ、はい」
「少しお尋ねしたいのですが、それを知ったあなたがこちらに向かってきたとしても、普通先に出たその部隊の方が先に着くのではありませんか?
あなたが先にここへ辿り付けた理由がわかりません」
観鈴は、まだやはり慣れないのか、少し肩を狭めながら、
「第四部隊はその・・・、少し特殊な人たちで編成された部隊で、その半分くらいが空を飛べないの。
だから軍の人たちはアゼナ連峰を迂回しないとここまで来れなくて」
「そしてあなたは飛んできたから先に辿り着いた、と。・・・なるほど。それなら納得できます。・・・あと、もう一つ」
「はい・・・?」
「あなたは私の主様のために、と仰いましたが・・・、それはどういうことですか?」
観鈴はえっと、と前置きして、一拍。
「わたしは・・・、わたしは祐くんと約束したの。『例えどれだけ離れても、わたしたちは祐くんの味方だよ』って。
わたしにとって祐くんはとても大切な存在で・・・。だからわたしは祐くんに死んで欲しくない。
ここに来てなにができるかわからないけど・・・、でも、あそこでボーっとしていることはできなかった」
美汐は何かを考え込むようにして瞼を閉じる。そしておもむろに吐息一つ。
「・・・まぁ、主様の問題なら私が口を出す問題ではありませんね」
「にゃはは、みっしー話わかるー」
「さくらさん、その呼び方はやめてくださいと何度も言っています」
「にゃはは〜」
そんな美汐とさくらの掛け合いを見て一瞬キョトンと、次いで小さく笑い出す観鈴。
美汐はそっぽを向き、さくらはにこにこと笑う。
そんな面々を見渡し、杏は笑みを浮かべた。
―――良い場所よね、ここは。
クラナドとは大違いだなー、とか一瞬思う。
あそこもこうであれば良かったのに・・・。そうであれば朋也もきっと・・・。
そこまで思考し、杏は首を横に振る。
―――なにを考えてるんだろう、あたし。
いま考えるべきはそれではない。
・・・さっきの観鈴の言葉を思い出す。向かっているのはエア王国軍の第三部隊と第四部隊という、その言葉。
それに対しはぁ、と息をつき杏は天井を見上げた。
「しっかし・・・第三部隊に第四部隊とは。霧島佳乃に遠野美凪かぁ。・・・また面倒な連中が来るわね」
その杏の言葉に美汐が振り返る。
「知っているのですか?」
「ん? んー、まぁ、そこそこね。二年前のキー大陸合同武術大会で見たことあるってだけ」
「実力は?」
「遠野美凪は三位。霧島佳乃は一回戦負け」
「その霧島佳乃は弱いのですか?」
「そんなことないわ。純粋に相手が悪かったのよ。なんといってもうち、クラナドで最強と言われるあの天馬の坂上智代と戦ったんだから。
むしろ善戦した方よ。あれと戦って五分以上も戦えたんだから。
・・・でも、その智代も二回戦で負けてるのよねー。ワンの折原浩平に」
「折原浩平とは・・・ワンの国王の?」
「そ。そして二年前のキー大陸合同武術大会の優勝者。
すごいわよー。一回戦で上月澪、二回戦でその坂上智代、三回戦であたし、四回戦で川名みさき、ベスト8で美坂香里、準決勝で遠野美凪、決勝で川澄舞に勝ったんだから。
戦ったからわかるけど、正直あいつの強さは格が違う。事実あたしも含めて全員一分以内でKOされてるからね。
・・・って、いまは折原浩平の話をしているときじゃないわね」
杏は椅子を浮かせてギィギィと鳴らしながら、、
「霧島佳乃の戦闘スタイルは知らない。そんときはあたし控え室にいたし。・・・七瀬は? 確かあんたも一回戦負けでしょう?」
留美はその問いにムッとする。あまり触れられたくない過去だったのか、しかしいま話のバトンは自分に来ているとわかっているので、仕方なく、といった調子で、
「・・・いや。あたしは自分が負けたらすぐ帰ったから大会で誰が勝ったのかも知らなかった」
「そ。それじゃ・・・観鈴は?」
「わ、わたしはあんまり訓練とかのときは近付かないから・・・」
「というか近付かせないわよね側近たちが。とすると霧島佳乃は未知数、と」
「その言い方だと・・・遠野美凪の方はわかるのですか」
「ま、一応準決勝と三位決定戦は見てたしね。
準決勝はちょっと折原浩平が一方的過ぎてよくわかんなかったけど、三位決定戦の・・・対岡崎朋也戦ではよくわかったわ。
彼女の戦い方は接近剣技。しかも『居合い』と呼ばれる代物ね。まぁ、普通の居合いとは大分違うと思うけど・・・」
「どういうことです?」
んー、と考え込む杏。そしてやにわに美汐を指差して、
「美汐。あんた居合いって聞いたらなにを思い浮かべる?」
「そうですね。『刀』と呼ばれる流曲を描く片刃剣を腰に一本持ち、基本的には鞘に収めた状態で、その一瞬の抜刀で敵を切り裂く剣技・・・では?」
「博識ね。ま、普通の居合いはそうでしょうね。けど・・・」
ギィ、と音を鳴らして杏はテーブルに肘を突く。
「遠野の居合いは二刀流なのよ」
「・・・は?」
「居合いってスタイルは基本的に片手で鞘を固定して、片手で抜刀するスタイル。
けど、遠野流の居合いは鞘の固定はしない。片手で抜刀する。しかも両手で。
しかも普通の居合いよりはるかに速く、上手い。あの朋也ですら見切れないってんだから、相当の腕よ。
でしょ、七瀬? 確かあんたが一回戦で負けた相手って遠野美凪じゃなかったっけ?」
「・・・あんた、よくそんなこと知ってるわね」
「いや、っていうかあんたたちの戦いは注目されてたもの。獅子の七瀬VS鳳凰の遠野、って」
留美の表情が翳る。
周囲が勝手に盛り上がったあの対戦。しかし結果は留美の惨敗。そして周囲の者は勝手に留美に失望した。
それが・・・悔しい。
「今回の相手に遠野美凪がいるなら好都合よ。今度こそ、・・・倒す」
「・・・そ」
腰の帯剣の柄をギュッと握り締める留美の表情を一瞥し、杏は再び前を向く。
「まぁ、とにかくどっちも面倒な相手ということに変わりはないわ。
観鈴が飛んできたとはいえもう相手も近いでしょう。
どうするの、“代理”?」
最後の言葉を妙に強調する。それはちょっとした嫌味だろうか。だが美汐は表情を変えない。
「無論、相対します。敵ならば戦わなければなりません」
そう言って、美汐は観鈴を見やった。
その視線に気付いた観鈴はしかし、にははと笑って首を縦に振った。
わたしのことなら大丈夫、とその笑顔が言っていた。
美汐はほんの一瞬、唇を綻ばせると、
「行きましょう。街の外で向かい撃ちます」
オディロから進軍し、ちょうどエフィランズまでの道程を半分過ぎた頃、不意に先頭を歩いていた遠野美凪が歩を止めた。
「どうしたの? 遠野さん」
「・・・・・・気配が近付いてきます。しかも大軍の」
佳乃の顔に真剣な色が差す。
「まさか・・・敵?」
ゆっくり頷く美凪。佳乃は手を上げ全体に止まる指令を飛ばした。
そうして数十分。
地平線の向こうから、黒の壁が見えてきた。
ザッ、ザッ、と踏みしめる音を奏でながら、それはゆっくりと向かってくる。
大きくなってくるその姿に呼応するように武器を構え向かおうとする自軍に、佳乃は手を上げて静止を指示する。
「・・・なるほど。これは・・・カノンが梃子摺るわけだね」
「すごい力を感じる・・・」
ザッ、と一際高い音をたて、それ―――美汐たち祐一軍は止まった。
その距離、・・・およそ30mといったところか。
先頭から一人の少女がこちらに一歩を踏み出してくる。
「はじめまして。私は相沢祐一様よりエフィランズの街の守護を仰せつかっている天野美汐と申します」
「「・・・・・・」」
佳乃も美凪も感じていた。
この天野美汐という少女。ただ無造作に立っているようだが・・・、隙がない。
「・・・強いね」
小声で呟く佳乃に、美凪も小さく頷き返す。
「そちらはエア王国軍とお見受けしますが・・・?」
美汐の問いに、こちらは佳乃が一歩を踏み出し、
「そうだよ。あたしはエア王国軍第三部隊長霧島佳乃。こっちはエア王国軍第四部隊長遠野美凪さん。
・・・ところで、どうやってあなたたちはあたしたちがくることを知ったのかな?」
「そんなことは些細なことです。ある伝からそういう情報を手に入れただけのこと」
間。
美汐と佳乃の視線が強く交錯する。
「・・・我々としてはいまエア王国と戦う気はないのですがね」
「そんなことは関係ないよ。現にあなたたちはカノンだけじゃなくクラナドの王女を誘拐してる。もうどこだから無関係とかないでしょ?」
「それはどうでしょうか。あなたたちは我々が魔族だから、邪魔だから『狩る』:のでしょう?」
再び間。そして、
「・・・まぁ」
「どちらでも良いことですね」
二人は同時に苦笑。
「そうそう。どっちにしても戦うことには変わりないし」
「そうですね」
そうして両者は手を上げ、同時にその言葉を継げた。
「「攻撃開始!!」」
あとがき
ども、神無月です。
えー、VSエア、開催です。もちろんこの部隊の中にはオディロの残りの部隊も混じってます。
この戦いの行く末、どうなるかは次回をお楽しみに―――と、言いたいんですが、次回は祐一たちの方の話へと変わります。
では、また次回で。