神魔戦記 第三十四章

                 「エアの動向」

 

 

 

 

 

 陽射しが高い。

 大地は陽炎で揺らめき、風も無いとくればその暑さは推して測るべきだろう。

 だがそんな木漏れ日の下、木の幹に背を預け寝息を立てている少女がいる。

 少女は長い髪を地に晒し、背中から生える白き翼もたたみ、その顔を麦藁帽で隠しながらまるで暑さを感じないかのように寝ていた。

 着ているものは傍目に高価そうなドレスなのだが、少女はそんなものは気にしていないかのように動き回ったのだろう。所々が薄汚れてしまっている。

 すぅ、すぅと整った寝息は、まるで彼女の周囲だけ熱を取り去ったかのように涼しい感じ。しかも少女の周りには小鳥たちが羽休めに座っている。

 そんなのどかな光景。

「・・・・・・ん」

 少女が身じろぎする。つられ、麦藁帽子がふわりと落ちた。

「・・・ん、んん〜」

 突如として刺す日の光に顔を顰め、そしてそのままゆっくりと瞼を開く。

 最初に視界に入ったのは自分を取り巻く小鳥の群れ。その光景に少女は笑みを浮かべ、

「にはは。おはよう、小鳥さんたち」

 答えるように小鳥たちはピピピと鳴き、そして飛び立っていく。まるで休憩はもう終わりだとでも言わんばかりに。

 そんな小鳥たちを目で追いながら少女―――神尾観鈴はゆっくりと立ち上がり、んーと背筋を伸ばす。

「よく寝た。にはは」

 神尾観鈴。

 エア王国王位継承権第一位である神尾家の王女だ。

 だが、おそらく彼女が女王になることはないだろう。

 エアの現女王は彼女の姉である神尾神奈だ。神奈が結婚をし子供を生めば観鈴の王位継承権は消える。

 ・・・とはいえ、観鈴はそんなことはどうでも良かった。

 観鈴はそうして姉である神奈がいたせいか、ほとんど放任のように育てられたため王家としての自覚はかなり希薄だ。そのため城を抜け出すなど日常茶飯事で、こうしていまも王家の人間はよりつかないような場所で昼寝を楽しんでいた。

 ここは兵の宿舎。しかも・・・少々特異な兵たちの、だ。

 主に四番隊のメンバーが使っているはずだが・・・、

「あれ?」

 そこで気付く。いつもより音もなく、人の気配が少ないということに。

 怪訝に思いしばらく歩いてみると、

「ふぅ〜、ふぅ〜・・・わぷぷ!」

「あ」

 少女がいた。観鈴よりもさらに年下の、幼女と言ってもいいくらいの少女が。

 二つに結った赤い髪を揺らしながら、少女は一生懸命にシャボン玉を作っている。その光景は観鈴にとって見慣れた光景で。

「ミチルちゃん」

「あ、みす―――わぷぷっ!」

「わぁ!」

 息を吐いたところに名を呼ばれ少女―――ミチルは思いっきりシャボン玉を割らせて顔をてかてかにした。

 観鈴は駆け寄り、ハンカチを取り出すとミチルの顔を拭き始める。

「ごめんね、急に呼んだりして・・・」

「んに。いいよ、気配に気付かなかったミチルも悪いんだし」

 言ってミチルは自分の脇の地面を見る。

 そこにはシャボン玉セットと一緒に一振りの双剣が置かれている。

 それはミチルの永遠神剣である『第六位・救い』だ。

 言い直そう。彼女の名はミチル。―――ミチル=レッドスピリットだ。

 だからこの光景も本来は異様な光景。

 王家の人間である観鈴と、スピリットでしかないミチルがこのように会話をしたりするなど本来はあり得ないはずのものだ。

 だがそこが観鈴の観鈴たるゆえんだろうか。彼女は決して種族なんかで人を区別したりはしなかった。

 だから彼女はここの宿舎にいる。

 異質と言われる・・・四番隊の宿舎に。

 と、そこで観鈴はふとあることに気付いた。

「そういえばミチルちゃん、今日は遠野さんと一緒じゃないんだね?」

 ミチルといつも一緒にいる少女、四番隊の隊長でもある遠野美凪の姿がない。それは観鈴の知る限り、いまだかつてなかったことだ。

 だが、その問いに対しミチルは表情を落とし俯いてしまう。

「・・・ミチルちゃん?」

「んに。それが―――」

 

 

 

 広い空間がある。

 ただ真っ白で、中央には道のようにして続く赤い絨毯。天井には豪華な装飾の照明が点在し、壁にはいくつもの絵画がかけられている。

 言うまでもない。ここはエア城の玉座だ。

 そしてその空間の扉がバン、と大きな音をたてて開いた。

「ん?」

 その音に小首を傾けるのは最奥、長大な椅子に座り込む黒髪を垂らした少女だ。

 背中には純白の翼。しかし通常の神族よりも長く巨大なそれはどこか異質な雰囲気を纏っていた。

 その少女は玉座に入ってきた少女の姿を視界に納めると、笑みを持って、

「なんだ、観鈴か。どうした?」

 だが観鈴は答えない。そのままツカツカと進み出て、少女の目の前にまで迫る。

「お姉ちゃん、どういうことなの!?」

 観鈴にしては珍しく怒ったような口調でまくし立てる。その様子に少女―――観鈴の姉であり女王である神奈は一瞬驚きに目を見開き、

「・・・なんのことじゃ?」

「だから、カノンに派兵したっていう話だよ!」

 あぁ、と神奈は納得したように頷くと、

「一応な。会議でそう決まった。

 まぁ、余は別にカノンの揉め事に横槍を入れるつもりはなかったのだが、どうにも他の連中は神族としての誇りだの面子だのとうるさくて困る」

 やれやれ、と息をつく神奈。

 そんな神奈に観鈴は更に一歩を迫り、

「で、でもどうして第三と第四の混成部隊だなんて・・・?」

 第三部隊と第四部隊。

 第三部隊は霧島佳乃を、第四部隊は遠野美凪を長とした部隊だ。共に百戦錬磨の精鋭部隊だ。

「それも連中がうるさくての。どうにも魔族を目の仇にしていて・・・、根絶やしにでもしないと気が済まんようだ」

 さらにミチルが置いて行かれたのは、エアがスピリットを保有していることがまだ公にされていないかららしい。

 ある種の秘密兵器のような扱いでもある。このような戦闘ではさすがに使えないのだとか。

 それらを聞き、俯く観鈴。

 そんな観鈴を見下ろし、はぁ、と吐息一つ。椅子から腰を上げ、神奈はゆっくりと観鈴へと近寄るとその身体を抱きしめた。

「あ、え・・・? お姉ちゃん・・・?」

「観鈴。主は余が憎いか?」

「え、な、なんで・・・?」

「・・・相沢の血族のことを気にしておるのだろう?」

「!?」

「案ずるな。そのことを知っている者、気付いている者など・・・余と美凪くらいだろう。そして余も美凪もそんなことを他の者に言うほど口は軽くない」

 ポンポン、と背を打つ。落ち着け、と言うように。

 だから観鈴は強張った身体から力を抜く。

「まぁ、余も・・・な。本音ではあまりあ奴とは戦いたくないのだ。借りもあるしの。

 ・・・だがな、観鈴。余ももう女王。個人的な感情で動いて良い立場ではもうなくなっておる」

「・・・がお」

 ポコン、と小気味良い音が響く。

「い、いたい・・・。どうしてそういうことするかな」

「人が珍しく真面目に話をしているのだ。しっかりと聞け」

「う、うん」

 そんな観鈴の反応に神奈は笑みを浮かべる。優しい、姉の笑みを。

「しかし観鈴。主は違う」

「・・・え?」

「主は王女なれど、女王ではない。余がいる時点で、主が女王になることもまずないだろう。・・・それに、観鈴もそんなことはどうでも良いのだろう?」

 少し迷いながらも、頷く。

 迷ったのは本当はなりたいとかそういう意味ではなく、単純に・・・ここで頷いたら神奈の存在意義を否定してしまうような気がして。

 だが神奈にはそんな観鈴の心遣いもわかっていた。なんと言っても・・・二人は姉妹なのだから。

「ならば、行くが良い。観鈴」

「え?」

「主の行きたいところに行くが良い。主は・・・どこかに縛られていて良いような者ではない。主は自由に飛び立つその姿こそ相応しい」

「・・・お姉ちゃん」

「だが観鈴。これだけは覚えていてくれ。自由に生きるということは・・・それだけ責任を負うということだ。

 主の行動一つが、周囲を動かすこともある。そんなときに、後悔するようなことはするなよ。仮に泣きたいような場面になっても、それは主が自分で取った道。決して涙など流さぬようにな」

 頭を撫でられる。

 柔らかな笑みを浮かべるその様は、どこか神奈専属の侍女である裏葉にも似ていて。

 あぁ、と観鈴は思う。神奈は変わったな、と。

 昔は・・・それこそ観鈴と同じかそれ以上にわんぱくでわがままで・・・よく裏葉や柳也、さらには晴子にも怒られていたものだが、いまはどうだ。

 威厳といい風格といい、まさに女王のそれに相応しい。やはり国を背負うとこうも変わるのだろうか、と観鈴はその胸の中で考える。

「行きたいのだろう? ・・・祐一のところへ」

 今度はすぐに頷く。

 すると神奈は、なら、と前置きして、

「余の変わりに行ってこい。そして・・・自分の足で進んで行け」

 抱かれていた手が離される。

 観鈴はしばし名残惜しそうに顔を埋め、しかしすぐに身を起こし姿勢を正した。

 そんな観鈴を見て神奈は、

「だが心して置けよ。いずれ我等は―――」

 口を止める。その先は言葉にしなかった。

 それは観鈴が首を横に振っていたから。

 言わなくてもわかってる、そんな表情で・・・。

「わたしは・・・皆と一緒に手を取り合ってとか、そんな器用なことできないけど・・・」

 一泊の間。苦笑気味に、にははと笑いしかし、

「・・・でも、せめて一緒にいたいと思える一人の人だけは・・・命をかけてでも守って見せるよ」

 神奈は頷く。一度、二度と。そして顔を上げ、

「・・・さすがは余の妹。よく言った」

「にはは。ぶいっ!」

 笑みを持ち、観鈴は手を掲げる。Vサインで。

 だから神奈も答えた。同じくVサインで。

 それで終わり。二人は同時に背を向けて、一歩を踏み出した。

 同時に、しかしまったく別の方向への一歩を。

 だが二人の顔にはやはり同じ表情が浮かんでいる。・・・笑みの表情だ。

 だから二人は躊躇なくさらに進む。たとえその先に何があろうとしても、

「ばいばい、お姉ちゃん」

「達者でな、妹よ」

 二人はもう、突き進むまでだ。

 

 

 

 あとがき

 はい、神無月です。

 前の話の対比となるように今回は短い感じです。

 ま、とりあえずこれで次に祐一たちが戦う相手はわかりましたね?

 だがしかし。そうは簡単に話は展開していきません。それはどういうことかは・・・次回をお楽しみに。

 では、今回はこの辺りで〜。

 

 

 

 戻る