神魔戦記 第三十三章
「正義とは? 悪とは?(後編)」
景色が後ろに流れていく。
広大な草原を疾走する影は全部で六つ。
「気配を感じる。そろそろ遭遇するぞ」
他の面々よりわずかに前を行く祐一が言う。
それに皆は頷き、肩に力を入れた。
これだけの平原。遮蔽物などなく、隠れる場所も無い。故に奇襲などできるはずもなく、できることは正面突破のみ。
それがわかっているからこそカノンも仕掛けてきたに違いない。だが、
「見えた」
浩一の言葉通り、水平線の彼方に人が見えた。横にずらりと、二列編成でそれは立っていた。数にしておよそ二十人。だが怒号砲の姿は無い。
「魔術部隊、一番、二番、撃てぇぇ!」
掛け声と同時、辺りのマナが前方の敵の群れへと集いだす。
隠れる場所は無い。これほどの数の魔術なら回避も不可能。そう考えたのだろう。
だが、甘い。
「ここで時間を掛けるわけにもいかない。―――時谷!」
「わぁってるよ!」
呼ばれ、時谷が大きく飛び出す。それを視界に納めた相手はもちろん時谷に視線を集め、
「―――封印解除(、・・・魔眼解放(!」
それで勝負はついた。
悲鳴をあげる暇もない。なぜならその人間たちは一瞬で物を言わぬ石となったのだから。
それを見て、感嘆の声を上げる杏。
「石化の魔眼・・・。まさかこんなの使える奴がいたとは・・・ね」
「いまは一秒でも早く怒号砲を壊すのが先だからな。こんなところで時間はかけていられないだろう?」
「そりゃ、そうだけどね」
そう、時間はかけていられない。
ここに来るまでに既に六発、怒号砲が放たれている。
どれだけさくらと美咲が防げているかわからないが、そこは任せたのだ。いまは自分たちのしなければいけないことをする。
「本体もそう遠くはないだろう。・・・一気に攻め込むぞ!」
六人は石化した魔術部隊を乗り越え、そのまま突き進む。
そしてまた、一発の怒号砲が祐一たちの頭上を通過していった。
マリーシアは瞼を閉じてただ集中していた。
意識は自らの翼へ。
マリーシアは魔力の感知なんてできない。けれど、この翼はなぜか魔力に対して敏感だ。
そして次の瞬間、ピクリと羽が戦慄いた。
「・・・来ます!」
一気に瞼を開け、隣に立つさくらに視線を向ける。
「場所は?」
「・・・・・・この辺です!」
マリーシアの手元にはこの街の地図がある。その一点・・・中央より若干南よりの場所をマリーシアは指差した。
さくらはそれを見て、顔を顰める。
「駄目だ。そこじゃボクも美咲ちゃんも間に合わない・・・!」
マリーシアが魔力に気付いてから怒号砲が着弾するまではおよそ二十秒前後。
さくらと美咲が街の東西に分かれ、マリーシアの感知通りの場所に近い方がそこへ急行し結界を張って防ぐ、というのが最も効率の良い防衛だ。
だが、街とはいえ広い。しかもここはカノン王国の中でも二番目に広い街。さすがに二十秒では移動するにしても限度がある。
この街に放たれた怒号砲は全部で七発。そのうち二発は距離的に防御が間に合わず既に街に直撃している。
「っ・・・!」
唸るさくらの頭上を越え、怒号砲が降り落ちる。それは轟音と爆発となって建物を消し飛ばし地を揺らした。
「お願い。早くしてね、祐一・・・!」
歯噛みして呟いたさくらは、再び来るであろう怒号砲のためにマナを掻き集めるのだった。
カノン軍オディロ在中部隊の半数をつぎ込んだこの部隊の隊長である男は、怒号砲の横で組み立て型の椅子に座り満面の笑みを浮かべていた。
「実に愉快だな。これだけの距離から一方的に攻撃ができるなど・・・。技術というのも素晴らしい」
「はい。これさえあれば魔族も怖くありません」
「ふはは。まったく副長の言うとおりだな」
二人だけでなく、怒号砲を守備する全ての兵士は同じ考えだった。
相手が手が出せない距離から強烈な攻撃を浴びせることのできる兵器。これさえあればなにも怖くないと、・・・そう思っていた。
「次弾装填、よーい!」
「はっ。装填、急げ!」
怒号砲の近くには、魔力を使いすぎてへばった魔術兵が数十人倒れ付している。それをどけて、再び別の魔術兵が五人、発射装置に手を翳し始めた。
「―――魔力は集いて飛ぶ―――」
呪(いが読み上げられる。
呪具、というのはそのまま名のとおり呪(いを込められた道具のことだ。
内包された呪(いは、その効果を読み上げられることによって、そして使用者の魔力を糧としてその効果を発揮する。
・・・この怒号砲。唯一の欠点は使用する魔力量が半端じゃないということだ。
しかしそれがわかっているからこそ魔術兵を八十人も連れてきたのだ。怖いものなどありはしない。
怒号砲に魔力が収束していく。そうして再びその一撃が放たれようとした―――その瞬間、
「あ?」
上を見上げていた兵士が間抜けな声をあげる。それにつられて空を見上げた兵士連中の顔が・・・青褪めた。
「う、うわぁぁぁ!」
空から、・・・暗黒の矢の雨が降ってきたのだ。
「なんだ、なにごとだ!?」
「敵襲! 前方より敵接近!」
「なんだと!? 数は!」
「目視できる範囲で・・・・・・六!」
舌打ちし、隊長は立ち上がる。剣を抜き、
「応戦せよ! 敵の狙いは怒号砲だ! 近付かせるな!」
「魔族とはいえ敵は六人である。恐れるな、我等の勝ちは見えている!」
隊長、そして続けざまに副長の声が響き、兵士たちの混乱がすぐさま収縮する。
兵士は各々得物を手に構え、
「魔族など、この国から追放せよ!」
突っ込んだ。
祐一たちは向かってくる兵士の群れに、臆することなくその身を突っ込ませた。
乱戦になる平原。
だが・・・傍目から見ても押しているのは祐一たちの方だった。
その中、杏の周囲のみ少し趣が違う。
カノン兵は杏の姿を見て驚愕し、動きを止めているのだ。
しかし無理もない。なぜなら杏はカノン軍側からすれば味方であるはずのクラナド軍の紋章が刻まれた鎧を着ているのだから。
ちなみに、杏はこうなることがわかっていてわざとこの鎧を着てきた。
「クラナドが魔族の味方をしている・・・?」
「そうよ。クラナドはカノンを見限ったの」
呟きのように漏れた兵士の言葉に杏は平然と言い返す。その言葉にカノン兵は愕然とする。
杏はその反応に心中で笑みを持った。・・・もちろんそんなものは嘘である。
戦いとは、肉体戦だけでなく精神戦でも抜かりなく。そうすれば少ない労力で屠ることができる。それが杏の―――否、藤林の戦い方だった。
「いよっと」
その隙を逃さず、杏は右手を振りそのスナップで手首の裾から手にすっぽりと収まるほどの小槌のようなものを出す。
「あたしの呪具は、トゥ・ハート王国にその人ありと謳われる呪具作りの天才、小牧姉妹の作ったものよ。効果は・・・お墨付き」
それは、杏の持つ呪具の一つ。名を大黒庵。そして、
「―――大きくなる―――」
呪(いを読み上げられ、それは込められた呪(いを発現する。
一瞬の輝きと共に、掌ほどしかなかったその槌は見る見る大きくなり、・・・それが止まる頃には杏の身長すら越していた。
「そんなもの振り回せるはず―――っが!?」
言い終わることなく、その兵士は吹き飛ばされた。
杏は大黒庵を軽々と振り回し、
「あ〜ら、ごめんなさい。これこう見えて重さはさっきの小さいときのぶんしかないの」
舞う。
軽やかに弧を描く大黒庵は、しかし大地を割り砕き兵士の鎧や剣すらも打ち砕いてなお止まらない。
杏が大黒庵を二、三回振り回すだけで周囲の兵士は軒並みいなくなっていた。
「『火炎球(』!」
そこへすかさず大量の魔術が杏に向かって放たれる。だが、
「あま〜い」
杏はそれに対し大黒庵を振りかぶり、
「大きくするのは・・・なにも図体だけじゃないのよ!」
一閃。
「―――大きくなる―――」
呟きと同時、大黒庵の一撃が火炎球を直撃し、それを跳ね返した。―――火炎球を五倍ほどの大きさにして。
「「なっ!?」」
「かき〜ん、てね♪」
直後、爆発が平原を焼いた。
その威力は火炎球のレベルではなく、既に上級魔術のそれに近い。
戦慄するカノン兵を杏はぐるりと一瞥し、
「とりあえず祐一に良いところ見せないとね。それに・・・あんたたちのやり方、ムカつくし」
跳んだ。
「ていっ!」
そして凶悪な鉄槌が大地を薙いだ。
杏によって開いた道を五人が疾駆する。
群がる敵兵をなぎ払いながら先頭を突き進む浩一は瞳だけを祐一に向け、
「このままじゃまた撃たれちまう。・・・祐一。俺と七瀬で怒号砲へ向かう」
「わかった」
良い判断だ、と祐一は頷く。
浩一と留美は典型的な近接対単体戦タイプ。この手の乱戦の場合若干戦力としては劣るだろう。そこを祐一と鈴菜ならば複数人戦闘ができる。
なにより浩一と留美は祐一軍でも一、二を争う攻撃力を持つ者たちだ。どれだけ怒号砲が頑丈であろうと、この二人なら壊すことができるだろう。
時谷は既に石化の魔眼も使ってしまったし、それに攻撃力は二人より劣る。
そうなれば必然的に浩一と留美が怒号砲へ、残りが兵士を相手にするという図式が成り立つ。
「いくぞ、鈴菜」
「わかってる!」
だから祐一は鈴菜を伴って前に出る。
そのまま鈴菜は魔力で複数の矢を形成、それらを一気に弦で絞り―――、
「連黒射!」
放つ。
射られた漆黒の矢は全部で十三本。一本一本が高密度の魔力で形成されているそれは特殊加工された鎧すらも紙のように貫通する。
前方の敵が一掃され、道ができる。だが、
「『月からの射手(』!」
さらにその道を広げるように、上空から光の放流が大地を焼く。
「いまだ、浩一、留美!」
兵士たちの間に道が開く。浩一と留美はそこを疾走し、それを見つけた。
「あれが怒号砲・・・」
留美の視線の先、そこには高さにして人二人分、奥行きはそれの二倍という巨大な大砲が見えてきた。その砲身はとにかく太くて長く、砲口から人をつめれば六人は軽く入れるのでは、と思えるほどだ。
「させん!」
阻むように、二つの影が立ちはだかる。
雰囲気から、その相手がこの部隊での指揮役というのがわかった。
「俺があいつらの相手をする。その間に七瀬は怒号砲を」
「・・・わかった!」
留美はその男たちを避けるようにして左側へ迂回する。
それを阻止せんとその二人が足を向けたが、その前に浩一が立ちはだかった。
「お前たちの相手は俺だよ」
その声を既に後ろに聞きながらも、留美は足を止めない。
魔力の感知に疎い留美ですらわかる。怒号砲のチャージは既に完了されている。いつでも撃てる状況なのだ。
だが、させない。
これ以上、あんな行為をさせるわけにはいかない!
近付けさせまいとする兵士たちを切り払い、剣を肩に担ぐように構え意識を集中する。
荒ぶマナ。剣に集いその刀身が赤へと変色すると、留美は一足飛びに跳躍した。
眼下。見えるのはとてつもなく巨大な砲身と、それに魔力を注ぐ魔術兵。そして他の兵士。
そこに向かい、留美は渾身の一撃を振り下ろした。
「―――獅子王覇斬剣!」
そして、崩壊が来た。
大地が砕け―――否、押し潰される。
岩も、草も、なにもかもがめり込むように大地に沈む。魔術兵も、一般兵も、・・・怒号砲も。
・・・獅子とは大地を司る、地上の王たる存在。
その名を継ぐ七瀬の技は猛威を振るう獅子の如く―――ただ凶悪なほどの一撃必殺。
獅子王覇斬剣。収束したマナを一気に開放し、その歪みによって重力を強制的に倍化させる技。
それは留美を中心に一定範囲にまで及び―――故に回避、防御共に不可能。
対魔術対物理特殊加工呪具の装甲で作られた怒号砲もさすがにこれには耐え切れず、断続的な金属音を鳴らしながら部分部分を陥没させてゆっくりと押し潰されていく。
そしてその崩壊が止んだ後、・・・留美の周囲には何一つとして残されていなかった。
その様子は、近くで戦っていた浩一たちにももちろん見えた。
「怒号砲が!?」
驚きにそちらを見やる者・・・会話からしてこの部隊の副隊長であるその男が見せた隙を、浩一が見逃すはずも無い。
「どこ見てやがる」
「!」
接近、そして破砕。
副隊長の身体はその鎧ごと貫かれ、赤を撒き散らしていた。
「副長!?」
「た・・・いちょ・・・」
的確に心臓を打ち抜いた。鼓動は遠くなり、すぐさまそれは死へと向かう。
その身体を腕についた血ごと振り払うように投げ捨て、浩一は隊長を見た。
「これでお前たちの負けは確実だ。・・・とっとと尻尾を巻いて逃げ帰れ」
「そんなことはできん! ここまでコケにされて・・・どの顔を下げて王都に戻れようか!」
振り抜かれる剣撃を、避けながら浩一は顔を怒りに染め上げ、
「それだけの意地が、誇りがあるなら・・・なぜ正々堂々と戦わない!」
思い出す。
「なぜ犠牲を仕方ないとすぐに切り捨てる!?」
神社で、無理やり祭り上げられ封印の巫女として一人その責務をこなし疲弊した鈴菜を。
「なぜ弱い者に対してそこまで無慈悲でいられる!?」
狭くて暗い牢屋の中、鎖に繋がれ焦点を失った水菜の姿を。
唇を噛む。
「そんなお前たちがいるから、憎しみが生まれるんだろうがっ!」
踏み込む。
横から来る斬り返しを身体を下げて避け、そのまま起こす反動で腕を振り上げる。
「がぁっ!?」
鈍い音と同時、背中から突き出る拳。
貫いた部分から滴り落ちる血を浴びて、
「・・・消えろ。お前たちのやり口は気に食わない」
浩一は振り下ろしに地面を穿った。
木っ端微塵になった男を見下ろし、浩一は背を向ける。
―――あれなら、苦痛も無かっただろう。
そうやって殺したのは・・・最後には誇りを取った男に対するせめてもの手向けだったのかもしれない。
オディロの半数の兵士を使ったこの部隊は、さらにその半数をこの戦いで失った。
残った者は怒号砲が破壊されたとことを知ると、オディロに逃げ帰ったのだ。
・・・こうして怒号砲は破壊され、祐一たちはとりあえずの勝利を収めたのだった。
あとがき
どもども、神無月です。
今回は若干長めになってしまいました。そのせいで少し時間がかかってしまったわけですが・・・(汗)
さて、お次はあのエア王国が動き出します。
いよいよAIRのメンバーも出ますので、お楽しみに。
では、またいつか。