神魔戦記 間章  (三十三〜三十四)

                  「あゆ」

 

 

 

 

 

「はぁ・・・」

 吐息がその部屋に響き渡る。

 そこはベッドで仰向けになっている少女、月宮あゆの地下迷宮における個室である。

「はぁ・・・」

 再度、吐息。

 寝返りをうち、あゆは壁に立てかけてある自分の愛具を見やる。

 そこにあるのは魔槍『グランヴェール』。世界で十四つしかない最強の部類とされる武具・・・神殺しだ。

「・・・だけど、駄目だね」

 思うことは、そう、ただ一つ。

 ―――ボクって弱いなぁ。

 最近はそればかりを考える。

 昔は・・・昔は良かった。敵はさほど強くも無く、自分も皆と肩を並べて戦うことができたのだから。

 だが、ここ最近は違う。あゆは・・・自分の弱さを実感していた。

 まず最初にそれを感じたのは時谷と戦ったときだ。そして秋子と戦ったときも。

 ・・・だが、それはまだ言い訳ができた。敵が強すぎたんだ、と。皆も同じように戦えなかったのだと。

 しかし、それもあのシズクと戦った瞬間に崩壊した。

 皆、戦えていた。シズクと同等・・・いや、それ以上に。しかし自分は・・・あの戦闘に介入できなかった。

 レベルが違う。あの戦いに身を投げたら、おそらくやられていただろう。

「・・・グランヴェール」

 自分には神殺しであるグランヴェールがある。しかし、それだけだ。

 戦場にいたからこそ、わかった。皆との、力の差を。

「ボクって・・・足手まといじゃないかな?」

 だから今回も外されたんじゃないか、などと思考は暗いほうへと進んで行く。

 ・・・どうしようか、と思う。

 このままここで燻ってても仕方ない。そうは思っても、しかしいったいなにをすれば・・・、

「・・・あ」

 ふとある簡単な事実に思い至り、あゆはガバッと勢いよくベッドから起き上がった。

「そうだよ。強くなれば良いんだよ」

 どうしていままでこんなことに気付かなかったのだろう。

 足手まといになるのなら、ならないように強くなれば良い。しかし問題は・・・、

「でも、どうやって強くなれば良いんだろう・・・?」

 強くなると一言で言っても、簡単にはいかない。自己流で強くなるのももう限界だろう。とすると、

「誰かに習う?」

 でも誰に、と思案したとき閃いた。

 いる。

 教えるのが上手そうで、そして都合の良い相手が。

「・・・うん!」

 思い立ったが吉日と言わんばかりに、あゆはベッドから降りるとグランヴェールを持って部屋を飛び出した。

 そしてしばらく通路を走り、いくらかの角を曲がったとき、その相手の背中を見つけた。

「美汐ちゃん!」

 呼び声に気付き、少女―――美汐がこちらを振り返る。

 天野美汐。あゆと同じく槍を武器として使う少女で、また扱う魔術も似ている。教わるならこれほどの適任はいないだろう。

 その肩をがしっと掴み、あゆは顔を突き出すようにして、

「ボクに戦い方を教えて!」

「・・・・・・は、はい?」

 美汐はただ唖然と瞬きするだけだった。

 

 

 

「・・・なるほど。そういうことですか」

 用件を捲し上げるように語ったが、美汐は嫌な顔せずしっかりと聞いてくれた。そして一つ頷き、

「まぁ、いいでしょう。どうせ異常事態にでもならない限り私も暇ですし。しかし―――」

「え?」

 了承の返事を聞いて歓声をあげようとしたあゆが、動きを止める。、

「その前に一つ、質問に答えてもらえますか?」

「・・・えっと、なに?」

 一拍。

「あゆさん。あなたはどうして強くなろうとするのです?」

「それは皆みたいに役に立てるように―――」

「すいません。質問がわかりにくかったですね。私が聞きたいのはそうではなく、どうしてそこまで戦うのか、とそういうことです」

「―――」

「あゆさん。あなたは昔から主様の近くにいましたね。それは・・・異性として主様が好きで、そのために共に戦っているのですか?」

 問いにあゆは一瞬沈黙し、しかしゆっくりと首を横に振った。

「ううん、違うよ。もちろん祐一くんのことは好きだけど、でもその好きは異性としての好きじゃなくて・・・そう、たとえるなら兄妹の好き・・・かな?」

 あゆは少し肩を下げながら、

「ボクはね、皆よりもずっと長く祐一くんを見てきたよ。だから・・・祐一くんの苦しみも、辛さも一番わかってるつもり。

 だからね、ボクは・・・祐一くんに幸せになってほしいんだ。祐一くんのために戦いたいんだ。

 祐一くんは頭が良いから、きっと間違ってない道を選択すると思う。だからボクはたとえ祐一くんがどんな道を取ったとしても着いて行くの。

 だからボクは強くならなきゃ。足手まといにならないように・・・。助けてあげられるように」

 ゆっくりを顔を上げ、あゆは笑顔でそう答えた。

 美汐はしばらく沈黙すると、

「・・・なるほど。その直向さは、そういうことですか」

「え?」

「いえ、なんでもありませんよ。では訓練場に移動しましょう」

「あ・・・、うん!」

 

 

 訓練場の壁には火が灯され、中央には向かい合うように二人の人影が浮かび上がっている。

 もちろん美汐とあゆだ。

 あゆは周囲を見渡し、

 ―――もうしっかりと直ってるんだ。

 ここに来たのは秋子軍が地下に攻めてきて・・・そしてここで時谷と相対したとき以来。

 最近ではさくらの教えの下、美咲や栞が使っていたようだが。

 視線を前に戻す。そこでは美汐が自分の槍を持ち、立っている。

「まずはあゆさんの実力を見たいので、私と戦ってみてもらいます」

「え、でも・・・」

「必要なことです。遠慮は要りません。神殺しの能力を使用してもかまいません。とにかく全力できてください」

 美汐の表情はいたっていつも通りだ。だからあゆも頷き、

「・・・わかった。いくよ!」

 返事と同時、あゆはグランヴェールを構えると翼をはためかせ一気に前に飛翔した。

「いやぁ!」

 正眼に構え、突く。だがそれを美汐は槍の柄でそれを弾く。

「このぉ!」

 弾かれた衝撃をそのままに空中で一回転。続けざまに攻撃を放つが、それも柄でいなされる。

 二度、三度と攻撃を放つが、一撃たりとも届かない。全ては弾かれ、いなされ、受け流されてしまう。

「なら・・・!」

 ギィン、と甲高い音を残してあゆは後退。そのまま詠唱をし、放つ。

「『光羅(ヴェイト)』!」

 向かう三本の光の矢は、しかし魔力付与された槍の一振りによって消し飛ばされた。

 くっ、と喉を鳴らせ、あゆはグランヴェールを正面に構え直す。

「こうなったら・・・! グランヴェール! 第二形態!」

Ok. Granvale standby

 先端の刃が割れ、一筋の光が漏れ溢れる。強大な魔力に溢れた、鋭い光が。

Granvale transpose second form ――― complete!

「魔力展開! 掃射、一斉射撃!」

Consent. Magic development, maintenance, and rising beginning

「『光羅(ヴェイト)』!!」

 再度光の矢が放たれる。だが、それは先の比ではない。

 その数三十三本。その一撃一撃に込められた魔力も先の三倍はあるだろう。

 飛び荒ぶ光の矢雨。だが美汐は表情すら動かさず、

「・・・・・・」

 むしろどこか冷めた表情でそれを眺めていた。

 迫る光の矢に対し、美汐はただ槍の中心に手をかけ風車のように回す。それだけで全ての光の矢は完全に弾かれていった。

「うそ・・・!?」

 愕然とするも、あゆは気を取り直しグランヴェールを構え突っ込む。

「えぇーい!」

 渾身の一撃。しかしそれはすんなりと受け流され、

「・・・そろそろ終わりにしましょう」

 瞬間、腹部に衝撃。

 それはカウンター気味に打たれた柄先での一撃。

「・・・かはっ」

 それだけであゆは身体を沈みこませ、膝を突いた。その首に、ひやりとした感触。・・・それは美汐の槍の刃。

「勝負あり、です」

 言い、槍を放す美汐。

 あゆはそれをただ見上げることしかできない。

 ―――完敗、だよね。

 最初から勝てるとは思わなかったが、まさか一撃も当てられないとは思いも寄らなかった。

 ・・・これが実力の差、ということなのだろう。

「立てますか?」

「う、うん。・・・なんとか」

 グランヴェールの変形を解除し、槍を杖代わりにしてなんとか立ち上がる。

「・・・で、どうだったかな?」

 問いに、美汐は大きく溜め息を吐き、

「・・・正直、失望しました」

「え・・・?」

「はっきり言いましょう。あゆさん。あなたは主要メンバーの中では最も弱い」

 躊躇いなく放たれた言葉に、あゆは肩を震わせる。

「気付いていましたか? 私は技も魔術も空間跳躍も使わず・・・そしてこの場から一歩たりとも動いていないということに」

「・・・あ」

「それだけ私とあゆさんでは実力の差があるということです。

 あゆさん単体の能力はあのシズク兵より劣ります。超魔術を覚え始めた栞さんの方がまだ強いでしょう」

 良いですか、と前置きし、

「まずあなたの槍術は素人同然のレベルで、動きがめちゃめちゃです。

 いくら神殺しの補助があるとはいえ、あれは単なる力押しです。多少でも武術に精通しているものならいくらでもいなせます。

 それに魔術も。下級魔術の詠唱に二秒半もかけるとはどういうことですか。さくらさん・・・・とは言わずとも栞さんでも一秒かからないのですよ?」

「うぐぅ・・・」

「いままであなたが生きていられたのは単に神殺しの力あってこそだということをお忘れなく。、

 ・・・いえ、なまじ神殺しの力があったからこそこれだけの実力しかないのかもしれませんね」

 まだ覚醒していないとはいえ、神殺しの能力は偉大だ。

 単なる力押しでも、相手によっては勝てるだろう。だからこそ、あゆは力をつける必要がなかった。

「しかし、覚えて置いてください。あなたは弱い。このままならそう遠くない未来に命を落とすでしょう。

 ですがこれは戦争。一人の死はその者だけでなく周囲にも影響を与えかねませんし、足手まといにもなりかねません。

 だから強くなってください。槍は私が教えます。魔術は美咲さんや栞さんと一緒にさくらさんから学んでください。良いですね?」

 あゆは頷く。しっかりと。

 美汐の最弱宣言に打ちのめされた部分は多々あれど、でも、と思える自分がいる。

 ―――でも、自分の実力がどの程度なのかわかることは大切なことだよね。

 守りたい者がいる。戦ってでも知らしめたいことがある。

 だから・・・強くなる。

「お願い、美汐ちゃん。ボクは・・・もっと、もっと強くならなくちゃ」

 美汐も頷く。

「あ、いたいた!」

 それと同時、第三者の声が訓練場に響き渡った。

 二人が声に振り返れば、そこにいたのは名雪だ。しかも・・・どこか慌てた様子の。

「どうかしたんですか?」

 近付いてきた名雪に美汐が声をかけるが、それに対し名雪は眼前にある紙を差し出した。

「大変なんだよ! これ!」

 そんな名雪に首を傾げつつも、美汐とあゆはその紙を見やる。

 そこには三行ほどの文章が書かれていた。そこには・・・、

「「―――!?」」

 二人の表情が驚愕に揺れる。

「・・・まさかこんなことが」

 その紙を握り潰し、顔を怒気に揺らす美汐。いつもの彼女を知る者なら、彼女が怒るという事がどれほど珍しいかわかっただろう。

 だからその紙に書かれていたことは、それだけのことということだ。

「どうするの・・・?」

「私は空間跳躍でエフィランズに向かい、このことを主様に報告します。お二人はここで待機を」

「そんな・・・!」

「良いですか、あゆさん。主様が我々をここに残したのは敵が来るかもしれないからです。皆でここを離れてしまってどうするのです?」

 いまだ文句を言いたそうなあゆだが、その肩をポンと叩く名雪の前に渋々と下がった。

 そんな二人に頷きを返し、

「あとは頼みますよ」

 そしてその姿は一瞬で消えた。

「・・・大丈夫かな?」

「平気だよ。祐一なら・・・」

 心配そうに呟くあゆに名雪は微笑みかけ、二人はただ美汐の消えた虚空を眺めていた。

 

 

 

 あとがき

 ども、神無月です。

 さて、間章あゆ。いまだ発展途上の彼女はこれからどんどん強くなっていきます。

 ・・・まぁ、それもしばらくはお預けですがw

 さて、最後に出てきた紙。その正体は・・・三十五章にて明らかに。

 では、お楽しみに〜。

 

 

 

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