神魔戦記 第三十二章

               「正義とは? 悪とは?(前編)」

 

 

 

 

 

 エフィランズの街は静けさに満ちている。

 エフィランズに祐一たちが来て既に三日。道の往来に人の姿はなく、これがあの活気に満ちていたエフィランズとは到底思えない。

 そのエフィランズの道を一人歩く祐一はそんなことを考えていた。

 ここは昔・・・まだ母が健在の頃に来たことのある街だ。

 ・・・あまり思い出したくはない過去だ。思い出せば、また黒い感情に飲み込まれるから。

 しかし、その思考に逆に疑問が浮かぶ。

 ―――黒い感情に飲まれて、いけないのか?

 なぜかそうなってはいけないような気がする。そんな気がするのは・・・、

「あいつのせい・・・なのかもな」

 思い浮かぶのは、水の修道女の笑みの表情。

 だがここで気を抜くわけにも行かない。既に戦いは佳境になろうとしていて、敵との決戦もそう遠い話ではないのだから。

「・・・ん?」

 声がする。些細な話し声だが、それはこのあまりにも静かな街には妙に響いた。

 その声に歩を進めてみれば、そこは小さな広場。・・・おそらく子供の遊び場として作られたのだろう。

 中央。砂場の近くのベンチには数人の人影があり、中でも真ん中にいる人物は祐一の知るところだった。

「マリーシア、か」

 黒い翼を生やした少女、マリーシア。だがその表情は祐一の見慣れた弱々しいものではなかった。

 笑顔だ。

 周囲にはエフィランズの子供たちだろうか。物珍しそうにマリーシアの黒い翼に触れては感嘆の声を上げている。

 ・・・平和な街だったんだな、と祐一は思う。

 通常子供と言えど人間族は魔族を嫌悪するものだ。それは幼少の頃から親から魔族のことを悪く聞かされるからだが・・・、それがないということこそこの街がいままで魔族の脅威を受けず、その必要性が無かった証拠だろう。

「あ・・・、祐一さん」

 マリーシアのどこか慌てたような声。怒られるとでも思っているのだろうか、その表情はみるみる萎んでいく。

 それに祐一は苦笑し、小さく片手を上げるに留めた。

「この人だれ?」

「あ、あ、この人なんて言っちゃ駄目だよっ」

「え、なんで? この人はぼく知らないもん」

「あ、えっと、だからね、その・・・」

 慌てふためくマリーシア。その仕草がやけに面白くて祐一はつい噴出してしまった。

「え、え、ゆ、祐一さん?」

「あぁ、すまない。つい、な・・・。まぁ、そう気にするな。子供の言うことだ」

「は、はぁ・・・」

 きょとんとするマリーシア。そんな顔にまたも笑みが浮かびそうになるが、さすがにそれは堪えた。

「あぁ!」

 不意に切り裂かんばかりの悲鳴。振り向けば、そこには愕然とした表情の中年の女性が立っていた。

「あ、おかーさん」

「あ、あ、・・・す、すぐにこっちに来なさい! 早く! 他の子たちもっ!」

「えー、なんで?」

「おねーちゃんの羽すごく柔らかくて気持ちいいのに・・・」

「いいからっ!!」

 ぶーぶー文句たれる子供たちではなく、女性の目は祐一とマリーシアを見ている。瞳に映る感情は、恐怖、嫌悪・・・。

 祐一はマリーシアを見た。

 表情は・・・苦笑。

 ―――仕方ない、と思ってはいるが寂しさは拭えない、か。

『あなたはどうしていつもそんなに寂しそうなのですか?』

 不意に栞の言葉が思い出される。

 ―――俺もあんな顔だったんだろうか。

「つらいか?」

 マリーシアに近付いた祐一はそっと、女性や子供たちに聞こえないように呟く。

 一瞬の間を置き、マリーシアは首を振った。横へと。

「・・・全然つらくないわけじゃありませんけど、でも仕方の無いことだと・・・、そう思えるようにはなりました・・・」

「そうか」

 嘘だな、と思う。・・・それくらいは誰にもわかるだろう。

 確かに多少仕方ないと思えるものもあるだろう。だがマリーシアは自分と違いれっきとした人間族。寂しさも一入だろう。

「ばいばい、おねーちゃん」

「またねー」

 手を振る子供たちにマリーシアは女性のことを考慮してか手を振らずに笑みだけで返答した。

 そんなマリーシアを横目に見ていた祐一は、その不意な反応にすぐ気付いた。

「マリーシア・・・?」

「・・・な」

 突如マリーシアは立ち上がり空を見る。

「・・・なにか、来ます!」

「なにか? なにかとはなんだ?」

「わかりません! けど、けど私の翼が戦慄くんです! 危ないって!」

「だからなにが―――っ!?」

 その瞬間、感じた。

 ・・・こちらに超高速で飛来する、強大な魔力の波動を。

「っ!」

 魔力を感じる方向の空を見やる。だが視認できない。それだけ離れてる。だが―――、

「ちぃ!」

 祐一は咄嗟に地を蹴った。

 魔力の波動・・・急速に接近する気配の流れを読み落ちてくる予想点を考えると、少し離れてしまったあの母親と子供たちのいる場所に当たる!

「ひぃっ!?」

 いきなり鬼気迫る表情で近付いてくる祐一に気付き、女性が恐怖の悲鳴を上げる。

 だがそんなことに構っていられない。祐一は高速で詠唱をし、心中で舌打ちする。

 ―――第四小節までは無理か!

 仕方無しに第三小節までで術を完成させる。子供たちを背に庇うように立ち、祐一は魔術を展開した。

「『暗落の断崖(ルーガス・クリフ)』!」

 翳した腕から魔力が展開し、暗黒の盾が出現する。

 半瞬遅れて、上空から去来した魔力の塊がそれにぶつかり唸りを上げた。

「ぐぅっ!?」

 あまりの密度の重さに、思わず呻き声が出た。

 その魔力密度、破壊力に換算するならばさくらの灼熱の烈火すら上回る。

 発動した暗黒の盾に増加で魔力を注ぐも、明らかに押されている。

「・・・ならば!」

 祐一は左腕を盾に掲げたまま、詠唱を唱えだす。残された右腕に集まるマナ。

「!」

 ガシャアンという破砕音と同時に盾が耐えられずに砕け散る。

 殺しきれなかった魔力の塊はそのまま祐一たちを飲み込もうとして・・・、

「『猛る閃光(グ・グランデ)』!」

 右腕から放たれた光の上級魔術がその一撃を相殺した。

「祐一さん!」

「祐一!」

 声は栞と杏のものだ。振り向いてみればその後ろには他の連中もいる。

 きっといまの魔力の波動を感じ急いで駆けつけたのだろう。

「いまのはいったいなんですか!?」

「わからない・・・。だが、攻撃であることは確かだな」

 栞に答える祐一。そこに杏が一歩を近寄り、

「いまの・・・、もしかしたら怒号砲かもしれないわ」

「怒号砲・・・?」

「うん。呪具の一種で・・・まぁ、端的に言うなら複数人の魔力を消費して圧縮した魔力の塊を超遠距離まで撃ち出す大砲のこと。

 威力も高くて、対城戦で使うような兵器だけど・・・、あいつらきっとこの街ごとあたしたちを殺す気なのね」

「魔族の命が取れれば街の人間の命なんかいらない、か」

「カノンもとことん腐ってるわね。・・・ま、クラナドも他所の国言える立場じゃないけど。・・・でも、これではっきりしたわ」

「・・・なにが、ですか?」

 首を傾げる栞に、杏は人差し指を立て、

「怒号砲はね、本来トゥ・ハート王国の技術なのよ」

「!?」

「威力も低いし再現率は低いみたいだけど・・・。でもここまでできれば十分でしょ。

 祐一には言ったわね? 以前カノンでなにか実験が行われている、って」

「あぁ」

「祐一のことだから知ってると思うけど、カノンに大した技術力はありはしない。けどエアやクラナドが投資するだけの実験・・・。矛盾よね?

 ならどこからそんな技術力が? ・・・答えは簡単。他国から奪ってきたのよ」

 杏は吐息一つ。

「以前からね、裏ではカノンのスパイ疑惑は囁かれてたけど、実態は掴めていなかった。でもここに怒号砲モドキがあるってことは・・・」

「実際にスパイ活動は行われていた、ということだな」

「そういうこと」

「杏。その怒号砲とやら、連射はできるのか?」

「詳しいことまではわからないけど、でもそうそう連射はできないはずよ。しかも再現率がこの程度ならおそらくもっと」

 祐一は頷き、女性と子供たちのほうへ振り向いた。

 女性はなにに驚けばいいのかわからないといったような呆けた表情で、子供たちはどこかヒーローを見るような眩しい表情でこちらを見ている。

 祐一はその座り込んでしまった女性へと向き直り、

「おい、この街に避難用の地下空洞みたいなものはあるか」

「あ、え・・・」

「あるのかと聞いている!」

「あ、あります!」

 一度頷き、

「なら他の奴も呼んで避難しろ。その間の時間稼ぎは俺たちがやる。―――栞」

「はい」

「お前は街の者を避難させつつ怪我人の治療を」

「はい」

「美咲とさくらはマリーシアと共に怒号砲に対する防御を頼む」

「それはいいけど・・・、どうしてマリーシアちゃんも?」

「どうやらマリーシアは魔力の感知に関しては俺やさくらよりも優れてるらしい。高速で飛来する攻撃が相手な以上、コースの発覚は早いほうが対処できる。・・・いけるか、マリーシア?」

 マリーシアは、え、と呟き一歩後ずさる。けれどマリーシアはそこで踏みとどまり、なにかを思い直すように自分の手を握り締めると、強い瞳で、

「・・・が、頑張ってみます」

「良い返事だ」

 笑みを持って祐一はマリーシアの頭を撫でる。マリーシアはあぅ、とどこかくすぐったそうに、しかし笑みでそれを甘受した。

「そして俺と杏、そして陣にいる浩一たちで敵本体を叩く。大本を叩かなければ意味が無いからな」

 敵の数がどれほどかは知らないが、いまのカノン軍の状況を考えるに、そう大した人数もいないだろう。それなら自分と杏と浩一、鈴菜に留美に時谷でなんとかなるはずだ。

「モドキだからせいぜい先の平原が限界でしょうね。全力で走れば三十分ってとこかしら?」

「あぁ。・・・急ごう」

「あの・・・!」

 踏み出そうとした瞬間、声をかけられた。それは先程のあの女性で、

「・・・どうして?」

 その問いに対してなにが、と返すほど祐一は愚かじゃない。

『どうして魔族なのに人間族を助けるのか?』

 聞かれているのはそういうことだ。それに苦笑を浮かべ祐一が口を開こうと・・・、

「魔族にだって、良い人もいるんです」

 だが先に口を開いたのは栞だった。

 表情に優しい笑みを浮かべ、膝を折って目線を等しくし、

「人間族に良い人と悪い人がいるように・・・、魔族にだって良い人と悪い人がいる。ただそれだけなんですよ」

「・・・・・・」

 無言な女性を一瞥し、栞は祐一を見上げる。

「行ってください。ここは私や美咲さんたちに任せて・・・早く」

 頷き返し、祐一は杏を伴い地を蹴った。

 ―――頼もしくなったな。

 マリーシアも、栞も。そういう後ろ盾があるから安心して戦えるという事実を祐一は知っている。

 だから後ろは向かない。

 向かう先は陣。そこで陣を守る連中と合流し、敵を叩く。

「国がすべきことは国に住む人を守ること。・・・決して脅威を取り除くために切り捨てて良いものじゃない」

「杏?」

「・・・知り合いの言葉。そいつはそう言ってクラナドを批判してた。・・・ま、そいつはどうあってもクラナドから出れない身なんだけど」

「・・・そうか」

 ―――国がすべきことは、住む人を守ること・・・か。

 そんな国であったらいい、と祐一も思う。どんな種族であれそれを通してくれれば・・・。

 いや、と首を振る。

 過去に“もしも”はない。現実はここにあって、そこを生きている。ならば・・・それはこれからに生かせば良い。

 ―――生かす、か。

『もし仮に、復讐を果たし終えたとして・・・・・・。祐一さんはその後なにをするんですか?』

 あのとき聞かれたマリーシアの質問。答えられなかった問い。

 だが・・・、だが少し。

 その先がいま垣間見えた気がした。

 

 

 

 あとがき

 はい、神無月です。

 話が長くなってしまいましたので急遽前後編に分割しました。次は随分と久しぶりな戦闘ですね〜。

 いざ、怒号砲(モドキ)攻略へ!

 では、また〜。

 

 

 

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