神魔戦記 第三十章

               「悠久の管理者(後編)」

 

 

 

 

 

「わたしは黎亜。・・・この大図書空洞の二代目管理者よ」

 間が、空間を支配する。

 まずなにを言えばいいか、と祐一は考える。

 とにかく聞きたいことは山ほどある。まずは・・・、

「大図書空洞、だと?」

「そう。ここは全ての知識が集まる空間。いかなる物もありえる世界の宝庫」

 視界を埋めるほどの棚に本。確かに、この空間に名を付けるとするなら、図書空洞がぴったりだろう。

 だが、同時に疑問も浮かぶ。

「・・・なぜ、こんなところにそんな図書空洞がある?」

 そう、ここは地下・・・しかもなんと言っても神殿の地下だ。

 これだけのレベルの魔導書や文献。確かに隠さなくてはいけないのも頷けるが、あの『選別者』がある以上その必要性も見えてこない。

 実際エアやカノンに“なにかがある”という点だけなら気付かれているのだから。

 だが、黎亜の口から出た言葉は、祐一の想像を軽く超えていた。

「別に最初から地下にあったわけじゃないわ。地殻変動で地下に埋もれて、地上の人間がそれに気付かずこの上に神殿を建てただけよ」

 ―――なに?

 その奇妙な言い回しに、浮かぶ疑問詞はその一つ。

「そんな・・・馬鹿な。地殻変動で建物が沈み、挙句その上に建物が建てられただと・・・? そんなこと、莫大な年月がないと―――」

 言って、そして気付いた。

 その話には確かに年月が必要だ。だが、もう一つ。年月が必要なことがある。

 ・・・それこそ、この目の前の本の山だ。

「これだけの本の数、それこそかなりの年月がないと集まらないよ」

 見渡し、さくら。その眼はある種の輝きを放っており、放っておけば走り出しそうな勢いだ。

「・・・でも、これだけの量と、このレベルの書物。それこそ数百年でも足りないと思うけど・・・」

 問いに、黎亜は両手を浅く広げ、

「百年なんて浅いわ。ここにある書物は数千年・・・数万年という永遠にも等しい悠久の中で集められたもの」

「数千、数万!? でもさっき二代目って・・・」

 そう、それが疑問だ。

 だが黎亜はさも平然と、

「初代が数万年、わたしはつい最近の五千年とちょっとを管理してきた」

「ご、五千年!?」

「そ。こう見えて実は千歳軽く超えてるの、わたし。驚いた?」

 目の前の少女はどう見ても十五、六歳。

 確かに長寿の種族もあるが、その場合およそ人間族にして十代後半から二十台中盤辺りで老いが止まり、いわゆる全盛期という状態が長く続く場合が多い。それでも少女の歳ではやや早い。

 しかも祐一の知る限り千年以上も生きられる種族などないはずだ。

 嘘か、とも思うがその必要性もないだろう。

 では・・・? と疑問を浮かべるが、そこへ黎亜がこちらを向く。

「で、なにしに来たの?」

 問いに、祐一はその思考をやめた。重要なのはそこじゃない。

 いま考えるべきは、あの魔力の源なのだ。

「結界の外からも感じられた、あの大きな魔力の源を探しに来たんだ」

「なんのために?」

「戦いに勝つための、力になるかもしれないからな」

「戦い・・・? 戦争でもしているの?」

「あぁ。いま俺たちはカノン王国軍と戦っている」

「あぁ、そうなの。ずっと外に出てないから、無知でね」

 無造作に髪を掻きあげる黎亜に、祐一は一歩近付く。

「お前はここの管理者なんだろう。魔力の源がなんなのか知ってるんじゃないか?」

「当然でしょ。わたしはここの管理者よ?」

 黎亜の視線が二人へ流される。まるでなにかを推し量るような、そんな視線だ。

 そして黎亜はふぅ、と小さく息を吐くと、

「ま、いいわ。案内してあげる。こっちよ」

 臙脂色のケープが翻り、背を向けられる。

 それはきっと勝手について来い、ということなのだろう。

 祐一とさくらは互いを見やり、頷き合うとその背を追った。

 歩いてみて、改めてこの空洞の広さを実感する。

 本棚の高さはおよそ成人男性二人分、幅はだいたい六人分といった概ね普通の大きさだが、それがほぼ全周囲に、しかも無数に点在しているのだ。

 どこまで歩こうと同じ風景なので、ある種迷路のような感じもしなくもない。

「少し降りるわよ」

 本棚と本棚の間に、いままではなかった下へと続く階段があった。躊躇なく降りていく黎亜に、二人はただついて行く。

 更に地下へと潜り、またも長い道を歩く。

 だがその通路は先程の結界を通る前の暗いゴツゴツした道ではなく、しっかりと舗装してある。天井もどういう仕掛けなのか、うっすらと輝いていて足元ははっきりと見渡せた。

「これは、呪具なのかな?」

「そうよ。初代管理者が暇つぶしに造った照明用の呪具。ちなみに上の神殿からここに繋がる道を作ったのも初代よ。どうでも良いことだけど」

「へぇ〜」

 さくらはしきりに天井や壁に視線を行ったり来たりしている。

「この壁に描かれてる文様は何?」

「魔術文字・・・とはいうものの、いまのものとは大分傾向が違うからわからないでしょうね。崩れでこないように重圧解除の結界が施されてるわ。あと対魔術障壁も」

「重圧解除・・・はわかるとして、どうして対魔術障壁なんてものを通路に?」

「必要に決まってるからよ。―――ほら、ついたわ」

 足を止めた黎亜越しに、二人はそこを眺めた。

「これは・・・」

 唸る祐一。

 突き当たり。一際広い空間にそれはあった。

 中央。円形に広がる台座に突き刺さる、一本の『斧』。

 その円形の台座には魔術文字が描かれているが、先程壁に刻まれていたものと似たような文様で、なにが書いてあるかはわからない。

 だがこの光景、祐一には見覚えがあった。

 それは数年前、仲間たちと共に地下迷宮を探索しているときに偶然見つけたあの『槍』と同じで・・・。

「あれはもしかして・・・、神殺しか!?」

「ご名答。あれは魔斧『ディトライク』」

 その真名を呼ばれ、斧から呼応するが如く魔力の波が空間を震わす。

 その大きさ。間違いない、これは神殺し、魔斧『ディトライク』だ。

「神殺しの第七番。あれが魔斧『ディトライク』なんだ・・・」

 惹かれるように前に出たさくらが、どこか恍惚とした表情で呟く言葉に、祐一は疑問を浮かべる。

「第七番・・・?」

「知らない? 神殺しって全部で十四あって、それぞれ番号が振られてるんだよ」

「あら、物知りね。なかなか神殺しのことを書かれた文献はないはずだけど?」

「ダ・カーポのお城には同じ神殺しが保管されてるからね。そこに一緒に文献も保管されてたんだよ」

 いい? と人差し指をピンと伸ばし、まるで教師のような素振りでさくらは祐一を見上げる。

「神殺しはさっきも言ったとおり全部で十四。

 第一番・魔剣『ラーファリオン』。

 第二番・魔刀『エイゼントメア』。

 第三番・魔盾『デルタアイゼン』。

 第四番・魔槍『グランヴェール』。

 第五番・魔銃『アゼニッシュ』。

 第六番・魔鎌『ギメッシュナー』。

 第七番・魔斧『ディトライク』。

 第八番・魔槌『ヴォルレッジ』。

 第九番・魔装『ゲイルバンカー』。

 第十番・魔杖『ブレイハート』。

 第十一番・魔爪『ゲイッシュランバー』。

 第十二番・魔弓『クスィラ』。

 第十三番・魔鞭『デウテミス』。

 第十四番・魔布『ドゥーアローン』

 主に番号の小さい方から順に強いって言われてるけど、神殺しは永遠神剣とは違って所有者の力に比例して強くなる武具。

 たとえ番号の小さい神殺しを持っていても、相手の実力が上なら番号の大きい神殺しでも勝てる。・・・ここが永遠神剣の剣格とは違うところだね」

 それは祐一も知っている。

 世界に点在する名だたる武器の中でも、最も強力だと言われるのが神殺しと永遠神剣。

 神殺しも永遠神剣も所有者を選ぶ、という点だけは同類だ。だが大きく異なる点がある。

 永遠神剣には剣格というものが存在する。第十位から第一位まで。主に位の数字が小さい方が強く、また本数が少ないとされる。

 そんな永遠神剣は、所有者に力を与える剣だ。その力とは、それこそ剣格によって決まり、戦いの初心者であろうと上位永遠神剣を持てばたちまちに最強クラスの力を手に入れることができる。

 対して神殺しは所有者から力を受けて本領を発揮する剣。いくら神殺しを持ったとしても所有者に力の変動はありはしない。・・・だが、所有者の力が伸びれば、それに比例して神殺しも能力を上げていく。

 永遠神剣は一気に一定の力を。神殺しは所有者に比例してその力を伸ばしていく。

 短い尺で計れば永遠神剣の方が良いだろう。だが、長い目で見るなら神殺しのほうが上に行くかもしれない。

 二つの武器は似て非なるもの。まるで最初から対で創られたような、そんな存在だ。

「ボクの知る限り、既に発見されている神殺しは世界で六つ。

 あゆちゃんの持つ第四番・魔槍『グランヴェール』。

 誰かは知らないけど王国ウォーターサマーで使用が確認された第六番・魔鎌『ギメッシュナー』。

 ボクのいたダ・カーポ王国に保管されている第八番・魔槌『ヴォルレッジ』。

 王国コミックパーティーの現女王、立川郁美が所有する第十番・魔杖『ブレイハート』。

 スノウ王国で保管されてる第十二番・魔弓『クスィラ』。

 チェリーブロッサム軍特殊部隊副隊長、星崎希望が持つ第十四番・魔布『ドゥーアローン』の計六つ」

「ということはこれで七つ・・・。つまり半分は発見されたということだな」

「うん。でも、これみたいに発見はされてもまだ公にされてないものもあるかもしれないから、一概にそうも言い切れないけどね。

 それに、第八番・魔槌『ヴォルレッジ』と第十二番・魔弓『クスィラ』はまだ所有者が現れてないから、保管されてるだけだし。そして・・・」

 視線を前へ。そこには、台座に刺さった状態の魔斧『ディトライク』がある。

「祐一もあゆちゃんのときを見てるならわかると思うけど、神殺しは所有者足りえる人物が近くにいるだけで反応し、自らアクションを仕掛けてくる。

 でもいまそれがないということは・・・」

「俺たちは所有者にはなり得ない、ということだな」

 実際、あゆのときがそうだった。

 近くに寄っただけで、魔槍『グランヴェール』は光を放ち、言葉を発した。それは古代語で、何を言っていたかは定かではないがなんとなく『私を手に取りなさい』と、そんな意味だった感じがする。

「でも、神殺しにはそれぞれ守護者となるなにかがいるはずだけど・・・、ここにはいないね?」

 祐一も頷く。

 魔槍『グランヴェール』の台座へ行く前も、かなり手強い魔物がまるで番人のように現れた。あのときは自分と浩一、鈴菜と真琴がいてなんとかなったというレベルだ。

 だが、ここにはそんな守護者が見当たらない。

「守護者なら、わたしだけど」

「・・・は?」「・・・え?」

 唐突な言葉。

 振り向けば、当然のようにそこに立ち欠伸を浮かべる黎亜の姿。

「だから、わたしが守護者。別に守護者は魔物じゃなければいけないなんて定まっていないわよ?」

 確かにそれはそうだが、

 ―――さすがにそれは嘘だろう。

 理由は単純。この少女がそれほどの力も持っていないということだ。

 最初は気配がないことに驚いたが、こうして集中してみれば、かすかに気配を感じることはできる。気配完全遮断の特殊能力なら微塵も感じられないはずだし、ともすれば要は感じられないほど内包魔力が微細だということだろう。

 通常の人間のおよそ一割にも満たないその魔力。

 魔力とはその者自身の生命力とイコールと考えて良い。

 普段魔術を使わないものも、魔力は必ず内包しているのだ。ただ単に、魔力の制御ができないだけで。

 故に、この少女の能力は通常の人間にすら劣るというわけだ。

「ま、一応わたしが守護者ということになってるけど戦う気はこれっぽっちもない。どうせ神殺しなんて所有者が決まってるんだし、その人しか持てないなら守る意味もないでしょ?」

「それもそうだね〜」

「それに第一、あなたたち程度じゃわたしに指一本触れられないわ」

「・・・なに?」

 なにを馬鹿な、と思う。

 だが黎亜は続ける。

「あなたたち、結界を二人の魔力を上乗せするという力技で突破したでしょ? その応用力は褒めてあげるけど、あの程度の結界を一人で突破できないようじゃわたしには勝てない」

「・・・やってみなければわからんぞ?」

「さてどうかしら。なんなら少し試してみる? わたしは永遠神剣を持ってるけど、使わない。あなたたち程度なら、素手で事足りるもの」

「―――」

 さっきも述べたとおり永遠神剣は所有者に力を与える武器。そしてたとえ所有者でもその永遠神剣自身を持っていないときの身体能力はわずかしか上昇しない。

 それでこの余裕な態度。

 本当に単に相手の力量がわからないただの馬鹿か、それとも・・・。

「ならば・・・ためさせてもらおう!」

 どちらにしろ、試せば良いだけの話。

 そう結論付け、祐一は大きく地を蹴った。

 一足。その距離をたったの一歩で距離をつめる。動く視界の中祐一は腰から剣を抜刀しようと―――、

 ドクン。

「!?」

 それは、いままで戦ってきて培った戦闘本能の命令。

 その命令とはいたって単純。

 避けろ、でなければ死ぬ。

 祐一は身体の赴くがままに強く左へ飛びずさると、一瞬を挟んでそこを強烈な閃光が突き刺さった。

「うそ・・・!」

 さくらの驚愕の声も、祐一には届かない。

 頭を占めるのは驚愕と・・・そして恐怖。

 いまの閃光・・・どのような魔術か。永遠神剣を持っていない以上神剣魔術ではない。ならば普通の魔術のはず。

 だが・・・それには以前祐一が秋子に放った“光と闇の二重奏”に迫るほどの魔力量が込められていた。かわしてなければ・・・、おそらく知覚すらできずに死んでいたに違いない。

 おそらく・・・古代魔術。が、詠唱も聞こえなければ真名すら聞こえない。完全に・・・無言発動だ。

 無詠唱よりさらに上をいく無言発動。詠唱なし。更に真名すら紡がず魔術を発動させる、完全なる荒業。だがそれを黎亜は、涼しい顔で、しかも古代魔術でやってのけた。

「よく避けられたわね。タイミング、ドンピシャだと思ったんだけど」

 黎亜から感じられる魔力量は、完全に先程とは変わっていた。

 先程感じたあの微細な魔力など、まるで夢か幻覚であるかのよう。感じられる魔力は祐一とさくらを足してもまだ足りず、・・・もしかしたら覚醒時の祐一すら越えているかもしれないというレベル。

 まさに圧倒的。

 訂正しよう。・・・確かにこれなら祐一とさくらが同時にかかっても指一本触れられずに終わるに違いない。

 祐一は喉を鳴らしつつ、剣を鞘に収めた。

「あら、怖気づいたの?」

「いまわかった。いまの俺じゃどうあってもお前には敵わない」

 驚きの表情を浮かべる。次いで、小さな笑みをかたどり、

「・・・意外と賢明ね。相手の力量と自分の力量を冷静に把握できるなんて、なかなかできることじゃないけど」

 同時、張り詰めていた空気が弛緩した。

 すると黎亜から感じられる魔力は最初の・・・かすかなものに戻った。

「・・・自分に封印をかけているのか?」

「そういうこと。いくら初代の張った強力な対魔術障壁があるとはいえ、わたしが三分も本気を出せばここは崩れてしまうもの」

 つまり、この広間とさっきの通路にかけられた対魔術障壁は、最初からここで戦うことを想定して張られた結界だったのだろう。

 魔斧『ディトライク』の守護者と戦うための。

 ・・・祐一は苦笑を浮かべる。まだまだだな、と。

「恐れいったよ。俺が敵わないと気付かされたのは・・・お前で八人目だ」

「多いわね」

「あぁ。俺はそれだけまだ未熟ってことだ」

 あのときより強くなった・・・とはいえ、さすがにあの連中にはまだ勝てる気がしない。

 そんな祐一に、黎亜はややあって、

「そういえばあなたたちの名前、まだ聞いてなかったわ」

「俺は相沢祐一だ」

「ボクは芳野さくらだよ」

 頷き、黎亜はあるものを祐一に向かって放った。それは、

「魔導書・・・?」

「餞別。光と闇の複合魔術の書かれた魔導書よ。あげる」

 目を見開く祐一。

 光と闇の混合魔術。それは以前戦い方を指南してくれた者から貰った魔導書と同じで、稀少な魔導書だ。

 これだけの書物があるのなら、確かにあってもおかしくはないが・・・。

「ま、適当に頑張りなさい。あと、少なくともあの結界を越えるものでなければ魔斧『ディトライク』は反応しない。該当者がいたら連れて来てみると良いわ」

「・・・あぁ、そうするよ」

 それじゃ、と手を振り黎亜は通路へと消えていった。

 勝手に帰れ、ということらしい。

「世の中にはあんな人もいるんだねー」

「上には上がいる。それは仕方の無いことさ」

 だが、いずれは・・・勝ちたいと思う。連中全てに。

「ボクたちも・・・帰ろうか?」

「あぁ、そうしよう」

 腰を上げ、もう一度振り返る。

 台座に刺さる、魔斧『ディトライク』が淡く輝いた・・・そんな気がした。

 

 

 

 あとがき

 はい、神無月です。

 あー、忙しい。えらくハードな日常をすごしています。

 とか言いつつ、今回はえらく長くなってしまいましたが・・・(汗)

 しかもなんかクオリティ落ちてる気がするし・・・(滝汗)

 しかし神無月はめげません。頑張ります。・・・頑張るよ。はぁ。

 さてさて、次回は秋子戦からやっと祐一軍も整い、いよいよ再び祐一軍が動き出します。

 では、お楽しみに〜。

 

 

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