神魔戦記 第二十九章
「悠久の管理者(前編)」
アデニス神殿とは、実はいつ造られたかわからないほどに古い建物である。
既にカノン王国からは遺跡扱いとなっており、然るべき手順を踏めばたとえ一介の魔術師だろうと入ることが許されている場所だ。
構造は外見二等辺三角形に近い。天辺には太陽をシンボルとした飾りが掲げられている。
壁自体は老朽化しているものの、いまだ崩れそうには感じられない、どこか威風堂々とした佇まいで聳え立っていた。
それを見上げるような形で、二人の人影がある。
相沢祐一と芳野さくらだ。
「うにゃー、大きいねー」
「神殿だからな。威圧感を醸し出す意味でも大きさは必要だったんだろ」
「だろうね。でも、ボクが見てきた神殿でも一番大きいんじゃないかなー」
「・・・ま、いい。とりあえず中に入るぞ」
「あ、待ってよー」
二人はその大きな扉を開け中に入っていく。・・・無論許可証など持っていないが、確かめる者がいない時点でどれだけの意味もあるまい。
中も外に負けず劣らず広かった。
高い天井は徐々に中央へと収束していくので、どことなく吸い込まれるような感覚がする。ステンドガラスから流れ込んでくる光も神秘的だ。
だが祐一はそんなものには脇目も振らず、神殿中央にある祭壇へ向かう。
「この下だな」
「これ、スライドするみたいだね」
横からさくらが祭壇を押すと、祭壇は重い音を撒き散らしながらゆっくりとずれていく。そこから地下への階段が現れた。
「調査書の通りだな」
「じゃ、行こうか」
降りていくと、徐々に視界は暗くなり、辺りにはなにも見えなくなっていく。
「『光よ(』」
祐一が呟くと、頭上に小さな光点が出現した。それは祐一たちの周囲を明るく照らし出す。
「祐一ならこのくらいの暗さでも見えるんじゃないのかな?」
「俺は見えてもお前には見えないだろう?」
その返答に、さくらはくすりと微笑を浮かべた。
「祐一ってさ、やっぱり優しいよね?」
「・・・・・・とっとと先に行くぞ」
「は〜い」
地下は、やたらと長い一本道だった。
調査書の内容に結界が張ってあるという扉に行くまでの道筋が書いてないことに疑問を浮かべていたが、ようするに書く必要すらなかったということなのだろう。
しかし・・・、ひたすらに長い。
「にゃー、こう同じ景色ばっかりだと飽きるよー。なんか罠とかないのかにゃ〜」
「さて、仮に罠があったとしてもエアの調査団が既に解除済みだろう。危険がないのはなによりだ」
「む〜、つまんなーい」
そんなこんなでおよそ三十分ほどだろうか。
いよいよ少し疲れが出るか、といったときにそれは感じられた。
「・・・さくら」
「うん。ボクも感じる。これは確かに・・・すごい魔力量だね」
まだまだ結界の扉は見えてこない。それでも肌にピリピリと相当な魔力の波動を感じる。
離れてこれなのだから、その魔力を発しているのはいったいどれほどのものなのか。
「・・・行こう」
頷くさくらを伴い、更に十分ほど歩くと・・・それはあった。
「これが・・・結界の扉、か」
行く道を阻む、大きな扉。ボゥ、と薄く青白く発光するその扉には、幾学模様が刻み込まれている。それはさながら、水面に浮かぶ荒々しい波紋のようだ。
「・・・これと同じ模様をした結界の扉、見たことあるよ」
さくらはそっと近付き、なにかを確かめるようにその扉に手を触れた。
「・・・間違いない。これ、『選別者』だよ」
「『選別者』?」
「うん。リーフ大陸のね、王国ウタワレルモノにあった古代遺跡にも同じ結界があったんだ。
これは特殊な結界で、結界を張った者が定めた魔力の基準をクリアした者だけ通過できるような仕組みになってるんだよ。だから『選別者』」
でも、とさくらは前置きして、
「ここの結界はボクじゃ駄目みたい。『選別者』が認めた相手ならこうして触れるだけで通してくれるんだけどね・・・。ウタワレルモノじゃ入れたんだけど・・・」
そっとさくらは扉から離れる。
「祐一も触ってみて」
言われるまま、交代して祐一も扉に手を触れる。だが・・・、
「・・・・・・何も起こらないね」
「あぁ」
祐一もさくらも通常の魔術師なぞとは比べものにならないほどの魔力量を秘めている。祐一軍の中でも二人がダントツ。
その二人で開かないとなれば・・・、いまの祐一軍では誰も開けることはできないだろう。
「無駄足だったか」
この先へ行けない以上、ここにいても無駄だ。
「待って」
そうして戻ろうとする祐一の袖を、しかしさくらは掴んで止めた。
「ん?」
「試したいことがあるの。祐一、さっきみたいに扉に手をつけてて」
よくはわからないが・・・、祐一はさくらの言う通りに再び扉に手をつけた。
・・・当然、なにも起こらない。だが、
「いい? 絶対扉から手を離さないでね?」
すると、外套越しに背中に温かい感触が広がった。
それはさくらの手だ。さくらは祐一と同じ体制でその背に手をつけている。
「・・・さくら?」
「黙って。そして集中して。いま、ボクの魔力を祐一の魔力と同調させてる。だから、祐一もそれを感じ取って合わせて」
「・・・わかった」
なんをしようとしているかはわからない。だが、なにかをしようとしているのはわかる。
ここは、一つ言われたとおりにしよう。
瞼を閉じる。
広がる闇の世界。何も見えず、感じられるのは背の温かさ、聞こえてくるのは自分の鼓動。
精神を統一する。
祐一にとって、精神を研ぎ澄ますことなど容易い。それは戦士としても、また魔術師としても重要にして基本の動作。
―――感じる。
聞こえる、二つの鼓動。自分と・・・そしてさくら。
その鼓動音を徐々に、そして丁寧に合わせていく。
ゆっくり、ゆっくりとシンクロしていく音は耳に心地よく、身体が一体化するイメージ。
祐一はさくらで、
さくらは祐一。
二つが一つに合わさったとき―――、
「!」
祐一の手が扉に沈み込んだ。
「扉がボクたちを認めたんだ。そのまま、そのまま扉に身を任せて」
さくらの声に、祐一は腕から力を抜く。
だが、口は疑問を投げかけていた。
「先程まで俺たちを受け付けなかった『選別者』が・・・。なにをしたんだ?」
「ん? 単純なことだよ。祐一だけでも駄目。ボクだけでも駄目。なら、二人合わせてみたらどうかな、って思って。
魔力を同調させて、一つにまとめる。『選別者』に、さもボクたちが(一人であるかのように(錯覚させたんだよ。
そしたらほら、大成功♪」
にゃはは、と笑うさくらに、祐一は口元を崩す。
―――まったく、思いつきでとんでもないことをする奴だ。
本来魔力の同調、そして上乗せなど自殺行為にも等しいものだ。ただでさえ扱いの難しい魔力を、他人の魔力に合わせてシンクロさせるなど誰も考え付くまい。並大抵の集中力や魔力走査では互いの魔力の波長が乱れ、挙句暴走して死に至るだろう。
しかしそのおかげでこうして結界を通過することができるのだ。・・・良しとしておこう。
「なにがあるかな?」
楽しそうに問うさくらに、さぁ、と小さく返し・・・、二人は扉に飲み込まれていった。
一瞬の空白。なにもがない虚無の空間を抜け、風景が・・・一変する。
「これは・・・」
「うわぁ〜・・・」
二人が出てきた場所は、先程の真っ暗な一本道とはまるで異質な空間だった。
見渡す限りの本、本、本。
周囲一帯に敷き詰められた本棚に、数え切れないほどの本。
そこは・・・そう。さながら大図書館のようだった。
「すごい・・・。どれも最高ランクの魔導書ばっかりだ」
本棚に近寄ったさくらが、感嘆の声をあげる。
祐一も脇の棚から一冊の本を取り出してみる。表紙には特に何も書かれていないが、一度開いてみればその魔導書のレベルの高さが伺えた。
地下迷宮にも多くの魔導書があるが、その比ではない。記された内容は、各国の城に保管される最高位の魔導書とおそらく同等だろう。
しかし、・・・と祐一は周囲を見やる。
先程まで、扉の向こうで感じていた強大な魔力が霧散している。・・・否、感じ取れはするものの、混濁していて上手く場所がつかめない。
無限に点在するかのようなその魔導書自体が微細な魔力を放っており、この部屋全体が魔力で溢れているせいだ。
「あら、こんなところに客なんて珍しい」
「「!」」
突如その空間に幼い少女のような声が響いた。
弾かれるようにして振り返れば、そこには見た目十五歳前後の少女が立っている。
臙脂色のケープに身を包み、長い真紅の髪を後ろに垂らした少女は気だるそうな視線でこちらを見やり、
「どうしたの? 鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
人がいるとは思わなかった。それもある。しかしそれよりも驚いた事は・・・、
(俺が気配を感じ取れなかった、だと・・・?)
おそらくさくらも同じ理由で驚いているのだろう。
そして更に驚くことには、いまこうして目の前に少女を確認しているにもかかわらず気配を全く感じないこと。
―――この少女、ただものじゃない。
「お前、何者だ?」
「それはこっちの台詞だと思うけど・・・、ま、いいわ」
少女は瞳を閉じ、吐息。なにもかもが面倒くさいと言わんばかりの緩慢な動きで再び瞼を開け、
「わたしは黎亜。・・・この大図書空洞の二代目管理者よ」
あとがき
ども、神無月です。
さて、黎亜登場。
え、誰かって? 無論オリキャラです。ちなみに『れいあ』と読みます。
彼女の名前は以前にも一度出ましたが・・・、まぁ勘の良い人なら彼女の正体がわかることでしょう。
さて、次回はこの大図書空洞に隠された魔力の源に祐一たちが迫ります。
こうご期待。では〜。