神魔戦記 間章  (二十八〜二十九)

                 「さくら」

 

 

 

 

 

 空は青く澄み渡り、大地にこぼれる陽の光を遮るものはない。

 まさにそれは快晴と言えた。

 そんな中、林道を行く二つの影がある。

「うにゃ〜、今日はちょっと暑いねー」

「言うほど暑くはないと思うがな」

 男女の二人組み。それは相沢祐一と芳野さくらだ。

「そりゃあ、祐一は半魔半神だから熱にも強いだろうけど、ボクは人間族だもん。そんなに丈夫にできてないんだよー」

 唇を尖らせてぶーたれるさくらに、祐一は苦笑を禁じえない。

 そもそもどうしてこの二人がこんなところを歩いているかと言えば、先日杏からもたらされた情報を確認するためだ。

『アデニス神殿の地下にある、正体不明の強大な魔力』

 それを話したらさくらは快く同行に頷いてくれた。

 さくらは過去にもいろいろな遺跡やなにやら回ってきた、祐一以上にそういうダンジョンに詳しい少女だ。

 ・・・と、そこまで考えたときにふと気付く。

「そういえば・・・こうやってお前と二人で話すことなんていままでなかったな」

「うにゃ? なにをいきなり」

 くすりと笑い、「ま、そうだけどね」とさくら。

 もちろんさくらと話したことがないわけじゃない。彼女の実験や、魔術などに対する意見や感想など頻繁に会話は行っている。

 だが、それは必ず別の者がいるという状況の中。先程祐一が言ったとおりこうしてさくらと二人で、というのは初めてのことだった。

 なんとなくその事実に驚きを感じた。

 なぜか・・・もうずっと前からさくらと共にいた気がしたからだ。

「ね、祐一」

「うん?」

 呼ばれ振り向けば、金髪のツインテールを揺らしてこちらを見上げるその姿がある。頭の上にはいつものようにうたまる。

 だが、その視線はどこか虚空を彷徨う。

「えと・・・」

「なんだ?」

「・・・にゃ〜」

「?」

 首を傾げる。

 どうもいつものさくららしくない。なにか・・・聞きたいことを躊躇っている?

 しばらく次の言葉を待っていると、さくらはどこかおずおずとした感じに、

「祐一は、おばあちゃんのことどれだけ知ってるの?」

「おばあちゃん? ウィルデム=アーブナー=芳野のことか?」

 いきなりだなと思うも、前々から聞きたかったことなのかもしれないと思い直す。単にいままでそんな暇がなかっただけで。

 祐一は腕を顎に添える。

「・・・正直、あまり知らない。一度会ったことはあるんだがな」

「え、会ったことあるの!?」

 驚きの声を上げるさくら。それに対し祐一は頷き、しかしと前置きして、

「随分と昔のことだが、な。・・・俺が戦い方を学んでいる時に、少し」

 思い出される、老婆の姿。

 太陽の光を吸収したかのように輝く金色の髪、そしてあまりに柔和な皺を帯びた顔。

 おいで、と呼ぶ老婆の掌には、いつの間にかお菓子が握られていて。

『きみは、どうしてそんなに荒々しい瞳をしているんだい?』

 訊ねられた言葉に、祐一は返した。

 ―――全てが憎いから。

 すると、老婆は笑った。愉快そうに、

『なら、きみはこれから一人で生きていくのかい?』

 その笑みに、祐一はムッとしながらも、告げた。

 ―――それは無理。

『なぜ?』

 ―――なにをするにしたって、一人じゃなにもできない。

 祐一は、悔しくもそのことを一人の同い年の、しかも人間族の少年から教わった。

 母が死んだときも、城から逃げるときも、いまこうして戦い方を学ぶことにしたって一人じゃできないことだった。

 自分は無力だ。

 ・・・否、一人は無力だ。

『・・・そうかい』

 頭を撫でられた。それは憎しみ募る祐一にとって不快なものだったが、しかし老婆の笑顔を見て・・・不思議と振り払おうという気にはならなかった。

『それがわかっているなら・・・、きみはまだまだ強くなる。強くなれる。・・・大丈夫。きみはこれからは大事な者を守れるから』

 はい、とお菓子を手渡される。

 それを見、もう一度視線を上げて―――もうそこに老婆の姿はなかった。

 不思議な老婆。だが・・・、

「・・・いまにして思えば、あの人の言葉に助けられた部分もある。俺は間違っていなかったと、そしてまだまだ強くなれるんだと、なぜか信じている自分がいた。

 その相手が魔法使いのウィルデム=アーブナー=芳野だと知ったのはもう少し先のことだが」

「・・・そっか。おばあちゃん、そんなこと言ったんだ」

 そう言ったさくらの瞳はどこか遠い。

 さくらにとって、その魔法使いである祖母とはどんな人物なのだろうか。ふとそんなことを考える。

 祖母を越えると言ったさくら。芳野の家を出たと言うさくら。

 彼女が追うもの、それはいったいなんなのだろう。

 そんな祐一の心中での疑問に答えるように、さくらはポツポツと語りだす。

「ボクはね、時空の魔眼を持って生まれた。芳野の人間はこぞって喜んだんだよ。魔法使いの後継者が生まれた、ってね。

 しかも他にも分家にボクと同い年で夢現の魔眼を持って生まれた人もいて、芳野の家はそれはもう大騒ぎだったんだ」

 祐一はただ黙って聞く。

 さくらは空を見上げ、眩しそうに眼を細めながら手を翳す。

「それからボクはスパルタに近い訓練を受けたよ。ボクには魔術の才能があった。でも、もう一人の魔眼所持者には魔術の才能はなかった。

 だから芳野の目はボクに集まった。ボクに過度な期待を抱いた。ボクに魔法使いの幻想を押し付けた。

 でも、それでもボクは別に嫌じゃなかった。魔術の勉強は好きだったしなにより・・・おばあちゃんがいてくれたから」

 にゃ〜、とうたまるの鳴き声。それにさくらは微笑を浮かべ、その頭を撫でた。

 対しうたまるが気持ち良さそうに目を細める。

「おばあちゃんはみんなに秘密でボクに会ってくれた。お話をしてくれた。おばあちゃんが来てるなんて知ったら、芳野はきっと大騒ぎだからね。

 ・・・ボクがおばあちゃんに憧れるのに時間は要らなかった。おばあちゃんはなんでも知ってて、優しくて、そしてどこか悪戯好きだった」

 くすりと笑い、続ける。

「皮肉にもボクと芳野の家の目標は重なった。ボクはおばあちゃんみたいになりたかった。芳野はボクを魔法使いの二世にしたかった。

 でも、・・・しばらく経ってボクが時空の魔眼をいくらか扱えるようになったとき、協会から通達が来たんだ」

「封印指定、か」

 さくらが頷く。

「芳野は・・・それでも良いと考えた。封印指定といえば魔法使いまではいかずとも一流の魔術師の証。名声を得たいだけの芳野にとってはそれで十分だった。

 でもボクは嫌だったんだ、そんなの。ボクはそんなことで幽閉されて一生を過ごすなんて嫌だった。

 ボクは、・・・ボクはおばあちゃんみたいになりたかった。自由に、気ままに、知りたいことを知って、なんでもないように平然といろんなことをこなすおばあちゃんみたいになりたかった」

 そこでさくらは笑った。祐一に振り向き、さも楽しそうに、

「そしたらね、おばあちゃんが言ってくれたの。『家、出ちゃえば?』って」

 歩が進む。

 歩く祐一の横をさくらはスキップをしながら。楽しそうに。

「笑っちゃったよ。ボクが考えもしないことを平気で言っちゃうんだもん。で、それもいいなー、と思って」

「現在に至る、と」

「そういうこと。でも、その前に一つだけ、おばあちゃんと約束したんだ」

「約束?」

「そ、約束」

 さくらはトトッ、と小走りに先に行って、外套を翻しながらくるっとこちらに振り返る。

「『家を出てまで魔術を突き詰めたいんなら、行くとこまで行っちゃえ。そして、いつかわたしを追い越しておくれ。そうしたら、わたしはまたさくらに会いに来るから』・・・って。

 だから、ボクの目標はおばあちゃんを超えた魔術師・・・ううん、魔法使いになることなんだっ!」

 その笑顔は、とても輝いていた。

 心なしか、頭の上のうたまるの嬉しそうである。

「そうか」

 そんなさくらに、祐一は微笑を浮かべる。

「なれると良いな、魔法使いに」

「違うよ、祐一」

 さくらは両手を空に向けてうーんと伸ばす。

 その仕草はまさしく幼い少女のそれだが、その瞳は自分の進むべき道を決めた若者のそれ。

「なるんだよ、魔法使いに!」

 笑顔で語った少女の夢。

 言い切った少女の髪は、あのときの老婆のように、まるで太陽のように輝いて見えた。

 

 

 

 あとがき

 ども、神無月です。

 今回はさくらとおばあちゃんのお話がメインでした。

 ・・・なんか、さくらの出番多い気がする。扱いやすいんだよな、キャラ的に。

 さぁ、次回はアデニス神殿に到着します。

 そこでなにが起こるかは・・・次回のお楽しみということで♪

 では、また次回に。

 

 

 

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