神魔戦記 第二十七章
「ある取り引き」
「ねぇ、取り引きしない? あたし・・・あなたの知りたい情報をたくさん知ってるわよ?」
笑みと共に放たれた、その言葉。
―――取り引き、だと?
祐一は思わず顔を顰めた。
相手の思惑が、まだ読めない。
「取り引きか。いったいどういう取り引きをしたいんだ?」
すると杏は一度頷き、
「あたしは人を探してるのよ。その人探しを、手伝って欲しくてね」
「人探し?」
「そ、人探し」
「なぜ俺たちに頼む? クラナド軍のお前ならカノン軍に頼めば良いだろう?」
「できたらしてるわよ。けど、それができないからここに来てるんじゃない」
ふぅ、と杏は息を吐き、
「あたしとそいつはクラナド軍を勝手に抜けた人間・・・、言わばお尋ね者なのよ。そんな人間がカノン軍に頼んだら、その場でお縄頂戴、でしょ?」
なるほど、と祐一は心中で頷く。
確かにそれではカノン軍に頼むことはできないだろう。しかし、
「どうして軍を抜けたりした?」
「あー、それは些細な問題なのよ。いわば合わなかっただけ」
「合わない?」
「そ。あそこはいちいちうるさくてね。あれは駄目だこれはするな、ああしろこうしろって。うざくて勝手に辞めちゃった」
虚偽・・・ではないだろう。その顔にはありありと不平不満の色が込められていた。
「で、お前の探し人はカノンにいるのか?」
「みたいね。あたしの仕入れた情報じゃ、最後にその姿を確認されたのはここカノンなのよ」
ふむ、と祐一は頷く。
「お前の要求はわかった。それで、なぜ取り引きなんだ?」
「そりゃ、なにもなしに動いてはくれないでしょ?」
「だろうな」
「なら取り引きしかないじゃない」
「・・・しかし、俺たちはいまカノンに戦いを仕向けている立場だ。そうそう表立って行動できないし、そんな余裕もないかもしれないぞ?」
「ま、あまり大きな期待はしてないし。はなから見つかればやったもん程度に考えてるわ」
さばさばとした口調。
・・・なるほど。なんとなくこの相手の性格がわかってきた。
「それで・・・お前の取り引き材料である情報、というのは?」
「あら? その前にこっちの依頼を受けるかどうか答えてくれないと」
「どれだけの価値の情報かわからないと、動くことを確約するわけにもいかないだろう?」
「・・・いい性格してるわね?」
「普通だろ?」
互いに浮かぶのは笑み。
しばらくの静寂のあと、杏は諦めのような笑みをこぼし、
「仕方ない。それじゃ、一個だけ信用してもらうために教えてあげる。
ここから少し北西に行った辺りにアデニス神殿っていう神殿があるのは知ってる?」
祐一は頷く。
「そこの地下には大きな空洞があって、その先には大きな魔力を宿した何かが眠っているらしいわ」
「・・・その情報の確実性は?」
すると杏は脇から何かをこちらに放った。
それは・・・ちょっとした調査書のようだ。
手に取りよく見ればそれは・・・、
「これは・・・!」
「そ、エア王国調査団の調査書よ。調査はおよそ三年前。調査団の隊長はエア王国第三師団長霧島聖。直筆のサイン入り。どう?」
確かに表紙に押された刻印はエア王国のものだし、調査書の最後に記されたサインは霧島聖、と記されている。
調査書の内容もかなり細かい。偽造・・・ということはないだろう。だが、そうなると浮かぶ疑問が一つ。
「こんなもの、いったいどうやって手に入れたんだ?」
「それもあたしの提供できる情報の一つなの。だから言えないわ」
くす、と悪戯っぽく笑う杏。
「さ、どうする? 残りの情報もあなたたちにとっては有益なものだと思うけど?」
考える。
まずはこの情報。
その空洞の奥にある、魔力を宿した何か・・・。それはこの調査書では明らかにされていない。
特別な結界の込められた扉が道を塞いでおり、その先には進めなかった・・・、とのこと。
しかし、確かに調べてみる価値はある。幸いにも、こちらには各国の遺跡を歩き回ったさくらの存在がある。なにかしら得るものはあるかもしれない。
そしてまだ明かされない他の情報。
その情報がどれだけのものかは知らないが、この情報の入手先を鑑みるに、それほど意味のない情報ではないだろう。
得るものは情報。
こちらが行うことは人探し。
時間を割き、人員を幾人か使用することを考えても、
―――悪い話じゃない。
「・・・わかった。その人探し、引き受けよう」
「交渉成立ね」
微笑み、杏はまたも脇から何かを取り出す。
それは・・・一枚の封筒だった。
「これは・・・?」
「クラナド軍の軍人名簿。その能力や使用武器なんかが載ってるわ」
受け取り、中身を取り出してみれば、確かにそこにはクラナド軍の近衛騎士団から通常の騎士団にいたるまでの人物名と、その特徴が明確に記されていた。
「こんなものまで持ってたのか」
「まぁね。あれば便利かな、と思って。盗ってきた」
いけしゃあしゃあと恐ろしいことを言い放つ少女に、さしもの祐一も少々たじろぐ。
「・・・お前、俺たちがクラナド軍と戦うことになっても良いのか?」
「さすがに虐殺とかされたら夢見悪いけど、あなたはそんなことする人じゃないでしょ?」
その物言いに、祐一は首を傾げる。
「・・・俺とお前は初対面のはずだが?」
「うん、まぁね。でもあたしの友人があんたに詳しいのよ」
「友人・・・?」
「そ。これも提供する情報の一つ。あなたに会いたがってる人がいるのよ」
一拍。
「エア王国第二王女、神尾観鈴」
「――――――」
その名を聞いて、祐一の思考は一瞬過去に埋没した。
たったの三日。
たった三日を共にした、黄金色の髪の少女。
自分と、その少女ともう一人で交わした一つの約束。
『例えどれだけ離れても・・・・・・』
あの約束を、祐一はいまでも覚えている。
両親を殺され、憎しみの炎に駆られ復讐を誓った自分。道は違えてしまったが、あの頃の思いはいまでも繋がっている。
「・・・友人、なのか」
「まぁ、ね。ほらあの子、王族のくせによく城を抜け出したりするでしょ? それで知り合って、ね」
苦笑する。
どうやら自分の知っている彼女から、まるで変わっていないらしい。
「・・・なるほどな。すると、さっきの調査書も観鈴経由か」
「そういうこと。『祐くんの役に立てて欲しい』・・・だってさ。恋する乙女は自分の国すら裏切れるのかしら?」
杏はやれやれといったしぐさで両手を上げる。
「しかしまぁ、そういうわけであたしはあなたを信頼してる。現に、無駄な殺生はしてないみたいだしね?」
「あまり過度な期待はしない方が良いぞ?」
「そういうこと言う時点で平気でしょ。あなたは」
むっ、と祐一は呻く。
なかなか鋭いところを突いてくる。
初見の印象では大雑把そうな気がしたのだが、人は見た目によらないらしい。
自分も人を見る目はまだまだか、と内心で吐息一つ。
「あと、これはあくまで未確認な情報なんだけど―――」
「ん?」
杏の表情が先程までと打って変わって真剣な表情に変わり、
「なんかカノン軍、城の地下で物騒な実験をやってるそうなのよ」
「実験?」
「どういうものかは定かじゃないけどね。エアや、それにクラナドも実験費用としていくらかの金額出資してたみたい」
「それはまた・・・、随分と不透明な話だな」
「そうなのよ。不透明すぎて逆に不気味なくらい。観鈴ですら全容を掴み切れてないようだから・・・本当にごく一部の人間しか知らないんでしょうね。
有紀寧王女を拉致したんでしょ? なんならそっちにも後で聞いてみたら?」
「・・・仮にも前まで仕えていた王女だろ? その言い方はどうかと思うが」
「だってあたしクラナドの王族嫌いだし。軍に所属してたのも給料が良かったからだからね。別にお国のためにどうこうとかなかったわ」
・・・つくづく思うことだが、杏というこの少女は祐一がいままで会ってきた人間族の中でもさらに一風変わった性格の持ち主のようだ。
しかし、気付く。祐一の中で杏に対する疑心が消えていることを。
それもこれも、きっとのこのさばさばした雰囲気や・・・何者をも区別しないその心からだろう。
神族だから、魔族だから、人間族だからではなく。好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと、ある意味自らの心に忠実な者。
そんな杏の姿勢が、祐一にはどこか新鮮に見えた。
「・・・なに? あたしの顔に何かついてる?」
「いや、なんでもない。実験のことは気になるが・・・、確認のしようもない以上いまは置いておこう。
さて、次はそっちの用件だな」
促すと、杏は一枚の紙を取り出した。それは、
「ほう、写真か。珍しいな」
射影機と言われる呪具の一種で、映した風景を紙に収めたものを写真と言う。
普及し始めているとはいえ、それでもまだ絶対数は少ない。持っている者は、それこそ金持ちに分類される者たちだけだろう。
「軍のボーナスで面白半分に買ったのよ。そんなことより」
「あぁ、そうだな」
写真を受け取り、それを見る。
写っていたのは顔立ちの良く似た二人の少女だ。違うのはかもし出す雰囲気と髪型くらいだろう。
二人はそれこそ仲が良さそうにじゃれ合っていた。そんな写真。
そのうちの一人、髪の長い方はいま目の前にいる杏その人だろう。となると、
「探して欲しいのはあたしの双子の妹、藤林椋。二週間くらい前に突然軍を退役したと思ったらそのままふらりと消えたのよ」
「突然・・・か。誘拐の線もあるな」
「なくはないけど・・・。ここで椋の姿を確認した人は椋一人だったって言うし、それに椋は一応クラナド軍の元魔術師団長だからね。そうそう捕まったりしないはずよ?」
「とすると自ら出て行った・・・か。なんか変わった様子とかはなかったのか?」
腕を顎にやり考え込む杏。と、なにかを思い出したのかポンと手を打ち、
「そういえば・・・、いなくなる前日に妙なこと言ってたわ」
「妙なこと?」
「うん。『秩序が呼んでる・』・・とか」
その単語に、祐一は引っ掛かりを覚えた。
秩序。
それは確かにどこかで聞いたことがある単語で―――、
「・・・そうか」
思い出した。それは、そう。修行中のあのときに聞いた単語だ。
「それじゃ、他にも参考になりそうなものは置いていくわ。なにかあったらこれで連絡して」
そうして杏が台の上に乗せたのは、手のひらに収まるくらいの小さな水晶。
それは個人間連絡用の呪具だ。
だが、祐一はそれを一瞥しただけで受け取らない。
「どうしたの?」
「・・・確かに、言ったんだな。『秩序が呼んでる』と」
「え、うん。言ってたけど・・・それがどうしたの?」
「そしてお前はその妹を絶対に探し出すと?」
「当然でしょ? 何言ってんの?」
祐一は考え込む。そして、
「・・・なら、お前が一人で動くのはまずいな」
「なんでよ?」
「まぁ、聞け。俺の知人の死徒に昔言われたことがあるんだ。『秩序』という永遠神剣を持っている少女には気をつけろ、とな。
もしもお前の言っていた『秩序』:というのがそいつのことだったら・・・」
「・・・そんなに強いの、そいつ?」
「俺の知り合いの死徒は、二十七祖の一人だ。あいつが気をつけろというくらいだから・・・、相当のものなんだろうな。
ちなみに・・・あいつからして水瀬秋子はただの若輩者だそうだ」
「・・・・・・それは、・・・ちょっとまずそうね」
なかなか冷静だ、と祐一は判断する。
妹がそのような相手にかかわりを持っているかもしれないとなれば、それこそ飛び出すこともあろう。
だが目の前の少女はそれをしない。祐一の中で彼女の株は上がっていた。
「どうだ? しばらくここにいるというのは?」
「ここに?」
「ああ。お前の妹のことは俺が責任を持って探そう。だから、なにかしらの情報を得るまでここにいないか?」
「・・・あなたたちの仲間になれ、ってこと?」
「簡単に言えば、そうなるな」
トントン、と杏の指がリズミカルに台を打つ。
「・・・冷静に考えて、あたしがここにいる理由はあまりないわね」
「そうか? さっきも言ったとおり俺には死徒二十七祖の繋がりもあるし、いくらかのネットワークも存在する。お前に益はあると思うがな?」
「あたしも一緒に戦わせる気?」
「それだけの見返りはあると確約しよう」
杏は考え込むように目を瞑り、数秒。
「・・・オーケー、わかったわ。しばらく厄介になることにする」
微笑の杏に、祐一も微笑を浮かべ手を差し出す。
それに対し杏もその手を取った。
交渉成立と、共闘の証だ。
あとがき
ども、神無月です。
いやー、なんか随分と話が長くなってしまいましたよ。
と、いうわけで杏、祐一軍の仲間入り。これからの活躍にもご期待あれ。
さて、次回はちょっと祐一たちから場面が離れます。
次回登場のキャラが誰か、それは秘密です♪
では、お楽しみに。