神魔戦記 第二十六章

                「相違、その訳」

 

 

 

 

 

 外はすっかり闇に落ち、世界を包むのは静寂と少しばかりの虫の鳴き声。

 しかしここは地下迷宮。いついかな時であろうとそこは闇が蔓延しており、浮かぶ光源はわずかな蝋燭の明かりのみという空間。

 その一室。

 地下迷宮の中でも最も狭いと思われる部屋に、一人の少女がいた。

 宮沢有紀寧。

 クラナド王国第一王女である彼女は、この薄暗い空間の中で膝を丸めてただ座っていた。

 着ている服は見るからに高そうなドレスだが、所々が破けたり汚れたりしているせいで、気品は感じられない。

 ―――いったい、どうしてこんなことになったんだろう。

 さっきからグルグルと同じ思考だけが頭を回る。

 ここはどこで、いまは何時で、ここまで連れてきた連中は誰で、どういう意図があるのか。全ての状況が理解できない。

 考えても答えが出ることではないが、それでも頭の中はそれだけで埋まってしまう。

「どうした?」

 キィ、と金属の扉が開く音と同時、男の声が空間内にこだました。

 その声に、有紀寧は顔を上げる。

 そこに立っていたのは、自分をここまで連れてきた連中でも最も位が高いと思われる人物だ。

 それはあのときの戦闘での一部始終を見ていればなんとなくわかること。

 ―――ここで弱みを見せてはいけない。

 意地というか本能とでもいうか。有紀寧はほぼ直感的にそう考え、全ての不安をその凛々しい表情の裏に隠した。

 それに対し、目の前の黒い外套の青年は感嘆のような吐息を漏らし、備え付けてある椅子に腰を下ろす。

「厳しい目線だな?」

「当然です」

「だろうな」

 意味のない会話だ。

 しかも祐一は腕を組んで目を閉じるという無造作すぎる形で座っている。剣も持っていない。

 ―――こっちが反抗するなんて思っていない?

 それか、こちらが反抗しても軽くあしらえる自信があるのか。・・・おそらく後者だろう。

 多分、それと同じ理由で有紀寧は拘束されていない。この部屋に閉じ込められはしたが、手足も縛られず、猿ぐつわもされてない。

 注視するように青年を見やる。

 青年は瞼を閉じたまま、眠っているように動かない。

 実際寝ているわけではないだろう。しかし、なにも話すことがないのに、わざわざここまでやって来るだろうか?

 ―――様子見?

 いや、と心中で否定する。それなら部下をよこせば良いのだ。自分がわざわざ赴く必要はない。

 ならば、なにか。

 祐一の様子を見る。

 ただそこにいる。動きはない。それはまるでなにかを待っているようで―――、

「あ」

 ・・・待っている? こちらの発言を?

 思いは確信に変わる。

 向こうは待っているのだ。こちらの言葉を。

 そしてその会話でこちらの何かを計ろうとしている。

 どうしようか、と考える。

 だが、ここで何もしなければ何も変わらない。ここで何かをすれば、何かしらの変化はあるかもしれない。それが良い意味にしろ悪い意味にしろ。

 有紀寧は心中で頷いた。

 こんなところで立ち止まってはいられない。

 顔を上げ、青年を強い視線で見やる。

 青年はこちらの決意に気付いたかのように、瞼を開けていた。

「質問があります。よろしいでしょうか?」

「こちらで答えられる範囲なら、な」

 予想通りの言葉だったのだろう。すぐさま返答が来る。

 ならば、疑問に思うことは全てぶつけてみよう。

「ここはどこですか?」

「カノン王国最南端に位置するアーフェン。その地下迷宮だ」

「どうしてこんなことをしたのです?」

「俺たちはいまカノン王国に戦いを挑んでいる。その中でクラナドがカノンと連携することの阻止と、またカノン、クラナド間の繋がりの悪化だ」

「・・・あなたは、何者ですか?」

「相沢祐一だ」

 ・・・正直驚きがある。

 確かにこちらの出方を伺っている様子ではあったが、こうも容易く全ての質問に答えるとは思っていなかった。

 そしてもう一つ。

 それは『相沢』という、その姓。

 それは幾年か前までこのキー大陸に君臨していた、世界でも有数の力を持っていた魔族と同じ姓だ。

 その魔族は数年前に勇者の団、ホーリーフレイムによって討伐されたと聞いていたが、まさか・・・。

「・・・あなたは、あの相沢の血族なのですか?」

「お前の言う相沢がどこの相沢か知らないが、おそらくそうだろう」

 ならば、と有紀寧は続ける。

「あなたがカノンに対して戦いを挑むのは、やはり世界征服のための第一歩ですか?」

 一泊の間。

 すると青年―――祐一は苦笑を浮かべた。いや、嘲笑と言った方が正しいか。

「な、なにがおかしいのですか?」

「あぁ、悪い。いやなに、人間族の固執的な感覚からすると、魔族が戦う理由はそんな世迷言しか思い浮かばないのかと思ってな。

 多少は理解しているつもりだったが、まさかここまでとは・・・な」

 くくく、と本当に面白そうに笑い、

「逆に問おうか宮沢有紀寧王女。・・・このご時勢に、全ての国を相手にして反旗を翻し、世界を征服するなどと、はたしてできると思っているのか?」

「できるわけがありません」

「しかし、その返答は先程の矛盾だな? それを知ってなぜあのような問いをよこす?

 ・・・あぁ、それとも魔族にはそんなことを理解できる頭はないと? ただ人間族を殺すことに享楽を見出し、ただ争うだけの野蛮な生き物とでも考えていたか?」

 有紀寧は喉を詰まらせ俯いた。

 確かに、いま祐一が言ったことはそのまま有紀寧の考えていたことだ。

 ・・・だが、冷静に考えれば、確かにそうじゃない。

 仮に魔族が人間族を殺すことだけに執着するのなら、まずこの状況が説明できない。

 疑問はそのまま当惑へと変化し、有紀寧は言葉を捜す。

「なら・・・あなたはなぜ戦うのです?」

 瞬間、祐一の顔に悲しい表情が過ぎった。

 え、と疑問に思うもそれは一瞬。すぐさま祐一は表情を戻し、こちらを見下ろす。

「俺たちが戦う理由は・・・復讐だ」

「復讐?」

「あぁ。・・・お前、俺をただの魔族だと思っているか?」

 有紀寧は首を傾げる。

 その言葉の意味がわからないからだ。

「・・・俺はな、半魔半神なんだ」

「ハンマ・・・ハンシン?」

「神族と魔族の間に生まれた子、という意味だ」

「!?」

 にわかには信じられないことだった。

 魔族と神族は太古の昔から争いあってきた種族。全てが対であるような二つの種族は、互いの存在を忌み嫌い、世界創生よりいままでに幾多もの戦争を繰り広げてきた種族なのだ。

 それら二つの種族が、まさか子供を生むなどと・・・、普通には信じられないことだった。

「神族である母は、悪しき魔族の子を産んだと同じ神族に追われ、最後には人間族に殺された。そして父は人間族に対してなにかをしたわけではないのに、魔族というだけでホーリーフレイムに殺された」

 ゆらり、と祐一の視線が向けられる。

 それに対し有紀寧は無意識に肩を強張らせた。

 その瞳に宿るは、怒り、悲しみ。・・・負という負の感情全てない交ぜにしたような、淀んだ色。

「お前にわかるか? この理不尽さが。

 種族だの、血だのとそんなもので追われ殺される俺たちの思いが。

 ・・・わからないだろうな。人間族として生まれ、生き、魔族を化け物のように教えられ、王宮で平穏に過ごしてきたお前には、俺たちの・・・悲しみも怒りもわかるまいっ!!」

 それは激情だった。

 いままで抑えてきたのだろう。それが一気に溢れ出た。

 祐一は有紀寧に詰め寄り、その肩を強く握り、顔を寄せ、

「貴様ら人間族は、なぜ魔族を悪と決め付け、神族を正義と決め付ける! 名か!? 見た目か!? 血か!?

 そして貴様らは神族の言うことにただ従い、魔族を駆逐する!

 無害の・・・なにもしない魔族を虐殺することが正義か!? 無抵抗の、魔族の子供に対して嬉々として剣を振り下ろす人間族が正義か!?

 俺たち魔族の血を引くものは生きることすら許されないのか!?

 ・・・ならば戦うしかないだろう! なにもせずとも誰かが襲ってくるならば、それを跳ね返す強さが必要だ! そして平和に生きるには、その襲ってくるものを全て皆殺しする以外に生きる道があるのか!」

「で、でもそれは・・・!」

「それは悪か? そうだな、そうかもしれない・・・。

 ならば答えてみろ。先程言った人間族は正義か? やっていることは同じだろ。ただ立場が逆転しただけだ。

 やっていることは変わらないのに、自分たちは正義で敵は悪か!

 その傲慢さが、愚かさが、いったいいままでどれだけの無実の魔族の命を刈り取ってきた!?

 自分がやっていることが、いずれ己が身にも返るかもしれないことは考えておくべきことだろう! それを自業自得というんだ!」

 その瞳から、言葉から、そして握り締められた肩から届く思いがある。

「ならば、俺たちは悪でも構わない! 貴様たちが掲げる中身のない薄っぺらな正義というものを粉砕して悪を通してやる!

 そして俺たちは生きる! 誰にも殺されず、生きて、生き抜くだけだ!

 俺は・・・もう誰にも死んで欲しくない!」

「い、痛っ・・・」

「―――っ!?」

 バッ、と手がすごい勢いで離される。

 すると祐一はそのまま顔を隠すようにして背中を向ける。

 ・・・その様子から、言おうと思っていなかったことまで言ってしまったのだろうと有紀寧は悟った。

「・・・お前に手を出すつもりはない。何もしない、逃げないとここで約束するなら多少の自由も許そう。

 だが、お前にはしばらくここで過ごしてもらう。自分の運がなかったと・・・そう思うんだな」

「あ、あの!」

 そのまま去ろうとする祐一の背に、有紀寧は声をかけた。

 止まる歩。しかし、有紀寧はなぜ止めたのか自分で理解できなかった。

 自分はなぜ止めたのか。

 何かを言いたかったのか。

「・・・いえ、なんでもありません」

「・・・あとで人をよこす。なにかあればそいつに言え」

 扉の向こうに消えた背中。

 その背は・・・、どこまでも悲しい色をしていた。

 有紀寧は吐息一つ、天井を眺めた。

「・・・・・・半魔半神。・・・復讐・・・ですか」

 その思い。その激情。

 ・・・それを真正面から受け、有紀寧の中の魔族というイメージに少しばかりの変化が生じていた。

 

 

 

 祐一は地下室から出ると、大きく舌打ちをした。

 ・・・あのあまりに素っ頓狂な物言いに、思わず頭に血が上ってしまった。

 激情に任せ口を開き、醜態を晒してしまった。

 ―――自分も、まだまだだな。

 精神を御せないのはまだまだ修行不足だと、あの人物にもよく言われたのを思い出す。

「あの、ご主人様」

 ふと気付けば、すぐ近くに美咲の姿。

 ・・・ここまでの接近に気付かないとは、自分はよっぽど精神が散漫しているらしい。

 落ち着ける意味でも大きく息を吐き、祐一は美咲の向き直った。

「なんだ?」

「ご主人様に会いたい、と申している人が来ているのですか・・・」

「俺に? 魔族か?」

「いえ、それが・・・人間族でして」

 眉を顰める。

「何人だ?」

「それが・・・一人で」

 ほう、と祐一は無意識に呟く。

 魔族の巣窟と言われているいまのアーフェン。そこに人間族が、しかも一人でその頭に会いたいなどと、普通では正気の沙汰とは思えない。

 ・・・ならば、相手は普通じゃないのだろう。

「よし、会ってみよう」

 とにもかくにも会ってみればいい。

 そうすれば、相手の意図も、なにもかもがわかるだろう。

 

 

 

 地下迷宮の入り口付近に小さな部屋がある。

 なんのために作られた部屋なのか。祐一は知らないが、現在はここを客間のようにして扱っていた。

 とはいえ、客などそうそう来ることはないのだが・・・。

 今回はその珍しい客が来ているということで、そこに祐一は来ていた。

「ども〜」

 扉を開けると、ひらひらと手を振って一人の少女がそこにいた。

 紫色の長い髪が目を引く、どこか勝気そうな笑みを浮かべた少女だ。

 だが、なにより目を引くのはその鎧の肩口に刻まれた紋章。

 ・・・それは、クラナド軍の刻印だ。

「はじめまして、ってね。あたしは藤林杏っていうの。一つよろしく」

 おそらくこちらの視線がそこに注がれていることがわかっていてなお笑みを崩さない杏という少女。

 その態度に祐一は興味を覚え、対面に座り込んだ。

「それで、クラナドの者が俺になんのようだ?」

 すると杏は一段と笑みを強くし、

「ねぇ、取り引きしない? あたし・・・あなたの知りたい情報をたくさん知ってるわよ?」

 

 

 あとがき

 ども、神無月です。

 今回は祐一と有紀寧の対話がメインでした。

 これからの有紀寧の動向にもご期待ください。

 さて、そして次回は杏との話です。

 彼女が祐一に持ちかける取引とは何か、その辺をお楽しみに。

 では、これにて。

 

 

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