神魔戦記 第二十五章

                 「裏の事情」

 

 

 

 

 

「いったいなにをやっていたんだ、お前たちはっ!!」

 轟く声は怒号だ。

 ここはキー大陸、西側に位置するクラナド王国。その王都クラナドにあるクラナド城の玉座。

 憤慨しているのは、クラナド王国現国王である宮沢和人。

 その前で深く頭を垂らしているのは、祐介ら近衛騎士団だ。

 面々の表情はどこまでも悔しそうに沈んでおり、ただ王の言葉を甘んじて受け入れていた。

 そう、そのメンバーは昨日祐一らに有紀寧を強奪された、あの部隊だ。

「どうしてこんなことになった!? こんなことにならないためのお前たちだろう!」

「はっ、ですがシズクに加え情報にない魔族の集団の出現に、あれだけの戦力ではとても・・・」

「言い訳は無用だ! お前たちはどんな状況でも有紀寧を守る責任がある!」

 それはそうだ。そのための近衛騎士団。たとえ命を落とそうとも、君主を守る義務がある。

 しかし、と祐介は考える。

 もし、あの場で自分たちが追撃をかければ、有紀寧がどうなるかわからなかった。そうそう人質を殺したりはしないとは思うが、相手は魔族。慎重になりすぎるということはないだろう。

 が、それを言ったところで言い訳なのもまた事実。不慮のアクシデントが重なったとはいえ、強奪されたことに変わりはないのだ。

「しかしカノンめ。魔族が出没しているのなら情報を流す責務があるだろうに・・・。これだから外面を気にする国は・・・」

 和人の独白に祐介の隣で跪いていた朋也は、内心で苦々しく呟いた。

 ―――それは、この国も同じだろう。

 有紀寧を奪われたことをエアに報告していない。それによりクラナドの威信を下げたくはないのだろう。

 だが、本当に有紀寧が大切なら恥など捨ててエアに協力を要請すべきなのだ。

 ただプライドとか、権力とか、恥とか。そんな無意味なものに縋って動けない国など、どれほどの価値があるだろうか。

「ん? なんだ岡崎その目は」

 不意に、視線が合ってしまった。

 しまった、と思うももう遅い。

 和人は朋也の前まで歩いてくると、見下すような視線で、

「・・・まさかお前、相手が魔族だからって手を抜いたんじゃないだろうな?」

「王!?」

 祐介が驚きの声を上げる横で、朋也の表情が凍る。

「お前には前科があるからな」

 和人の顔に嘲笑が浮かぶ。そして、

「お前・・・、まさかカノンの魔族に通じてはいないだろうな?」

「―――っ!!」

「おい、岡崎!」

 その言葉に怒りは沸点を超えた。

 祐介の制止の声を振り切り、腰の剣に手をかける。

 王直属の近衛兵の顔に緊張が走るが、和人はその笑みを微塵も崩さない。

「ふっ。愚かな・・・」

 呟き、和人は無造作に右手を中空に掲げた。

 すると、妙な魔力の変動が起こり、

「―――っ、ぐ、ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 朋也を強烈な頭痛が襲った。

 万力で頭蓋骨を潰されるような激痛。耐え切れず、剣を落とし、頭を抱え、跪き、そして転がりまわる。

 この世で感じたことのない激痛。いっそ殺してくれと思ってしまうほどの強力な痛み。

「忘れていたのか? お前には“聖痕”があることを」

「王! 岡崎はしっかりと任を勤めていました!」

「うるさいぞ。所詮お前もダ・カーポのはぐれ者だろう。口出しするな」

「・・・くっ」

 祐介は歯噛みし、勝平も陽平も動けない。

 ここで動き、さらに朋也を庇うようなことをすれば、いま以上に朋也が苦しめられることがわかっているからだ。

「あぐ、うぅうぅうあ、あああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ふん」

 蔑むような和人の目前で、朋也の額に浮かぶ金色の刻印。

 それは・・・どこかクラナドの国家紋章と似ていた。

「殺しはしない。だが、忘れるな岡崎。お前はあのとき処刑されてもおかしくない罪を犯したのだ。

 だが、お前の実力を買って、騎士団で生涯働く条件でお前を生かしてやっているんだ。その責務を全うしないのならば・・・いつ殺されても文句は言えない立場なんだぞ、お前は」

「ぐぅぅ、ああ、あ、あぁぁぁあああぁぁあ!」

「だが有紀寧の奪還もある。お前に死なれては騎士団の力に穴が開く。だから殺さない。・・・そのこと、しっかりとその身体に覚えこませろ」

 と、不意に朋也の絶叫が止まった。そして動きも。

「岡崎!?」

 慌てて朋也に近付く祐介。

「・・・・・・良かった」

 どうやら気絶しただけのようだ。しかし額の刻印は輝きを消さない。いまもなお頭痛は朋也を襲っているのだろう。

 と、祐介の横に突如数人の兵士が立ち並んだ。

 そしてそのまま祐介を引き剥がし、朋也の弛緩しきった両手をまるでゴミでも扱うように無造作に持ち上げる。

「お前たち、なにを!?」

「王様。岡崎様はどういたしましょう」

「ふん、三日ほど地下牢に入れておけ。そうすれば反省もするだろう」

「王!?」

 祐介の言葉など聞く耳持たないと言わんばかりに和人はそのまま、玉座横から去っていった。

 くそ、と心中で毒吐き二人の兵士に連行される朋也の背中を見つめる。

 朋也はあまりの激痛に気絶している。そして再び激痛により目を覚まし、また気絶する。その繰り返し。

 これこそクラナド王国に昔から伝わる、王家にあだなす罪人に対する罰。

 それはある種の呪いであるとも言えよう。

「・・・岡崎」

 なにもできない自分の歯がゆさに、祐介はただ唇をかみ締めるだけだった。

 

 

 

 暗い空間がある。

 蝋燭の灯りはあるものの、それでも先を見通せないほどの深い闇だ。

 だが、決して部屋が広いわけではないだろう。現実それほど暗いわけでもないに違いない。

 だが、そこは確かに暗かった。

 それはきっとその部屋に充満する雰囲気のせいだろう。

 暗い、あまりに暗い気配。底冷えさせる重さを纏った空気には、同時になにか妖艶な臭いも混じっていた。

 嫌な臭いだ、と少女は思う。

 何度来てもここは好きになれない。・・・いや、ここを好きになれる人物など、それこそこれを作りあげた者だけだろう。

 だがこの部屋には明らかに複数の人の気配がする。しかも十を軽く超えるほどの。

 時々かすれたような女性の声も耳に届く。

 少女にはまるでそれがこの世の終わりを告げる狂想曲に聞こえた。

「・・・で、どうして君はここにいるの? 王女はどこ?」

 声は真正面。

 そこには大きな椅子があり、そこに座っている一人の男がいる。

 その男は、どこかおかしかった。容姿も普通だし、声だって普通。その柔和な顔は一見人の良さそうな気さえする。

 だが、確かにその男はどこかが決定的におかしかった。

「す、すいません・・・」

 少女はただ謝った。

 こうすることしか少女はできない。否、それ以外のことをすれば少女はもうこの世にいないだろう。

 いや、・・・もしかしたら生きられるかもしれないが、ああまでなって(、、、、、、、)生きていたくはない。

「・・・・・・姫の強奪は、その・・・失敗しました」

「・・・・・・ふぅ」

 吐息。それと同時、相手が椅子から立ち上がりこちらに近付いてくる気配を感じる。

 だが少女は顔を上げない。・・・上げられない。

 震えそうになる肩や足を必死に気力で押し留める。

 もしもここで役立たずと判断されたなら・・・、それこそいまこの部屋の床に散らばっている者たちのようになるかもしれないのだから(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)

「瑞穂くん。君はいったいなんのためにあそこにいたんだい?」

 肩を叩かれ思わず少女―――藍原瑞穂は肩を強張らせた。

「す、すいません! 想定外の敵が現れて、その人たちに姫を横取りされて・・・!」

 その言葉に男の眉がわずかに跳ねる。

「・・・どういうことだ? クラナドから強奪し損ねたわけじゃないのか?」

「は、はい。・・・相沢祐一を名乗る男の集団が突然現れて、王女を・・・・・・」

「ふーん、そっか。相沢、ねぇ。相沢・・・」

 なにかを思案するように男は顎に手を掛け、

「なら、まぁいいや。瑞穂くん、君明日からエアに行きなさい」

「え、・・・え?」

 それは瑞穂にとって予想外の言葉だった。

 殺される、とまではいかずともなにかしらの処罰は受けさせられると考えていたのだ。

 そうしてキョトンとしている瑞穂を、男は冷めた視線で射抜く。

「僕は二度も同じことを言うのは嫌いなんだ。エアに行け、と言ったんだ。とっとと行ってこい」

「え、でも・・・クラナドの王女は・・・」

「君が気にすることじゃない。君は僕の言うことだけを聞いていれば良い。だろう?」

「・・・はい」

 悲しみと悔しさをない交ぜにしたような表情で俯く瑞穂。

 だが彼女は男に従うしかない。

 彼に従っていれば、まだ意識はある。瑞穂はどうしてもあの人形のような・・・生気の抜けた人間たちにはなりたくなかった。

 心を、壊されたくはなかった。

 でも、と思う。

 ―――この人の人形であることには、何も変わらない。

 仕方のないことだ、と強く自分に言い聞かせ、瑞穂は一礼するとその部屋から去っていった。

 その背中を見送ることもせず、男は再び椅子に座り込む。

「魔族か、そうか魔族・・・。くくく、カノンを混乱の坩堝に落としてくれるといいんだけど・・・」

 カノンに魔族が出現しているなら、カノンは任せても良いだろう。相沢を名乗っているのなら、かなりの力も秘めているに違いない。

 ならば、そのうちに他の国を叩いておけばよい。

「・・・ふふっ、もう少しだよ瑠璃子。僕の瑠璃子。・・・もうすぐ、僕たちの楽園が完成するんだ。そのためにも、相沢祐一とかいう魔族にも頑張ってもらわないとね?」

 こだまする。

 彼―――月島拓也の飽くなき欲望が、渦となって空間を歪ませる。

 一瞬、蝋燭が大きく燃え上がった。

 照らされた室内には・・・それこそ足の踏み場もないように、いくつもの女の体が転がっていた。

 

 

 

 あとがき

 ども、神無月です。

 今回は祐一たちはお休みで、その他周辺の人たちのお話でした。

 まぁ、どちらも当分出番はないです。彼らが本格的に動き出すのは「キー大陸編」に入ってからだとお考えください。

 さて、知る人にはあまりにも有名な月島さん家のお兄ちゃんこと電波の総本山、月島拓也登場。

 誰もが思う通り、彼はこれからも悪役街道をひたすら突っ走ります。中途半端な悪役なんて演じません。

 ひたすら悪まっしぐらです。

 彼の極悪非道っぷりにもご期待あれ。

 あー、あと杏が出るのはこの次です。杏ファンはお楽しみに。

 

 

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