神魔戦記 第二十四章

                 「運命の邂逅(後編)」

 

 

 

 

 

 林の間から飛び出してきたシズク兵。その手に抱えられた有紀寧と視線が絡まった。

 ―――あれが宮沢有紀寧王女か。

 なるほど。身なりから気品、はてはその雰囲気まで王族のものだ。

 確認し、祐一は剣を抜いた。そしてその切っ先をシズク兵に向け、

「止まれ」

 その言葉に、というわけではないだろう。敵意を見せるこちらの様子を見るためにシズク兵たちはその足を止めた。

 その中、有紀寧はこちらを見て驚き・・・というより困惑に近い表情を浮かべている。

 見たところ魔力は感じられるが、垂れ流し。ろくに魔力操作の鍛錬も受けていないようだ。向こうには祐一や名雪、美汐が魔族などと気付いていないのだろう。そうでなければ、もっと驚いているはずだ。

 なぜならクラナドは、エアと同じ魔族批難国なのだから。

 ―――まぁ、いまはいい。

 いま問題とすべき点はそこじゃない。

 視線を転じ、前に立ち連ねるシズク兵を見回す。

 どいつもこいつもまるで生気を感じさせない。瞳に意思はなく、こうして見ていれば動きは緩慢だ。

 だが侮ってはいけない。先程こちらまで来たスピード、そしてクラナドの兵士たちからこうして有紀寧王女を奪ってきた力。侮ればやられるのはこちらだろう。

「美汐。こいつらに話は通じるか?」

「いえ。精神を操られているのか、どうやら本人の意思はないようです」

「だろうな・・・」

 あくまで事実確認。そんなものは見ていれば想像は付く。

 ・・・だが、祐一は敢えて言った。

「シズクの兵に告ぐ。有紀寧王女を置いていけ。そうでなければ容赦はしない」

 有紀寧の表情が希望に染まった。自分を助けに来た者だと思っているのだろう。

 まぁ、後ろには神族であるあゆもいる。そう思っても不思議ではない。だが、

「有紀寧王女は俺たちの獲物だ。リーフの余所者は身の程を知り、立ち去れ」

 次の瞬間、有紀寧の表情は一転して絶望に変わった。

 ようやく気付いたのだろう。・・・こちらも敵である、ということが。

「・・・うふふふふ」

 ニヤリ、とシズク兵たちの口元が歪む。

 それはまるで、やれるものならやってみろと言っている様だ。

 その様に祐一も笑みを象った。そして剣を振り上げ、

「目標は姫の強奪だ! さくら!」

「オーケイ!」

 返事と同時、灼熱の魔力が周囲を焦がす。

 既に詠唱を終え、待機していたのだろう。さくらは一足飛びに前に出て、

「『四方を結ぶ火猫(フォセリアン・ドーバ)』!」

 炎が舞う。

 シズク兵たちの周囲を炎が踊り、徐々に覆っていく。もちろん有紀寧を抱えているシズク兵だけは範囲から外していはいるが。

 その他のシズク兵を一気に殲滅しようと炎が舞う。だが―――、

「えっ・・・?」

 一瞬後、その炎に呑まれるはずのシズク兵の姿が消えた。どこに、と思った瞬間、

「さくら! 後ろ!」

 留美の声に咄嗟に障壁を展開する。次の瞬間に背後から衝撃。世界が回り、さくらは大きく地面に吹っ飛ばされた。

「あ・・、ぐ!」

「さくら、大丈夫!?」

「な、なんとか・・・」

 駆け寄ってきて支えてくれる留美に肩を借り、立ち上がる。その視線の向こうでは無傷のシズク兵たちがあの笑みを浮かべて悠々とこちらを眺めていた。

「これは・・・油断できる相手じゃないね」

 魔力は感じられない。動きも剣術や格闘術を嗜んだ感じでもない。

 単純に力任せ。どうやら催眠かなんかで人間の抑制を外しているようだ。

「・・・留美ちゃん、援護してもらえる?」

「いいけど。平気なの?」

「ボクを誰だと思ってるのさ♪」

 さくらの腕が踊る。瞬間で編み出した魔術式は、攻撃のそれではない。

「『熱の覇(ヒート)』」

 さくらの掲げた指先から赤い光が舞い上がる。それは留美をはじめ祐一や名雪、美汐などに降りかかった。

 それは火属性唯一の補助魔術。体内に熱を発生させ、身体能力を向上させる魔術だ。

 それを受け、他の者も動き出す。

「いいか、どうあっても王女は傷付けるなよ!」

 祐一の言葉が飛ぶ。同時、皆は地を蹴った。

 

 

 

「くっ・・・!」

 朋也は走りながらそれを感じていた。

「どうした、岡崎」

「・・・最悪の展開になってますよ、芳野さん」

「・・・どういうことだ?」

 どうやらまだ祐介は気付いていないらしい。いや、他の面々も。

 やはり自分は他者より気配に敏感なようだ。思いつつ、朋也は告げる。

「シズク兵の気配はここより少し先で止まってます」

「それはちょうど良いじゃないか」

「違います、その止まってる理由が最悪なんですよ」

 一息。

「・・・いま、この先でシズクと・・・おそらく魔族が戦闘しています」

 祐介をはじめ、他の面々も息を呑んだ。

「まさか・・・そいつらも王女を!?」

「わからないけど・・・、その可能性は高いかと」

 しかし朋也には確証がもてない。

 そのシズクと戦っている部隊、どういうわけか魔族だけではなく人間族、はてには神族の気配すらある。それが朋也に「おそらく」という前置詞を付けさせた。

 ―――どういうことだ?

 どう考えても理解できない状況だ。三つの種族が共に戦うなどと・・・。

 ―――行ってみればわかることか。

 それに、それよりも大切なものがそこにはある。いまは一秒でも早く急ぐとき。

「近い・・・。そこです!」

 朋也が隣の祐介に告げる。木々の間を疾走し、抜けた先に―――、

「なっ・・・?」

 異常な光景が展開していた。

 やはり朋也の感覚の通りだった。

 そこでは、シズク兵に向かって魔族と人間族、そして神族が共に戦っていた。

 皆が驚愕に眼を見開いていると、不意に横から足音。

「芳野さん・・・?」

 それは祐介が無造作に一歩を踏み出した音だ。

 その祐介の表情は皆以上に驚愕に打ち震えている。なにが、と思い朋也が声をかけようとしたとき、

「さくら!?」

 祐介が叫んだ。それに対し、魔族と共に戦っていた人間族の少女がこちらに振り向き、

「ゆ、祐介お兄ちゃん!?」

 

 

 

 さくらは詠唱中だった魔術が途切れマナが霧散していくのを自覚しつつも止めることができなかった。

 なぜならそこに、予想外の人物が立っていたからだ。

 クラナド軍の紋章を刻んだ鎧を纏った男。あれから大分経ってはいるが、見間違うはずもない。

 その名は芳野祐介。

 芳野さくらである自分の実兄(、、)なのだから。

「なんでさくらがここに・・・、しかも魔族と共にいる!? 気でも触れたか!?」

 その言葉にカチンとくる。さくらはどこかムッとした表情で、

「そんなこと、芳野の家を出て行った祐介お兄ちゃんに言われる筋合いはないよ。べー」

「頭を冷やせさくら! お前は芳野の血族の中で最も才能に恵まれた者だ! お前がいたから、俺は安心して家を出たのに・・・!」

「そういうのを押し付けがましい、って言うんだよお兄ちゃん。そうしてお兄ちゃんは芳野の家にボクを売って自由を得たんでしょ?」

「ち、違う! あれは・・・!」

「ボクは芳野のお人形じゃないんだ。それとも祐介お兄ちゃんは封印指定だとか言われて閉じ込められるのがボクの幸せだとでも言う気?」

 沈黙する祐介にさくらは憤りを感じた。

 いつもそうだ。祐介は実家の者に自分がなにをされていようと見向きもしない。ただ静かに佇んで、過ぎ去るのを待つばかり。

 さくらは祐介が嫌いだった。それが本当に兄のすることなのか、と。

 だからさくらは求めた。自分を守ってくれた、あの人物に、自分の理想である兄を。

 ・・・いや、いまはそれはいい。頭を振り、さくらは祐介を睨み付ける。

「言われなくてもおばあちゃんはボクの目標だもん。越えてみせる。でもそれはボクの意思であって芳野のためじゃない」

「だから魔族につくのか、お前は! 心を悪魔に売ったのか!?」

 魔族は悪。

 そんな固定観念をさらす祐介の姿は、無常に祖母を越せと追い立てるあの家の者たちと被って見えて。

「祐一は・・・、人間族である芳野の家の住人より、よっぽどボクのことをわかってくれてるよっ!」

 刹那、さくらの腕の中に魔力が凝縮される。流れるマナは、とにかく大きい。

 選択する魔術は広範囲魔術。クラナドも、シズクも、全てを巻き込む上級魔術。

 魔力は飽和点を突破し、掲げられた両手から溢れ出る!

「『落千なる砲火(ブラストチャリオット)』!」

 放たれた強力な炎の魔力の塊はそのまま上空へと舞い上がり―――破裂した。

 それはまるで炎の雨のように辺りに降り注ぐ。

 しかしそれはランダムではない。その舞い落ちる一つ一つの炎の弾丸全てがさくらの支配下にある。

 味方には当てず、王女にも当てず、クラナドとシズク兵だけに意識を向ける。

 落千なる砲火は術発動後の操作が難しいことで有名な火属性の上級魔術だ。だがそれをさくらはまるで感じさせないほどに巧みに操る。

 数百、数千といった炎の雨は、回避すると言っても限界はある。

 シズク兵は最初こそかわせていても、いずれ直撃する。魔力がかけらもないので障壁を張れず、一撃当たれば絶命だ。

 クラナドのほうは上級の魔術師でもいるのか、強力な防御結界で術を防いでいるが、そう長くは持つまい。

 シズク兵の半分以上が消失したのを確認して、さくらは意識をその結界に絞り込んだ。

 空中から吐き出される炎の弾丸がクラナド軍に集中する。

「もう、これ以上は・・・!」

 結界の中で誰かが苦しそうに呟く。

「くそ!」

「朋也!?」

 それを聞き一人のクラナドの騎士、朋也と呼ばれた男が結界から出てこちらに突撃してくる。

 ―――速い!

 降り注ぐ炎の雨を器用にかわし、しかし速度は落ちない。

「『炎の柱・九裂(フレイムウォール・ナインス)』!」

 迎撃に魔術を放つも、それをも掻い潜って朋也は迫る。

「もらったぁ!」

 振り上げられる剣。対処は間に合わない―――と思った瞬間さくらの眼前の空間が歪む。

 同時、鉄をぶつけたような音。

「なにっ・・・、空間跳躍!?」

「みっしー!」

「みっしーはやめてくださいと何度も言っているはずですが・・・」

 美汐は半目でこちらを一瞥し、そして驚きに目を見開く朋也に視線を流す。

「あなたの相手はこの私がしましょう」

 槍を上へ。剣を跳ね飛ばし、開いた脇腹に柄での一撃を叩き込む。

「ぐっ・・・!」

「『闇羅(ヴァイト)』」

 そのまま柄を指でなぞり、魔術が発動。闇の矢が朋也の身体を突き飛ばした。

「ぐあぁ!」

「矢が貫通しない・・・? なかなかの魔術抵抗を持っているようですね」

 とはいえ、いまの一撃は重い。これでしばらくは身動きが取れないだろう。

 美汐が止めを刺そうと槍を振り上げるが、それはあゆの言葉によって阻止された。

「みんな、シズクが逃げるよ!」

 あゆの声に弾き見れば、王女を抱えたシズク兵を筆頭に三人のシズク兵がこの場から立ち去ろうとしている。

「勝平!」

「うん!『烈風なる至上の爪(ゲイルクロー)』!」

 それを見た朋也の叫びに、勝平と呼ばれた男が魔術を放つ。

 突風が舞う。

 それは逃げようとしたシズク兵たちの前で行きかう風の刃となり立ち塞がった。

 このまま突っ込めば八つ裂き。それがわかっているのか、そこでシズク兵たちの動きが止まる。

 その瞬間、シズク兵の左右を二つの影が奔った。

 留美と名雪だ。

獅子・爆砕剣!」

琉落の夜(るらく よ)!」

 振り荒ぶ留美の一撃に右のシズク兵が身体を木っ端微塵にし、名雪の琉落の夜によって左のシズク兵が凍りつき爆ぜる。

 だが中央にいる者には届かない。そのシズク兵はそそり立つ風の壁を乗り越えるほどの強大な跳躍でこの場から離脱しようとしている。

「いかせない!」

 そこへ鈴菜の闇の矢が飛んだ。

 寸分違わず心臓に突き刺さったそれにシズク兵は絶命し、抱えていた有紀寧を取り零す。落ちる先は・・・風の刃が吹き荒れる壁の上。

「まずい! 勝平、魔術の消去!」

「そんなすぐには・・・!」

 一度発生させた魔術の消去はさほど難しいわけではないが、多少の時間は必要になる。

 が、それを待てば有紀寧はその風の壁に巻き込まれ八つ裂きとなるだろう。

「どけ!」

 そこへ祐一の叱責が飛ぶ。同時、祐一に強力な魔力が集い始める。咄嗟に祐一と壁との射線軸上から退避する留美や名雪たち。

「『暗黒の走破(リッシュナッパー)』!」

 そこを貫く一条の暗黒の波動。

 凄まじい速度で風の壁へと辿り着いたそれは、さも簡単に壁を貫通し霧散せしめた。

「なっ・・・!?」

 勝平から驚愕の声が漏れる。

 それも無理はない。

 烈風なる至上の爪は風属性の上級魔術。しかし祐一の放った暗黒の走破は初級から中級の中間程度に位置する闇魔術だ。

 それが、あんな簡単に突破される・・・ということは込められた魔力の規模が段違い、ということだ。

「おとと」

 空中であゆが有紀寧をキャッチする。それを祐一は横目で確認し、告げた。

「撤退する!」

 

 

 

「待て!」

 朋也はなんとか身体を持ち上げ、剣を片手に突撃した。

 ―――このままみすみすと逃がしてたまるか!

 だが傷を負って力のこもっていない一撃など祐一に届くはずもない。簡単に弾き返されてしまう。

 体勢を崩した朋也を一瞥し、祐一も他の面々と共に去ろうとする。

 そこに祐介や陽平といった面々が追いすがるが、祐一と美汐と呼ばれた少女だけがこちらを牽制するように足を止めた。

「おっと、追いかけてくるなよ。お前たちの大事な姫様がどうにかなってしまうかもしれないぞ?」

「くっ・・・! 卑怯だぞ!」

 祐介の言葉に、祐一は失笑を浮かべて、

「卑怯? 魔族を悪と決め付けるのはお前たちだろう、人間」

「なっ・・・」

「ならば悪でなくてはなるまい? それがお前たちの望みならば」

 朋也はそう言った祐一の瞳になにか悲しげな色が宿るのを見逃さなかった。

 ―――なんだ?

 だがそれも一瞬。すぐに冷たい表情に戻る。

「とにかく去れクラナド軍。これ以上犠牲を出したくないだろう?」

「我等は犠牲を恐れたりはしない!」

「それは良い心掛けだな。だが覚えておけ。こちらの手中にお前たちの大切な姫がいることを」

 祐介がぐっ、と喉を詰まらせる。

 それを横目で眺め、朋也は瞳に怒りが宿ることを自覚してその顔を睨み付けた。

 ・・・その顔を、網膜に焼き付けるように。

「お前、・・・名前は?」

 問いに、祐一は悠々と宣言する。

「相沢祐一。いずれカノンを叩き伏せる者の名だ。覚えておけ」

 相沢祐一。

 その名を記憶に刻みつけ、朋也は見上げ、叫ぶ。

「・・・俺は朋也だ。岡崎朋也! 覚えていろ、いずれ・・・お前を奈落の底に叩き落す男の名だ!」

 祐一は小さく笑い、

「わかった。その言葉共々覚えておこう」

 美汐の手が祐一の腕を掴むと同時、共にその姿が消える。それと同時に後方から馬の足音と声。

「王女さまは―――!?」

 後方から聞こえた声はカノンの近衛騎士団副長、倉田一弥のものだろう。

 だが直後後ろで息を呑む気配がした。おそらくこの状況から結果を読み取ったに違いない。

「・・・くそ」

 朋也は地面を強く叩きつける。

 何度も、何度もだ。

「くそ、くそ、くそぉ!」

 皮が剥け、血が出ようともそれを止めない。 

 まるでそれが自分への罰だとでも言うように、ただ痛みを繰り返す。

「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 朋也の叫びが空を駆けた。

 

 

 

 あとがき

 やー、どもども。神無月です。

 これで「運命の邂逅」は終わりになりました〜。

 っていうかこの題、別に祐一と有紀寧だけのための題ではありません。

 祐一と朋也のことでもあったのですー。

 さくらと祐介の出会いはおまけのようなものですが(笑)

 では、また次回に〜☆

 

 

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