神魔戦記 第二十三章

                 「運命の邂逅(中編)」

 

 

 

 

 

 青い空が広がっている。

 深い緑と穏やかな風。・・・しかしその林の中を風のように過ぎ行く影がある。

「ん・・・? 待て」

 街道を避け、林の中を疾走していた祐一たちの鼓膜を突如爆音が震わせた。

 片手をあげ、皆の足を一度止めさせる。そうして少し上を仰ぎ見れば・・・、

「黒煙、か」

「方向的には・・・馬車のある方向です」

 美汐の言う通りその黒煙が昇る方角にはこれから奇襲を仕掛けようとしていた馬車があるはずだ。とすると、

 ・・・俺たち以外に馬車を襲っている者がいる?

「美汐」

「はっ」

「俺たちはここで待機している。少し様子を見てきてくれ」

「御意」

 頷いた美汐の姿が消える。

 それを見届け、祐一はもう一度黒煙の上がった方向へ視線を向けた。

 そこにいる、第三軍の正体を見破らんとするように、強く。

 

 

 

「ちっ!」

 次々と襲い来るシズクの部隊。

 朋也はすでに五人ものシズクの人間を斬り捨てたが、どこから現れているのか、敵は減るどころか増えていく一方だ。

「勝平! 魔術の援護を!」

「む、無理だよ! 詠唱する時間がない!」

「くそっ!」

 こういう対多数の場合は剣や槍などの近接武器よりも魔術などで一掃してしまった方が早い。

 しかしあくまで盗賊などの対策として派遣された近衛騎士団の中に魔術師は勝平一人しかいないのだ。

 かと言って勝平の援護に回れば、馬車の守りに穴が開き最悪の事態にもなりかねない。

「お、岡崎ぃ! お前の魔眼を使えばこんな奴ら一瞬だろう!?」

「アホか! 俺がどうして昇進なしの身分なのか考えろ! あんな能力、とっくの昔に国に封印された!」

 しかし陽平の言う通りだ。

 もしもあの魔眼の力がいまでも使えたら、こんな奴ら物の数ではないというのに・・・!

「ぐあぁ!」

「うわぁ!?」

 悲鳴。また騎士がやられていく。馬車を守る陣は突き崩され、かなりまずい状況だ。

「奴らは痛覚がない! 腕や足を切り落としても平気で突っ込んでくるぞ! 頭か心臓だけを狙え!」

 どこかから祐介の叱責が飛ぶ。だが朋也にその姿を探す余裕などはない。

 そう、シズクの恐ろしいところは兵士に痛覚がないということだ。そして死の恐怖もない。故にどれだけ傷を付けようとも笑みすら浮かべて突っ込んでくる。

「あはははは!」

「くっ!?」

 不意に迫る一撃を回避する。

 その拳は地面に突き刺さり、大地を強く砕いた。・・・そして自らの拳さえも

 ・・・そう、ないのはそれだけではない。抑止力さえ消えているのだ。

 本来人間の脳は力を抑えている。例えば、拳での一撃。もしも全力で拳を放てば、その拳は砕けるだろう。だから脳は拳が砕けない程度に力を抑制している。本人は無意識での行動だが。

 しかしこいつらはどういうわけかそれがない。砕けようが拳を放ち、筋肉が千切れようが走り、そして向ってくる。

 尋常じゃない。

 そう、これではまるで脳を壊された人間というの名の人形のようだ・・・!

「くそ、いい加減に―――」

「うわぁ!?」

「っ!? 春原!?」

 声に振り向けば、一人のシズク兵に組み敷かれて地面に倒れている陽平の姿。

「あの馬鹿―――!?」

 しかもその上から騎士団から奪った剣を振り下ろそうとしている者も。

「くそっ!」

 ―――仲間もろとも殺す気かよ!?

 瞬時に走りこみ、突き刺さんと振り下ろされる刃に剣を振るう。

「おぉぉ!」

 ガキィン!

 届いた。そのままの勢いで身体を半回転させ、裏拳を叩き込む。痛覚はないだろうが、吹っ飛ばすにはこれで十分だ。

 陽平に組み付いた奴を斬り捨てて、陽平の腕を取って立たせる。

「この阿呆! 油断してるからそうなるんだ!」

「わ、悪ぃ。―――って、おい岡崎。まずいぞ、あれ!」

 振り返れば、馬車にシズクのメンバーが取り付いているところだった。朋也が守りから外れたことで均衡が崩れたのだろう。

「芳野さん!」

「俺一人じゃ対処しきれない! 岡崎、早く馬車の援護を!」

「そうは言っても・・・!」

 戻ろうとする朋也の目の前に新たにシズクの兵が数人で道を塞いでくる。それをどうにか蹴散らして向いたいのだが、そうそう軽くもあしらえない。

「朋也くん! 馬車が・・・!」

「わかってる! 勝平、魔術は使えないか!?」

「無理だって! こんな状況じゃ・・・!」

「こなくそ・・・!」

 怒りをぶつけるように剣を奔らせる。

 一瞬にして二人の急所を突き絶命させるも、その次の瞬間にはまた新たな影が視界に入り、敵は増えていく。

 こちらの騎士が減ってきている。そのせいで朋也たちに向けられる力が増えてきているのだ。

「きゃあ!?」

「姫さま!」

「っ!?」

 勝平の驚愕の声に弾かれるように顔を向ければ、シズクの兵が馬車から有紀寧を引きずり出しているところだった。

 ・・・まずい!

 思うも、それで敵がどいてくれるわけでも消えるわけでもない。

「邪魔なんだよ、お前ら!どけぇ!」

 気は焦りを佩び、しかし敵は退かない。腹立たしい笑みを浮かべたまま、無闇に突っ込んでくるだけだ。

 その視界の向こうで、無情にも有紀寧を抱えた兵と数名がこの戦場から離脱していく。

「芳野さん!勝平!春原!」

 呼ぶも、皆朋也同様複数の敵を相手にしていて追える状況ではなかった。

 ―――くそぉ!

 心中で吐き捨てる。このまま見過ごすことしか出来ないのかと、そう思ったとき、

「川澄流剣術、第六番―――」

 声が聞こえた。少女の、透き通った声だ。そして次の瞬間、

孔雀の閃!」

 風が吹き抜けた。赤の色を背負った風が、朋也たちの間を強く貫く。

 炎のような風だ。飲み込まれたシズクの兵士たちはまるで焼かれて灰になるように、瞬時に消し飛ばされていく。

 その風を辿っていけば、凛とした表情の少女が馬に跨りそこにいる。揺れる黒髪、輝く鎧。それは、

「カノンの、川澄舞・・・!?」

 それだけではない。その後ろには一弥など他の近衛騎士団のメンバーまでもがいた。

「どうして、カノンが・・・。帰ったんじゃ・・・」

「団長が嫌な予感がすると言ったので戻ってきてみたんですよ。それより皆さんは姫さまを早く!」

 祐介の疑問に答えた一弥は、視線を林の方向へ向ける。そちらはさっき有紀寧が連れ去られた方向だ。

「ここは僕たちが引き受けますから、さぁ!」

 剣を引き抜き、残ったシズクの兵の前にこちらから離す様ににして立つ一弥。

 その背中を見て、朋也は頷いた。

「助かる!・・・芳野さん!」

「わかってる!クラナドの者はこれより姫さまを追う。俺に続け!」

 おぉ、と答える声は少ない。

 あれだけいたクラナドの兵士も、朋也たちを含めて残り九人しかいなくなっていた。

 それでも、それでもと朋也は思う。

 ・・・有紀寧は必ず連れ戻す!

 

 

 

 瞳を閉じて木の幹に背を預けていた祐一が、顔を上げる。

 すると計ったかのようにその目の前に美汐の姿が現れた。

「どうだった?」

「どうやら馬車を襲った集団はシズクの者のようです」

「シズク・・・? キー大陸で最近頻繁に出没しているという噂は聞いていたが・・・。奴らの狙いもクラナドの王女か」

 美汐が頷く。

「はい。クラナド軍から王女を強奪。こちらに向ってきています」

「こちらに?」

「北は王都カノン、西はクラナド領ですし東に行けばエフィランズに出てしまいます。逃げるには南が便利だったのでしょう」

 なるほど、と祐一は頷き瞼を閉じた。

 感覚を研ぎ澄ませてみれば、確かにこちらにかなりの速さで向ってくる複数の気配がある。

 祐一は幹から背を離すと、仲間を見回して、

「予定は変わったが、やることに変わりはない。誰が相手であろうと目的はあくまで王女の強奪だ。いいな?」

 他の面々が頷き、腰を上げて戦闘体勢に入る。

「・・・来るぞ」

 皆が見つめる先、その木々の陰から複数の人影が飛び出してきた。

 その先頭、一人のシズクの兵の腕の中に豪華な衣装に身を包んだ少女がいる。

 不意に祐一と少女の視線が合う。

 ―――これが、相沢祐一と宮沢有紀寧の・・・最初の出会いだった。

 

 

 

 あとがき

 どうも、神無月です。

 どうにも最近執筆スピードが落ち気味。やはり風邪のせいか・・・。

 それはさておき、いよいよ次回は祐一軍VSシズク。そこにクラナドの面々も来て・・・。三つ巴の攻防が!

 では、お楽しみに〜。

 

 

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