神魔戦記 第二十二章
「運命の邂逅(前編)」
日差しも高い、昼を少し過ぎた頃。
ノルアーズ山脈を越えたアストラス街道。そこにとある一団があった。
その中央には多種多様の豪勢な装飾品がちりばめられた馬車があり、それを取り囲むように鎧にその身を包んだ騎士たちが付き添っている。
それだけで馬車の中にいる者がどれだけ重要な人物であるかを示していた。
馬車を先導する騎士団の鎧の肩部分には皆「C」の字に剣が刺さった青い紋章が刻み込まれている。
それは「CLANNAD」・・・、クラナド王国の騎士団の証だった。
中でも先頭を行く四人の男たちはクラナド軍近衛騎士の称号である金色で描かれた「C」の紋章を携えていた。
「もうカノン領だ。皆気を抜くんじゃないぞ」
一団に聞こえるように声を上げたのは一番先頭を行く近衛騎士団長、芳野祐介だ。
「芳野さん。カノン領だからこそ少しは気を抜いてもいいんじゃないですか?」
「わかってないな岡崎。俺たちはクラナドの情勢なら把握しているがこっちのことはよくわかってないんだ。用心に越したことはないだろう」
「それは・・・まぁ、そうですけど」
隣を歩くのは近衛騎士団所属の岡崎朋也。おそらくこの一団の中でもっとも実力のある騎士だろう。
どうしてそんな彼が近衛騎士団所属とはいえ一介の騎士に過ぎないのかと言えば、とある理由で昇進なしの身分となっているからだ。
「はは、まぁそんなに気を詰めなくてもいいんじゃない?わざわざ姫さまの馬車を狙うなんて夜盗か盗賊くらいだし。そんな連中相手なら岡崎一人でも十分じゃん」
頭の後ろで腕を組みながらお気楽な言葉を吐くのは同じく昇進なしの身分である春原陽平。まぁ、彼の場合は実力的にも一介の騎士で妥当なのだが。
そんな三人の後ろを笑みで眺めているのは柊勝平。近衛騎士団だが、こちらはしっかり昇進も出来る。いまのところそんな話はないが。
「春原。お前は弛み過ぎだ。・・・帰ったらしっかりと訓練つけてやる。覚悟しとけ」
「えぇ!?そ、そんなぁ、いまの冗談に決まってるじゃないですか!」
「ほぅ、こんな重要な任務の最中に冗談を吐けるのか。ならその根性も叩きなおさないとな」
「ひ、ヒィィ!」
祐介と陽平の掛け合いを吐息交じりに眺め、朋也は視線を馬車へと流した。
中にいるのはクラナド王国第一王女である宮沢有紀寧王女だ。
今回の朋也たちの任務は、婚姻へ向う有紀寧王女を無事カノンまで送り届けること。つまりは護衛だ。
・・・つらくないのかよ。
心中で漏らした言葉は、有紀寧に対するものだ。
この婚姻はカノンとクラナドの関係をより良くしようという両国の王が決めたものだ。そこに当事者たちの意思は組まれていない。
有紀寧は別に平気です、と笑っていたが、本当に平気だと思える人間が果たしているだろうか?
嫁ぐ先は見知らぬ者ばかり。いままで付き従っていた従者や騎士もいず、孤独の日々。
救いは、婚姻相手の北川潤第一王子が武勇に優れながらも良識派と言われていることだろうか。
そこで朋也は大きく頭を振った。そんなことは自分の考えることじゃない。
でも、唯一つ思うことは―――、
・・・幸せになって欲しい。
そう思考し、視線を前に戻すと・・・・・なにか視界の中に動く物があった。
「祐介さん、なにか来ます」
「なに?」
陽平と話していた祐介が顔を戻す。
その先には土煙と道を打つ豪快な音・・・。どうやら数頭の馬が向ってきているようだ。
眼を凝らせば人が乗っているのがわかる。敵か、と一瞬思ったが、そのうちの一人が儀礼旗を掲げているのが見えた。
白い儀礼旗。非戦闘の証だ。
とはいえ容易に近付かせるわけにもいかない。
祐介ら四人はその馬の道を塞ぐようにして少し前に出た。
「止まれ!」
祐介の制止の声に、向ってくる馬の歩調が遅くなり、そして次第に止む。
至近距離でその面々を見つめ、祐介たちは肩の力を向いた。
全部で五、六頭の馬に跨っているその騎士たちの鎧につけられた紋章はカノン軍のものだったからだ。
「あいつは・・・」
朋也が呟く先、その先頭にいた少女と少年が下馬し、こちらに礼をとる。
「突然の非礼をお許しください。僕はカノン王国軍近衛騎士団副長の倉田一弥です。それでこちらが団長の川澄舞隊長です」
長い黒髪を後ろで縛った隣の少女が無言で一礼してくる。
その光景に祐介は怪訝な表情を浮かべた。
普通こういう紹介をする時は位の高い者が話すべきだ。なのに話をしているのは副長で、隊長は目礼だけという。
その祐介の考えを察したのか、一弥は苦笑しつつ、
「すいません。団長は剣の腕は超一流なのですが、無愛想なもので。このような場合副長である僕がお話をさせていただくことにしているのです」
「そう言えば聞いたことあるな。川澄舞っていう名前。確か・・・二年前のキー大陸合同武術大会で準優勝だった・・・」
その陽平の小声に祐介はようやくその少女の姿を思い出した。
四年に一度開かれるキー大陸内の各国合同で行われる武術大会。その準優勝者。
そう、この朋也と準決勝で戦ったあの川澄舞だ。
祐介は頷き、しかし疑問を問いかける。
「なるほど。・・・しかしそれだけの実力者であるあなたや近衛騎士団の方々が王都を離れて何用か」
「はい。実は最近この辺りでは魔族の出没が頻繁になっておりまして」
「魔族・・・?」
そんな情報は聞いていない。祐介は朋也や陽平、勝平に視線を巡らせたが皆首を横に振るばかりだ。
「そのような話は聞いていない。なぜ早急に言われなかったのです?」
「はっ。それが元首方はクラナドの方々が来る前には討伐できると判断し連絡を行わなかったようで。しかしいまだ魔族の討伐が上手くいかず、いよいよまずくなって連絡を送ろうとしたらその頃には王都を出発していたという状況で・・・」
朋也は一弥の言葉聞いて怒りに近いものを覚えていた。
確かに現状のカノンは王が病で倒れ、行政は元首たちによる首脳会議で決めているということは知っている。
しかし、それにしても楽観視のうえに後手後手に回るような情けない国のもとへ有紀寧を向わせなければいけないのか、・・・と。
だがどうやらこう見るに一弥や舞も同じ思いなのか、表情は沈んでいる。
「僭越ながら・・・道中の護衛の手助けだけでもと、こうして参上いたしました」
その言葉に祐介が一歩前に進み、
「お心遣いは感謝する。しかし王都カノンまで姫を送り届けるのは我々の任務です。ここはお引取り願いたい」
「しかし―――」
「この任務が終われば我々はもう姫にお仕えする事が出来なくなる身。ならばこそ、最後は我々の手でしっかりとお連れしたい」
「・・・・・・」
沈黙する一弥。カノン軍としてもここは引き下がれないのだろう。
もう一言何かを言おうと祐介が口を開けて、
「わたしからもお願いします」
後方から落ち着いた感じの女性の声が響いた。そして同時に勝平の驚いたような声も。
「ひ、姫さま!?」
馬車の中から側近に手を引かれて降り立つ少女。その際にふわりと浮くように靡いた綺麗な亜麻色の髪が皆の視線を釘付けにする。
クラナド王国第一王女。宮沢有紀寧。
神々しさすら漂わせる立ち振る舞いはまさに王家の女性だ。
驚く近くの騎士を無言で制し、有紀寧は前に進み出た。それに対し一弥と舞、カノン軍の騎士は慌てて頭を垂らす。
「カノン王国軍近衛騎士団副長倉田一弥で御座います。こちらは団長の川澄舞隊長です」
「川澄舞様ですね。記憶に御座います。武術大会ではワン自治領の領主折原浩平様との決勝戦はお見事でした。惜しくも敗れたようですが・・・」
「・・・・・・いえ。あれは純粋に相手の方が強かっただけですから」
そうですか、と微笑を浮かべる有紀寧に、舞と一弥は恐れ多いとばかりにさらに頭を下げた。
「・・・まずはあなた方のお気持ちをありがたく頂戴しておきます。ですが、この者たちにとってはこれがわたしに対する最後の務め。・・・わたしも最後はこの者たちに見送られたいと考えています」
背後に構える祐介らを有紀寧は笑みでもって見回す。
「これからわたしはカノンの后としてこの国に仕えることになりましょう。・・・これを最後のわがままと思って許してはくれないでしょうか?」
「許すなどと、勿体無きお言葉。それが姫さまの望みとあらば」
一国の王女にここまで言われたとあれば、一介の騎士には下がるほかにない。
一弥と舞は頷きあい、会釈して一歩下がるとそれぞれ再び馬に跨った。
「では、道中。どうかお気を付けて」
最後にそれだけを言い残し、カノン軍は颯爽と去っていった。
有紀寧はその姿が視界から消えるまで見送ったあと、周囲の者に頼みます、と一言告げて馬車の中へと戻っていった。
「よし。行こう」
祐介の静かな言葉と共に、クラナドの一行は再び歩を動かし始めた。
地下迷宮の廊下を行く影がある。
黒い外套、そして新注された剣を腰に下げた祐一だ。
「だいぶ直ってきたな・・・」
周囲の廊下は時谷に襲撃される以前の様子に戻りつつある。
秋子との戦いから約一週間。隆之や美汐の動きにより周囲に散らばっていたはぐれ魔族たちが掌握されてこうして祐一の元へとやってきては働いてくれていた。
この廊下もそういった面々が修理してくれた跡なのだろう。
さすがにまだ完全とはいってないようだが・・・、カノン王国への進攻はまだまだ先となるだろう。時間はある。
思考しているうちに祐一の足は目的地へとたどり着いた。そこは作戦室。
扉を開け視線を巡らせば、既に主要メンバーは皆揃っている。
その中で、なかったはずの左腕が元に戻っている時谷を見つけた。
「腕は治ったようだな、時谷」
「ああ。腕も取って置いてくれたからな、一週間もあれば治るさ。」
時谷を仲間にした後、祐一は美咲に時谷の腕も封印するように言ってあった。
魔族の再生能力を持ってすれば、腕さえ残っていれば数日もあれば治る。
時谷は若干回復能力が他の魔族に比べて遅いようだが、それでもなんとか治ったようだ。
それを確認し、祐一は自分の席に着くとすぐに用件を切り出した。
「久瀬。クラナド王国の一行がカノン王国に入ったという情報は本当か」
「は、放った使い魔からの連絡によれば間違いありません」
どうやらクラナド王国の王女がカノンに輿入れするという話は真実だったようだ。
「王都に向うのなら・・・エフィランズから北、オディロを経由して行くだろうな」
「おそらくは」
一つ頷き、祐一はそこにいる面々を見渡した。
・・・その途中で、マリーシアと視線が交わる。
思い出されるのは昨日の言葉だ。だが、祐一は被りを振り、
「よし。これからアストラス街道へ向う。エフィランズに入る前に・・・クラナド王女を強奪する」
告げた言葉に、そこにいた大半の者が驚きに息を詰めたのを感じ取った。
「恐れながら祐一様。それは却って要らぬ刺激を与えるだけかと・・・」
「刺激であった方が良い。魔族の報を入れなかったカノン側からすれば、ここで魔族に姫を奪われたとなればクラナドやエアに顔向けが出来ないだろう?」
この戦いで望むものは二つ。
一つはいま言った通り、魔族出没の報を隠蔽していたカノン王国のキー大陸での孤立化。
さらにはクラナドの戦力を押さえることにも繋がる。いまは王国としての意地があるから良いが、国の存続がかかるとなればカノンが援護を要請しないとも限らない。そうならないための布石だ。
「気を付けなければいけないのはやりすぎるとカノンと共にクラナドも相手にしなければならなくなるということだ。
そうならないように、あくまで目的は姫の強奪の一つに絞る。・・・無駄な殺生はするなよ」
その言葉に栞が安堵の息を吐いたのが見えた。
「今回の作戦はスピードが命になる。メンバーも素早く動けるものだけで構成する」
今回の相手はカノン軍ではなくクラナド軍だ。
祐一がここを離れている間にカノンが攻めてこないとも限らない。結局は誰かを残さねばならないのだ。
もう一度全員を見渡し、
「今回は俺と名雪、あゆに鈴菜とさくら、留美、そして美汐で行く」
「おいおい。そんな少なくて良いのかよ?もう少しいたほうが良いんじゃないか?」
異議を唱える時谷に、しかし祐一は首を横に振る。
「さっきも言っただろう、今回は相手を倒すことが目的ではないのだ。上手く奇襲し素早く逃げる。それで全ては終わる。多ければ逆に動きづらくなるだけだ」
それで時谷も渋々といった感じではあるが、納得したらしい。
「よし。すぐに出撃する。いまから出れば一行がエフィランズを通過する前に奇襲を仕掛けられるだろう」
言葉に皆が動き出し、ガタガタと椅子の音が部屋に響いた。
その中で、祐一はいまだ席に座ったままでいる。
・・・頭の中になにかモヤモヤとしたものがある。
これがなんなのかは・・・わからない。
視線を感じ顔を上げてみれば、そこには悲しそうな顔をしたマリーシアがいる。
哀れんでいるのか、同情しているのか・・・。怒っている、という様子でないことは確かなようだが。
ほんの一瞬視線が交わると、マリーシアは目線をスッと外しそのまま作戦室を後にした。
「ふっ・・・」
思わず失笑が浮かぶ。
どんな意味を含んだ笑みなのか、自分でもよくわからない。
「・・・・・・俺は、復讐を果たす」
まるで自分に言い聞かせるように、祐一は虚空へ呟いた。
「そろそろだな」
アストラス街道を進むクラナド軍一行はやっとエフィランズの街の近くまでやって来た。
あとはこのまま北へ向い城塞都市オディロで一泊。そのまま王都へ向って任務終了となる。
あと半日もしないで有紀寧とは他国の関係になる。その寂しさに皆が包まれた時―――、
「・・・ん?」
唐突に朋也は足を止めた。しかもその表情が見る見る険しくなっていく。
「どうした、岡崎」
急に止まった朋也に怪訝な表情で振り返る祐介。しかし朋也の表情を見るとすぐ、祐介は剣を構えた。
知っているのだ。朋也がこういう表情をする時は、―――敵意を向けてくる者がいるということだと。
朋也は誰よりもその感覚に敏感だ。それによって助かった状況も一度や二度ではない。
朋也を見て陽平や勝平、その他の騎士たちも戦闘の構えを取りはじめた。
「敵の位置、わかるか?」
「・・・四方八方、囲まれてるな。それに・・・すごい速さで近付いてきてる!」
皆の頭に横切ったのは先程やってきたカノン軍の一弥が言っていた『魔族』の二文字。
「敵襲!陣を取れ、馬車を守るんだ!」
祐介の指揮で騎士たちが馬車を取り囲む。
「岡崎!」
「芳野さん、―――来ます!」
「うわぁぁ!」
「がぁぁ!?」
瞬間、脇の林から影がいくつか飛び出してきて、馬車を守っていた騎士へと襲い掛かった。
さらに正面からも現れ、祐介や朋也らにも向ってくる。
「くそっ!」
素早い。
朋也は腰から剣を抜き放ち、迎撃する。
ザシュ!
「なっ!?」
生々しい音。なんと相手は朋也の剣を素手で掴んで止めたのだ。
肉は断たれているものの、骨の部分で剣は受け止められている。
「・・・ふふふ」
痛覚がないのか、相手はそれだけの傷を負いながらも笑みを浮かべ、こちらを力なき瞳で見つめてくる。
「お前たちは・・・!」
これは魔族なんかではない。
人間族の気配を漂わせ、しかし生気を感じさせない瞳に緩慢な動き。そして死をも恐れぬ行動力。
そう、これは・・・!
「シズク!?」
あとがき
ども、神無月です。
今回はクラナドメンバー、そして随分お久しぶりの舞と、初登場の一弥、はてには名前は随分前から出てたものの初めて実際に出てきたシズクなどなかなか騒がしい話でした。
最後の方、意外な展開だと感じられたら神無月の勝ちですw
次回は三つ巴か?それとも・・・?
どうなるかは次回のお楽しみ☆