ある者が言った。

 

 強さとは決して誰かを傷付けるためではなく、誰かを守るためのものだと。

 

 そしてその者は続けてこうも言った。

 

 生きている者が一番強くなるのは、憎しみでも恨みでもなく・・・ただ純粋に愛する者を守ろうとしているときだ―――と。

 

 その言葉の意味を、いまだに理解はできていない。

 

 それはその「愛する者」というのがいないからか、それとも恨みや憎しみを自分が抱いているからか・・・。

 

 いまは亡き父の言葉が、祐一の頭に響き渡る。

 

 

 

 

 

 神魔戦記 第二十一章

                 「戦う理由」

 

 

 

 

 

「・・・ん」

 目が、覚める。

 まず視界に入ったのは見慣れた石造りの天井で、次に揺らめく蝋燭の光が見えた。

 ―――ここは、俺の部屋か。

 認識するも、頭はいまだハッキリと覚醒しない。

 どうしてここにいるのか、しかも体の節々がズキズキと痛むのはなぜか。・・・よく思い出せない。

「あ、目が覚めましたか?」

 横から少女の声。顔だけを振り向かせると、見慣れた長髪がふわりと揺れた。

「・・・美咲か」

 笑みで答える。

 美咲は近場にある桶にタオルを濡らし、それをそっと頭に乗せてきた。

「・・・そうか」

 やっと思い出してきた。

 フォベイン城で秋子と相対して、能力を解放して・・・。

「大丈夫ですか?」

「ああ、まぁ・・・な。いつものことだ。・・・で、俺はどれくらい寝てた?」

「大体・・・二十時間くらいでしょうか」

 そうか、と頷き深くベッドに身を沈めた。

「あの・・・ご主人様?」

「・・・ん?」

「・・・えっと」

 なにか聞き辛そうに顔を揺らし、視線がこちらと虚空を行ったり来たりしている。

 ・・・それで、大体なにが聞きたいかはわかった。

「俺の能力のこと・・・だろ?」

 美咲が静かに頷く。

 その様子に祐一は苦笑を浮かべ、ゆっくりと身体を起こした。

 慌てて支えに入ろうとする美咲を片手で制し、祐一は小さく息を吐いた。

「まずは、謝った方が良いか。いつも付き従ってくれたお前に力の事を話さなかったこと」

「い、いえそんな!ご主人様にもなにかお考えがあってのことだと思いますし、別に従者である私になにもかも話す必要など決して―――」

「しかし言って欲しかったんだろう?顔がそう言っている」

「あ・・・う・・・」

 顔を赤くし、さらにそのまま俯いてしまう。

 そんな美咲を一瞥し、祐一は部屋をゆらゆらと照らす蝋燭へと視線を向けた。

「・・・俺がまだお前を買う前、浩一たちと合流する前・・・俺はあゆと二人でとある人物の元に庇護されていた」

「ある・・・人物ですか?」

 美咲の問いに祐一は苦笑だけで答えた。そこは聞くな、ということだと理解し美咲も口を閉ざす。

「その人物はどうやら父が生きていたときに交流があったらしくてな。もし万が一の事があったなら俺のことを預かってくれるという約束を取り交わしていたという。そしてあいつは俺とあゆを自分の城に招き・・・戦い方を教えた。

 そのときにな、言われたんだよ。『あなたには本来あり得ない力が宿っている』と。そして同時にこうも言った。『それを行使する事が出来れば、あなたの望むことは可能になる』・・・とな。

 そして光と闇・・・。本来相反するはずの属性を同時に扱う方法を学んだ」

 そこで祐一はなにかを思い出したのか、苦笑を浮かべる。

「しかしまぁ、やはり不可能と言われるだけのものはあるな。その度に内側から切り裂かれるような激痛に襲われたよ」

「ご、ご主人様・・・それは笑うようなことでは」

「笑うしかないさ。実際いまでも扱いきれてない。こうして一瞬しか解放できないあげく、その後は丸一日寝込んでしかも三日ほどは身体が軋んでろくに動けなくなる。・・・まぁ、これが本来あり得ないはずの力を使った反動、なのだろう」

 美咲がゆっくりと近付いてきて・・・しかしそれ以上はなにもしない。ただその顔に心配そうな表情だけを浮かべて。

「三日も動けないなんて・・・。本当に身体に障害はないのですか?なにか副作用みたいなものが残るとか・・・」

「いや、いままで何十回とやってきたがそれはない。とりあえず数日休めば元に戻る」

 そう言っても、美咲の表情は晴れない。

「・・・扱いきれる代物なのですか、それは」

「わからん。だが・・・あいつは言ったよ。『扱いきれない力はない。あるとすれば、そんなものは最初から使えないものだけ』・・・とな」

 実際祐一はその言葉には同意見だった。

 ある力なら、使いこなせないはずはない。それは見失いそうであって、しかしごく当たり前のことなのだ。

 扱いきれないのなら、それは純粋に自分の力量不足ということだ。ということは、

 ―――まだまだ、ということだな。

 思い、祐一はもう一度ベッドに身を預けた。

「なにか・・・お飲み物でも持ってきましょうか?」

「そうだな。頼む」

 恭しく頭を下げ、部屋を出ようとした美咲だが、扉付近で歩を止め、

「・・・ご主人様がお話をしてくれて、嬉しかったです」

 それだけを言い残し、部屋を出て行った。

 廊下を打つ音が遠ざかるのを耳で確認し、祐一は小さく嘆息する。

「・・・それで、いつまでそうしているつもりだ?」

「気付いていらしたのですか」

 述べた瞬間だ。ベッドの横の空間が歪み、一人の少女が現れる。

 ―――天野美汐だ。

「蝋燭の火によってできる影が歪んでいたからな。空間に半干渉してそこにいたんだろ」

「なるほど・・・。鋭い観察力ですね」

「しかしどうしてそんな回りくどい事をする。最初から普通に入ってくれば良かっただろう」

「・・・いえ、少し悪戯をしようかと」

 そう言って悪戯っぽく微笑んだ美汐は、つい先日戦った者と同一人物とは思えないほどだ。

「悪戯?」

「はい。主様があの少女を手込めにする様を観察しようかと・・・」

「そんなことはしない。あいつは俺の大切な仲間だ。―――で、主様、ということはお前は俺の仲間に加わるんだな?」

 問いに、美汐は膝を床に着いて頭を垂らし、

「天野は代々己が強いと認めた者に仕える一族。私、天野美汐は先日の戦いにより、水瀬秋子よりもあなたが強いと判断しました。

 よってここに、私は相沢祐一を主と認め、配下に下る事を誓いましょう」

「そうか。それは助かる」

 実際美汐の空間跳躍の能力は貴重だ。

 戦闘ではもちろんのこと偵察、そして情報収集にも役立ってくれることだろう。

「・・・ん?」

 ふと視線を感じ、横を見れば少し驚いたような美汐の表情がある。

「なんだ?」

「あ、いえ・・・。昔とは大分変わられた、と思いまして」

「それはそうだろう。もうあれから何年経っていると思ってるんだ」

「いえ、外見の話ではありません。あのとき・・・アーフェンにやって来た頃の主様はひどく刺々しく、誰をも身近に寄せ付けず、憎しみの念を抱いていたものですから。・・・あの瞳を、私はいまでも覚えていますよ。この世にある全てが憎いと怨念に満ちたあの禍々しい瞳を。

 ・・・ですが、いまは違う。そんな他を寄せ付けない禍々しい気配など微塵も消え去っています。あの人間族に対する表情も、優しそうな笑みすら浮かべていました。

 そう。あのときとは全然違う。全ての種族を憎んでいるはずなのに、主様の下にはこうして全ての種族が集まっている。そしてそれを配下、ではなく仲間、と主様は言いました。

 その豹変振りに・・・私は驚いたのですよ」

 ・・・・・・そうだっただろうか。いや、そうだったかもしれない。

 昔、アーフェンの父の元にやってきたのは母が殺されてすぐのことだ。

 そのとき、祐一は全てを憎んでいた。

 人間族を、神族を、魔族を。・・・この世界全体を。

 不条理さを攻め、自分の弱さを呪い、その境遇を恨んでいた。

 そんな自分が全ての種族を相手に戦いを挑んでいる。それは自然の成り行きだろう。

 しかし、共に戦っているのはその全ての種族の者たちだ。

 なら。ならば、相沢祐一は―――いったいなにと戦っているんだろう?

「・・・っ」

 思考を捨てた。

 その問いはなにか・・・自分のなにかを壊してしまうような気がする。

「美汐」

 だから祐一は話を掏りかえるように名を呼んだ。

「はい」

「いまの俺たちの戦力で・・・王都カノンを攻め落とすことは可能だと思うか?」

 美汐は祐一の問いに一瞬沈黙し、しばらくして首を横に振った。

「おそらく簡単にはいかないかと」

「根拠は」

「はい。王都カノンには現在まだ千程度の兵士が存在しています。加え、近衛騎士団長の川澄舞、魔術部隊長の倉田佐祐理はそれぞれ一騎当千の強者です。

 さらに遠方に派遣している聖騎士美坂香里が帰ってくるとなれば・・・このままではまず間違いなく負けるかと」

 頷く。だいたい祐一の考えも同じだ。

「やはり戦力を整えないと駄目か」

「機はいくらでもありましょう。事を急いて時を見誤れば、さらに状況は悪化しかねません」

「そうだな・・・」

「主様が動けないうちに、私は近郊の魔族を当たってみましょう。元秋子配下の魔族も私や斉藤時谷がこちらについたと聞けば来る者もいるでしょうから」

「そうか。では頼む」

「御意」

 フッと美汐の姿が部屋から消える。

 それを見届け、祐一は瞳を閉じる。

 ・・・まだ眠い。

 いまはただ眠りに着こう。

 なにをするにも、なにを考えるにも、全てはそれからだ―――。

 

 

 

 地下迷宮のとある通路。時谷たちの襲撃を色濃く残すその寂れた空間で、二つの影が偶然に相見えた。

 一人は空間跳躍で現れた天野美汐。

 そしてもう一人はなにやら書物を抱えた久瀬隆之だ。

 その二人は互いの姿を視認すると、牽制しあうかのような距離を取り立ち止まった。

 しかしそれも数秒。暫し相手を見つめた後、何事もなかったかのように共に歩を進める。

 互いの肩がぶつかるかという距離をすれ違い、

「・・・昔の仲間に挨拶もなしか?」

 小さな、嘲るような笑いと共に隆之の歩が止まる。

 それに対し美汐も歩を止めるが、振り返りはしない。

「いえ、あなたから挨拶がなかったものですから昔のことは忘れたのかと思ったので」

「ふん。貴様といい時谷といい・・・。やはり簡単に仲間を裏切るような者は言う事が違うな?」

「私と彼を一緒にしないでください。・・・ですがまぁ、確かにあなたを好いていないという点だけは共通していますね」

 挑戦的な色を瞳に宿し、美汐は隆之を流し見る。

「久瀬隆之。あなたはなにを企んでいるのです?」

「これはこれは。いきなり何を言い出すかと思えば・・・」

「あなたは頭が切れる。・・・そんなあなたがあの時点でなんの打算もなしにこちらについたとはとても思えません」

「単純に祐一様の力を知っていたにすぎん。貴様らでは計ることの出来なかった、あのお方の力が」

 フッと、笑みをこぼし、隆之は背を向けた。

「せいぜい頑張ることだ。今回のように主を殺されて自分だけ生き残るなんてことのないように、我々の主を守ってくれよ?」

 それはここにいる美汐にとってはひどい皮肉だ。

 だが美汐は笑みを崩さず、

「自分の身すら守れない主など主ではありません。私の主となるべき方は、誰にも負けることを許されないのです」

「ククク、なるほど、勇ましい。さすがは天野の血族。その調子でこれからも我らのために働いてください」

「あなたのために働く気などありません。私は私が主と決めた者にのみ従い動きます」

 そう言って美汐の姿は闇へと消えていった。

 隆之も何事もなかったかのように歩き出す。そして通路の向こうに消える直前、

「・・・どちらでも、同じことですよ」

 嘲笑を残して。

 

 

 

 あとがき

 ども、神無月です。

 とりあえず今回はインターミッションみたいな感じのお話でした。

 次回はいよいよクラナド王国のメンバーがちょっと登場したりします。

 ご期待あれ☆

 

 

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