神魔戦記 第二十章

                「激突、青き魔族の女王(後編)」

 

 

 

 

 

「ぐあぁ!」

 飛ぶ。

 その“不通”の結界に遮られ、弾かれた身体が壁をも突き抜けて吹っ飛んだ。

「無残ですね、斉藤時谷。あなたはそれほど馬鹿だとは思っていなかったのですけど・・・私もあまり見る目はないようですね?」

 蔑むような声は、上から。玉座にいまだ座ったままの魔族―――秋子のものだ。

 その階下には数人の者が倒れこんでいる。

 ・・・あゆ、美咲、浩一、鈴菜、留美、シオン、そして時谷。

 しかし皆生きてはいるし意識もある。が、すぐには立てないほどの怪我を負っていた。・・・いや、逆に死なない程度に手を抜かれているのだろう、と―――唯一立ち続けるさくらは思う。

 水瀬秋子。現在のキー大陸で最強と云われる魔族の女王。

 その名、油断していたわけではないが、その強さは予想を明らかに凌駕していた。

 なぜならこの人数、このメンバーで傷を負わせる所か、いまだに玉座から立たせずにいる。

 なにより邪魔なのはあの結界だ。

 水瀬の力は不通の闇。なにをも通さず受け付けないその特性を利用すれば、まさに最強の防御結界へと進化を遂げる。

 その秋子はいまだ座ったまま不敵な笑みをその顔に貼り付け、優雅にこちらを見下ろしていた。

「さて・・・あとはあなただけですか?」

 視線がこちらを刺す。

 それだけで足が竦みそうになる。しかしそれをグッと堪え、さくらはその眼光を睨み返した。

「ボクは、そう簡単にはやられないよ?」

「ええ、そうであってほしいですね」

 さくらが両手を眼前に掲げる。

 相手は強い。しかし・・・それ故にこちらを明らかになめている。結界こそ張っているものの、自分から攻撃してこないのが良い証拠だろう。・・・付け入るとすれば、そこだ。

 相手が油断している間に、勝負をつける。

「・・・おばあちゃん、少し使うよ」

 瞬間、さくらの瞳の色が変わった。

 それを見て、秋子の表情が小さく揺れた。

「赤い・・・いえ、紅色の魔眼・・・。まさか、時空の・・・!?」

「―――接続(コンタクト)遡ること三日(ザ・サード・・・ゴーイング・バック・・・)

 その囁きと同時、あれだけ残り少なかったはずの魔力が強く迸った。

 そのまま溢れ出る魔力の流れのままに、さくらは唱えた。

「『灼熱の烈火(インフェルノ・エグゼ)』!」

 地上から湧き出た灼熱の炎は、しかし秋子の目の前で不通の結界に遮られる。しかし―――、

「『落千なる砲火(ブラストチャリオット)』、『四方を結ぶ火猫(フォセリアン・ドーバ)』、『炎の柱・三十四裂(フレイムウォール・サーティフォー)』、『凄絶なる灰の矛(グレイダスランス)』!」

 それが掻き消える前にさらに上級魔術を上乗せで叩きつける。しかも全て無詠唱で。

 暴れるマナを肩の上に乗ったうたまるが相殺し、しきれなかった残滓は力付くでねじ伏せる。・・・理屈を完全に無視した力技だ。

 しかし数秒の間に五発もの上級魔術を叩き込まれ、さしもの不通の結界にも皹が入り始める。

「く・・・!」

 いままで無挙動だった秋子の手が結界へと伸ばされる。魔力を上乗せして結界の修正に取り掛かるのだろう。

 ―――しかし、そんな暇は与えない。

「―――再接続(リコンタクト)遡ること六日、七日(ザ・シクスィス、アンドセブンス・・・ゴーイング・バック・・・)

 再びさくらの体内に消えかけた魔力が戻る。

「また過去から!?」

「ボクはまだ未熟だから、出来ることはこれくらいしかないけどね・・・!」

 さくらの紅の瞳がさらに強い輝きを放つ。

 それは特例(ノウブルカラー)、時を見つめる紅の瞳。―――時空の魔眼。

 世界に散らばる時の樹形図を読み取り把握し、必要とあれば干渉する事が出来る、『虹』クラスの魔眼。

 しかし、その能力はあまりに巨大で、さくらには完全に・・・いや、それどころか五割も使いこなせない。

 その中で唯一操作できる時空干渉が・・・魔力の時空間移動。

 即ちそれは別の時間にいる自分の魔力をこちらの時間へと引き寄せる能力。

 つまりさくらはいま、三日前、そして六日前と七日前の自分から魔力を取り寄せたのだ(、、、、、、、、、、)

 故にさくらの魔力は衰えを見せず、これだけの力押しを可能とする。

 再び詠唱をせずさくらは魔力を編み出した。

 しかし・・・その組み込み方はいままでの魔術とは根本から異なる。故に最初から詠唱を必要とせず、要求されるのは・・・単純な魔力の総量。

「その魔術式は・・・!」

「お察しの通り古代魔術。威力は・・・折り紙付だよ!」

 魔力が、吹き荒れる。炎の術式が蔓延し、舞い荒ぶエーテルは飛び火となって周囲を踊る。

 さくらはそれを凝縮し、持ち得る最大限の魔力をその一撃に宿して、叫んだ!

 

灰燼と帰す煉炎(アッシュ・ヴェン・ゲヘナ)”!!

 

 怒れる炎の放流が城を焼く。いまだ上級魔術とぶつかり合っていた不通の結界を難なく破壊し、そのまま秋子へと進撃していった。

「・・・!」

 驚愕に目を見開く秋子。それをも巻き込み―――、

 轟く爆音と共に巨大な閃光となった。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 黒煙と岩が溶ける嫌な臭いの中、さくらは耐え切れずその場に座り込んだ。

 魔力は完全に空。どこかの時間から取り寄せようにも魔眼は長時間の酷使で激痛が襲っている。しばらくは使えない。

 ・・・やっただろうか?

 自分の知る中でも最強の部類に入る古代魔術だ。あれで倒せていないとなると・・・・・・、

「褒めてあげましょう。人間族の分際で、この私に回避行動を取らせたこと」

 ・・・すごくまずいことになる。

 晴れていく黒煙の向こうに、一つの人影が立っていた。

 言わずもがな、・・・水瀬秋子である。

「・・・あっちゃー、倒せてなかったかぁ」

「驚きましたよ。たかが人間族が私を立たせるどころかわさせるなどと・・・。時空の魔眼に古代魔術。ええ、認めましょう。あなたは強いです。ですが・・・」

 スッと片手を上げる。・・・こちらに向けて。

「私には勝てない」

 指が鳴らされる。

 するとさくらの周囲を黒のドームが覆いこんだ。

 琉落の夜だ。内部の温度は瞬時に無へと帰っていく。

 これで終わりかなぁ、とさくらが思った瞬間・・・、

「『光の剣(ライトセイバー)』!」

 光の一閃がその結界を叩き斬った。

 上を振り仰ぐ。

「・・・もう、遅いよ」

「すまん。・・・よく頑張った」

 そこには憮然とした表情のまま前を見据える―――相沢祐一の姿があった。

「ボク疲れたよ。あと、任せるね」

「ああ。お前はそこで休んでろ。あとは・・・俺がやる」

 言葉に頷き、さくらは道を譲るように身体を横にずらした。

 

 

 

 祐一は抱えていた美汐を床に置き、見上げた。

 焼き爛れた玉座の間、そこに柔和な笑みを浮かべた水瀬秋子が立っている。

「お久しぶりですね、祐一さん」

「そうだな。何年振りか」

「そうですね。ざっと・・・十年でしょうか」

「・・・そうか。いや、そうだろうな」

 自嘲気味な笑みを一つ浮かべ、祐一は一歩分進み出て左に手を掲げた。

「『清浄の光(リカバリー)』」

 放たれた金色の輝きはそのままいまにも凍りつきそうだった名雪へと纏わり・・・その氷を溶かしていった。

「・・・あ」

「大丈夫か、名雪」

「祐一・・・。うん、ありがとう。もう大丈夫だよ」

「そうか。ならお前も下がっていろ」

「・・・・・・・・・・・・うん、わかった」

 氷は癒えたといえど、それにより下がった体力は戻らないのだろう。名雪は身体を引きずるようにして後退していく。

 その身体が祐一の隣を過ぎたときに、

「お前の母親を殺すことになるかもしれない」

 そっと呟いた。

 一瞬息を呑む音が聞こえ、静止する。・・・けれどすぐに名雪は笑って、

「わたしなら大丈夫だよ。わたしは・・・どこまでも祐一についていくから。祐一のしたいと思うこと、正しいと思うこと・・・。それをやって?」

「・・・・・・あぁ」

 頷き、名雪は下がっていった。

 祐一はしばらく沈黙した後、スッと腰から剣を抜いた。そして、その剣先を秋子へと向ける。

「水瀬秋子。相沢の後継者の名はお前には相応しくない。いま、俺が奪い返す」

「例えあの人の実の息子であろうと、卑しき半魔半神にあの人の名は与えられません。・・・全てが中途半端であるあなたが、魔王の名を受け継げるとでも?」

「いや、魔王の名はいらない。俺が欲しいのは唯一つ・・・」

 視線に力強い光が灯る。

「“相沢”を殺した者、蔑んだ者に対して、・・・真の“相沢”として復讐を果たすことだけだ!」

「それがあなたの望ですか、祐一さん」

「そうだ。だから・・・俺はお前を越える」

 越える。その言葉を聞き、秋子は失笑を浮かべた。

「やれるものなら、やってみなさい。・・・卑しき半魔半神よ」

 祐一もそれに対し失笑で答えた。

 そしてすぐに表情を変え、睨み付けた。

 その瞳に強い決心と誇りと、・・・そして絶対の自信を持って。

「水瀬秋子。お前は強い。だから・・・俺は最初から本気でいかせてもらう!」

 瞬間、周囲を凄まじい重圧が襲った。

 なにが、と秋子が祐一を凝視したと同時、祐一は強く身体を仰け反らせ、天井を睨むと、叫んだ。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 咆哮と共に祐一の魔力が周囲へと迸る。

 地を砕き、天井を割り、柱を折ってなお足りず暴れまわる祐一の魔力。

 そのあまりに強烈な魔力に、皆が動きを止める。誰もが驚愕と恐怖に身を震わせていた。

 そこにいる全ての者が唖然とした表情で祐一を見るなか、ただ一人、その様子を笑みで見守る者がいた。

「だから言ったんだよ。祐一くんに勝てる人なんかいない、って・・・」

 生涯のほぼ全てを共に生きてきた、あゆである。

「・・・例え秋子さんでも、本気の祐一くんには絶対に勝てない」

 祐一の視線が天井から秋子へと降ろされる。

「祐一さん。あなたは・・・!」

 その魔力を殺気とともに向けられた秋子は冷や汗を垂らした。

 なぜなら、その魔力の威圧感を以前に感じたことがあるからだ。

 ・・・祐一の父親。秋子が唯一認めた最強の魔族の王。

 それと同じ―――否、それ以上の力を撒き散らし、いまその息子が眼前に立っている。

「そんな、馬鹿な・・・。あの人の、あの人の力がこれほどに受け継がれていると・・・!?」

「水瀬秋子。俺はお前を超える!」

 叫びと同時、祐一の目が黄金に輝きだした。

 そしてその背中には一対の、しかし対称的な翼が出現する。

 ―――右には光を司る純白の翼が。

 ―――左には闇を司る漆黒の翼が。

 神族と魔族。対極である二つの血をその身に宿し、生まれ育った一人の半魔半神の男が大陸最強と名高い魔族の女王に恐怖を与えていた。

「いくぞ、水瀬秋子!」

「くっ・・・!」

 跳躍した祐一に反応して秋子が不通の結界を創り上げる。だが、

「喝っ!!」

 それは祐一の咆哮だけで消し飛んだ。

「そんな・・・!?」

 ―――秋子の魔力は凄まじく高い。いま創り出した結界にも相当量の魔力が注ぎ込まれていた。

 だが、違う。桁が違うのだ。

 そう。

 魔力を水に例えて通常の魔術師を水鉄砲としたら秋子は水道。そして祐一は・・・滝だ。

「くっ!」

 無駄だと、どこかで悟っているにもかかわらず秋子は左手で不通の結界を創り出し、右手で琉落の夜を三度撃ち込んだ。

 しかしそれはやはり無駄なのだ。

 三撃の琉落の夜は剣の一振りで爆砕し、結界は拳の一撃で粉砕される。

 それはもう―――まさに反則的なまでの強さだった。

「こんな、こんなはず・・・!?」

「秋子。お前は・・・俺を甘く見すぎていた」

 瞬間、祐一は剣を掲げた。同時、圧倒的な魔力の放流が渦に飲み込まれるようにしてその剣へと集約していく。

 その魔力量・・・およそ秋子の五倍。

 少ないように聞こえるかもしれないが、そんなことは微塵もない。なぜなら、たった一撃の魔力が―――秋子が内包する魔力の五倍なのだから。

「さらばだ秋子。手向けに俺の知り得る最強の技で葬ってやる」

 金色の瞳が一際輝き、呼応するように両翼がそれぞれ明滅し、

 

光と闇の二重奏(アルティメット・デュエット)

 

 刹那、振り下ろされた剣から黒と白の波動が放射される。

 しかし・・・・・・それはすぐに消滅した。

 闇と光。それは対の存在だ。

 互いが互いを侵食し、鬩ぎ合い、相殺し、消滅する。

 本来そういうものなのだ。それは。

 ―――だが、そうではない。

 これはその対極であり、本来お互いを消しあうはずの二つの属性をその身体に持ち得た者(、、、、、、、、、、)が放った一撃だ。

 その身体は、理論上は消えるのである。

 しかし現実消えることなどなく、それどころか両立させここに強者として君臨してる。

 ・・・ならば、

 ・・・ならば、この一撃が、どうして消えようか?

 時間にしてわずか数瞬。その間に―――、

 

 ソレは無から有へと転換された。

 

 静寂を突き破り、烽火が放たれた。

 それはまるで神の放った断罪の一撃か。

 空間すらを貫通し多次元干渉するモノをも越えてそれは突き進む。

 既に音などない。五感は自己保全を優先しその全ての機能を本能でシャットダウンしている。

 薙ぎ払い、押し潰し、吹っ飛ばし、消し飛ばす。

 それは破壊ですらない。飲み込まれたモノはその存在を世界から抹消され、・・・・そう、それはまるで『有』のものを『無』へと返すような・・・そんな絶対的な一撃だった。

 

 ・・・・・・全てがおさまった後、その進路上にはなにも残っていなかった。

 

 圧倒的な気配が霧散する。

 まるでそんな力など初めからどこにもなかったかのように、周囲を取り巻いていた重圧は消えていた。

 皆がその中央を見やる。

 そこには静かに佇む・・・いつも通り(、、、、、)の祐一がいた。

 ―――と、不意にその身体が傾く。

「っとと」

 しかしその身体を受け止める者がいた。純白の翼を生やした少女・・・あゆだ。

「お疲れ様、祐一くん」

「・・・あゆ様?これは・・・」

 まだしっかりと立てない様子の美咲が、よろめきながらあゆに訊ねる。

「祐一くんのあの状態は一分しか持続できないんだ。しかもその後は丸一日寝っぱなし。祐一くんが言うには・・・本来あり得ないはずの力を酷使した反動だとかなんとか。ボクもよくわからないんだけどね」

 最後にクスリと笑みを浮かべ、腕の中を見やる。

 ・・・まるで先程の行いが嘘のような柔らかい寝顔が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う・・・あぁ・・・・・」

 瓦礫の中から呻き声が聞こえる。

 ―――水瀬秋子は生きていた。

 とはいえその半身は既に無く、しかもあの技のせいかまるで再生する気配が無い。

 いくら魔族とはいえ再生能力が働かなければ人間族となんら変わりない。このまま放っておけば数分と経たずに命を落とすだろう。

「これはこれは・・・派手にやられたね」

 と、不意に足音と声が聞こえた。

「・・・ひ、がみ・・・」

「どうも、水瀬秋子様」

 そのまま秋子へと近付き、アルカイックスマイルを貼り付けたまま小さく会釈をするこの男―――ここ最近姿を現さなかった秋子配下の魔族、氷上シュンである。

 シュンは片膝を着き、秋子を見下ろした。

「酷い傷だ。しかも再生も働いてない・・・。このままじゃすぐに死んでしまうね?」

 まるで場違いな笑いを浮かべる。その言葉から態度まで、上位の者に対するものとはとても思えない。

「でも、大丈夫。心配しないで。あなたはここで死んで良いような人じゃない」

 そう言って手を差し出す。

 まるで赤ん坊でも扱うような格好で、秋子の半身をゆっくりと持ち上げた。

「さて、行きましょうか。あなたと同じく水瀬の名を継ぐ魔族のもとへ」

「・・・お、・・・あ?」

 揺れる視線がシュンを見る。

 疑問を投げかけるようなその瞳に、シュンはただ笑って、

「王国・・・ウォーターサマーに」

 

 

 

 あとがき

 どうも、神無月です。

 いやー、祐一強いですね〜。

 しかしまぁ、完全無欠の・・・ってわけではないんですけどね。

 ちなみに、今回祐一の放った“光と闇の二重奏(アルティメット・デュエット)”はだいたいセイバーの“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”と激突すればほぼ五分です。まぁ、魔力さえ残っていれば常時撃てるセイバーの方が有利な感じがしますが、祐一はあれでまだ全力ではないので、それを踏まえればほぼ互角でしょうか? まぁ、青子先生のスヴィア・ブレイク・スライダーには力負けするでしょうけどw

 とにかくこれで中盤終了。あとは後半かなぁ?前半より長いけど。

 では、次回から後半戦。お楽しみに。

 

 

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