神魔戦記 第十九章

                「激突、青き魔族の女王(中編)」

 

 

 

 

 

 揺れる焔の向こうで、美汐の表情が驚愕に揺れた。

 それはこちらの奇襲であったり、こちらに時谷がいることであったり、また・・・相沢の名を受け継ぐと言った事に対する驚きなのだろう。

 あの鉄火面のような表情が崩れたことに、祐一は無意識に笑みを浮かべる。

「・・・まさか、あの軍勢を相手に生きているとは思いもしませんでした」

 けれど、美汐の表情はすぐにいつもの様子に戻った。さすが、と言うべきなのだろうか。

 そんな美汐に対し、祐一は剣先を小さく下ろし、

「では逆に問おうか。まさかあれだけの軍勢で俺たちが負けるとでも思ったのか?」

 美汐の眉尻がわずかに上がる。だが、それだけだ。

「そうですね。正直予想外でしたよ。・・・そこにいる裏切り者も踏まえて」

 その視線が祐一の隣の、時谷に向けられる。

 しかし時谷はいつもの、どこか飄々とした表情のまま口を開いた。

「なぁに、ちょっくらこっちの方がおもしろそうだっただけだ。それに、仕事はきっちりこなしたぜ?」

「どの口でそのような世迷言を。まさか秋子様の強さを知るあなたが寝返るとは思っていませんでしたが・・・、まぁ、いいでしょう。裏切り者の末路は・・・わかっていますよね?」

 同時、槍が構えられる。

 それに「上等」と呟き、笑みを浮かべる時谷。

 そうして一歩を踏み込もうとして、

「待て」

 祐一の腕がそれを阻んだ。

「・・・なんだよ?邪魔すんのか?」

「天野は俺が倒す。お前は下がれ」

「いや、あいつは俺の獲物だ。一度本気で殺り合ってみたかったんだ」

「駄目だ。俺はあいつに証明しなければいけないからな」

「証明・・・?なんのだよ」

 祐一は失笑する。なにを当然な事を、と。

「俺の力を、だ。相沢の名を真に受け継ぐべきは誰なのか・・・。そして俺ではなく秋子についたことを後悔させるために、な。・・・お前と等しく」

 最後の言葉と共に時谷へと振り返る。

 その眼を見て、時谷は気が付いた。

「てめぇ、あいつまで取り込む気だな?」

 その問いに、祐一は口元を崩すことで答えた。

 やれやれ、と時谷は手を顔に付け天井を仰ぐ。

「・・・ま、仕方ねぇか。わぁったよ」

 渋々とではあるが身体を下げる時谷を祐一は一瞥だけすると美汐へと視線を戻した。

「というわけで、まずは俺と戦ってもらおうか。まぁ、それで最後になるがな」

「随分と自信過剰なようですね。過度な自信は自滅を招きますよ」

「なら試してみるといいだろう。俺がただの口だけの男であるか」

「・・・・・・言われずとも」

 刹那、美汐の姿がかき消える。

 空間跳躍だ。天野の姓を持つ魔族が扱う特殊能力。

 魔術概念での動作ではないので正式には魔法ではないのだが、魔法の域に達する高等な能力だ。

 気配や魔力の残滓も消えるこの移動法は単純な高速移動よりも探知が難しい分厄介だ。・・・だが、

「見極められない程では・・・ない」

 言った瞬間、祐一は剣を右に振った。ちょうどそこには美汐がいて、

「!」

 表情を凍らせる。その一撃こそしっかりと受け止めたが、その顔はしっかりと物語っていた。「なぜ」、と。

 だから祐一は改めて思う。

 ―――たいした敵ではない、と。

「天野の相手は俺一人で十分だ。皆は先に進んでいてくれ」

 その言葉に心配をする者はいない。なぜなら現実いま相手を凌駕して見せたのだから。

 皆が無言で頷き先へと走っていく。

 その中でも、祐一と美汐の視線は互いを離さない。

「・・・どうやって私の場所を特定したのです?」

「攻略法を教えてしまったらゲームは面白味を失くす。違うか?」

「―――くっ!」

 剣を弾き、美汐は再び空間を跳躍する。

 消える気配。が、

「無駄だ」

 背後に出現した槍の一撃を祐一は振り向かずして受け止めた。

「!?」

「ちゃんと戦いを始める前にあえて言っておこう」

 祐一がスッと片手を上に掲げた。人差し指から薬指まで三本を立てて、

「三分」

 目線だけを向け、

「それでお前を叩き伏せよう」

 笑みを浮かべた。

 対し美汐の表情が一瞬で激昂に変わり、

「・・・それが傲慢だということを、教えてあげます!」

 大きく槍を振り上げた。

 

 

 

 魔族兵はさっきの混乱のせいか、あたふたしたままろくな反撃も出来ずに駆逐されていく。

 ・・・一行が目的の場所に着くまでさほど時間はかからなかった。

 一際に広い空間。その中央。

 悠然とした笑みを浮かべて玉座に座り眼を閉じている、一人の魔族がいる。

 それを見、名雪が一歩を踏んで前に出た。

「・・・お母さん」

「久しぶりね、名雪」

 クスリ、と場違いなほどの柔らかな笑みを浮かべ―――大陸最強と呼ばれる魔族の女王、水瀬秋子は瞼を開けた。

「けれど、長い旅路で常識を失くしてしまったのかしら?人の敷地に挨拶もなしに上がりこみ、挙句暴れるなんて」

 表情は笑みのまま。しかし向けられる殺気は身を震わせるほどだった。

 名雪は一つ息を呑み、その眼をしっかりと見つめる。

「ねぇ、お母さん。お母さんはまだ・・・祐一を認められないの?」

「祐一さん・・・ですか。あの子は半魔半神、魔族にとっても神族にとっても穢れた存在。・・・認められるはずがないでしょう?」

「なんで?祐一は祐一で、血とか種族とか、そんなの関係ないのに・・・!」

「まだまだ子供ね、名雪。あなたにはまだわからないかもしれないけど、我々魔族と神族とは絶対に相容れない存在なの。その両方の血を宿す者・・・なんて許されるはずがない。それは本来在ってはいけない、穢れた存在」

 紡がれる言葉に対し、名雪の口からギリッと音がした。 

「なんでそう、・・・穢れた存在穢れた存在って言うの!?祐一は祐一で・・・それ以外のなにものでもないのに!」

「あなたこそ現実をもっと認識しなさい、名雪。全ての種族から忌み嫌われる祐一さんが、いったいどこで生きていけるというの?あの人がいたころはまだ良かった。あの人は強く、誰も心でこそ思い口にはしなかったから。でも、その庇護ももうない。そして祐一さんにはそれだけの力もない。ならあの子はどこで生きることも許されない・・・穢れた存在ということになる」

「祐一は強いよ。お母さんが思ってるよりも・・・ずっと!」

「あの人には遠く及ばない。そんな中途半端な力は・・・無意味に過ぎない」

 間が空く。

 一瞬の静寂があり、そして名雪は小さく息を吐いた。

「言葉じゃ平行線だね」

「なら・・・どうすると言うの?」

 名雪は・・・視線を上げた。その瞳に、怒気を宿して。

「力ずくで教えるよ。祐一の居場所が・・・ここにあるってこと!」

 後ろで美咲が魔術の詠唱を始め、あゆがグランヴェールを発動させた。二人とも・・・名雪と同じ顔をして。

 浩一や鈴菜、さくらたちといった面々もそれぞれ構えを取る。

 そんな全員を玉座から見回し、

「ならば、こちらも力ずくといきましょう。証明してあげますよ?あなたたちの間違いを」

 瞬間、名雪が駆けた。

 漆黒の翼を展開し、一気にその距離を詰める。剣を抜き放ち、床へと突き刺した。

琉落の夜(るらく よ)!」

 刺された場所から秋子をも巻き込んで暗黒のドームが出現する。

 それに飲み込まれれば、生き延びる術など・・・ない。―――はずなのだが、

「まさか・・・こんなもので私を倒せるとでも思っているの、名雪?」

 そのドームが晴れた空間には、先程となんら変わらない状態で玉座に座っている秋子の姿があった。

「そ、そんな・・・」

 呆ける名雪に、秋子は小さく吐息一つ。

「名雪。あなたにこの技を教えたのは誰だと思っているの?この程度の技で私に・・・いったいなにを教えてくれると言うのかしら?」

 言い放ち、秋子は無造作に片手を中空に掲げ、

琉落の夜(るらく よ)

 パチン、と指を鳴らした。

 瞬間名雪を中心にドームが形成される。

「・・・・・・!」

「琉落の夜とは本来こういう風に空間を御す技なの。媒介を通してでしか発動できないあなたでは、まだまだたどり着けない領域でしょうけど」

「名雪さん!」

 あゆの叫びと同時に闇が晴れる。そこに名雪はまだ存在こそしていたものの・・・足と腕が凍りついた名雪の姿があった。しかもその氷は徐々に侵食を広げていく。

「半人前とはいえさすが水瀬の姓を継ぐ子ね。私の琉落の夜でも一撃では凍らせきれない。けれど、全身が凍りついたが最後、あなたは塵に帰ることになる」

 フフッ、と聞こえる笑みに、その場にいた誰もが戦慄した。

 ―――秋子は、自分の娘を殺すことにまったく躊躇していない。

「このぉ!」

 あゆがグランヴェールを掲げ、飛翔する。それと同時に他の者も動きだした。

「掛かって来るのなら容赦はしません。己の未熟さを、その身に刻み込んであげましょう」

 玉座から姿勢をまったく動かさず、秋子はその軍勢を笑みでもって迎えた。

 

 

 

 魔術によって焼かれた床の上を走る一つの人影。

 その後ろ、横、上には突如として新たな人影が出現するも、それによりどうなるということはいまのところ起きていない。

「くっ・・・!」

 美汐は正直焦っていた。

 放つ攻撃放つ攻撃全て届かない。弾かれ、捌かれ、受け止められる。しかも慌てた様子もなくさも平然と。

 いままでにはなかったパターンだ。なぜ、と思うも答えは出ずに思考は空回りするばかり。

 距離を置くように跳躍して魔術を放っても無駄だ。この場合魔術が放たれてから着弾するまでの時間があるので、空間跳躍しての奇襲としての意味合いがなくなる。ならばこその接近戦であるのに、祐一には未来が見えているように攻撃を捌かれるていた。

(まさか未来視の能力を持っている・・・?)

 そんなはずはない、と自問に首を振る。そのような能力は決まって先天的にあるものだ。そうなら自分が知らないのはおかしい。

「考えているのか?なぜ攻撃が通用しないのか、と」

「っ!?」

 見抜かれ、美汐は激昂しそうになる。だが、

 ・・・落ち着こう。ここで感情を高ぶらせたら隙を見せる事になる。

 その自制心が勝った。

 その代わりに、美汐は一撃を放ちながら言葉を投げかける。

「そちらこそ良いのですか?予告した時間まで、あと一分しかありませんよ?」

 やはり受け流された攻撃の向こうで、しかし祐一は美汐の予想外の言葉を放った。

「それはこちらの台詞だ、天野。お前が倒されるまで残り一分しかないのに、まだ俺を倒せないのか?」

 ・・・どういうこと?

 言葉の意味を理解できない美汐の表情を読み取ったか、祐一は補足の様に続ける。

「俺は三分以内でお前を倒す、などとは言っていない。三分(、、)で倒す、と言ったんだ」

 まだわからないか、と続け、

「ジャスト三分後、お前を倒す、という意味だ」

「!」

 それは・・・宣言だ。

 三分以内、ではなくジャスト三分で倒す。つまりそれは・・・・・・やろうと思えばいつでも倒せる、と言っているのと同義。

 その屈辱に、美汐は歯噛みする。

「あなたはよほどの自信家に育ったようですね」

「自分の力と相手の力を正確に測り取れるようになっただけだ」

「よくもぬけぬけと・・・!」

 先程にも増して跳躍の頻度を上げ、かく乱させようとする。

 だがどこから攻撃をしようとも、やはり祐一には届かない。

「残り三十秒だぞ?」

「っ!」

 余裕の笑みで言われ、美汐はもう考えを捨てた。

 どうしてこちらの動きがわかるのか、捌かれるのか・・・そんなことはもうどうでも良い。

 ならば・・・この状況を打破できる行動は唯一つ。

 ―――捌ききれない一撃を、叩き込むのみ!

「残り十五秒」

「言われずとも、これで終わりにします!」

 槍を高く掲げる。

 魔力を編み込み、刃の一点にのみ集約させる。

 ―――自分の知り得る最高の技を持って、ここに叩きつける!

天地・深名撃!!」

 刃が一気に振り下ろされ―――爆ぜた。

 いまだ燻っていた床など優に破壊し、回避行動を取ろうとした祐一もろともその一帯が魔力の塊によって沈んだ。

「・・・・・・手応えはありましたが」

 舞い上がる瓦礫や砂塵の向こうに敵の姿を探す。・・・いない。

 美汐を中心に抉れたように消し飛んだ床の下も見渡す。・・・そこにもやはりいない。

 確認し、美汐は大きく息を吐いた。

「宣言まで残り五秒・・・。しかしあなたの負けでしたね」

 言った、・・・瞬間だ。

「『重圧洗礼・白き十字架(マグヌスグラヴ・ホワイトクロス)』」

 美汐を中心に、地上から十字架の閃光が湧き上がった。

「なっ・・・、あ、っ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 焼かれる。その清浄なる光は闇に生きる魔族の身を激しく燃やす。

「ジャスト三分だ」

 どこからか聞こえた声と同時、その光は掻き消えた。

 ふらりと崩れ落ちる身体を、誰かに支えられる。

 視線を上げれば―――祐一がいた。

「油断大敵だな?天野」

 しかもまったくの無傷である。

 驚きに眼を見開く美汐に、祐一は天井を指差し、

「実は俺は最初からあそこにいた」

「・・・?」

「さくらがお前に対して灼熱の烈火を放った瞬間にな。俺は天井に張り付いていたんだ」

「で、では・・・私が戦っていたあれは・・・?」

「あれは分身だよ。簡易精霊を召喚して自分の姿を真似させるという光の上級魔術だ。・・・時谷と戦ったときも思ったが、魔族は神族の魔術を知らなすぎるんじゃないか?」

 さらに聞けば、美汐の行動が全部見えていたのは、本体である祐一が上から見下ろしていたから全貌が簡単に把握できた、ということであるらしい。

 ・・・なるほど。

 それなら確かに、自分などいつでも倒せただろう。

 全ては・・・手の平の上の出来事だった、というわけだ。

「・・・どうして」

「ん?」

「どうして、魔術を・・・消したのですか」

 あと数秒もあの光に当たっていれば自分は間違いなくこの世から消滅していただろう。

 問いに、しかし祐一はしれっと、

「お前を仲間にするためだ」

 そんなことを言ってのけた。

 その態度に、美汐の口が歪む。

「気でも・・・触れましたか・・・?」

「いや、俺は正常だ。だからお前に俺との力の差を見せ付けたんだ。どうだ、俺は強いだろう?」

 まったく躊躇いもしないその口振りに、美汐は苦笑する。

「悔しいけれど・・・確かにそうですね。ですが・・・」

「でも、秋子よりは弱いと、お前はそう言いたいんだな?」

 頷く。

「ああ、それも証明してやろう。その眼でしかと見届けるが良い」

 スッと身体を持ち上げられる。・・・俗に言う、お姫様抱っこというヤツだ。

「え、あの・・・」

「その眼で見て、決めてもらう。お前の真に仕えるべき主人が、俺であるとな」

 そう言って祐一は美汐を抱えたまま地を蹴った。

 その顔を見て、美汐は思う。

 本当に・・・呆れるくらいにたいした自信だな、と。

 だが、その表情は―――笑みを象っていた。

 

 

 

 あとがき

 ども、神無月です。

 なんか今日は腕が乗っちゃって乗っちゃって・・・。これ2時間で書き上げましたよ。

 こういう日もあるんですね〜。またすぐ後編が書けると良いのですがね・・・。

 さーて、次回は「カノン王国編」中盤の目玉、祐一VS秋子です。

 ご期待ください♪

 

 

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