神魔戦記 第十八章
「激突、青き魔族の女王(前編)」
小さな火がゆらゆらと揺れながら辺りを照らす。
それは自然な火ではない。明かり用に編み込まれた、魔術の火だ。
それを頼りに地下迷宮を進む祐一一行。すでに道は祐一たちの散策外まで至っていた。
しかし、と祐一は周囲を見渡す。
「こんな通路・・・いつの間に調べたんだ?」
確かにここ最近は地下迷宮の散策をしていなかったとはいえ、祐一たちの住処に近付けば誰かしら気付いてもおかしくはなかった。しかし誰も気付かず、こうやって道が確立している。
「氷上が調べたんだよ。あいつ、なにかの調査と気配の消し方だけは超一流だからな。見たら驚くぜ、正面に立ってるにもかかわらずまるで気配を感じさせねぇからな」
秋子側の魔族で、しかしいまはいないという氷上シュン。
・・・祐一の父親が健在の頃には聞かなかった名前だ。秋子が独立した後に仲間になったのだろう。聞けばはぐれ魔族だということだし。
と、不意に時谷が止まりこちらに振り返った。
「そろそろだ。・・・で、どうする。いきなり正面突破か?」
「当然だ。他にやり方があるのか?」
そう言って祐一は剣を静かに抜いた。それを見て時谷の口元も歪む。だが、
「あまり良い作戦とは言えませんね」
「・・・シオンか」
祐一の振り向く先、そこに抗議を申し立てたシオンの姿があった。
「奇襲作戦において最も重要なのはどれだけ相手の虚を突けるかにあります。それによりこちらの生存率の上昇、ないし損害率が低下しますから」
「ということは、お前にはなにか良い作戦があるんだな?」
「あります。強行作戦より効率の良い作戦の候補がおよそ58通り。そして現段階の状況、こちらの戦力、その他諸々の現象事象を踏まえて最も効率の良い作戦を提案したいと思うのですが」
「おもしろい。言ってみろ」
そうして語ったシオンの作戦は、確かに誰もが思いつかないような、虚を突いた作戦だった。
「・・・ってか、んなことできんのかよ」
「心配無用です。私に任せてください」
懸念する時谷に、シオンは絶対の自信を持って告げた。
「ということで、少し失礼します」
「あん?」
シオンが小さく手を振った瞬間、チクッとした感覚が時谷の頭に走った。毛を抜かれたくらいの、小さな痛みだ。
「・・・なるほど、わかりました」
「なにしたんだ?」
「あなたの脳内に侵入してフォベイン城までの通路、ならびに内装構造を全てダウンロードさせてもらいました」
「なっ!?」
驚愕に目を見開く時谷に、シオンは淡々と続ける。
「口で聞くことほど不明瞭な事はありません。こちらの方が正確な上に早い。・・・あぁ、痛かったですか?エーテライトは神経線維レベルの細さですから敏感な者でもさほど痛みは感じないはずですが」
そんな問題じゃない、と時谷は言いそうになって止めた。
錬金術師。
時谷は祐一ほど博識ではなく、また興味もない。さすがに名前は聞いたことはあったが。
その最高位、と言われてもピンと来なかったが、いまになって時谷はその絶大さに気付いた。
他者の脳内に勝手に入り、しかもあんな数秒で知識を吸収する技。・・・見様によってはこれほど脅威なことはない。
「いけるか?」
シオンは祐一の問いにただ微笑で返した。
フォベイン城の地下・・・地下迷宮へと続く道の少し手前に秋子傘下の雑兵専用の仮眠室が設置されている。
さほど広くはないその場に、現在およそ十人と少しが仮眠を取っていた。
「ふぅ、やれやれ・・・。おい、交代だ」
そこに二人、見張りかなにかの任を終えたのだろう、疲れた表情で魔族の兵士が入ってきた。
「ん・・・、あぁ、もうそんな時間か」
その声に、入り口から一番手前に寝ていた魔族の兵士が起き上がる。
「問題は?」
「あったらこんなとこに戻ってこないだろ」
「ま、そりゃそうか」
笑い、立ち上がった魔族の兵士が壁に立てかけてある槍を持ち上げ―――、
「え?」「あ?」
浮かぶ擬音は二つ。
―――なぜなら、突然その槍を目の前の魔族兵に突き刺していたからだ。
「ぐ・・・はぁ」
一瞬止まったように感じた時は、その男が倒れたことによって再び動き出した。
「き、貴様、なにをやっている!とち狂ったか!?」
「ま、待ってくれ、違う!俺は、俺はこんなことをしようなんて・・・!」
しかしその言葉を否定するように身体は槍を倒れた者に向かって続けざまに突き刺していく。
「お前、秋子様に反逆する気かっ!」
「違う!身体が勝手に・・・!」
「そんな嘘が通じるとでも―――っ!?」
その言葉も最後まで紡がれない。
なぜならその全身を槍や剣で貫かれているから。
・・・先程まで寝ていたはずの他の魔族兵たちが、いつの間にか起き上がって突き刺していた。
「お前・・・ら・・・!」
そしてその男も絶命した。
「俺たちは・・・」
「・・・どう、して?」
そこに残る、武器を手に取り仲間を殺した連中全員が、わけがわからないといった風の表情でただ立っていた。
・・・それも、そうだろう。なぜなら―――、
「この私にハッキングされているのだから」
声は頭上・・・ダクトから。
男たちはその声に驚きつつも上を仰ぎ見なかった。・・・・・・いや、見れなかった。
彼らの身体は、すでに彼らの意識外にあるのだから。
ダクトが外れ、そこからひらりと一人の少女が舞い降りる。
―――シオン=エルトナム=アトラシア。
「あなたたちの脳は私のエーテライトによって支配させていただきました。意識こそ残してありますが、その他全ての命令権は現在私にあります」
「な、なんだお前は!?それにエーテライトって・・・!?」
「・・・あなたがたにわかりやすく言う道理はないのですが、現状を認識してもらうためには必要でしょうか。・・・擬似神経、もっとわかりやすく言えばミクロン単位の繊維。これがあなた方の神経に憑依、定着し脳までのバイパスとなりハッキングができるようになる。・・・あぁ、あと抵抗は無意味です。エーテライトの最大距離はおよそ5キロ。到底逃げ切れる距離ではない。・・・なんならもう一度実践して見せましょうか?」
シオンがクイッと小さく指を動かす。
たったそれだけの動作でそこにいた魔族兵全てが武器を持ち出口に並びだした。
「お、おい!お前なにを・・・!?」
「あなたたちにはこれから暴れてもらいます。・・・私たちの陽動のために」
「なんだと!?」
「味方がいきなり暴れだした・・・となればどれだけ利口な者でも一瞬で看破などできはしない。せいぜい派手に暴れてきてください」
再び指を動かす。
それを機に仮眠室にいた魔族兵は全員駆けて行った。・・・シオンの命令をこなすために。
「・・・とはいえ、距離が離れた者の操作は難しい。一人でも強者が現れればすぐに鎮圧されるでしょうが」
だが、これで無駄な消費を抑え本体は突入できる。相手に付け入る隙を与えないという点でもこの作戦は成功と言えるだろう。
「では、私も行きますか」
銃を手に取り、カートリッジを装填する。
シオンは魔族兵から数分遅れて仮眠室を後にした。
どうやら作戦は成功したらしい。
突如城内が騒がしくなり、門番も姿を消していた。
「さすがは計算を司るアトラスの錬金術師だな。いささかの狂いもない」
「そりゃ、アトラスを冠するくらいだからねー、シオンちゃんは」
自分が褒められたわけでもないのに胸を張るさくらに、祐一は苦笑をよこす。
そして全員を見渡し、静かに一言。
「突入する」
天野美汐が騒ぎに気付きフォベイン城の中央区画に来た頃には、状況は既に混乱の渦中にあった。
「何事です!」
声を荒げるも、それに答える余裕を持つ者は誰もいない。
見下ろす眼下にはどういうわけか切り結んでいる秋子配下の魔族兵の群れ。
・・・状況からはどちらかが反乱を起こした、とも見えるが、水瀬秋子の怖さを知る者が果たしてこのような命知らずな事をするだろうか?
とはいえ起きているのは確かだ。ならば鎮圧するしかない。
だが、これは正直戦いづらい。
なぜならどっちが反乱を起こしているかわからない。使っている武器も、身に着けている防具も全て秋子軍のものだ。見分けがつかない。
「いっそここにいる全員を消し飛ばしましょうか・・・!」
一瞬本気で考えたが、そんなことをして戦力が半減しているときにカノンなどに襲われたらひとたまりもないだろう。すぐさま却下を下す。
・・・しかし、ならばいったいどうすれば良い?
「ぐあぁ!」
「くっ!」
だらだらと思考している暇もないようだ。ならば・・・!
「いまから攻撃をします!死にたくなければすぐにここを離れなさい!」
その言葉にすぐさま反応して後退を始める魔族兵たち。
そしてその中で、反応の遅い十数名の魔族兵がいた。
(あれか・・・!)
そう。いまの言葉はただのフェイク。
―――美汐にはどうしても秋子配下の者が反旗を翻すとは思えなかった。ならば、考え得ることは一つ。「操られている」ことだけだ。
しかし目視できる範囲内に操者のような者は見当たらない。気配もしない。となれば、数も数だ。そうそう複雑な操作はできまい。
そう考え、美汐は叫んだのだ。誰もが恐れるはずの言葉を。
「敵さえわかれば・・・」
美汐の身体が消える。次の瞬間には逃げ遅れた魔族兵の中央にその姿を現した。
「同情はしません。操られるようなへまをしたあなた方が悪いのです」
そうして滅ぼしの一撃を叩きつけようとして・・・、
「バレルレプリカ―――」
瞬間、美汐の肌を寒気が突き抜けた
「―――フルトランス!!」
そして、横から崩壊の光が放たれる!
「っ!?」
それが突然の事であれ、単純な魔術であるなら美汐は魔力付与した槍で弾き返しただろう。
だが美汐は瞬時に気付いた。
―――この光は、ただの魔力ではない!
だから美汐は空間を跳躍してかわした。
先程までいた場所を、操られていた魔族兵もろとも打ち抜く一条の光がある。
その放たれた方向に、真の敵はいた。
「まさか空間を跳ぶなどと魔法の域に近い魔術を行使する魔族だったとは・・・、少々迂闊でしたか」
「そうですね。誰かは存じませんがあなたは迂闊でした。面妖な術を行使されるようですが、単体でこの城に進入するなどまさに愚の骨頂です。・・・その愚かさ、死を持って償いなさい!」
槍の柄を指でなぞる。
あらかじめ仕込まれていた魔術が、美汐の魔力によって発動する。
「法具っ―――!?」
「気付いても遅いです。法具の利点は魔術が使用できない者でも使えることと・・・さらに瞬時に魔術を形成できることと知りなさい!」
槍の一振りに呼応して六条の闇の矢が少女へと襲い掛かる。等間隔にわかれたその矢に、回避の隙はない!
しかし―――、
ガガガガガガガガガ!
「なっ!?」
どこからか飛来した、同じ闇の矢が、しかし美汐の放った以上の魔力でそれを相殺した。
それだけに留まらず、こちらにも強固な魔術が放たれるのを美汐は肌で感じた。
「『灼熱の烈火(』!」
「くっ!」
地上から湧き出た紅の業火を、魔力付与した槍でもって斬って捨てる。が、相当な魔力が練りこまれているのか一撃では消える気配を見せない。
「こ・・・の!」
仕方なしに後方へと空間を跳ぶ。
目標を見失った炎はそのまま墜落し床を焼いた。
その揺らめく炎によって生まれた陽炎の向こうに、彼らは立っていた。
「相沢、祐一・・・!」
「久しぶりだな、天野美汐。・・・朝の借りを返しに来たぞ」
揺らめく視界の向こうで、しかし確固たる自信にその身を固めた青年が剣をこちらに向けて、言った。
「そして今宵、相沢の後継者の名も返してもらおう」
あとがき
風邪を引いてダラダラ流れる鼻水をかみながら執筆した、どうも神無月です。
今年の風邪は長引くらしいですね?バイトもありますし、できるだけ早く治したいです。
ま、それはさておき、今回はシオンが活躍しましたね。直接的な戦闘力は低い部類ですけど、彼女には研ぎ澄まされた思考とエーテライトという特有の武器がありますから、活躍の場はおおいにあることでしょう。
次回は祐一VS美汐ですね。
それでは、次回もお楽しみに。