神魔戦記 第十七章
「いまこの機を逃さず」
時刻は既に朝を跳び越えて夜に移り変わっている。
・・・それだけあの戦いは長かった。
地上、地下共に敵勢力の全滅が確認されたのがついさっき。・・・全てに決着がつくまで十二時間もの時間を要した事になる。
そしていま、いつもの作戦室はしかしいつもよりもその人口密度を増していた。
祐一の他に参謀の久瀬隆之、あゆ、美咲、栞、浩一、鈴菜、水菜。(真琴はさらに封印を掛け、魔封じの間に保管した。)さらに先の戦いで仲間になった時谷、さくら、シオン、目を覚ました留美。そして突如現れた名雪と、見ず知らずの少女が一人。
その名雪の横で縮こまっている少女は、名をマリーシア=ノルアーディというらしい。目に付くのはやはりその漆黒の翼だった。魔族のような暗黒の翼。・・・しかしその少女の気配は魔族ではなく明らかに人間族のそれだった。
・・・わからないが、いまはとりあえず置いておこう。問題は山積みで、時間が惜しい。
「・・・・・・私は納得できかねます」
おもむろに口を開いたのは隆之だった。
「なにがだ?」
「こやつらのことです。人間族の娘・・・はまぁともかくとして、斉藤時谷を配下にするなどと。背後から襲われるかもしれないのですよ」
「あぁん?久瀬ぇ、てめぇのその口うるせぇ態度は昔っから変わんねぇな?」
椅子にふんぞり返っていた時谷が睨みつけるように隆之を見る。
だが、隆之はそんなことなど微塵も感じないかのように鼻で笑い、
「・・・あなたのその汚らしい言葉使いも相変わらずのようだ。聞いているだけで虫唾が走ってくる」
「それはこっちの台詞だボケ。大した力も持たねぇくせにぐちぐちとうるさいんだよ。てめぇの大将が決めたことだろ。なら頷いて素直に従うのが配下の役目ってもんじゃねえのか、あぁ?」
「だからこうして抗議しているのだ。あなたのような頭ではなく身体だけで生きているような愚者にはわからないかもしれないが」
「・・・んだと?」
「よせ二人とも」
殺気立つ二人の間に祐一の声が届く。
それだけで二人はそれぞれフン、と吐き捨てて視線を外した。
「久瀬。時谷を仲間に加えたのは俺の判断だ。変える気もない」
「しかし・・・」
「くどいぞ」
「・・・・・・・・・祐一様がそこまで仰るなら私からなにも言う事はございません」
明らかに納得していない顔だったが、そんなことは祐一の知ったことではない。時谷は戦力になる。それだけだ。
「えっと、わたしから質問いいかな?」
そう言って手を上げたのは名雪だった。
・・・久しぶりだな、と祐一は思う。
たしか一番最後に会ったのは父親が殺されたあのときだ。あのときのドタバタではぐれて・・・ずっと会っていなかった。
・・・ゴタゴタしていて久しぶりの再開の挨拶もろくにしていないな、と思ったがそれは後でも良いだろう。
「なんだ?」
「祐一がカノン相手に戦いを挑んだ、っていうのは風の噂で聞いた。だからわたしは祐一の居所がわかってここに戻ってこれたわけだし。でも、わたしたち昨日カノン王国に着いたばっかりで詳しい状況はわかってないんだ。祐一はいったい誰と戦ってるの?なんかカノン以外にもいるみたいだけど・・・?」
「俺が戦っているのは第一にカノン王国だ。あとはそれを邪魔する魔族と神族・・・。魔族はお前の母親・・・水瀬秋子と戦っている」
「え・・・お母さんと?」
それを告げたとき、祐一は名雪が激昂すると思っていた。
・・・だが、予想に反して名雪はどこか諦めたような、小さな笑みを浮かべるだけだった。
「そっか。・・・お母さんは、まだ祐一のことを認められないんだね」
「名雪・・・?」
「まだ祐一のお父さんが健在の頃から・・・お母さんは祐一を認めてなかったから。半魔半神の子なんて、・・・ってね。それでもお母さんはおじさんの子供だから建前じゃ祐一に優しくしてたけど」
それは祐一も薄々感付いていたことだ。いや、おそらく父も気付いていただろう。
子供の頃、秋子から向けられた優しさは虚偽だと。
・・・しかし、だからといって特に困る事はなかった。それが例え嘘であったとしても秋子は祐一に良くしてくれたのだから。
「それで、祐一はこれからどうするの?」
名雪の言葉に、祐一はその感傷を捨てた。
・・・いまは、昔を懐かしんでいる余裕なんてないのだから。
「先程ここを襲った魔族は相当な数だった。おそらく秋子はあれで決着をつけるつもりだったんだろう。・・・だろ、時谷?」
「あぁ、多分そのつもりだったと思うぜ。あれは軍勢の三分の二以上を使ったからな」
「ということはフォベイン城に残っているのはあの三分の一、ということになる。・・・なら、いまこそチャンスだとは思わないか?」
「チャンス・・・?」
名雪の怪訝そうな言葉に祐一は「そうだ」と頷き、
「向こうは本気で勝ちに来たんだ。まさか負ける、なんて思ってはいないだろう。・・・なら、今度はこっちが奇襲をし返して慌てさせてやる」
祐一を除く全ての者が息を飲み込んだ。
「お考え直しください、祐一様。確かにあちらも相当数の兵力を失いましたが、それはこちらも同じことです」
「主要メンバーは全員無事だ。ここに集まっている者が、たかが百程度の魔族に負けるか?」
「・・・まさか、祐一様はここにいる面々だけで奇襲を仕掛けるつもりで・・・?」
祐一は笑みを浮かべた。その笑みは『なにを当然の事を』、といった意味の笑み。
「時谷。向こうの手練は水瀬秋子以外に誰がいる?」
「天野美汐と氷上シュン・・・の二人だろうが、いま氷上はいねぇよ。もともとはぐれ魔族だったからな、もしかしたら別の魔族の元に行ったのかもしれねぇ」
「つまり水瀬秋子と天野美汐以外に手強い者はいない。・・・ならば俺たちだけで十分だとは思わないか、久瀬?」
「・・・・・・ご随意に」
もはや何を言っても不可能、と判断したのか隆之は一つ分身体を引いて「異議なし」を体現する。
それに祐一は頷き、テーブルに座る面々を見回した。
「浩一。いけるか?」
「当たり前だ」
「鈴菜は?」
「魔力がちょっとキツイけど、雑魚相手ならなんとかなるわ」
「あゆ」
「ボクは平気だよ」
「美咲」
「いけます」
「時谷」
「左腕がないのはちっとキツイが・・・、まぁあの天野をボコボコにできるのかと思えばなんでもないぜ」
「さくら」
「ボクも魔力が少し心許ないけど・・・、援護くらいならいけるよ」
「シオン」
「連続戦闘への支障は皆無です」
「留美」
「あんたにやられた腹が痛いけど・・・やれるわ」
そして最後に、祐一は名雪を見た。
「・・・お前はどうする、名雪?」
傾けた視線に、しかし名雪は笑みでもって答えた。
「もちろんいくよ。お母さんには、・・・そろそろ祐一の事を認めてもらわなくちゃ」
よし、と祐一は頷いた。
「善は急げだ。すぐに向かうぞ。時谷、地下迷宮にやって来たお前ならフォベイン城への道もわかるな?」
「あぁ」
「よし。なら案内してくれ」
「あ、あの!」
立ち上がった祐一の耳に声が届いた。
その声は栞のものだった。見れば、その隣に水菜もいる。
・・・先程祐一が呼ばなかった二人だ。
「あの、私たちは・・・」
「今回、栞と水菜はここに残ってもらう」
「そんな、どうしてですか!」
「足手まといだからだ」
静かに、しかしハッキリとした言葉に栞の動きが止まる。
「使い魔の残ってない水菜、魔力の残りが乏しい栞が生き残れるほど水瀬秋子は甘くない。だから残れと言った」
・・・確かに、栞は地下に魔族が襲撃してきた当初一人で迎撃していたせいか魔力がもうほとんど空だ。
水菜も言われた通り使い魔が残っていない。
事実を突きつけられ、俯く二人。
そんな二人に背中を向けて、祐一は作戦室を後にした。
「・・・それに、この機に誰かが攻めてこないとも限らない。どの道誰かが残らなければいけないんだからな」
・・・去り際に、それだけを残して。
「・・・祐一様」
「ご主人様は、栞さんや水菜様を思ってここに残したんです。・・・そのこと、わかってあげてくださいね」
美咲が祐一の後を追う前に二人にポソリと残していった。
席を立った名雪は、横で心配げに見上げるマリーシアに笑みを浮かべた。
「それじゃ、マリーシア。着いて早々悪いんだけど、ここで待っててくれる?」
「え、と、あの・・・・・・よく事情はわからないんですけど、・・・わ、私は暴力は・・・反対です・・・」
「・・・うん。いろいろ言いたいことあると思うけど、今回は我慢してね。今度、祐一にもしっかり紹介するし、ちゃんとお話もしよう」
でもね、と名雪は続け、
「戦うことでしかわからないこと、理解できないこともあるんだってこと、知っておいて。戦いはなにも怖いだけのものじゃないから。・・・ね?」
「・・・・・・わかりません」
どこか拗ねたようなその表情に、名雪はクスリと小さく笑った。
「そうかもしれないね。でも、きっとそのうちわかるよ」
ポン、とマリーシアの頭に手を置いて、名雪は反転した。
そう、戦わなければわからないことがある。
そして例え力ずくであろうとも、わからせなければいけないことも。
(お母さん・・・)
自分の母、水瀬秋子は大きく誤解している。
半魔半神は、忌むべき存在などではない。魔族の汚点でもない。
・・・それを知らしめるため、名雪はギュッと剣を握った。
あとがき
友人に勧められ「フローラリア」をやろうかなぁ、とか思ってるどうも神無月です。
さて、いよいよ次回からあの水瀬秋子戦に入っていきます。
とりあえず目標は三話でいきたいと思います。・・・あくまで目標だけど。
それでは、また。