神魔戦記 第十六章

                 「前方に大波、後方に断崖(\)」

 

 

 

 

 

 ドン、と重い音を響かせて祐一は疾走した。

 それに対し時谷も構えを取る。

 こうして直に祐一と戦うのは初めてだが、おそらくあれからかなりの実力を培ったのだろう。

 昔とはまるで違う。漂う魔力も、感じる気配も、圧し掛かる威圧感もあの頃の比ではない。

 だが、と時谷は思う。

 ―――それでも経験というものは補えない、と。

 接近は刹那。

 祐一の疾い斬撃が時谷に降り注ぐ。

 しかし甘い。その程度の攻撃ではかすりもしない。

「は、どうしたよ。大口を叩いた割にはたいしたことねぇな、おい?」

「・・・・・・」

 祐一は数撃繰り返すと、バックステップで一旦距離を置く。

 だが、時谷がその隙を見逃すわけもない。

「あめぇんだよ!」

 一気に距離を詰めて、拳を繰り出す。

 だがそこで祐一は時谷の想定外の動きをとった。

「!」

 剣を投げつけたのだ。こちらに向かって。

「ちぃ!」

 回避はしたものの、急な事に突進が止まった。

 そしてさらに追撃のように暗黒の魔術が襲い来る。

「『闇の弾丸(ダークブレッド)』!」

 それが攻撃目的の魔術ではないことは時谷にはすぐにわかった。

 これは単なる目くらまし。これを迎撃したときにはすでにそこに祐一はいないだろう。

「ふん!」

 飛んできた魔術を破砕する。そしてその視界の向こうにはやはり祐一の姿はない。

 そしてどこから来るか、時谷の経験はそれを明確に理解していた。

「そこだろぉ!」

 身体を半分ほど捻り、拳を強く突き出す。

 そこには予想通り、祐一の姿があった。

(もらった!)

 このタイミングでは回避は不可能。

 それを表すように時谷の一撃は祐一を―――すり抜けた。

「・・・な?」

 手応えが、ない。それはそう、貫いたのではなくすり抜けた。

「どこを見ている」

「!?」

 その声は真逆から。

 振り向くと同時、魔力を付与した拳の一撃が時谷の脇腹を打ち抜いた。

 吹っ飛ばされ、高速に飛んでいく視界の中、時谷は悔しそうに吐き捨てた。

「残像か!」

「フッ」

 失笑。

 それが自分を馬鹿にしたものだと気付き、時谷は頭に血を昇らせた。

「てめぇ、なめんな!」

 身体を強引に旋回させ、地面に足をつけると、すぐさま祐一へと向かおうとした―――が、

「!」

 目の前にさらに暗黒の弾丸。しかも自分が走り出してしまったために相対速度は極限。かわしきれない。

「く・・・そ!」

 軽い挑発に乗ったこれが積か。仕方なく地面に踏ん張り防御を取る。

 そしておそらく同時に来るであろう攻撃にも備える・・・が、

「・・・?」

 来ない。

 なぜ、と思った瞬間衝撃は見当違いの方向からやって来た。

「ぐあぁ!」

 ―――上!?

 いつの間に、と思い上を見上げるとそこにあったのは・・・、

「俺の・・・腕!?」

 どのような魔術なのか、それは天上から伸びている数本の光の糸によって釣り下がっていた。

 おそらくこの光の糸を使って腕を遠隔操作したのだろうが・・・、それにしてもあれほどの威力が出るものなのか・・・。と、

「はっ!」

 そこで気付く。上にいたのが祐一でないならば、その祐一は・・・!

「また余所見か?」

「っ!?」

 祐一は最初にいた方向、そこにそのままいた。

 気付いた頃にはもう遅い。再び祐一の拳が時谷の脇腹を打った。

「・・・っそったれ!」

 空中で身体を捻り、すぐさま着地する。今度はさっきのようにいきなり突っ込んだりはしない。ここは一旦距離を取って・・・、

「な・・・!?」

 しかし足が動けない。

 なにが、と思えば足元の地面には祐一の剣が刺さっている。そしてその剣先から広がっている影から触手のようなものが伸びて時谷の足を束縛していた。

「束縛魔術!?っつーかいつから・・・!?」

 思い出せ。いつからあいつは剣を使っていなかった・・・?

 思考に至り、時谷は驚愕の事実を思い出した。

 最初に剣を投擲したあのときに、すでにこうなることを想定していた・・・?

「どうした?これで終わりか?」

 ハッとして前を見れば、すでにその姿は目の前にまで来ていた。

「・・・お前お得意の経験から導き出される戦闘論理は、一度も経験したことのない攻撃にめっぽう弱いという弱点を併せ持つ。お前は経験に頼りすぎて、想定外の事が起きると混乱して動きを止めるからな」

 言うと同時、祐一の右腕が光に包まれていく。

 その魔力の属性を肌で感じ取り、時谷は失笑を浮かべた。

 ・・・そうだったな、と。

「そう。お前は魔族じゃない。半魔半神だったんだよな。・・・なら、光の魔術が使えても当然ってか?」

「『操集の光糸(オペレイト・スティング)』のことか。お前の腕を操った・・・。あれは最初の斬撃のときに張り巡らせておいた。さすがに気付かなかったか?・・・お前は神族と戦った事がないのか。あれは光の中級魔術だぞ。そして・・・」

 その右腕に光の魔力で凝縮された剣が形成された。

「『光の剣(ライトセイバー)』もな」

 その切っ先を首元に突きつけられる。

「石化の魔眼ももう使えない。まして左腕もないお前では、結果は最初からわかっていた」

「てめぇ・・・・・・」

 憎々しく睨む時谷に、祐一は軽く笑みを浮かべ、

「俺はお前が戦いたくないと思っている者の息子だぞ?」

 一瞬虚を突かれたように、しかし小さく笑みを作り、

「・・・は、そうだったな・・・」

 諦めたように嘆息した。

「俺の負けだ。ほら、さっさと殺れよ」

 だが、祐一はその剣を振り抜こうとしない。

 怪訝な表情を浮かべる時谷の前で、祐一はとんでもないことを口にした。

「斉藤時谷。俺の仲間になれ」

「「「「!?」」」」

 時谷だけでなく、他の面々(さくらを除く)も驚愕の表情を浮かべた。

「て、てめぇ・・・。自分がなに言ってんのかわかってんのか!?」

「そうだよ、祐一くん!その人は真琴ちゃんを・・・!」

「敵なら戦うのが戦士だ。それに真琴は死んではいない。そして俺たちには少しでも力が必要だ。違うか?」

「そ、そうだけど・・・、でも・・・」

 あゆはそれ以上なにも言わなかった。美咲と栞は全てを祐一に委ねてるのか、嫌そうな顔はするもののなにも口にはしなかった。唯一、さくらだけがおもしろそうな顔で成り行きを見ていたが。

 祐一はそれら仲間の顔を一通り眺め、再び時谷に向き直った。

「さて、どうする?」

「・・・・・・・・・」

 時谷はいままで強者に従ってきた。

 祐一は確かに強い。いろいろな意味でこちらを上回っているだろう。だが、水瀬秋子は祐一すら軽く凌駕する。

 祐一の仲間になる、ということはその秋子の敵に回ると言うことだ。

 ・・・正直、良い申し出ではない。

 ―――けれど、

「・・・仮にてめぇの仲間になったとして、俺になんの得がある?」

 すると祐一は微塵の躊躇もなく、ただ一言。

「世界の頂が見られるぞ」

「・・・・・・は、はは」

 言い切った。

 なんの淀みもなく、それが当然のように言いのけた。

「はは・・・あははははは!おもしろい!おもしろくなったなぁ、お前!・・・やっぱあの人の子供だな、お前は」

 一通り笑い終わると、時谷は小さく吐息を吐いて祐一を見た。

「良いだろう、仲間になってやるよ。命預けてやる。水瀬秋子だろうがカノン王国だろうが突っ込んでやるよ。そして俺に見せてみろ、その世界の頂ってやつを」

 祐一はそれに笑みでもって答えた。

 同時、光の剣が消え時谷の足を縛っていた影も消失した。

 祐一は辺りを見回す。

 あゆや美咲、栞などは納得がいかないようだったが、文句を言おうとはしなかった。

 さくらはただ笑って傍観するのみ。

「とりあえず、状況を確認しないとな」

 名雪がいきなり現れた理由も気になるし、時谷やさくらたちのことも皆に教えないといけない。それに・・・。

「全員、このまま作戦室へ移動だ。俺は地上にいる奴を呼び戻す」

 まずは面通しだ。そして祐一は決心をしていた。

 この機を持って・・・・・・水瀬秋子に打って出ようと。

 

 

 

 あとがき

 ども、ROばっかで執筆が進まない神無月です。

 しかしまぁ、これでこの戦いもようやく終わりを迎えましたが・・・、すぐに新しい戦いを迎える事になります。

 次回はその作戦会議、みたいな感じになりますね。

 それでは、また。

 

 

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