神魔戦記 第十三章

                 「前方に大波、後方に断崖(Y)」

 

 

 

 

 

 ギィン!

 一際甲高い金属音を響かせて、その二人は距離を取るように後退した。

「どうした、もう終わりか?」

 一人は、黒い外套を靡かせながら悠々と立つ男、祐一。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・、くそ!」

 対してもう一人は、大きな鎧に身を包み身長ほどもある大剣を構えて肩で息をしている少女、留美。

 鈴菜の放つ闇時雨と名雪の放つ琉落の夜を背に、二人の剣士は互いを睨み合っていた。

 そんな二人を少し離れた場所で眺めている二人の少女。

 さくらとシオンである。

 さくらはその二人を交互に眺め、視線をシオンに向けた。

「留美ちゃん、きつそうだね。シオンはこの勝負どう思う?」

「高い確率で留美の敗北でしょう。留美があの者に勝てる可能性は1%に満たない」

「ふーん。どうして?」

「攻撃力、攻撃速度。攻撃と言う一点なら確かに留美の方が上でしょう。ですがその一点だけです。反応速度、素早さ、技量、魔力、状況判断、戦闘センス、どれをとっても彼のほうが格段に高い。加えて軽くあしらわれているせいで留美の精神状況がよろしくない。冷静さも欠け、攻撃がさらに大振りになってしまっている。あれでは敗北確率を上げるだけです」

 そう。祐一と留美との勝負は明らかに祐一優勢で進んでいた。

 留美の攻撃力は確かに高い。だが、強力な攻撃も当たらなければまるで意味がないのは道理。

 卓越された反応速度と素早さで攻撃を回避、ないし技術で捌き、生じた隙を逃さず攻撃する状況判断能力と戦闘センス。

 実際、留美の攻撃は未だに一撃も祐一に届かず、逆に祐一の攻撃を留美は幾度も受け続けている。

 加えて留美の攻撃は一撃が大きいので疲れも募っている。傍から見ても留美はもはや満身創痍だった。

「でも留美ちゃんが勝つ確率はゼロじゃないんだね」

「唯一勝つ方法があるとするなら、留美の獅子王覇斬剣が発動した場合です。あれが出ればもうそれでお終いですからね。いかな反応速度やスピードを持っていてもあれから逃れるのは不可能に近い」

「まぁ、ね。あれはかわそうと思ってかわせる技じゃないよね」

「しかし―――」

 そこでシオンは言葉を切った。

 留美が再び地を蹴ったからだ。

「はぁぁぁ!」

 滑るような動きで前に進み、大剣を大きく振りかぶると気合と共に振り下ろす。

「ふっ」

 だが、粉砕されるのは地面だけ。その頃には祐一の姿は留美の側面にあり、

「馬鹿の一つ覚えか?これでは俺を倒すことなど出来ないぞ」

 またも一撃を浴びせられる。

「くっ!」

 留美の反応速度ギリギリでかわしきれないくらいの素早さを重視した一撃。

 一撃一撃はたいしたダメージにはならないが、幾度も喰らえば蓄積されるものも大きい。留美は大きくよろけながらも数歩分の距離を取った。

「はぁ・・・はぁ・・・」

 さっきから同じことの繰り返し。

 留美の攻撃を祐一が回避し、体勢が戻る前に軽い一撃をお見舞いされる。

 地道なようだが、これは留美にとって肉体的にも精神的にも苦痛だった。

 息は大きく切れ、もはや少しの余裕もない。あと二回でも同じことが繰り返されれば地面に倒れ伏すことになるだろう。

(こうなったら、あれを使うしか・・・)

 七瀬に伝わる奥義。あれさえ当たれば魔族といえど無事ではすむまい。ならば―――!

「いくわよ、相沢祐一!」

 大剣を大きく振り上げ、肩に担ぐような形で構える。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・!」

 集束する大気のマナ。留美自身の魔力を媒介にして、その大剣が赤く輝きだす。

 乱舞するエーテル。魔力は荒ぶり留美の足元を砕きだす。

「ほう」

 感嘆の声を上げる祐一。

 その魔力の波動は一剣士が放出するにはあまりに規格外なレベル。

「本当に面白いやつらだな。お前たちは」

「はん、これを喰らってもその余裕が続くかしら!」

 真紅に染まった大剣を、一歩を強く踏み込むと同時に振り下ろす!

獅子王覇―――!?」

 ―――だが、その言葉は途中で切れた。

 驚愕に眼を見開く留美。

 眼前には、一瞬で肉薄してきた祐一の姿。

「その技、見てみたい気もするが今回は勝つことを優先させてもらおう」

 振り下ろす途中だった腕を掴まれる。剣の動きはそれで止まり、獅子王覇斬剣は不発に終わった。

「な―――!?」

 それだけじゃない。技の形成に使用した膨大な魔力のせいで、留美の体はまともに行動を受け付けない。

「大技には多大な隙が生まれる。これから俺の下で戦うんだ、それくらいは覚えておけよ」

 瞬間、腹部に杭を打ち込まれたかのような鋭い衝撃。柄下での一撃だ。

 大きく腰を折った留美に、さらに追い討ちで背中に一撃を喰らう。

「―――ぐぅ!?」

「もう一つおまけに忠告しようか。お前は力に依存しすぎだ。確かに高い攻撃力は敵に精神的威圧を与えられるし、短期決戦にも向いている。だが、それだけでは強い相手には勝てない。だからお前はこうして負けるんだ。敗北の味をしっかりとかみ締めて、また精進するんだな」

 さらに膝蹴りで身体を仰け反らせると、祐一はポン、と留美の腹の部分に手を置いて、

「『闇の弾丸(ダークブレッド)』!」

 零距離で魔術を放った。

 破砕する鎧、落ちそうな意識の中、留美は生涯で二度目となる敗北に唇をかみ締めながら地へと沈んだ。

 ・・・完膚なきまでの、留美の敗北だった。

 

 

 

 そんな留美を見てさくらとシオンはお互いに小さく息を吐くと、二人の下へと歩を進めた。

「負けちゃったね、留美ちゃん」

「ええ。やはりこうなりましたか」

「さっき言葉を切ったのはこういうことだったんだね」

 頷くシオン。

「あの人の言う通り大技にはどうしてもそれ相応の隙が生じるもの。それを彼が見逃すとは到底思えない。もし留美に勝機があるとしたら、それは彼が過剰な自信で留美の技を受けてみようと考えた場合のみでしたが・・・」

「それをしなかった。結構堅実みたいだね」

「そのようです。しかし留美にとっていい勉強になったのも事実です。留美はこれからさらに強くなるでしょう」

 近付いてきた二人を、祐一は笑みを持って迎えた。

「これでお前たち三人はめでたく俺の配下となったわけだ」

「そうなりますね」

「そうか。それじゃあ―――ん?」

 不意に祐一の顔が顰められる。と思えばどこかあらぬ方向に真剣は視線を向けなにやら考え込みはじめた。

「・・・どうしたの?」

「いや・・・なにか、嫌な予感が・・・。地下に向かった連中に何かあったか・・・?」

「地下、とはどういうことですか?」

「ああ、そうか。お前たちは知らないんだったな。実は俺たちはいまお前たちとは別に魔族とも戦闘を行っているんだ。大方、お前たちが俺たちを襲う頃合に便乗したのだろうがな」

 祐一の言葉にシオンとさくらは驚きの表情を浮かべる。

「魔族と・・・戦っているのですか?」

「さくらの言った通り俺は神族と魔族のハーフ。そんな俺が行動を起こせば人間族はおろか神族も魔族も黙ってはいられないのさ」

「それじゃ、全ての種族が敵・・・ってこと?」

「そうなるな」

「そこまでして、あなたはなんのために戦うのです?」

 瞬間、シオンとさくらは息が止まるような錯覚に陥った。

 あまりに、あまりに冷たい殺気が祐一から放たれているからだ。

 それは二人が生涯で一度も感じたことのないような殺気。戦場に慣れたその身ですら身動きを許さないほどに、強烈な。

「復讐だ。俺たち家族を追放した神族、罪もない母を殺した人間族、そしてそんな母や俺を愚弄し蔑んだ魔族。・・・その、全てにだ」

 殺される。

 本能がそう告げていた。

 それだけの迫力と威圧を含んだ、この世とは思えない殺気は、しかし嘘のように消え去った。

「え・・・?」

「・・・すまないな。どうにもこの話になると気が立ってしまう」

 その祐一の顔に浮かんだ失笑を、さくらとシオンは複雑な表情で眺めていた。

 だがその祐一の顔も一瞬。すぐに再び戦人の顔つきに戻る。

「地下に向かったやつらが心配だ。お前たちにはこれからすぐに働いてもらうことにしよう」

 顔をこちらに向け、

「シオンはここで留美を見ていてやってくれ。このまま置き去りでは間違って殺されかねない。ああ、あと別にこの戦闘に参加しなくても良い。一時とはいえ共に戦った者に手は出しにくいだろうからな。

 そしてさくらは俺と一緒に地下に来てくれ。お前の力をあてにしている」

 向けられた視線に、さくらとシオンは同時に頷いた。

「わかりました」

「おっけーだよ」

 その返事に祐一も頷き、

「よし、行くぞ!」

 

 

 

 あとがき

 祐一VS留美戦終了。

 まぁ、大方の予想通り祐一勝利に終わる。ってかここで祐一が負けたら話し終わっちゃうじゃんよ。

 さて、次回は斉藤VS真琴。

 お楽しみに〜。

 

 

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