神魔戦記 第十一章
「前方に大波、後方に断崖(W)」
「『水の大障壁(』!」
魔族の放つ攻撃を弾き飛ばしながら、障壁の消える前に次の魔術を即座に組み上げる。
「『突き抜けし水の刃(』!」
栞の腕から超圧縮された水の刃が放たれ、障壁の向こう側にいた魔族を八つ裂きにする。
「これじゃ、きりがありません・・・!」
ぼとぼとと崩れ落ちていく死骸の向こうには、まだまだ多くの魔族が通路狭しと蔓延っていた。
魔力にはまだ余裕がある。疲れも特にない。けれど生き物を殺したという精神的負担と、慣れない血の臭いに酔いかけていた。
「でも、ここで倒れるわけには・・・」
くらくらし始めている頭をどうにか抑え付け、視線を上げる。
通路の中央に立つ栞の前後、敷き詰めたように並ぶ魔族。
いったいどれだけの数の魔族がこの地下迷宮に潜り込んできたのか、皆目見当もつかない。
・・・対峙する魔族はこちらを牽制してか、ゆっくりとしか近付いてこない。
それは逆に好都合だった。こちらとしても途中休憩がなければもうたちまちのうちにやられていたに違いない。
唐突に、後ろから殺気。
振り向き、向かってくる魔族兵に水の刃の魔術を叩きつける。
さらに後方から殺気。続けざまに振り向き魔術を放とうとするが、
「あ!」
足元にあった死骸に気付かず体勢を崩してしまう。集束したマナも散ってしまった。
近付いてくる魔族兵。もうこの距離では攻撃はおろか障壁すら詠唱が間に合わない!
「栞さん、伏せて!」
瞬間、どこからか聞き慣れたあの声。
栞は言われるがままに地面に体を伏せた。そして、
「『乱れる雹(』!」
天井に突如出現した霜から雹が吹き荒れる。
襲い掛かりそうにしてた魔族兵はおろか周りにいた魔族兵さえをも巻き込み穿っていく。さらに、
「『光羅(』!」
それらをまとめて貫通するような光の弾丸が通路を縦断していった。
止む音。恐る恐る辺りを見回してみれば、一帯の魔族兵は根こそぎ葬られていた。
「大丈夫ですか、栞さん」
声に仰ぎ見れば、立っていたのはやはり美咲。そしてあゆだった。
「美咲さん、助かりました・・・」
「それはこっちの台詞ですよ。いままで一人で戦っていて、さぞ大変だったでしょう?」
「それは、まぁ・・・」
実際血に酔って何度も倒れそうになった。
「・・・でも、約束でしたから」
「約束?」
「祐一様との、約束です」
「・・・・・・」
そう、あのとき約束した。村人を解放する代わりに、祐一軍の中で魔族や神族が相手のときのみ戦うことを。
そして祐一は約束を守ってきた。ならば、今度は自分が守る番なのだ。
・・・しかし、それ以外の理由も芽生え始めている。
それがなんなのかは・・・いまは考えるのはよそう。いまはそんな場合じゃない。
栞は辺りを見回し、しかし周囲に美咲とあゆしかいないことに気付いた。
「・・・他の方たちはいないのですか?」
「浩一様や真琴様、他の兵士も来ていますが、他のルートから魔族兵を駆逐されています。ですから我々も早く行かなくてはいけません。栞さんはここで休まれていてくださいね。・・・行きましょう、あゆ様」
「うん」
走り去る二人の後姿。
美咲がここで休めと言ったのは、彼女なりの気遣いなのだろう。けれど・・・。
栞はグッと掌を握る。
自分には、まだできることがあるはずだ。思い立ち、
「待ってください!」
そう、口にしていた。
立ち止まり、こちらを向く二人。それを見つめ、栞はゆっくりと立ち上がった。
「私も行きます」
「・・・栞さん」
「それが、祐一様との約束ですから」
強い栞の眼差し。それを見て、美咲はどこか羨ましく感じていた。
祐一の下に逆らえない立場でついたのは同じ。だが、美咲は最初から恐怖でビクビクしていたものだ。
けれど栞は違う。最初から彼女はこうだった。
芯の通った真っ直ぐな眼差し。
どんなことがあっても自分の信念は曲げないと、その瞳が言っていた。
「・・・わかりました。一緒に行きましょう」
「はい!」
美咲が手を伸ばし、栞がその手を掴む。
そして、三人は戦場へとその身を走らせた。
その頃、別ルートを進んでいた浩一と真琴は・・・、
「遅いのよぉ!」
「ふん」
鬼神のような強さを見せ付けて魔族兵を狩っていた。
いまだ無傷な二人に対し、屍と化した魔族兵はもう五十を越えているだろう。
突き進む勢いはそのまま、衰えをみせず。
通路中にいた魔族兵を蹴散らし、そのまま大きな広間に出てきた。
ここは祐一軍の使う戦闘訓練場。大昔は闘技場として使っていたらしいのだが・・・。
その中央。
にやけた表情で飄々と立つ一人の男。
その姿を見て、浩一と真琴は表情を険しくする。
二人はその男のことを知っていた。
昔、祐一の父親がここら一帯の魔族を統治していたとき、共にその傘下にいた者。
最も軽薄で、最も残虐な魔族。そして実力も上から数えたほうが早いほどの使い手。
「おやおや、お久しぶりじゃねえかよお二人さん」
「はっ。どこに行ったかと思えば、水瀬秋子の軍門に下ってたとはな。まぁ、強い者の下につくお前らしいがな。・・・斉藤時谷」
「覚えててくれたか。嬉しいねぇ」
くく、と喉を鳴らしながら無造作に一歩を進む。
「まったくよぉ、この状況なら楽に勝てると思ってたんだが・・・。おもしれぇくらいに期待を裏切ってくれるぜ」
「俺たちをあまりなめるなよ」
「みたいだな。だがまぁ、これがキツイことに変わりはないだろ?」
言葉を切る浩一。
確かに現状は地上地下ともに大きく不利な状況だ。だが・・・、
「ふん、劣勢がなによ。真琴たちはこの程度じゃやられないわよ!」
真琴の言う通りだ。
なぜか、これだけの劣勢であるにもかかわらず浩一にも真琴にも、そして他の面々にも「負ける」という意識が全然芽生えなかった。
「その自信はどこからくるんだか」
「信頼だよ。俺たちはお互いを強く信じている。あいつらや俺たちが、お前たちなんかにやられるわけないとな」
「は、そうかよ」
話はここで終わり、というように時谷が腕を振るう。
満ちていく闘気。それは腕の先に収束していき、拳を包み込んでいく。
時谷は武器を使わない。かといって魔術も使わない。彼の戦闘スタイルはあくまで素手による格闘戦だ。
それに対し浩一が一歩を踏み出そうとし―――、
「ん?」
しかしそれは横からのびた腕によって遮られた。
「沢渡・・・?」
「こいつは真琴がやるわ」
そう言って歩を進める真琴。
そんな真琴を見て、時谷が侮蔑の笑みを浮かべる。
「おいおい。まさか獣人族如きてめぇ一人で俺の相手をしようってわけじゃないだろうな。それじゃつまんねぇだろ。二人で来いよ」
「あんたなんか真琴一人で十分よ。ううん、お釣りだって帰ってくるわ」
爪を装備した腕を上に、そこに妖狐の力が付与されえ発火を起こす。
「二人で掛かったほうが早く決められる。一人で無理はするな、沢渡」
「駄目よ。いまもこの地下迷宮をたくさんの秋子シンパが蔓延ってるんだから、こんなやつに二人も使ってられないわ。いいから行って」
「・・・・・・・大丈夫なんだな?」
「真琴の力、信用できないの?」
少しだけ後ろを振り返り、浮かべるは笑み。
それで終わり。
浩一は一度だけ頷き、訓練場から伸びる他の通路に走り、消えていった。
「・・・おい、マジかよ」
「大マジよ。どうしても嫌だってんなら真琴を倒してさっさと追いかければいいでしょ?」
「はん。獣人風情がよく言った。その言葉―――」
瞬間、空間が凍りつくような殺気が闘技場一帯を包み込む。
射抜くような鋭い眼光。
一瞬その迫力にたじろぐも、真琴はすぐに姿勢を低く構えた。
パワーは負けるが、スピードではこっちの方が断然有利。最後まで気を抜かなければ、負ける相手ではない。
「―――冥界で後悔しな」
地を蹴るはほぼ同時。
揺らめく松明の照らす闘技場の中、二つの影が死の輪舞を踊りだす。
あとがき
まだまだ続く。まだまだよ。
でもあと三、四話くらいで終わるかも。
って、まだそんなにあんのかよ(一人突っ込み)。