神魔戦記 第十章

                 「前方に大波、後方に断崖(V)」

 

 

 

 

 

 群がる魔族兵の隙間を縫うように走る三つの影。

 先頭を走る鎧姿の少女は魔族兵の中心で足を止めると、腰からそのあまりに大きな剣を抜く。その刀身は留美の身長より若干低い程度。

 その剣を、しかし重たそうな素振りを見せず勢いに任せて大きく振り回す。

「どっせい!」

 轟音と共に振り抜かれる一撃は斬る、というより叩き折るといった表現の方がしっくりくるくらいだ。

 留美を中心に何人もの魔族兵が叩き伏せられていく。

 それに向かっていこうとする魔族兵が、しかし急に動きを止めた。

「あなたたちの神経は乗っ取らせていただきました。そして・・・これで終わりです」

 声は留美より少し離れて後方。右手を小さく掲げたシオンのものだ。

 その腕の先には腕輪から伸びた目に見えないほどに細い糸。

 エーテライト。それがその糸の名だ。

 アトラスの錬金術師―――中でもエルトナムの者のみが使えるというミクロン単位の糸。対象の相手に撃ち込むことによって神経に侵入、そのまま脳まで至り相手の記憶、情報を読み取ることがそのエーテライトの本来の使い道である。

 だが、二次的な使用法を用いれば相手を意識するしないに関わらず操ったり、また攻撃手段としても使用できる。

 たとえば、そう。こうやって神経に侵入したエーテライトを無造作に引っ張りあげれば、

「「「―――っ!!?」」」

 ―――神経を破壊することだって出来る。

「さくら。いまです」

 そんな二人の能力に恐慌状態に陥った残りの魔族兵の頭上を覆う一つの小さな影。

「さ〜て、片付けといこっか♪」

 最後に大きく跳躍したさくらが大量の魔力を両腕に灯し、

「『炎の柱・九裂(フレイムウォール・ナイン)』!」

 炸裂するは地面より生え出ずる炎の柱九本。

 その炎に巻き込まれ、残った魔族兵も灰と消えていった。

 

 

 

 ・・・ただでさえ数で押されていた祐一軍は、さらに地下迷宮を奇襲してきた秋子サイドの魔族に戦力を分けたことでさらに劣勢に晒されていた。

 そんな祐一軍の中で孤軍奮闘していたのは祐一と鈴菜の二人。その二人だけで百を越える傭兵を叩き伏せた。

 だが、その傭兵集団の中でも跳び抜けて強い三人組に魔族兵が三十以上もやられてしまっている。

 これで水菜の使い魔による戦績も合わせれば二百対二十。

 ・・・数の差としてはまるで縮まっていない。

「まずあの三人をどうにかしないと話にならないか・・・!」

 逆を言えばあの三人さえどうにかすればなんとかなるということ。

 祐一はそう決断すると、すぐさま三人のもとへと疾駆する。

 立ちはだかる傭兵もいたが、そんなものは剣の一振りで片が付く。それだけの相手だ。

 そして祐一の接近はその三人もすぐに気付いた。

(いい反応だ・・・!)

 すぐさま迎撃体勢を取る三人組。そのうちの一人、青髪を二つに結った少女が前に出る。

「あんたが相沢祐一ね!」

「だとしたら、どうする?」

「魔族の王・・・その首、この七瀬留美がもらったぁ!」

「!・・・ほう」

 横から訪れる気合の一撃。

 ガキィン!

 重い。受け止めはしたものの、このままでは吹き飛ばされてしまうだろう。

「さすがは・・・獅子を司る七瀬の者、か」

「!?・・・あんた、七瀬を知ってるの?」

「キー大陸に住む魔族ならおそらく全員な。

 遥か昔、最強と謳われた魔族を倒しせしめたキー大陸に伝わる五大剣士。鳳凰の遠野、天馬の坂上、麒麟の川澄、神龍の天沢、そして獅子の七瀬。

 その青い髪と身長ほどもある巨大な剣。まさしく伝え聞く七瀬そのもの」

「へぇ、あたしのご先祖様は随分と有名なのね」

「しかし、それほどの強さを持つお前がどうしてこんな集団にいる?五大剣士の七瀬ともなれば引く手数多だろうに」

「ふん、いまの国っていうのが求める騎士はね、強さじゃなくて外見の良さなのよ・・・。礼儀作法が正しくて、国民の憧れの的。そうであってこその騎士なんですって・・・よっ!」

 大きく振り抜かれ、祐一は後退させられる。

「それは愚かな国だな。これだけの力がありながら、騎士に迎えないとは。

 そんな外面だけの偶像のような英雄像になにができる?本当のいざっていうときには真っ先に逃げるタイプだろう、それは」

 上から殺気。

 体の命令するままに横っ飛びすると、そこの地面をなにかが貫いた。

 キー大陸ではなかなか見ることの出来ない代物。銃だ。

「・・・お前は?」

「私はシオン=エルトナム=アトラシア。あなたに恨みはありませんが、ここで朽ちてもらいましょう」

「ほう。七瀬の次はアトラスの錬金術師か」

「私たちのことも知っているのですか」

「当たり前だ。アトラスといえば魔族の女王、『月の姫』とも呼ばれる真祖の吸血鬼、アルクェイド=ブリュンスタッドが統治するムーンプリンセスの中の場所。魔族であるものが知らないはずがないだろう。

 ・・・それで、お前はどうしてここにいる?

 エルトナムといえば錬金術師の名家中の名家、しかも名にアトラスを冠するとなれば現時点での最高位の錬金術師の証のはず」

「探究心というやつです。私には探さねばならぬ物がある。それを探している旅路の最中の、ただの生活のための資金稼ぎです」

「最高位の錬金術師が探しているものか。興味あるな。それはなんだ?」

「あなたには関係ないことです」

 銃撃。通常の人間では視認すら出来ないだろうスピードの弾丸を、しかし祐一はきっかりとかわしてみせる。

「さて、どうかな。俺の住む地下迷宮には先代の王が残した歴代の書物が大量に保管されている。お前の求めるものももしかしたらあるかもしれないし、俺が知っているかもしれない」

「・・・ならばあなたにわかりますか?吸血鬼になった人間族をもとに戻す方法が」

「・・・なるほど。お前の探したいものはそれか」

 突き進む留美の剣撃を回避し、奔る銃弾を剣で弾く。さらに後方から跳んでくる火炎球は魔力付与した拳で粉砕した。

「うわぁ、無茶苦茶する人だねぇ」

「さて。七瀬にアトラスときて、お前は何者だ」

「ボクは芳野さくら。ただの魔術師だよ」

 その名に、祐一は苦笑を禁じえなかった。

「七瀬、アトラス。そして・・・芳野か。まさかそんな名前まで聞くとはな。

 なにが普通の魔術師だ。さっき美咲の超魔術を相殺したのもお前だろう?芳野の末裔となれば、なるほど。納得も出来る」

「・・・まさか、ボクのおばあちゃんのことまで知ってるの?」

「俺はこう見えて博識なんだ。お前、この世界に五人しかいない魔法使いのうちの一人、『時と夢の流浪者』の二つ名を持つウィルデム=アーブナー=芳野の血族なんだろう?」

 祐一の口から出たその名に、留美とシオンも驚きを隠せなかった。

 ウィルデム=アーブナー=芳野。

 この世で唯一魔法使いと呼ばれる者の一人。

 魔術と魔法は異なるものである。これは誰もが知っている当たり前の知識。

 魔術は誰でも手順さえ踏めば起こし得る神秘のことを、そして魔法とは誰もが成し得ないと言われる限界を超えた神秘のことを指す。

 例えば、空間を自由に行き来する、無限機関、蘇生、などといったこと。

 そしてそんな到達できない神秘と言われたことをやってしまった者が尊敬と畏怖の念を込めて“魔法使い”と呼ばれるようになるのだ。

 そしてウィルデム=アーブナー=芳野は『時と夢の流浪者』の二つ名の通り、『時』と『夢』を操ることが出来た・・・と言われている。

 というのも、本人は既にこの世界にいない。多種の『空間』をぶらぶらと旅する魔法使い、キシュア=ゼルレッチ=シュバインオーグのようにウィルデムも誰かの夢かどこかの時を流浪しているのだろう。

 そして魔法使いの血族というのは総じて高い魔力と魔術センスを誇るもの。

「本当におもしろいな、お前たちは。・・・それで、お前はなぜこんなところにいる?そもそも魔法使いの血族など国が領土から出すとは思えないが?」

「だからだよ。王都ダ・カーポはボクを大事にするとか言ってほとんど監禁状態だったし。そんなの、ボク嫌だ。魔法使いはおばあちゃんであってボクじゃない。ボクはただの魔術師で、ボクの好きなように研究して新しい魔術を創って発見して・・・。そうして生きてなにがいけないのさ」

「なるほどな。確かに、そういう生き方のほうが楽しいな」

「え?」

「魔術師とは探求する者。それを差し押さえられては食事を与えられないのとほぼ同義。それでは息苦しくて仕方なかっただろう」

「・・・?」

 訝しげに首を傾けるさくら。

 その視線の先で祐一は構えを解き、剣を下ろした。

 なにを隙だらけな、とも思うのだが、なぜか攻撃をしようという気にはならなかった。

 祐一は視線を三人に等分に向けて、口を開いた。

「お前たち、俺の下につかないか?」

「「「!」」」

「七瀬留美にはお前の腕を存分に発揮できる場所を与えられる。シオン=エルトナム=アトラシアと芳野さくらには俺の下にある資料、書物、魔術具を好きなように見せてやろう。どうだ?」

「「「・・・・・・」」」

 押し黙る三人。

 しばらくして最初に口を開いたのは・・・シオンだった。

「私は別にそれでも構いません」

「ちょっとシオン!?」

「留美。私の目的はあくまで吸血鬼化をどうにかすること。その糸口があるのなら私はどこにでも行きましょう」

「で、でも相手は魔族なのよ?」

「・・・留美。私の住んでいたムーンプリンセスはもともと魔族が統治していた国。それを私に言うのは今更、というものですよ」

 でも、と口篭る留美を尻目に、さくらが一歩前に出る。

「ボクもそれでも良いけど」

「ちょ、さくらまで!」

「まぁ、確かに魔族の住んでいた場所に眠る魔術書なんかも興味あるけど、ボクとしてはそこの魔族さんに興味あって。

 うん、そうだね。一つお願い聞いてくれるんなら仲間になっても良いよ」

 指を口元に当て甘えのような、しかしどこか挑発とも取れる仕草を祐一によこすさくら。

「なんだ?」

「キミを研究サンプルにしても良いのなら。

「どういうことだ?」

「だってキミからは魔族と・・・そして神族の魔力を感じる」

「!・・・ほう」

 鋭い少女だ。美咲や栞といった才能溢れる魔術師ですら初見では見抜けなかったものを、こうも簡単に見抜くとは。

 祐一はおもしろくて、口元が自然と崩れた。

「そうだ。俺は神族と魔族の血を受け継ぐ半魔半神。そんな俺に興味が湧いた、と?」

「そりゃ湧くよ。だって神族と魔族は光と闇。対極が故にいがみ合い、戦いの歴史を生んできた種族。なぜならそれは光と闇が絶対に相容れないからなんだよ。でも、その相容れないはずの血を受け継いだキミがこうしてここにいる。これってとっても不思議。ぜひとも調べたいんだけど」

 少し感心した様子の祐一。

 そこまで深くは考えたこともなかった。

 神族と魔族は光と闇、故に互いに相容れない存在。確かに、言われてみればそれは本来くっつくはずのない代物。

 しかし実際こうして祐一は地面に立っている。その対極の血をその身に宿して。

 ・・・もしかしたらさくらの研究は自分にも利があるかもしれない。

 そこまで考え、祐一は小さく頷いた。

「勝手にしろ」

「うわ〜い!」

 祐一のもとへ向かうさくらとシオン。それを見て、しかし留美はまだ迷っていた。

 自分の腕を認めてくれる者がいる。戦う場所がある。それは嬉しい。

 だが、相手は魔族(さっきの話だと純粋な魔族ではないようだけど)。それがどうにも足を鈍らせる。

 とはいえ、シオンとさくらとて相手が誰であろうと傘下に入ろうとはしないだろう。それはわかる。自分だってこの相手から邪悪な気配があまりしないことくらいは気付いていた。

 けれど、魔族に付くということは人間族を敵に回すということだ。

 それは、人間族を守るために魔族と戦った先祖に申し訳ないのではないか。

「お前はどうするんだ?」

 考えあぐねていると、祐一のほうから声を掛けてきた。

(あぁもう、やめよ、やめ!)

 留美は思いっきり首を振り回す。

 自分に考え事なんて似合わない。それなら体の赴くままに、ただ動くのみ。

 ―――大剣の切っ先を祐一に向ける。

「しっかりとあたしと勝負しなさい。一対一で。あたしは自分より弱い相手に下る気はないわ」

 そう。考える必要などない。

 ただ戦え。

 それが、戦士の血族に生まれた者の運命。

 そんな留美を見て、祐一は笑みを浮かべた。

「それぐらいの気性でなくてはおもしろくない。良いだろう、相手になってやる」

 祐一も剣を構え、その切っ先を留美に向ける。

 お互いの視線の先には剣の切っ先が向く。

 決闘の証。

 二人を中心に闘気が、殺気が高まっていく。

 周囲にいた傭兵も魔族兵も、誰も近づけない。

 わかっているのだ。これは自分たちが入れるような世界ではない、と。

 ・・・唸る風。靡く外套。

 どこからか風に乗ってきた葉が二人の間を通過したとき―――、

「はぁ!」

「おぉ!」

 高らかに、強く、剣撃の音が戦場にこだました。

 

 

 

 あとがき

 あまりに長い。あとこれだけで何話あるんだろう?

 まぁ、終わりまでゆっくりとお付き合いくださいな。

 

 

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