神魔戦記 第九章

                 「前方に大波、後方に断崖(U)」

 

 

 

 

 

「そんな、あの魔術を相殺されるなんて・・・!?」

 突如敵軍団の中央から湧き出た炎によって相殺された自分の最強魔術。

 あまりのことに美咲はただ愕然としていた。

「美咲、ボーっとするな!敵が来るぞ!」

「あ、は、はい!」

「魔力はまだいけるか?」

「はい、できます!」

 よし、と頷く祐一。

 祐一とて美咲の最強魔術が相殺されたことには驚かされた。

 だが、同時におもしろくもあった。

 どこに属する人間族か知らないが、それだけの力を持つ敵が目の前に立ちはだかっている。

 祐一は剣を抜き、迫り来る数え切れないくらいの敵に視線をやった。

 美咲の魔術で葬れたのはおよそ八十人といったところだろうか。それでも見渡す限りの軍勢は減ったようには見えない。

 そしてやってくる人と剣の波。

「いきなり賞金首の登場とは!」

「はっ、これは簡単な仕事だったぜ!」

 口々にそんなことを言いながら降ってくる剣の雨。

 だが、ぬるい。その程度の剣撃では祐一を倒すどころか指一本触れることすらできない。

「ふん!」

 一振りで四人の傭兵を切り倒す。このレベルなら、何人掛かってこようと祐一は平気だろう。

 だが美咲はどうか。

「くっ、頼子!」

 美咲を取り囲む兵士たちの攻撃を捌くのは使い魔である頼子の役目。だが如何せん敵が多すぎる。捌いても捌いてもきりがない。

「障壁が、もたない・・・!」

 頼子の攻撃が間に合わないから美咲は障壁を張って凌いでいるのだが、これでは攻撃が出来ないし、なにより障壁とて永遠ではない。

「おらぁ!」

「!」

 ガシャーン!

 氷の障壁がガラスの割れるような音とともに破砕する。頼子との距離はわずかに離れ、新しい障壁の構築も間に合わない!

「もらったぜ、女!」

 振り上げられる剣。―――だが、

「させないわよぉ!」

 斬撃。そして発火。

 その男は炎にまみれながら断末魔の叫びを上げて倒れた。

 そのまま奔る影。

 視認すら適わないスピードで奔るなにかは美咲の周囲にいた敵を次々と切っては燃やしていく。

 こんなことができる人物は、美咲の知る限り一人しかいない。

「真琴様!」

「大丈夫、美咲?」

 ザッ、と美咲のすぐ隣に着地したのはやはり獣人族真琴。

 そして彼女だけではない。

 上空から光の矢が、後方からは暗黒の矢が飛んできて敵兵を穿っていく。

「お待たせ、祐一くん、美咲さん」

「もう、二人でこれだけの人数相手にするなんて。あいかわらず無茶なことするのね」

 上には一対の翼をはためかせグランヴェールを構えるあゆが、後ろには弓を構えてやれやれと苦笑している鈴菜の姿があった。

「みなさん・・・」

「もうみんなこっちにくるわ。さぁ、反撃開始よ」

 鈴菜が指差す先からは浩一や水菜を筆頭に祐一軍の兵士や魔物が向かってきていた。

「祐一や美咲をいじめるやつは真琴が許さないんだから!」

 大きく地を蹴る真琴に続くようにあゆが、それを援護するように鈴菜が続く。

 美咲も気を引き締め、魔術を唱え始めた。

 

 

 

 ぶつかりあう傭兵部隊と祐一軍。

 乱戦の模様を展開していくそれをよそに、ある者たちも動き始めていた。

 

 

 

 天井が大きく揺れる。

「また戦ってるんですね・・・」

 地下迷宮の天井が揺れるほどの激戦。どっちに勝ってほしいのか、なかなか複雑で答えの出ない栞。

 一昔前なら確実に人間側を応援しただろうが、ここにきてその気持ちは薄まっている。

 美咲には死んでほしくない。・・・祐一にも。

 だが、魔族側の勝利を望むと言うことは人間側の敗北を願うのと同義だ。

 ・・・揺れる心。

 自分はいったい、どうすれば良いのだろうか。

 ふぅ、と小さくため息を吐いて―――、

 ドカァァァァァァン!

 突如大きな爆音と共に地下迷宮が大きく揺れた。

「な、なに!?」

 慌てて寝台から飛び起き、部屋を出て廊下を確認する。すると、

「えっ!?」

 そこには―――魔族を殺している魔族がいた。

「うぎゃぁぁぁ!」

「ははは、相沢祐一のいない地下迷宮なんて恐るるにたらねぇな!」

 そんな言葉を聞いて、栞の頭に浮かんだのは強襲の二文字。

 美咲から敵対している魔族がいると聞いてはいたが、まさか戦闘員がほぼ全員地上に出ているこんなタイミングで現れるなんて・・・。

 いや、おそらくそのタイミングだからこその強襲か。

 そんなことを考えていると、再び遠くで爆音、地下迷宮が揺れる。

 どうやら各地で侵入されているらしい。

「・・・このままじゃ!」

 栞はすぐに美咲に教えてもらった念話の魔術を唱えてこの異常を美咲に送った。

 念話と言っても口でやるような会話が出来るわけではなく、一方通行の、伝達に使えるくらいの言伝でしかない。

 成功しただろうか、届いただろうか。

 ・・・確認する術はない。だが、いまはそう信じて自分のできることをしなくては。

「おや、こんなところに人間がいるぜ?」

「ホントだ。なんだ、家畜か?」

 ハッとして振り向いてみれば、そこにはオークのようながたいをした・・・しかしそれよりも強い魔力を秘めた魔族が二人立っていた。

 手には巨大な血のついた斧。その後ろを見てみれば、斬り殺されたのか、魔族の死体が累々と転がっていた。

「ついでだ。戦利品としてもらっていくのはどうだ?」

「慰み者にでもするか?そいつはいいなぁ」

 無造作に手を伸ばしてくる魔族のうちの一人。残っているのが非戦闘員だという油断があったのだろう。

 だが捕まってやるわけにはいかない。それに相手は魔族、しかも祐一や浩一などと違い明らかに最低な連中。

 ―――自分だって戦える。

 それに、祐一や美咲が留守の間にこの地下迷宮を我が物顔で闊歩されるのも、なぜだかすごくイライラする。

 その伸ばされた手を横にかわし、呪文を詠唱しはじめた。

「「な!?」」

 魔術の詠唱、ということに驚く魔族二人。だが、遅い。これでもこの数日間、それなりに魔術の勉強はしていたのだ。

 新しい攻撃魔術も会得している!

「『突き抜けし水の刃(ウェイブスライサー)』!」

 圧縮された水の刃はどんな刃物より鋭く物体を切り裂く。

 中級魔術ではあるものの操作が難しいことで有名な術で、殺傷能力が高いということで教会では教えられなかった魔術。

 だがそれを栞は習得し、しかもこれだけ自在に扱って見せた。

 一瞬で身を切り刻まれた魔族は悲鳴をあげる暇すらなく絶命した。

「う・・・」

 ・・・初めて。初めて生き物を殺した。

 なにかを救いたいがために教会に入った自分が、生き物を殺したのだ。

 震え出す身を、しかしどうにか押さえ込む。

 ・・・守るためには、戦わなくてはいけないときだってある。そう、言い聞かせて。

「・・・祐一様や美咲さんの留守は、私が守らなくちゃ」

 ここに、栞は生まれて初めて『戦う』という決意をした。

 

 

 

「ご主人様!」

 乱戦の中、敵兵の中を突き進む祐一のもとに美咲が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「どうした?」

「それが栞さんから念話が届いて、地下迷宮が魔族によって強襲を受けていると!」

「なに!?・・・詳しい状況はわかるか?」

「いえ、それが・・・。ただ栞さんが単体で迎撃に出てくれているようですが・・・」

 あの栞が戦っている?

 疑問にも思ったが、それは助かることだ。地下に残っているのはほとんどが非戦闘員。誰かが守らなくてはただ蹂躙されるだけになってしまう。

 祐一は決断する。

「軍隊を二分する。浩一!」

「なんだ?」

「地下迷宮が魔族に襲われてる。おそらく秋子の手の者だろうが、このままではなにもせずに陥落してしまう」

「・・・あいつら、姑息な真似を」

 ギリッと歯噛みする浩一。それは祐一も同じ気持ちだった。

「いま栞が迎撃してくれているようだが、一人で倒せるようなやわな連中をあの秋子が送ってくるはずがない。だから浩一には真琴やあゆ、美咲と二分した兵隊を連れて地下迷宮に戻ってほしい」

「だが、こっちの敵の数は半端じゃないぞ。数で押される可能性が出てくる」

「仕方ないだろ。地下迷宮を抑えられては話にならない」

「・・・わかった。沢渡、鷺澤、月宮、ついてこい!」

 後退し、兵隊を掌握していく浩一。あまり統率などに向かない彼だが、このさい四の五のは言ってられない。

 それに付き従うように真琴と美咲、あゆが続いていく。

「気を付けてね、祐一くん!」

 一瞬だけ振り向き、あゆはそれだけ言って地下迷宮へと飛んでいった。

「さて・・・」

 これでこっちの兵の数は五十人。対して傭兵軍団の数はまだ四百をきったくらいだろうか。

 戦力比およそ八倍。さすがに勝率は低いか・・・。

「だが、やるしかない。俺はこんなところで死ぬわけにはいかないのだから!」

 

 

 

 あとがき

 ども、神無月です。

 さて戦闘は祐一軍圧倒的不利で進んでいきます。ここいらでタイトルの意味が見えてくるかな?

 さて次回はシオンと留美、さくら、そして祐一が活躍する予定。

 ではでは〜。

 

 

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