神魔戦記 第七章
「波状の敵」
時は深夜。
エフィランズの中でも殊更に大きい施設、カノン駐留軍が使用している砦がある。
その大広間には、見渡す限りの人、人、人。腰に剣を挿し、ごつい鎧に身を包んだいかにもな者たちでごった返していた。
「うにゃ〜、いっぱい人がいるねぇ」
そんな面々の中、際立って浮いている金髪蒼眼の少女。
もちろん芳野さくらである。
さっきから右に左にと場違いな陽気さを辺りに振り撒いていた。
「一億ゼニー。しかも上手く立ち回ればそれが全額自分のものになるとなれば、まぁこうなるでしょうね」
「ええ。これはわかりきった答えでした」
さらにそれに続くように二人、七瀬留美とシオン=エルトナム=アトラシア。
その頭に美がついても良いくらいの少女たちは、戦闘の準備を着々と進めていく傭兵の中でかなり浮いていた。
見渡してみればわかるように、女などほとんどいない。せいぜい回復役の魔術師くらいだろうか。
周囲からこちらを見る視線は侮蔑と卑しいものが大半。
・・・いまどき女傭兵なんて珍しくないだろうに。
そう思う留美であったが、まぁ、三人の容姿を考えれば仕方ないだろう。
そうして受付をしている兵士のところまで歩いていく三人。
「受付をしたいんだけど」
「それでは、ここに名前を書け」
「必要あることなの?」
「いや。あくまで兵の数を把握するためのものだ。偽名でも構わん」
そういうことなら仕方ないかと、留美は兵士から紙と筆を借りてそこに名前を書き込んでいく。面倒なので、シオンとさくらの名前も代わりに書いておいた。
「いま何人くらいいるか聞いて良い?」
「ざっと四百人ほどか」
紙を渡すと同時に訊ねる留美に、兵士はそう答えた。
四百人。予想していた数より遥かに多い数字に留美は少なからずの驚きを覚えた。
これも賞金の金額とそのシステム、さらに相手が魔族ということに起因しているのだろうか。
受付の兵士から離れながら、留美はシオンに顔を向ける。
「あと刻限まで何時間?」
シオンは胸元から懐中時計を取り出すと、
「・・・あと一時間はありますね。この計算でいけば、あと百人は増えるでしょう」
どうやらシオンにはこちらが聞きたいことがわかっていたようだ。
「魔族百人と人間族五百人。シオン、あなたはどっちが勝つと思う」
シオンは笑う。
なにをつまらないことを聞くのか、といったように。
「そんなもの、わからないに決まっているではないですか」
「あら、エルトナムの錬金術師でもわからないことなの?」
「語弊があるようですので言っておきますが、エルトナムは錬金術師の家系であり、錬金術師を統べるのはアトラスです。それにアトラスの錬金術師といえど万能な超越者ではありません。私たちの計算のもとになるのは膨大に蓄積された情報。それを高速思考により暗算、計算、確率分布を修正し、弾き出すのが私たちの未来予測です。これほどになにもない情報の中で出す結論は予測ではなく予想でしかない。錬金術師として、予想で事柄を語ることはしませんししたくありません」
「相変わらず堅いわねシオンは。個人的にどう思うかだけでも言ってくれたって良いのに・・・。さくらはどう?」
「う〜ん。六対四で人間族かなぁ。さすがにこれだけ数が揃えば百くらい倒せると思う。けど・・・」
「けど?」
「魔族って一つで言ってもやっぱりキャパシティに違いはあるし。つよーい魔族がたくさんいればまた変わってくると思う。ほら、すごく強い魔族は一人で百の人間を葬れるって聞くし」
「さくらはそれだけの力を持った魔族がいると思うの?」
「確率は高いんじゃないかな。あの石橋源三郎が二倍近い軍勢を率いて負けたっていうのなら」
確かにそれはあるかもしれない、と留美は考える。
「なにはともあれ、人数が多いにこしたことはないでしょ」
「それはどうでしょう」
異を唱えるのはシオン。
「人数が多いことがそのまま優勢になるとは限らない。なぜなら我々は訓練された兵士ではなくただ集められた者たちに過ぎないからです。統率が取れないし、なにより指揮など受け付けないでしょう。そうなれば戦闘は乱戦になるのは必須。そのような状況ではさくらの上級魔術や私のブラックバレル、留美の獅子王覇斬剣などは使用できない。他にもそのような大技を持っている者も使用を制限されるでしょう。・・・とはいえ、味方すら巻き込むのを異ともしない者は別でしょうが」
シオンは辺りを見回してみる。
どうにも自己中心的な感じの者ばかりだ。
しかしそれは仕方ない。今回の賞金のかけ方はどう考えてもそういう連中すら取り込もうという魂胆が見え見えだったからだ。
「・・・私たちも、敵だけでなく味方の攻撃にも注意しておいたほうが良いでしょうね」
それ以前に味方と呼ぶことすらおかしいような気もしたが、それはとりあえず口にはしなかった。
「前にも後ろにも神経を張り巡らせろって言うの?・・・これは疲れる戦いになりそうね」
「何を言うのです留美。これに乗ったのはあなたでしょう」
「あはは、そうだったわね」
じきに時刻は刻限になろうとしている。
集まった傭兵の数、実に五百人強。
ここに魔族を狩り名誉と賞金を得んがため、全ての準備は整った。
出発は、―――日の出と同時。
そんな砦の様子を遠巻きに眺めていた少女が一人。
右手には大きな槍を持ち、その槍の穂先には鳥のようなものが突き刺さっている。
「これは好機ですかね」
呟いた次の瞬間、その姿は音もなく消え去っていた。
連なる山々から生えるようにして聳え立つフォベイン城。
その王座。
ただ座っているだけにもかかわらず威厳に満ちた風貌を見せるのは、現段階でおそらくキー大陸最強の魔族、水瀬秋子。
そしてそのわずかに離れて隣、柱に背を預けて瞳を閉じている男は斉藤時谷である。
松明が揺れる。
それと同時、視界の向こうが歪んだと思った瞬間、そこから闇と共に天野美汐の姿が現れた。
「ご報告にあがりました」
それは予定事項であったのか、まるで驚く素振りを見せず秋子は頷き、時谷は傍観を決め込んでいた。
「カノンが相沢祐一に賞金をかけ、また、それに伴い人間族が集まり始めています。行動は夜明けすぐ。軍勢は五百ほど。それを報告しようとしていた祐一軍の使い魔は始末しましたので、まだむこうにも報告は届いていないでしょう」
「そうですか」
秋子か隣に立つ時谷の方へ顔を向ける。
「これを機に祐一軍を攻めてください。いけますね?」
「別に構わねえがよ、兵を増やしてほしいんだがな」
「あれで足りないと?」
美汐の皮肉めいた口調に、しかし時谷は表情を崩さず、
「あぁ、足りないね。あいつらははっきり言って強えぇ。そんじょそこらの者が襲い掛かったってそうそう簡単にゃやられねぇだろうぜ」
「自分の無力さを棚に上げておいてよくもそのようなことが言えますね」
「見てみりゃお前にもわかるよ。さすがはあのお方の息子ってやつだな。あの強さといい、周囲に強い連中が集まることといいほんと、そっくりだぜ」
美汐の口が閉じていく。
あれだけ自尊心の強い時谷にこうまで言わせるということは、やはりそれだけの力を持っているということだろうか。
「とりあえず二百は欲しいな。しかもできるだけ強いやつを」
「了承。ただし、あなたの言い分を飲むのですから失敗は許されませんよ」
秋子の微笑み。しかしその瞳の奥には物を言わせぬ迫力と威圧感があった。
喉を鳴らし、時谷は首を縦に振った。
時谷は考える。
相沢祐一は確かに強い。それは見ただけでわかった。
だが、そこに恐怖は感じない。
そしていま、ただ微笑んでいるこの魔族を見ただけで自分は恐怖を感じている。
そう、なによりも敵に回したくないのは、この水瀬秋子という女魔族なのだと、頭ではなく体で理解した。
あとがき
ども、神無月です。
今回はなかなか早めに出すことが出来ました。まぁ、短いですからね。
さて、次回はいよいよ戦闘に突入です。
よーし、執筆頑張るぞー。