神魔戦記 番外章

               「リーフの戦い」

 

 

 

 

 

 陽は高いが、届かない場所。

 ここは深い森の中。そこの木々の間、隠れるようにして動く三つの影がある。

「とりあえず・・・ここも平気そうだな」

 木の陰からそっと周囲を見渡し、青年は仲間に聞こえるようにそっと呟いた。

 青年の名は河野貴明。トゥ・ハートの遊撃部隊に所属する者だ。その後ろで、

「えへ〜、今度はこれでありますよ、隊長」

「お、今度はポチピか。さすがこのみだなぁ」

「えへ〜」

「・・・このみ。雄二。お前らなにをやっている」

 はぁ、と盛大にため息を吐き、振り返ればリュックからお菓子をぶちまけて漁っている彼の仲間の姿がある。

 リュックの持ち主で「えへ〜」と笑顔を浮かべている柚原このみ。

 その対面で唸りながらお菓子を選んでいるのは向坂雄二。

 共に貴明と同じトゥ・ハートの遊撃部隊なのだが・・・、そこには貴明のような緊張感はまるでない。その様子はまるで・・・、

「遠足じゃないんだぞ」

「「えへ〜」」

「気色悪い。このみの真似なんかするな雄二」

「あはははは」

「むぅ、タカくん。それってこのみが気色悪いってこと?」

「そうは言ってないだろ、そうは・・・」

 仰々しくため息を吐く貴明。これはもう、何度も行われてきた光景だ。

 だが、何度言っても二人はやめない。むしろそうして困る貴明を見て楽しんでいるきらいがある。

「まったく・・・。たま姉がいないからって羽目を外しすぎだぞ」

「なに言ってるんだ貴明。だから外すんだろう?」

「・・・おいおい」

「でも、タカくん。やっぱり何事も楽しくやんなきゃいけないと思うよ?」

「このみはこの際置いといて、だ」

「ひ、ひどいよタカく〜ん〜・・・」

「とにかく二人とも。もう何度も口をすっっっっっっっっっぱくして言っていると思うが、ここがどこだかわかっているよな?」

 周囲を指差し、辺りを見るように促す。釣られて雄二とこのみが顔を上げる。

「森だな」

「森だね」

 まだ日中であるにもかかわらず暗く閉ざされた視界。多い茂る木々が日光を遮断している。

 どこまでも続いていきそうな森。しかも亜熱帯系の植物がひしめきあっている。

「・・・誰がそんなことを聞いた。俺が聞いているのは、ここはどこの国だ(、、、、、、、、)、ってことだ」

 そう。ここは彼らの生まれ故郷であるトゥ・ハート王国ではない。

 ここは彼らの敵の国―――シズク王国だ。

 そしてこの森はシズク王国の王、月島拓也が住んでいると思われる根城がある森だ。

 彼ら三人は本国から命令を受け、月島拓也の根城の位置を正確に特定するためにやってきた。

 そもそも、トゥ・ハート王国でこのような危険な任務に生身の人間が就くことはまずあり得ない。本来ならばトゥ・ハート王国をトゥ・ハート王国たらしめているもの―――魔導人形たちのするべき任務だ。

 だが、ここに派遣された魔導人形部隊、量産型マルチと量産型セリオそれぞれ三十体で構成された計六十体の部隊が、消息不明になったのだ。

 その部隊が消えたのが丁度このあたりである。

 故に全ては慎重にしなければならない。

 再三、彼らの上司であるタマ姉こと向坂環にも言われてきたのだ(ちなみに彼女はちょっとした別任務に就いている)。

 ・・・いや、その後が怖いからこう言っているわけではない。念のため。

「それはわかってるけどよ。こうしてなにもないわけだしな」

「そうだよタカくん。敵の気配も全然しないし」

「そうだぜ。ここでそんな気を張ってたら、本番でばてちまうぞ?」

「・・・ったく。お前らは」

 まるで頭が痛い、というふうに頭を抱え、貴明は視線を外し―――その瞬間、表情が凍りついた。

「―――」

 一瞬の静寂後、貴明は大きく後方へ跳躍し、腰に携えた剣に手を構える。その表情を驚愕と焦りに変えて。

「お、おいどうした貴明?」

「タカくん・・・?」

 そんな貴明を不審そうに見やり、彼の視線の先を追っていって、

「「!?」」

 そこで気付いた。

 そこには、人が立っていた。気の良さそうな笑みを浮かべた青年が、・・・気配をまるで感じさせずに。

 慌ててこのみと雄二もそれぞれ構えを取る。その中で、青年はただ笑みを浮かべているだけだ。

 ジャリ、と地面を踏みしめ、いつでも斬りかかれるようにして貴明は口を開いた。

「お前・・・何者だ?」

 問いに、青年は可笑しそうに笑いながら、

「何者って・・・。探している人物の顔も知らないんだ、トゥ・ハートは。あそこの情報力も大したことないんだね」

「なに?」

「ま、仕方ない。改めて自己紹介させてもらおうか」

 青年は胸に片手を当て、小さく頭を下げた。そして、

「はじめまして。僕の名前は月島拓也。一応、シズクの王をやっている者だよ」

 そう、なんでもないことのように笑って言った。

「なっ!?」

「お、おい貴明! まずいんじゃないのか、これ!?」

「・・・くそ」

 どうするか。貴明は考える。

 自分たちに与えられた任務は月島拓也のいる根城の発見だ。

 だが、いまこうしてその月島拓也がいる。まだ本物だと断定できているわけではないが、仮に偽者であってもこの状況から根城を探すのは不可能だろう。

 ならば戦うか否か、だが・・・。

「貴明。いまここでこいつを倒せれば、全てが丸く収まる。ここはやるべきじゃないか?」

「待て雄二。もし本物の月島拓也なら、人を操るという不可思議な能力を持っているはずだ。迂闊には近づけない」

「あ・・・、そうか」

 くそ、と舌打ちする雄二。だが拓也は笑みを崩さず、

「大丈夫だよ。君たちみたいにかなりの魔力を持っている者は、そう簡単に操れない。というか、そんなことができるのなら僕はとっくに世界の頂点に立っているよ」

 確かに、言われてみればその通りだ。ならば・・・。

「貴明!」

「あぁ、・・・やるぞ。このみ!」

「うん!」

 呼ばれ、いままで会話に入っていなかったこのみが前に出る。

 既にその手の中には詠唱が完成された魔術。このみはこのときのために事前に完成させていたのだ。

「『竜巻の覇者(サイクロンオブサプレイム)』!」

 このみの手から強烈な風のうねりが拓也目掛けて吹き荒ぶ。大地や木々を切り刻んで迫るそれを、しかし拓也は笑みを浮かべ見ているのみ。

 そして、激突した。

「やったか!?」

 雄二の言葉に、しかし貴明は頷かない。そう簡単に終わるわけがない。そう本能が告げていた。

 朦々と立ち込める土煙。晴れていくその向こう、巨大な影が見えてくる。

「ふふふ・・・」

 そう笑う拓也の前には、周囲から伸びた枝や葉、根や茎などで作られた壁がそそり立っていた。隙間から見える拓也の姿には、傷一つない。

「おいおい・・・、まさか植物を操る能力か魔術でも持ってるっていうのかよ」

「いや、違う。そうじゃない」

「貴明?」

「魔力の変動もなにもなかった。特異体質特有の特殊なマナの流れも感じなかった・・・。この木の動きは、あいつの仕業じゃない」

「ご名答」

 拓也は拍手をしながら貴明を見る。

「なるほどなるほど。君はなかなかそういったものに敏感なようだね。それじゃ、改めて紹介するとしようか。

 僕の盟友、アインナッシュだ。通称、腑海林とも呼ばれる、死徒二十七祖の一つだよ」

「!?」

「そんな馬鹿な! 腑海林アインナッシュといえば飲血衝動のみで動く死徒だぞ! ただの人と組むなんてあり得ない」

「そりゃあ、普通の人ならね。けれど、彼にも意思はある。飲血衝動があるというのが良い証拠さ。

 そして僕にはそんな彼と意思疎通を行える手立てがあった。それだけさ。ねぇ? アインナッシュ」

 その呼び名に答えるように、周囲の木々がまるで触手のように貴明たちへ襲い掛かる。

 貴明は瞬時に腰にある自分の愛剣、呪具『氷刃』を繰り出し、それを斬り払おうとするが、

 ガキィン!

「なっ、硬い!?」

 腕に返ってくる反動はまるで硬い金属にでも刃を振り下ろしたかのよう。

「貴明! これはまずいぞ!」

 雄二も自分の剣である呪具『炎刃』を使って応戦しているが、やはり斬れないようだ。自分より力のある雄二で切れないのなら、自分では切れないだろう。ならば・・・、

「雄二、あれをやるぞ!」

「それしかないよな!」

 貴明が氷刃の、雄二が炎刃の刀身をそれぞれ互いに重ねる。すると、ブゥン、と小さな空気振動が起こり、

「「―――共鳴は力を起こす―――」」

 読み上げられる(まじな)い。瞬間、突如として剣から強い魔力が迸った。

「ほぉ。ただの属性剣かと思ってたけど、呪具だったんだ。しかも、能力は相乗効果みたいだね」

 面白そうに笑う拓也の眼前で、二人の斬撃が根や枝を次々と切り刻んでいる。

 呪具『氷刃』。そして『炎刃』。

 呪具作りの天才と呼ばれる小牧姉妹が作りあげた双子剣。

 通常はそれぞれ名のとおりの属性剣なのだが、それは少し特殊な(まじな)いが込められていた。

 共鳴は力を起こす。

 すなわち、二つの剣を共鳴(シンクロ)させることによって持ち主の魔力を底上げさせ、さらにそれにより剣自身も強化されていくという能力を持つ。

 共鳴率はそれぞれの持ち主の同調率と比例するので、互いを信頼しあった者同士でないと持っていても意味がない呪具だ(一人で両方持っても使用不可能)。

「けど・・・、まだ完全に使いこなせていはいないね」

 拓也の言うとおり、二人は完全にはそれを使いこなせてはいなかった。

 魔力上昇率が低い。同調率が上手く安定していないのだろう。

 とはいえ、いまは枝や根からの攻撃を捌ききれているので良いかもしれないが・・・だが二人は重要な部分を見落としている。

「ところで・・・良いのかい?」

 拓也は敢えて、それを教えることにした。

「なにがだ!」

「君たちはなんとか捌ききれているようだけど、もう一人の女の子、かなり危険そうだけど?」

「「!?」」

 ハッとした表情で振り返る二人。だが気付くのが遅かった。

 このみは既に、その腹を根によって貫かれていたのだから。

「―――このみ!!」

 一瞬の静止の後、貴明は弾かれるようにして地を蹴った。

 それを阻止せんと襲い来る根や茎や枝を斬り刻み、このみの身を貫いた根を斬り飛ばす。

 そうして落ちてきたこのみを抱きとめ、必死に叫ぶ。

「このみ! このみ!」

「う・・・うぅ・・・」

 良かった。なんとか生きている。だが、安心できるはずがない。このまま二分と放置していれば、このみは間違いなく死んでしまうだろう。

「貴明!」

「雄二、ここは退くぞ! 退路は俺が確保する。このみを頼む!」

 隣に並んだ雄二にこのみを預け、貴明は疾駆した。

 一瞬振り返った先には、やはり笑みを浮かべ立つだけの月島拓也がいる。その拓也はこっちに手を振りながら、

「また会える日を、楽しみにしているよ」

 暢気に言う拓也を貴明は睨みつけ、しかし急ぎその場を後にしていった。

 その背中を見て、拓也はそっと呟いた。

「生きてここから出られれば・・・ね?」

 細まる瞳には、狂気が伺えた。

 

 

 

「邪魔だ、どけぇぇぇ!」

 貴明は氷刃を構え、叫んだ。

「氷よ、咲け!」

 氷刃から放たれた凍てつく風が、みるまに周囲を凍らせていく。それはまるで視界一面に咲き誇る氷の華のようだ。

 だが、それはほんの一時凌ぎに過ぎない。凍りつかなかった枝や根がそれを越えてやってくる。

「くそ、きりがない! 雄二、このみは大丈夫か!?」

「いや・・・、まずいぞ、これは。どんどん体温が下がってきてる!」

 このみを貫いた根は既に抜き去っている。本来なら大量の流血を避けるために抜かないべきなのだろうが、それはアインナッシュ、死徒二十七祖の一部なのだ。放っておけばどういうことになるかわかったものじゃない。

 だからそれを引き抜き、貴明の氷刃で傷口を止血したのだ。

 だが、氷での止血はそれだけでこのみの体力を奪い去る。出血死はなくなったものの、このままではまずいことに変わりはない。

 しかし森の出口はまだ見えてこない。雄二がこのみを抱えている以上、貴明が進路を確保しなくてはならないのだが、いかんせん多すぎる。

「貴明! 上!」

「!?」

 思考が油断を生んだ。

 上からきた一撃は致命傷こそさけたものの貴明の胸から腹までを大きく切り裂いた。

 それをなんとか切り払うものの、しかし貴明は膝をつく。かなりの傷だ。膝に力が入らない。

「おい、貴明!」

「だい、じょうぶだ・・・」

「その傷が大丈夫なわけないだろ!」

「大丈夫だよ・・・。だからお前はこのみと一緒に先に行け」

「貴明!?」

「このみはかなり危険なんだ・・・。このままここにいたらこのみが助からなくなっちまう」

「そりゃ無理だ。お前を放っておけないし、なにより・・・通してくれそうにない」

 雄二の言うとおり、止まってしまった三人の周囲には数え切れないほどに蠢く根や枝。

 ・・・絶望的な光景だった。

「こいつは・・・いよいよ俺たちも終わりかな?」

「縁起でもないな、雄二。楽観的なお前らしくもない」

「しかしよぉ。これでそんなことも言えないだろう?」

「・・・だな」

 二人の表情に笑みがこぼれる。それは、諦めの笑みだ。

 そんな三人へ一気に迫る根や枝。それに対し瞼を閉じる一行。

 ・・・だが、

「そのまま動かないでくださいね。死にますよ」

 突如耳に届いた、穏やかな少女の声。え、と思うも声に出す余裕もない。

 一瞬で、視界は真っ白に染まった。次いで、轟音。

 あまりの眩しさに思わず閉じた瞼をなんとか開けて、なにが起こったのかを確かめる。そして、

「・・・なっ」

 貴明は思わず絶句した。

 なぜならあれだけあったはずの木々が、周囲一帯根こそぎ消し飛んでいるからだ。

「大丈夫・・・ではなさそうですね」

 再びあの声がした。振り返れば、桃色の髪を二つに結った、見た目十三、四の小柄な少女がいた。右手にはその身長よりもわずかに高い杖を持ち、黒いマントにその身を包みながら。

「君は、いったい・・・」

 貴明の問いに、少女はにこりと笑みを浮かべ、

「はじめまして。私の名は郁美。立川郁美。王国コミックパーティーの女王です。よろしく、河野貴明さん、向坂雄二さん」

「「なっ・・・!?」」

 再び貴明たちは絶句し、そして慌てたように姿勢を正した。

 そんな二人に郁美は苦笑し、

「そんなに畏まらなくて良いですよ。・・・とはいえ」

 が、すぐにその表情が引き締まる。その視線の先には、ぐったりとしたこのみの姿。

「あまりここでのんびりとしていることもできないようですね」

「郁美ちゃん」

 不意に新たな声がした。

 それは突如上空から舞い降りて郁美の横に着地した。

「どうでしたか、南さん」

「ええ。かなり広いですね。しかも迷いの概念があり、通常の人ではまず抜け出せない仕組みになっています」

「そうですか。ウタワレルモノの方々は?」

「いま着いたところだ」

 再び新たな声。それは郁美たちよりずっと右側―――いまだ木々が健在のところから一群が現れた。

「久しぶりだな、郁美女王」

 その声は、一群の先頭を歩く不可思議な形の仮面をした男だった。

 その男に郁美はやはり温和な笑みを浮かべて、返答する。

「こちらこそ、お久しぶりです。ハクオロ皇」

「「なに・・・!?」」

 三度貴明たちは驚愕した。

 無理もない。郁美から放たれたその名は、王国ウタワレルモノの王である者の名だからだ。

 その青年・・・ハクオロは貴明たちを見やり、沈痛な面持ちで近寄ってくる。

「・・・すまんな。もう少し我々の到着が早ければこんな怪我をさせずにすんだのだが」

「い、いえ。そのようなお言葉・・・」

 貴明は恐縮する一方だ。

 確かに、事前にコミックパーティーやウタワレルモノからも部隊が派遣されることは聞いていた。だが、まさか両国の長自ら出てくるなどと誰が思えようか。

「この娘、かなりの傷だな・・・。エルルゥ!」

「はい!」

 ハクオロにエルルゥと呼ばれた少女はすぐさまこのみの傍に駆け寄り、「ちょっとごめんなさい」と雄二からその身を預かる。

 そしてこのみを地面に横たわらせ、スッと手を掲げた。

 するとすぐさまエルルゥの翳した手から温かい光が毀れ始め、見る間にこのみの傷が治っていく。

「すごい・・・」

「エルルゥはおそらく大陸でも随一の治療魔術師だ。大丈夫。君の仲間も助かる」

 思わず毀れた貴明の感嘆の声に、律儀にハクオロが答える。

 ハッとし、バツの悪そうな表情を浮かべる貴明だが、そんな彼をハクオロはただ笑って眺めている。それはまるで気にするな、と言わんばかりの笑みだ。

 貴明は思う。どうしてこうもリーフの長には人の良すぎるものが多いのだろうかと。

 そんな貴明の思いを知ってか知らずか、ハクオロは表情を王たるそれのものに変え、ゆっくり郁美へと向き直る。

「しかし・・・まさかシズクが死徒二十七祖まで飼いならしているとはな」

「ええ。これは・・・退却するしかなさそうですね。体勢を立て直さなければ」

 二国の長が互いに頷きあうと同時、地面が強く戦慄いた。

「なんだ!」

「ハクオロ皇、あれを!」

 郁美の指差す先、そこには先程郁美が消し飛ばした木々が凄まじいスピードで再生していく光景があった。

「悠長に構えていることはできんか・・・。アルルゥ、ベナウィ。トゥ・ハートの方たちを出口まで連れて行ってやってくれ」

「おとーさんは?」

 白い虎のような生き物に跨った少女―――アルルゥがハクオロに近付き、上目で問う。そんなアルルゥをハクオロは撫でつけ、

「私もすぐ後から追う。気にするな。・・・ベナウィ」

「はっ」

 今度は馬に跨った凛々しい青年が応える。

 そのベナウィと呼ばれた青年は馬を巧みに操り貴明たちの傍までやってくると、手を差し出してきた。

「さ、後ろにお乗りください。出口まで我らが共に行きましょう」

「しかし・・・」

「大丈夫。皇も郁美女王もお強い方です」

「・・・」

 ベナウィの目は、強く信頼した目だ。

 その目に惹かれるようにして、・・・貴明はその手を取った。

 するとベナウィはなんと片手で貴明を持ち上げ、自分の後ろへと乗せる。見た目からは想像もできないほどの怪力だ。

「アルルゥ様。良いですか?」

「いーよ」

 見ればアルルゥの乗る白い虎のような生き物の背中にはこのみと、治療を続行しているエルルゥの姿がある。

「それではハクオロ皇。先に失礼します」

「あぁ、気をつけて行けよ」

「南さんたちもベナウィさんたちと一緒に下がっていてください」

「わかりました」

 手綱を捌き、動き出す馬から貴明はそこに残る二国の長の背中を見つめていた。

 

 

 

 不気味な音を響かせながら、ずるずると地面から木々が再生していく。

 その様を見て、郁美は自らが持つ杖―――神殺しである第十番・魔杖『ブレイハート』を翳す。

「ハクオロ皇。すいませんが時間稼ぎをお願いできますか?」

「あぁ、任せておけ」

 自己再生を終えた木々が次々とハクオロたちへと迫る。その中で、ハクオロは裾からあるものを取り出した。

 扇子・・・否、鉄扇だ。

「荒い動きだ。数こそ多いが・・・見切れないほどではない」

 鉄扇を広げ、ハクオロは構えた。ただ直立しているだけのような、しかし見る者が見れば隙がないとわかる姿勢で。

 そして、舞う。

 鮮やかに、軽やかに、時に激しく、時に狂おしく。まるで研ぎ澄まされた演舞のような動き。

 その動きは確実に木々の攻撃を回避し、そして斬り払っていく。

 その中、ハクオロは瞳を閉じている。わずかな空気の振動を、微弱な魔力の流れを、届く音をその身で感じ取り、全てを把握して舞は続く。

「やはり、いつ見てもハクオロ皇の舞いはすごいですね。

 では、こちらも。参りましょうか、ブレイハート。第二形態へ」

Ok. Brahart standby

 杖の先端に着いている赤い球体が、煌いた。

 瞬間、柄先と球体を繋げている部分が四箇所、外側に開き、光が噴出する。途端にブレイハートの魔力が跳ね上がった。

Brahart transpose second form ――― complete!

 郁美は頷き、だがそれで終わりではない。

「続いて第三形態の二番へ移行。いけますね、ブレイハート?」

Consent. It shifts to the third form as it is continuously

 再び球体が脈動した。

 すると今度は変形が来た。

 郁美が持つ部分が溶けるようにして液状になり、そのまま郁美の腕を咥えていく。固着。

 そして柄の部分が三つに分裂し、その間を強烈な魔力を込めた光が埋める。連結。

 そして第二形態で出現した光はさらにその強さを増し、力強く。強化。

 そして迸る魔力は、それだけで大地を砕き、木々を遠ざける。裂帛。

「腑海林アインナッシュを倒すわけではありません。あくまでここ一帯の彼の一部を消し飛ばせれば良いです。

 ブレイハート。最終形態へ移行した方が良いですか?」

It is calculating・・・.There is no problem like the current state.

「そうですか。では、このままでいきましょう」

 郁美は杖を眼前に構え、マナをその身体に宿していく。循環し、魔力と化し、一つの魔術式を組み上げていく。

 詠唱は必要ない。なぜならそれは・・・、

「ブレイハート。魔力上昇率限界へ。出力、全開でいきますよ」

Ok. It is possible to open completely the output, and to go at any time

 凝縮される魔力。溢れ出すエーテル。杖の先端に集うそれを携え、

「ハクオロ皇、下がってください!」

「!」

 郁美の言葉に、ハクオロは一足飛びに後方へ跳躍した。

 ものすごい距離だ。とても普通の人間の身体能力でない。あれだけ前にいたはずのハクオロが、いまではもう郁美のさらに後方にまで下がっていた。

 唐突に目標を失った木々たちは、すぐさまその目標を郁美へと変え、襲い掛かる。

 だが、もう無意味だ。

「さて、覚悟は良いですか?」

 微笑みと同時、ガラスが割れるような音が周囲に響いた。

 古代魔術が、発動する。

 

裁きの聖十字(グランド・クロス)

 

 刹那、視界を埋めるほどの強烈な光が来た。

 先程とは比べ物にならないほどの強烈な白。まるで大空がそのまま墜落したかのような大きな光が大地を焼いた。

 木々は燃えるでなく、あまりの熱量に蒸発していく。大地もまた然り。

 光の魔力量は、トゥ・ハートの最新対城武装、怒号砲をもってしても到達し得ない領域のレベルだ。

 光が収まった後、残るものはなにもない。あるのは見渡す限りの野原だけだった。

「・・・相変わらず、すごい威力だな。それは」

「神殺しは使いこなせればこんなものじゃないですよ。ハクオロ皇、試してみます?」

「遠慮しておくよ。そんなもの、命がいくつあっても足りやしない」

「そうでしょうか? 私、どうしてもハクオロ皇には通じるような気がしないんですけど?」

「・・・それはないだろ」

 そうだろうか、と郁美は考える。

 王国ウタワレルモノの王、ハクオロ。その実力は、まだこんなものであるはずがないと郁美は断定していた。

 あれだけ内乱が激しかった小国同士を、あれだけの短い期間で一つの国に纏め上げたハクオロ。

 いまこうして話しているだけで、なにかこう・・・、得体の知れない雰囲気というか、内に潜めた強大な力を感じてならない。

 とはいえ、ハクオロが良い人物であることはこれまでの付き合いでわかっている。その心配はないのだが・・・。

 ―――いまは、いいか。

 首を振り、思考を捨てる。いまはそれは置いておこう。優先すべき事項は他にたくさんある。

「私たちも戻りましょう」

「そうだな。戻って、それから・・・」

「トゥ・ハートの来栖川芹香女王も交えて三国会議でも開きましょう。そこで今後のことを検討しなくては」

「あぁ。そうした方が良いだろうな。シズクはキー大陸にもちょっかいをかけているようだから、出来る限り早く対処した方が良い」

 ハクオロのちょっとした言葉に、郁美は不意にある人物を思い浮かべた。

 同じ師の下、共に魔術を学んだあの日々。あの兄弟子の、その背中を。

 憎々しく青空を見上げていた、あの背中を。

「どうした、郁美女王。戻らないのか?」

「あ、いえ。いま行きます」

 郁美はハクオロを追いかけ・・・、しかし途中で空を眺めた。

 ―――この空を、あの人も見ているでしょうか?

 見ているのなら、いったいどのような顔で見ているのだろうか。

 ・・・まだ、その表情は復讐を誓ったときのままなのだろうか。

 噂は聞いている。カノンに魔族が現れて、人間族相手に戦っていると。おそらくそれは・・・、

「祐一兄さん・・・」

 名を呼ぶ。しかし青空はただそこに在るだけだった。

 

 

 

 あとがき

 ども神無月です。

 いやー、番外です。ホントはこんな話し予定にはなかったんですが、リクにより「ToHeart2」の貴明が見たい、というものがありまして急遽こうなりましたー。

 あと、貴明と雄二が使った呪具『氷刃』と『炎刃』は十Zoさんの案です(多少変更されていますが)。その他このみやタマ姉(まだ出てないけど)の設定も十Zoさん仕様ですw

 んでもって今回は新キャラがうじゃうじゃと。こんなにいっぱい出して大丈夫か私。

 ちなみに、コミックパーティーやウタワレルモノより先にトゥ・ハートがシズクについたのは純粋に地理的な問題です。地図を見ればわかると思いますが。

 ってなわけで、以上神無月でしたー。

 PS.余談ですが、現段階でこれが神魔で最長の話しでした。サイズ見てびっくりです。

 

 

 戻る