神魔戦記 番外章

               「殺戮の舞台の上で」

 

 

 

 

 

 夜。

 空にはただ黒が深淵し、しかしたった一つ輝く満月が聳えている。

 そんな月光の下で、悠然と立つ一人の青年がいる。

「綺麗な月だ・・・。こんな日は絵でも書きたくなる」

 青年がいるのはある家の屋根の上。そこにただ立っている。他にはなにもしない。

「・・・で、いつまで隠れてるつもりなんだい?」

「あら、気付いてたの」

「そりゃあね。自分の妹の気配くらい、わからなくちゃ兄としては情けないだろ」

「・・・ふん」

 声と同時、隣の家の屋根に二つの人影が踊る。

 月明かりに照らされたその姿は、ともに少女のものだった。

「こんばんわ、恋。そして藍ちゃんも」

 腰まで届く金髪を靡かせる少女―――桜塚恋はただフン、と小さく呟きこちらを強い視線でにらみ続ける。

 対して紺色の髪を後ろで少し上げた少女―――鷺ノ宮藍はただ優雅な笑みを浮かべるのみ。

 だが、その二人に共通しているものがただ一つ。

 それは・・・目の前の青年に隠しもせず殺気を放っていること。

「どうしたんだ恋、そんなに怖い顔して。そんな顔してると、せっかくの整った顔が台無しだぞ?」

「褒めてくれるのは嬉しいけどね、・・・さすがにこの状況じゃ怒らないほうがおかしいでしょ」

「そうか?」

「当たり前よ。・・・あんたでしょ、この街の住人を皆殺しにしたの」

 問いに、ニヤリと青年の口元が釣りあがる。

「あぁ、なんだ知ってたのか。そうそう、これオレがやったんだ」

 確かに先程から人の話し声や・・・物音すらしない。

 時刻はまだ深夜と呼ぶには早い時間。人がいてもなんらおかしくない時間帯であるにもかかわらず、眼下の道を歩く人の姿は無い。

 あるのは・・・壁や道にこびり付いた赤い赤い液体のみ。

「で、二人はオレにいったいなんの用?」

「・・・決まってるでしょ。あんたを殺しに来たのよ」

「殺しに? 物騒なことはいっちゃいおけないなぁ、恋。オレはお前の兄―――」

 最後まで言葉は紡がれない。

 なぜなら次の瞬間、青年は恋の強烈な蹴りを喰らい向かいの家の壁に突き刺さっていたのだから。

「いい加減それ、やめてくれない? 偽者だってわかってるとはいえ・・・あいつの姿をされてるとムカムカするのよね」

 スゥ、と下ろされる脚にはいつの間にか、神々しい輝きを放つ武装が取り付けられていた。それは―――、

「神殺し・・・か」

「ええ。魔装『ゲイルバンカー』。・・・たとえ死徒二十七祖といえど、この一撃は効くでしょ?」

「ま、な」

 よっ、と呟き青年が屋根に降り立つ。首をコキコキと鳴らし、

「にしても・・・恋。そんな物騒なもの振り回しちゃ、また怖がられるぞ?」

「うっさいわね。あんたのそのムカつく頭、吹っ飛ばしてあげようか?」

「やれるのか? オレはお前の兄である麻生大輔だぞ?」

「言ったでしょう、あんたは・・・偽者だって!」

 恋が地を蹴る。

 ―――速い。

 一秒にも満たない一瞬で距離を詰め、すぐさま光速の蹴りを続けざまに放つ。

 だが、青年―――大輔には当たらない。全ての攻撃をギリギリのタイミングでいなしていく。

「くっ!」

「いくら神殺しと言えど・・・当たらなきゃどうってことないぞ、恋」

「あら、それはどうでしょうか」

「!」

 声は恋のものではない。慌てて上を向く大輔の視界に入ったのは、月を背に槍の穂先をこちらに向けた、藍の姿。

『優雅』の藍が命じます。マナよ、集いて風となり、眼前の敵を切り刻みなさい・・・ストーム・ソリチュード!

 刹那、圧縮され真空まで昇華した風の刃が振り落とされた。

「神剣魔術か。さすが親友同士。息はぴったりだね。だけど・・・」

 だが大輔は笑みを浮かべ、おもむろに腕を上げた。その風の刃に向かい、

「その程度の力じゃ届かない」

 炎が立ち上った。

 その炎は風の刃を簡単に消し飛ばし、そのまま藍へと突き進む。

「きゃあ!」

「藍!?」

「人の心配している余裕があるのか、恋」

「!?」

 トン、と腹に温かい感触。それは大輔の腕で、

「あまり“おいた”をする妹には・・・お仕置きだ」

 今度は雷が生まれた。

「がぁぁぁぁ!?」

 雷撃をもろに受け、そのまま吹っ飛ぶ恋。炎にまみれた藍も墜落し、そこに立っているのは怪我一つない大輔のみ。

「どうした二人とも。オレを止めたかったらほら、もっと頑張れよ」

「ぐっ・・・!」

 恋と藍。ともに腕に力を込めてなんとか立ち上がる。

 しかし二人ともヨロヨロだ。無理もない。・・・誰が見ても力の差が歴然としている。

「藍!」

「はい!」

 掛け声一つ。二人は同時に疾駆し、大輔へと肉薄する。

 だが、

「遅いよ二人とも」

 繰り出した攻撃は突如出現した風の結界によって阻まれた。

 そして大輔がパチン、と指を鳴らすだけで恋と藍の眼前の空間が爆発を起こす。

「うあぁ!」

「きゃぁ!」

 吹っ飛ぶ二人を等しく一瞥し、大輔は小さく嘆息をした。

「おいおい・・・。これはいくらなんでもあまりに弱すぎないか? こうも弱いんじゃさすがに飽きてくる・・・」

 次元が違う。

 たとえ神殺しと永遠神剣のペアでも、拭いきれない実力の差が見えた。

 一歩、また一歩と足音が近付いてくる。

 だが駄目だ。二人にはもはや次の一撃をかわす力はない。

 ―――だが、

「ならばそのお相手。この私がしましょうか?」

 戦慄。

 そう、それは戦慄としか呼べなかった。

「あ・・・」

 事実、その存在に気付いた時点で恋と藍は身動きすらできなくなった。呼吸すら危ういくらいに

 それだけの重圧感。それだけの威圧感。

 ただ立っているだけにも関わらず、その風貌には恐怖と畏怖しか抱けない。

 流れるような長い黒髪、整いすぎたような顔、そして―――その真紅の眼。

 振り返りその姿を視界に納めた大輔は・・・、どこか諦めに近い笑みを浮かべていて。

「これはこれは・・・まさかこんな辺境の地で蜘蛛の女王とお目見えすることになるとは思わなかったよ。・・・比良坂初音」

「それはこちらの台詞ね。吸血鬼、死徒二十七祖のタタリ」

 大輔―――否、タタリは密やかに笑う。

 ・・・嬉しそうに。

「あぁ、これはまずいなぁ。さすがに創造の能力を持つ、一種の空想具現化まで成し得た麻生大輔と言えど、たかが人間じゃあなたには勝てない。

 ここは一つ・・・見逃してもらえないか?」

「お断りよ。ここは私の食事場所だったの。それを勝手に荒らした罪。取ってもらうわ」

「それはどうも失礼なことを。では、抵抗せずに殺されましょうか」

 スゥ、とタタリが両手を挙げる。なにもしない、とその意味を込めて。

 それに対し初音は右腕を上げて、振り下ろした。

 それだけ。

 それだけで、麻生大輔たるタタリはその街ごと(、、、、、)両断された。

「・・・しかし私も運がない。このような街で、まさか貴殿と会ってしまうとは」

 二つに分かたれた大輔の姿がぶれ、別の人物の顔が浮かび上がる。

「くくく・・・。なぜか最近はマナが世界に満ちている。これほどの密度であるならば・・・、またすぐにワラキアの夜も再現できよう」

 だが、それも一瞬。すぐにそれは耳に喧しいノイズ音を撒き散らしながら、

「では、蜘蛛の女王よ。次回はこのようなことにならぬよう注意を払おう。・・・さて、今宵の舞台も幕だ。

 ではまた、悠久の時の中で会い見えんことを―――」

 プツン、と何かが切れたような音と同時にソレは消えた。・・・まるで最初からなにもなかったかのように。

 残されたのは初音と・・・、倒れて身動きすらできない恋に藍。

 そんな二人を、初音は無感情な瞳で見下ろす。

 その瞳を見て、恋と藍は殺されると思った。・・・だが、

「あなたたち。もっと強くなりなさい」

「「・・・え?」」

「もっと強くならなければ守るものも守られず、そうして醜く地べたに這い蹲って殺されるのよ。それが嫌ならもっと強くなりなさい」

 ・・・二人は開いた口が塞がらなかった。

 まさか魔族・・・しかも四大魔貴族の蜘蛛の頂点に立つ者がそんなことを言うとは夢にも思うまい。

 だが、現実初音からは二人に対しての殺気を感じない。

 それになんとなく・・・他の魔族とは違う雰囲気を恋は感じていた。

「私たち、人を探してるの。大切な人を・・・」

 いきなり口を出た言葉に、自分でも驚いた。いったいなにを言い出すのか、と。

「恋ちゃん・・・?」

 藍も訝しげに恋を見る。しかし恋は口を閉ざさない。

「意味不明なことを言って出て行ったのよ。『秩序が呼んでる』とかなんとか言って・・・」

 秩序。その単語に初音の表情がわずかに揺れた。

 すると初音はやや考え込むように顔を伏せ、

「『秩序』・・・。そう。なら、いまのあなたたちじゃその人間を探し出すのは不可能ね」

「どういうこと!?」

「それに関わってる相手の格が違うということよ。下手したらさっきのタタリよりよっぽど強いわ」

「―――」

 あれより強い。言われ、そんなのは勝てるわけが無いと思考が行き着く。

 けれど恋の表情は笑みだった。

 だって、そんなものは―――いまの話だから。

「強くなるわ」

「恋・・・ちゃん?」

「いまは確かに勝てないけど・・・、強くなって、絶対連れ戻してやる。だってあいつは・・・・・・大切な家族だから」

「・・・恋ちゃん」

 恋は強い眼で初音を見る。そんな初音はただ無表情に恋の視線を見返し、

「カノンに行きなさい」

「え?」

「あそこはいま・・・いえ、これから更に過酷な戦いに飲み込まれていく。そこにいれば、嫌でも力はつくでしょう」

「どうして・・・」

「ただの気まぐれだわ。・・・それに、弱い者は見ていて腹が立つから」

 踵を返す。しかししばらく進むとなにかを思い出したかのように振り返り、 

「あぁ、もしカノンに行くのなら一つ。伝言をいいかしら」

「伝言・・・?」

「左腕の借りは必ず返すと・・・羽山の眷属に言っておいて」

 それだけを言い残し、初音の姿は闇へと消えた。

 それを見届け、恋ははぁ、と息をつき仰向けに倒れて空を見る。

 ―――綺麗な空。

「ねぇ、藍」

「はい」

「驚いたわね」

「それはもう」

「・・・ねぇ、藍」

「はい」

「どうしようか」

「私は・・・どこまでも恋ちゃんについていきますわ」

「・・・ん。ありがと」

 風が吹く。

 そこにあるのはボロボロの恋と藍、そして人が消えて真っ二つに叩ききられた街だけだった。

 

 

 

 あとがき

 どーもー、神無月です。

 再び番外。今回はCanvasより恋と藍、そしてメルブラよりワラキア、そしてアトラクより比良坂初音でした。うわ、無駄に豪華だ。

 カノン王国編ではあと2回くらい番外を予定してます。

 本編共々、楽しみにしてくれると嬉しいです。

 では、ここらへんで〜。

 

 

 

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