神魔戦記 番外章
「集いだす、“永遠”」
ここはアザーズ大陸の中央に位置する世界最大の大国、シャッフル王国の都市スナガンにある、それなりに大きな酒場の中。
酒場は今夜も盛り上がっている。
そんな中で一人、奇怪な出で立ちをした少女がカウンター席に座っている。
この大陸では珍しい、一般で言うところの『巫女服』というものを着た少女だ。
その少女はとにかく・・・可憐な容姿をしている。
男苦しいこんな酒場の中ではある種異質で、女に飢えている男共から引っ切り無しに声をかけられそうなものだが・・・、静かなものだ。
というか、周囲の男たちはむしろ少女に恐怖の視線を送っていた。よくよく見れば、皆かなりの距離を取っている。
まぁ、それも仕方のないことか。
実は少女はこの酒場の常連である。最初の頃はそういうことも多々あった。
が、その都度丁重に断ってきたのだ。主に『力ずく』で。
そのおかげか、いまこうして落ち着いて飲んでいられるというわけだ。
そんな彼女の名は倉橋時深。しかし彼女の今日の目的はいつもとは違う。
「遅いですねー」
柱に取り付けられた時計を見やり、時深はふー、と大きく吐息。
実は時深は人待ちをしていた。
既に約束の時間から小一時間はすぎている。相手はそれほど時間がルーズな相手ではないのだが・・・、しばらく会っていないからもしかしたらその辺変わったのかもしれないな、と時深は思い直す。
しかし、時深はその人物を思い出し、もう一度思い直す。
―――あの人はそうそう変わるタイプじゃないですよね。
むしろ梃子でも変わらないだろうなー、とか少しばかり相手に失礼なことを考えると同時、時深の横の席に小柄な少女が座った。
「少し遅れました」
色の抜けた、銀に近い白の短髪、そして暗い店内で一際目立つその真紅の眼。そして腰に差してある一本の刀。
「そうですね。結構待たされましたよ、彩(」
すいません、と小さく呟くその少女こそ時深の待ち人である―――月代彩だ。
注文を取りに来た店員に、とりあえず烏龍茶を頼むと彩は被っていた帽子を取る。
「お久しぶりですね、彩」
「ええ、そうですね。およそ・・・十三周期振り、というところでしょうか」
「相変わらず無愛想ですね? もっとこう、感動の再会とかないんですか?」
「・・・時深も相変わらずですね」
互いの顔に微笑が浮かぶ。
久しぶりの仲間との再会、そして相手が自分の知っているときと変わらないことに対する安心感、だろうか。
「お待たせしました」
店員が頭を下げて彩の目の前に烏龍茶を置く。それに彩は口をつけ、瞳だけをこちらに向けてくる。
その瞳はもう先程の、再会を懐かしむ仲間のそれではない。
真剣な・・・、一人の戦士としての瞳だった。
「それで、『ロウ』側のメンバーの動向は?」
問いに、時深からもおちゃらけた表情が消えた。
「ローガスさんとゼルレッチ氏からの情報では、こちらの世界に干渉しそうだ、と」
「対応は?」
「一応、念のために悠人さんたちを呼んでおきました」
「そうですか。・・・さぞ驚くでしょうね。この世界は他の世界に比べてあまりに異質ですから」
「でしょうね・・・」
二人が思い出すのは、自分たちと同じ存在となった新米たち六人の姿。
「でも、とりあえず悠人さんには言っておかなければいけないことがあります」
「・・・なんです?」
先程よりも真剣な表情で呟く時深に、彩は問う。だが、・・・彩はなんとなく嫌な予感がしていた。
「ユーフィちゃんにおばさんと呼ばせるのをやめさせなくてはっ!」
拳を握り締め立ち上がった時深を横目に、彩は無言で烏龍茶を傾ける。
そんなことだろうと思った、と言わんばかりの大きなため息と共に、彩はポツリと、
「・・・十分におばさんでしょうに」
「し、失礼ですね! 戦巫女時代から同期の彩だって同い年じゃないですか!?」
「ユーフィはまだ一周期にも満たないでしょうに。それから見れば私たちは十分おばさんでしょう」
「私はまだ心も身体も十代のままでいるつもりです!」
「そうですか」
「あぁ!? いまどうでも良さ気に流しましたね!」
「さて、なんのことでしょう」
一人なにやら喚く時深をよそに、彩は平然と烏龍茶を飲み干していく。
そんな二人を周囲の人間たちが奇異の視線で見ていることなど、二人はまるで気にしていなかった。
やれやれ、と席に着いた時深はしかし、クスッと小さく笑みを浮かべ、
「・・・こんなやり取りも懐かしいですね」
「・・・えぇ、そうですね」
二人はこの永劫の戦いに身を投じる前からの友人。いや、親友。
過去には敵対し、互いを本気で殺しあったこともあったが、いまはこうして再び隣にいて共に杯を交わしている。
「・・・なんかすごいですよね?」
「なにがです?」
「あのときには・・・こんな時間が送れるなんて、夢にも思ってなかったんですけど」
「あなたの能力でもわからなかったのですか?」
「私の能力はあくまで最も確率の高いものを見る能力です。もちろん変わる事だってありますよ。
・・・運命すら捻じ曲げる人なんて、彩にだって当てはあるでしょう?」
「ええ。・・・現実、私の運命を変えてしまった人がいますからね」
コロン、とグラスの中で氷が割れる。
「他にもすごいことありますよ?
私と彩を始め、他にもこの世界には鳳仙さん、黎亜、朝陽さんに桜香ちゃん。旧出雲のメンバーが六人も揃ってるんですから」
笑みで言う時深に、しかし彩は少し表情を落としグラスを置く。
「・・・そうですね。朝陽はいまは敵で、黎亜と鳳仙はもう『カオス』を抜けていますが」
「・・・ですね」
そう、この世界には過去、共に戦ってきた仲間が六人もいる。
・・・が、あまりにも長い戦いは人の心すら変えてしまう。
あの頃は皆が皆、肩を並べて笑いあった。
けれどいまはもう・・・、進む道は違う。
しかしそれも仕方ないと、割り切れるだけの人生を時深も彩も生きてきた。
だから時深は暗くなる表情を無理やり払拭させる。
「そういえば鳳仙さん・・・いえ、いまは芽衣子さんでしたね。彼女から先日連絡がありましたよ。白桜さんの転生者が現れた、と」
そうして、時深は彩の腰に差された刀を見やる。
「どうやら無事成功していたようですね。さすがは『輪廻』」
「私の『輪廻』ではそれくらいしかできません。時深の『時詠』の方が活用方法は多いでしょう」
「それはそうかもしれませんけど、それは剣に限らずなんでもそうでしょう? 人にだって、できることとできないことがある。ならできることを一生懸命にするだけです」
「・・・・・・やはり、何も変わりませんね。時深は」
「むっ、それってどういう意味ですか?」
「褒めてるんですよ。私は」
笑みを向け、彩は帽子を被りそのまま席を立つ。
「あれ、もう行くんですか?」
「私もそれほど暇ではないので。チェリーブロッサム王国に行かなくてはいけないのです」
「チェリーブロッサム王国?」
疑問を投げかける時深に、彩は黙って懐から一枚の絵を差し出した。
それを受け取り目を通した時深の表情が、小さく揺れた。
「・・・まさか、この人が?」
「はい。チェリーブロッサム王国で確認されました。どうやら『第四位・忘却』を持って戦いに身を投じているようです」
「忘却・・・。そうですか、とすると記憶は―――」
「おそらく全部なくなっていると考えて良いでしょう。あの剣は、所有者の大切な記憶を奪うことで力を貸す特殊な神剣。故に力の大半を封印されて四位に成り下がっているわけですが・・・。それに」
「それに?」
彩はどこか言いにくそうに、顔を俯かせると、
「・・・・・・これは未確認ですが、どうやら朝陽が接触したようで」
「!」
驚愕に眼を見開く時深。それに対し、しかし彩は安心させるような笑みを浮かべ、
「大丈夫。そのために私が向かうのです。桜香も近くにいるようですから、一緒に事に当たります。だから・・・大丈夫です」
「・・・そう、ですか。そうですよね、彩と桜香ちゃんがいるのなら・・・きっと、大丈夫ですよね」
それでも心配そうな表情の消えない時深。
彩はカウンターにお金を置き、そして時深の肩をポンと叩く。
それは彩なりの心遣い。それがわかるから、時深は笑顔を取り戻す。
「では、私はこれで」
「・・・はい。次に会うのはいつになるでしょうね?」
振り返り、彩は皮肉のような笑みを浮かべ、
「おそらく・・・。そう遠くない時の中でしょう。あなたの“時見”の力ではどうなっています?」
逆に問い返された時深は、ただ苦笑を浮かべるだけだった。
時深にはわかっていた。
いずれ・・・自分たちは再び集い、この世界で戦いに身を投じることになるだろうと。
世界各地で起こっている小競り合いのような戦いも、いずれ終結する。
だが、それで平和にはならない。
それは・・・、更に大きな戦いの烽火でしかないのだから。
あとがき
どうも、神無月です。
今回は新たなキャラが出場しましたね。
永遠のアセリアより時深、Windより彩、さらに名前だけでも何人か。
彼女たちはカノン王国編では顔見せ程度、キー大陸編以降からちょくちょく話しに絡んできます。
いまのところはまだ本編での出番は当分先だとお考えください。
なお、番外章とは『〜編の時間軸の内容だけど、本編には“まだ”直接関係しないお話』という立ち位置です。
だから今回はカノン王国編の間に起こった話、というだけで、中でもどの辺の時間かという細かい設定はありません。
あー、裏でこんな話もあるんだー、程度に考えてください。
では、これにて。