自分は何者なのかと迷うことがある。

 

 父は魔族。母は神族。

 

 闇と光。正反対に存在する種族。相容れず戦いの歴史を繰り返してきた者たち。

 

 その両極の血が体の中で蠢き、せめぎ合う。

 

 俺は一体なんなのか。

 

 神族?魔族?それとも真ん中に位置する人間?

 

 誰か、教えてくれ。

 

 俺は一体・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 神魔戦記 第零章

                 「始まりの謳」

 

 

 

 

 

「ん・・・・・・」

 目を覚ます。

 見慣れた石造りの天井。次いで明滅に揺れるランプの明かりが網膜を照らした。

「・・・ふぅ」

 吐息一つ。そのまま体を起こし、祐一は近くの椅子にかけてある上着に袖を通した。

 同時に控えめなノック。

 この時間ならば、この部屋に訪れる主など一人しかない。

 入れ、と静かに促すと重々しい音と供に扉が開き予想通りの人物が入ってきた。

「おはようございます。祐一様」

「ああ。毎度変哲のない挨拶だな、久瀬?」

 左様で、と仰々しい様子で頭を垂らしてくるのは久瀬隆之。

 こう見えて生粋の魔族で、父がまだ存命のときは右腕のような位置にいた男。

 戦闘能力がそれほど高いわけでもないが、その頭の切れは誰もが一目置くものであり、参謀として祐一の信頼するところだ。

「状況に変化は?」

「いえ、いまのところはまだ」

 そうか、と答えるこの一連の会話もいつものことだった。

 しかし、予感というものか。

 なにか今日は少しどこか違うような気がしていた。

「・・・なにかあるのではないか?」

「さすがは祐一様。おわかりになりますか?」

「勘だ。気にしないで話を」

 御意、と隆之は頷き、眼鏡をツイと正す。

 真剣な話をするときの隆之の癖だ。それだけでこの話の重要性がわかるというものだ。

「まだ不確かな情報ではございますが、そのうち人間族が動き出すようです」

「・・・ほう」

 笑みが浮かぶ。

 自分でもどの類の笑みかは識別できないが、おそらく残虐なことこのうえないだろう。

「人間族が・・・。俺たちの住処を奪ったくらいじゃ飽き足らないと見える。・・・どうしても俺たちを根絶やしにしないと気がすまないみたいだな」

 祐一のギラギラした瞳がランプへと向けられる。

 大きく揺らめくその炎は、まるで祐一の眼光におののき身をよじったかのようだ。

「魔族だからと一方的に駆逐するのが人間族のやり方でございます故」

「そんなことはわかっている。・・・しかしまぁ、これはある意味良いタイミングだな、久瀬?」

「仰る通りで。これを機に起ちますればと」

 父が死んではや幾年。

 人間族に住処を追われ、薄暗い地下の底で力を蓄えたこの時。どれほど待ちわびたことか。

「あのまま地上だけを開拓していれば良かったものを。人間族とはどこまでも強欲だな」

 視線を転じ、ベッド脇に置いてある銀色の剣を見やる。

「復讐の時は近い。父と母を殺した人間族、母を追放した神族、父を貶めた魔族。・・・積もり積もったこの恨み、この燃え滾る炎で惨劇に変えてやる」

「御意に」

 暗い笑みが、闇に浮かんだ。

 

 

 

 この世界にはいくつかの大きな大陸がある。

 その一つ。キー大陸の南に位置するカノン王国。

 王都カノンではいま隣国のクラナド王国との祝賀に向かってせわしなく催し物の準備に取り掛かっていた。

 迎え入れるのはクラナド王国第一王女の宮沢有紀寧王女。

 第一王女との婚儀ともなれば、世間体も政略的にも多大な影響を及ぼすことは周知の事実。

 最近民からの不評が絶えないカノン王国正統家の北川王家としては、とにもかくにも成功させたい結婚であった。

 今回結婚するのはカノン王国第一王子、北川潤王子。

 王子という立場でありながら武勇に優れ、かつても何十もの魔族を打ち滅ぼしてきたいわば英雄のような存在の王子だ。

 その潤は王城のテラスからにわかに活気付く城下町を見下ろしていた。

「隣国との政略結婚か・・・。どうもこういうのは好きになれないんだが・・・」

 ぼやいても仕方あるまい、とは思う。

 一国の王子として生まれ出た身。国が栄えねば民が滅んでしまうことも重々承知している。

 それに、なにより可哀そうなのは相手の有紀寧王女だと思う。

 聞けばまだ二十にも満たない、年端もいかない少女らしい。いろいろとまだやりたいこともある年頃だろう。

 クラナド王国も最近衰退気味らしく、今回の婚姻はあちらにとってもまた活力を取り戻すためのきっかけとなるだろう。

「王子、こんなところにおられましたか」

「ん・・・?あぁ、倉田と・・・川澄か」

 声に振り返れば、そこには二人の少女が立っていた。

 カノン王国魔術部隊長倉田佐祐理と、近衛騎士団長の川澄舞。それぞれこの国の要となる存在だ。

「どうした?」

「婚儀の際の礼服の寸法を取りたいのに王子がいないと、先程侍従長が嘆いておられましたよ」

「そうか、わかった。・・・しかし、どうしてそのことを君のような者が伝えに?」

 質問に、佐祐理はにこやかな笑みを浮かべて、

「あはは〜、暇だったものですから」

「・・・そうか」

 倉田佐祐理の笑みは見た者を和ませると言われている。

 倉田家はもともと王家側近の貴族だが、そこの育ちにしては佐祐理は奔放な性格をしていた。とはいえ、貴族としての身構えや心構えもしっかりとしており、特に文句を言う者はいない。むしろ貴族から民まで多くのものに好かれている。

 対してその斜め後ろに控えている川澄舞。いままでの会話で一度も喋らなかった彼女だが、別段珍しいことでもない。きりっとした目つき、整った顔に銀色に輝く鎧越しにも見て取れる引き締まった筋肉。それなりの武勇を誇る潤でさえ、彼女には剣で一度も勝ったことはない。それほどに強く、また寡黙な少女であった。

 ともにまだ二十歳も迎えてないが、充分に責務を全うしており、彼女たちがいればこの王都カノンも安泰だろう。

 潤はそんな二人の肩に、労うように手を置いてその場を去っていった。

 

 

 

 カノン王国領内の連なる山々の間に不気味に聳え立つ一つの大きな城。

 フォベイン城と呼ばれるその魔族の城は、上空を厚い雲が覆い、一筋の光も浴びずただ闇に浮ぶようにしてそこにあった。

 その城の最奥、王座の間に一人の女性が座っている。

 王座のほかに人の気配はない。静寂と闇が混同する様はまるで、煌びやかな宮殿というよりは朽ちた王族の城といった風貌ですらある。

 瞳を閉じ、女はなにかを考えていた。

 神妙な表情で思考に埋まっている女の前へ、不意に音もなく一人の少女が姿を現した。

「秋子様」

 厳かな調子の声でその少女が王座に座る者の名を呼んだ。

 秋子と呼ばれた女性は瞼を開け、そのなにもかもを見通しそうな視線で眼前の少女を見据える。

「美汐ですか。どうかしましたか」

「アーフェンに動きがあります」

 恭しく頭を下げながら、少女―――天野美汐は言葉を紡いだ。

 その内容に、秋子は口元を笑みに歪ませた。

「・・・祐一さんですか」

 先代の魔王の一人息子。

 とはいえ、その正体は魔族と神族の間に生まれた半魔半神。

 人間に両親を殺され、神族からも魔族からも蔑ろにされながら育ち、ずっと全ての種族に復讐を誓っていたが、さて・・・。

「配下を集め、決起に向けての準備を着々と行っている様子。現在は地下にて軍勢を整え、ちらほらと動きも活発になってきています。・・・数日中には動き出すかと」

「そうですか」

 まるでどうでも良いと言わんばかりの秋子の態度に、美汐の眉間にしわが走る。

「気になりませんので?」

「そうですね。いまのところはなだなにも」

「・・・軍勢はいまはまだ少数ですが、先代の一人息子という肩書きは大きく、先代に仕えていた魔族が徐々に集まってきている様子。このまま放置していれば数は増えていく一方かと・・・。早めにつぶしておく方が賢明かと思われますが・・・」

 美汐にはどうにも先代の強さが瞼から消えない。

 その忘れ形見とも言える相沢祐一が動いているのだから、美汐としては気掛かりである。

 そんな美汐の感情を読み取ったかのように、秋子が小さく笑みを浮かばせる。

「気にしすぎてはいけません。所詮は子供の動きですよ」

「・・・・・・は」

 主である秋子が気にするなというなら、それに仕える美汐としてはもはやなにも言うことはない。

 ふと秋子は視線を宙へと泳がした。

「先代が亡くなってはや幾年。祐一さんはどれだけ大きくなったのでしょうね」

 それは言外に、どこか楽しみにしているようなニュアンスが含まれていることに美汐は気が付いていた。

 秋子の視線が戻る。

「引き続き美汐には偵察を任せます。なにかまた動きがあったら教えてください」

「御意」

 来たとき同様、音もなく美汐の姿は闇へと溶けるように消えていった。

 そして再び静寂。そんな中、秋子は誰にでもなく呟くように口を開いた。

「祐一さん。例えあなたがどのような道を辿ろうと、それは破滅の道でしかないのですよ」

 王座に響くその言葉は、まるで未来を暗示する呪詛のような響きを纏っていた。

 

 

 

 あとがき

 ども、神無月です。

 HP開設と同時にスタートしましたこのSS。

 とあるゲームの影響をもろに受けたこのSSですが、さてどうでしょうかね?HPの顔となってくれるでしょうか?

 とりあえず今回は序章のようなものでした。次回よりしっかりと本筋に入っていきます。

 楽しみにしてくれる人が少しでもいることを祈り。では。

 

 

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