使い古された校舎。大きくて広いグラウンド。陽に照らされて輝く雪の絨毯。
目に映る何もかもが懐かしい。
あれから・・・もう早いもので二年以上も経った。
時間が全てを解決してくれた・・・ってわけじゃないけれど、とりあえず落ち着いて、笑顔だって作れるようになった。
自分でもなかなかにたいしたものだと思う。
そして先日私は夏燐や綾那と一緒に高校を卒業した。
なんかすごくあっという間だった三年間。心に思うことは・・・あの後悔の日々。
でも、もうくよくよしたりしない。
私はあの一週間でわかったことがある。
・・・身をもって知ったから。後悔と言う、その痛みを。
だから私はこれから後悔しないような道を選んで生きていきたい。
もう、あんな涙を流さずにすむように・・・。
「・・・ふぅ」
吐く息は白く立ち上っていく。
もう春だと言うのに、昨夜は季節外れの雪が降った。
天気予報ではなんか難しいことをいろいろと言っていたけど、私にはよくわからない。
でも、その雪を見たせいで、私はいまこの場に立っている。
あの日々を思い出したかったのか。自分でもよくわからないけれど、なぜか足がここに向かっていた。
「・・・感傷、だよね」
暗いものだ。もう今日からは大学生だというのに。
そこに思考が至り、私は思い出したように腕時計を見る。
「そろそろ行かなきゃ遅刻だ」
今日はその大学の入学式。
さすがに入学式から遅刻はいただけない。
私は振り返り、来た道を戻ろうとして・・・、でももう一度だけグラウンドを眺めた。
そこにはもう、走り高跳びの台はなかった。
冬の思い出
〜epilogue〜
大学は家から少し遠い場所にある。電車で四十分くらいの距離だ。
念願叶って夏燐と綾那も同じ大学になった。嬉しい。
こうして改めて大学のキャンパスを見上げると、時間の進みの早さを実感する。
大学生、なんてずっと先のことだと思ってたのに、その大学生に私はなろうとしているんだ。
不思議。
でも、人はいつだってそんな風に時を刻んでいくのだとも思う。きっと社会人になるのもあっという間なんだろうな。
「伊里那」
「お姉ちゃん」
後ろのほうから声。振り返らなくてもわかる、私の大切な人たち。
振り返って、私は笑顔で挨拶を言う。
「おはよう、夏燐、綾那」
そこにいた二人―――夏燐と綾那も笑顔で挨拶を返してくれた。
「今日でもう大学生か・・・。早いものね」
「とりあえずは暇な入学式をこなして、サークルを見て回ろうよ」
「綾那ったら・・・。気が早いんだから」
「まぁ、でも綾那の言うとおり入学式なんて暇だろうしね」
「もう、夏燐までぇ」
談笑に花を咲かせ、私たちは入学式が行われる講堂へと向かっていく。
きっと、そこから私たちの新しい生活が始まるんだ。
☆ ☆ ☆
厳かな雰囲気な入学式が終わると、途端に雰囲気はがらりと変わってサークル勧誘が始まった。
「す、すご・・・」
まるでお祭り騒ぎだ。
これだけで高校のときの学園祭以上の活気が感じられる。とてもただのサークル勧誘とは思えない・・・。
そしてそんな騒ぎの中、もちろん想定外のハプニングは訪れてしまうもので。
「綾那ー、夏燐ー?どこー?」
・・・二人とはぐれちゃった・・・。
人はいっぱい。しかも不慣れな場所だから右も左もわからない。
はぐれてしまった二人を探すため、私は周囲を見渡す。
だから注意が散漫してたのかもしれない。
気付いたときには、どん、と身体に衝撃が走っていた。
「きゃっ!」
「おっと!」
誰かにぶつかってしまったらしくそのまま転がりそうになる私の腕を、誰かが掴んでくれた。
「すいません、よそ見してて・・・」
「大丈夫だった・・・・・・って、あれ?」
相手の人から怪訝な反応。どうしたんだろうと、見上げてみたら・・・・・・、
「え・・・・・・?」
そこに、信じられない光景があった。
「まさか・・・桐生、か?」
「相沢・・・・・・先輩?」
まるで夢のような出来事。
もしかしたら本当に夢かもしれない。
だって、私の目の前に、相沢先輩が立っている・・・。
でも腕から感じられる暖かい温もりは本物で。
私はこの・・・奇跡のような偶然が本当に現実のことだと認識した。
「よっ・・・と。それにしても驚いたなぁ」
腕を引かれ、体勢を直された私の瞳に映ったのは、まぎれもない相沢先輩の笑顔だ。
・・・ああ、なんて懐かしいんだろう。
何度も何度も夢で見た、あのままの相沢先輩の笑顔がそこにはあった。
背も伸びた。肩幅だって広くなってるし、髪型だって少し変わってる。
・・・それでも相沢先輩は、あのときと変わらない柔和な笑顔でそこにいた。
「その服装・・・。ってことは、桐生ウチの大学に入学したのか?」
正装姿の私を見ての言葉に、私は引っ掛かりを覚えた。
いま、確かに・・・。
「うちのってことは・・・」
「ああ。俺もこの大学に通ってるんだ」
・・・嘘みたい。まるでドラマみたいな話だ。
頭は真っ白で、上手く働いていないけど、でも気付いた事がある。
これがもし夢だとしても、そこに相沢先輩がいるのなら・・・私にはしなきゃいけないことがある。
まずは・・・なんでもない最初の一歩を。
「お久しぶりです。・・・・・・相沢、先輩」
少し歪かもしれないけど、それでも精一杯の笑顔で挨拶を。
恥ずかしくて、弱気な私が初めて・・・・・・相沢先輩の顔を直視しながら笑みを作れた。
「ああ。本当に久しぶりだ。・・・二年くらいか?」
「そうですね。もう・・・それくらいになります」
「そっか。あぁ、本当に懐かしいな」
・・・動き出した。
心の中で止まっていたはずのなにかが、ゆっくりとまた、動き始める。
「桐生ももう大学生か・・・。時が経つのは早いな」
「ホントに」
トクン・・・、トクン・・・、
胸に響く温かい鼓動。
それは涙が出そうなくらいに、私の中で脈動していた。
・・・もっともっと話したい事がある。
「あ、あの―――」
そうして声を掛けようとして―――、
「ゆーうーいーちー?まだー?」
どこからか届いた相沢先輩を呼ぶ声が私の言葉を打ち消した。
うわ、すごい可愛い人・・・。
振り向いてみれば、そこには遠目からでも美人だとわかる髪の長い女の人がこちらに手を振っていた。
「ああ。いま行くよ」
手を振って返す相沢先輩。
・・・どういう関係なのかな?
訪ねていいものか迷ったけど、気になってしまった私は結局訊ねてみた。
「あの、彼女・・・ですか?」
相沢先輩は苦笑して、
「違う違う。いとこなんだ、俺の」
「いとこ?」
「ああ。あのとき引っ越した先の・・・つまりいまの俺の家族、みたいなもんかな?」
「家族、ですか・・・」
ちょっと一安心。・・・って、あれ?私、なにを安心してるんだろう。
「一緒に来るか?紹介するぞ」
「あ、はい」
向けられた背中を見つめて、気付く。
私は二年も経ったいまでも、・・・相沢先輩の事が好きだということ。
・・・なら、することは決まってるよね。
あの後悔の日々を思い出し、私はグッと自分の手を握る。
・・・もう、後悔するような生き方はしないと、誓った。
なら、勇気を胸に。言いたい事はしっかりと。
「・・・・・・あの、先輩」
「ん?」
頭だけを振り返らせる先輩の顔を、私はまっすぐに見つめる。
「実は、ここに綾那も一緒に入学したんですよ」
「へぇ、姉妹揃って同じ大学か。すごいな」
「それでですね、先輩・・・」
深呼吸。一拍だけ間を置いて、
「桐生、じゃどっちかわからないですから・・・、だから伊里那、って名前で呼んでもらえませんか・・・?」
すると、先輩は笑って、
「ああ。それじゃこれからは伊里那って呼ばせてもらうな」
私の名前を呼んでくれた。
「はい」
頷き、私は先輩の横に並ぶ。
もう二度と会えないと思っていた人が隣にいる。
一緒に歩いてる。
進んでる。
それだけのことがすごく嬉しくて・・・。
未来の事はわからない。
でも私は決めたんだ。
後悔だけはしないように生きるって。
だから・・・、
「先輩」
「なんだ、伊里那」
後悔しないように、生きるために・・・、
「私、先輩に言わなきゃいけないことがあるんです」
「言わなきゃいけないこと?」
「はい。二年前のあのときに、言えなかったことです」
失った時間は戻せない。戻らない。
でも、今、この瞬間がある。
神様がくれたこの瞬間を、後悔しないために、
私は先輩の顔を見上げ、言葉を紡ぐ。
「先輩。・・・私、相沢先輩の事が・・・・・・」
―――ここから始まる。私の、新しい思い出が・・・。
Fin
あとがき
どうも、神無月です。
冬の思い出、ここに無事完結いたしましたー。やー、ドンドン、パフパフ〜。
いやー、計八話であるにもかかわらず結構ハードでしたなぁ。
さて、どうでしたでしょうか?冬の思い出は。
全てが全て上手くいかないのが現実で、物語の中くらいハッピーエンドでも良い気がするのは人の常でしょうか。
結局当初の予定とは違い、こういう形で結末を迎えてしまいました。本当はもう少し救えない話になるはずだったんですがね。
キャラに情が移っちゃったでしょうかね〜。やっぱり伊里那も幸せになってほしいかな、なんて。
ま、なんにせよこれで冬の思い出は終了です。
みなさんに良かったと言われるようなお話であったなら良いと思います。
それでは。