相沢先輩が北の街に行った。
頭ではわかっていたけれど、でも心がそれに追い付けなくて。
私は学校に着いてすぐにその姿を探していた。
もしかしたらあれは夢で、
全てが嘘で、
いつもの笑顔でひょっこり現れるんじゃないか、・・・と。
そんな淡い期待に縋り、私は学校中を走り回っていた。
だけど当たり前のように追い求める姿はなく、
・・・本当にこれが現実なんだと、いまさらに私は思い至った。
冬の思い出
〜the
seventh days〜
今日は陸上部の練習はない。
グラウンドはいまも降る雪に埋め尽くされ、道具などは一切出ていなかった。
それも当然のこと。
なにが特別なわけじゃないのに、でもそれはとても寂しい感じがした。
「なにやってんだろうな・・・私」
自問自答。
なぜか私は雪を掻き分けて、あげくそこに走り高跳びの道具を組み立てていた。
黙々と、白い息だけを吐いて組み上がるそれ。
降り行く六花の中、佇むその高飛びの道具はあまりにも儚げで、四日前まで相沢先輩が跳んでいたものと同じものにはとても見えなかった。
・・・そう、見えない。
まるでどこからも相沢先輩の面影を抜き去ったみたい。
そんな空虚な世界でその跡形を消していく様は、白に埋められていくこの大地を髣髴とさせた。
目尻に浮かぶものがあった。
いなくなったという現実をまざまざと突きつけられて・・・、
昨日あれだけ泣いたのに、
昨日あれだけ落ち込んだのに、
それでも止まらなくて。
「うぅ・・・、っ・・・」
ぽとぽとと垂れていく雫。
それが私の大切なナニかを流し出しているようで、それが嫌で、私は必死に止めようと手で覆うけど、それでも止まらない。止まってくれない・・・。
思い出す。昨日までの日常を。
相沢先輩の姿があって・・・、
相沢先輩が綺麗に跳んでいて・・・、
相沢先輩の笑顔があって・・・、
相沢先輩の・・・・・・、
「遠い・・・。すごく・・・、うぅ、遠いよ、先輩・・・!」
その昨日までの光景が、風景が、すごく遠い。
全ては過去のことであったかのように、走馬灯のように流れる私のビジョン。
ことここに至って、
私は昔から相沢先輩をこんなにも見ていたのかと、痛感した。
私は“走る”という翼を失って、
あの人は“跳ぶ”というあまりにも壮大な翼を持っていて。
憧れて、尊くて、その翼の輝きを見ていたら私は自分の翼が折れたことを悔いないでいられた。
私なんかの翼が折れたからなんだというのか。
世の中には・・・目の前にはこんなにも輝かしい翼を持っている人がいるのだから。
・・・それを見ているだけで私は満足だったんだ。
あの人の翼を見ていれば、ちっぽけな自分の翼を見返らなくても良かったから。安心できたから。
あぁ、なんて嫌な子なんだろう。私は。
自分より優れた人がいるから、例え走れていてもその高みにいけないことを目の当たりに出来たから、だから私は壊れずにいられたんだ。
・・・それが弱くて、逃げていることなんだっていうのは言われなくても私が一番わかってる。
でも人間なんて弱い生き物で。逃げなければやってられないときがあって。
・・・そんな、自己の正当化のために追っていた姿は、いつしかその目的を逸脱してしまっていたらしい。
だって、いま、こんなにも、壊れるくらいに・・・・・・心が痛い。
「・・・いた、い・・・。すごく、痛い、です・・・。相沢、先、輩・・・!」
昨日、一昨日と、手を伸ばせば届くほど近くにいた相沢先輩。
だけど、もう遅い。
なにもかもが、遅すぎた・・・!
「うぅ、あ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ・・・!」
霞む視界の向こうに見えるのはただただ真っ白な風景。
もう過ぎてしまったことの悲しみと、変われぬ弱さへの後悔が、
こんこんと振り続ける雪のように、
ただ私の心に積もっていった―――。
あとがき
はい、どうも神無月です。
無事、七日目まで書き上げることができました。これもひとえに皆様のおかげです。感謝。
さて、「冬の思い出」これにて終了というわけですが・・・。
え、救えないじゃないかって?
だって淡く切ない恋だし。上手くいかないってことは最初っからわかってたし。現実こんなもんだし。
・・・なんて、冗談ですよ。
次、エピローグを書く予定。
あの一日目の話の冒頭部分の話ですね。あれを書きますから。
結局それほど救える話にはならないけど、それでもこれよりはマシな話になります。
では、もう一話、お楽しみに。