カーテンの揺れる音。そよぐ風。窓からこぼれ見える晴れ渡った空。

 

「うーん、今日も良い天気だねぇ」

 

 そんな爽やか過ぎるくらいの風景を、わたしはベッドに寝そべりながら眺めていた。

 

 あ〜、ぬくいなぁ。

 

 ちなみに現在春休み中。だからこそ、わたしはこうして今日も昼まで睡眠を貪っているわけで。

 

「やっぱ春は最高だね〜」

 

 暑くもなく寒くもない。見える物は皆綺麗に色をつけ、こっちの心を癒してくれる。

 

 そうして舞っていく桜の花弁を見ていると、わたしは不意にあのときの・・・駅での出会いを思い出した。けど・・・、

 

「・・・なんでそんなこと思い出してるんだろ、わたし」 

 

 よくわからない。首を傾げ、そのままゴロンと寝返り一つ。机の上に置かれた時計はもう一時を指していた。

 

「・・・そろそろ起きるかな」

 

 さすがにそろそろ動かないと衛生上よろしくない。

 

 身体を起こし、ゆっくりと伸びをすると、わたしはベッドから降りて・・・とりあえず顔を洗いに行くことにした。

 

 

 

 

 

春の煌き

scene 2

〜再会〜

 

 

 

 

 

 顔を洗い終わって居間へと向かうと、テーブルには座っている人影がある。もちろんそれは伊里那お姉ちゃんだ。

 

「おはよ、お姉ちゃん」

 

 挨拶に、けれど答えは返ってこない。お姉ちゃんはただボーっと、そこにいて座ってるだけ。

 

「・・・お姉ちゃん」

 

 最近のお姉ちゃんはずっとこうだ。無気力で、しょっちゅうボーっとして。まるで魂が抜けたかのようにただそこにいる。

 

 でも、わたしは暗い顔をしちゃいけない。お姉ちゃんのためにも、わたしは元気でなくちゃいけないんだ。

 

 無理でも何でも笑顔を作る。そしてお姉ちゃんの肩を叩いて、

 

「おはよってば、お姉ちゃんっ!」

 

「あ、え、あ・・・綾那」

 

「もう、お姉ちゃんってばボーっとしすぎ。それに『あ、綾那』じゃなくて朝の挨拶はおはよう、だよ?」

 

「でも綾那。おはようを言うには少し時間が遅いと思うけど? 相変わらずお寝坊だね」

 

「むっ。それはお姉ちゃんに言われたくないなー。お姉ちゃんなんてわたしよりよっぽど朝が弱いくせに」

 

「うん。まぁ、そうだね」

 

 言ってお姉ちゃんは笑みをくれる。

 

 でも・・・、でもそれは本当のお姉ちゃんの笑みじゃない。こっちに心配をかけまいと、無理に象った笑顔だ。

 

 でも、そんなことしなくてもわかってるのにね。お姉ちゃんは鈍感で・・・そして優しいから。

 

 だからわたしは気付かない振りをする。振りをして・・・一緒に笑いあう。その笑顔がいつか、本当の笑顔になると信じて。

 

「あ、そうだ。綾那」

 

「ん?」

 

「お昼どうするの? 食べるならなにか作るけど?」

 

「え、あー。いいよ別に。遅く起きたのわたしだし、自分で作るから」

 

「別にそんなこと気にしなくて良いよ?」

 

「いやいやホントに良いって―――っと」

 

 ふふふ。いま良いこと思いついちゃったよわたし。

 

「じゃあさ、お姉ちゃん。たまには外に食べに行かない?」

 

「外で食べるの? でもあんまり遅くならないでね」

 

「いや、わたしだけじゃなくて。お姉ちゃんも一緒に」

 

「・・・・・・え、私も?」

 

「良いじゃん。久しぶりに一緒に外でなにか食べるのも良いよ、きっと」

 

 春休みになってお姉ちゃんは部活以外じゃほとんど外に出なくなっちゃった。お買い物はわたしがしてるから・・・。

 

 でもずっと家の中にいたらきっと余計なことも考えちゃう。だから気分転換に外に出ようというこの案。決して悪くはないと思う。

 

 わたしは強引にお姉ちゃんの腕を取って、引っ張っていく。

 

「ほらほら、行こうよお姉ちゃん!」

 

「え、あ、ちょ、ちょっと待ってよ綾那」

 

「でも時間は待ってくれないよー」

 

「でも、ちょ、綾那!」

 

 善は急げだ。わたしはお姉ちゃんを引っ張ったまま玄関へと向かい―――、

 

「で、でも綾那まだ着替えてないじゃない。パジャマで外出るつもりなの・・・?」

 

「え・・・?」

 

 ・・・あー。すっかり忘れてたよ。いやだなぁ、恥ずかしいなぁ、・・・てへっ♪

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

「いやー、食べた食べた〜」

 

「綾那は食べすぎよ・・・」

 

 駅前の商店街はいつも通りに人で溢れていた。いや、春休みでしかも快晴ともなれば・・・いつもより人が多いかもしれない。

 

 そんな商店街でわたしたちは今しがたご飯を食べてきたばかりだ。しかも少し太っ腹にお寿司だ。・・・いや、もちろん回り寿司だけどね。

 

「お姉ちゃんは食べなさすぎです〜」

 

「でも、食べ過ぎると太っちゃうよ?」

 

「食べなかったら身体に良くないじゃん。倒れちゃうかもだよ?」

 

「それは極論だよ、綾那・・・」

 

 お姉ちゃんは苦笑を浮かべて、視線を前に戻した。その横顔を見て、思う。

 

 寂しそうな、悲しそうな、そして・・・なにかを必死で探しているような深くて空ろな瞳。

 

 時々、思う。わたしのしていることは単なるおせっかいで・・・、ただのありがた迷惑なんじゃないかな、って。

 

 でもその度にやっぱり思い直す。そんなこと言ってたらなにもできないんだ、と。

 

 わたしは、わたしができると思ったこと、正しいとおもったことをやるしかない。結局は。

 

「あれ・・・?」

 

 そこでふと思い出す。その瞳と、とても似た瞳をしたあの人のことを。

 

 そしてここは・・・ちょうどあの人と会った場所だ。

 

「・・・綾那?」

 

「あ、え?」

 

「どうしたの、急に立ち止まったりして?」

 

「え、あー、うん。ちょっと気になることがあって・・・」

 

 どうやらいつの間にか足を止めてしまっていたらしい。そうしてわたしはすぐにお姉ちゃんの横に並んだ。けれど、

 

「気になることって・・・、なにかお買い物とか?」

 

「ううん、そういうことじゃないんだけどね・・・」

 

「珍しいね。綾那があまりはっきりしないのって」

 

「うん。なんか自分でもどうして気になるのかよくわかんなくて・・・」

 

 と、首を傾げるわたしにお姉ちゃんはゆっくりと向き直り、

 

「じゃあ、確かめれば良いのよ」

 

「え?」

 

「気になることがあるんでしょ? だったら確かめなきゃ」

 

「でも、お姉ちゃん・・・」

 

「私は一人で帰るから」

 

「いいよ、わたしも一緒に―――」

 

「ううん。綾那はそういうことで悩むの似合わないよ。私のこと気遣ってくれるんなら、大丈夫だから」

 

 その言葉には、どれだけの思いが込められていたのだろう。その・・・悲しいまでの笑顔に、わたしはもう放てる言葉を知らない。

 

 そしてお姉ちゃんは去り際に、

 

「綾那。後悔だけは、しちゃいけないよ」

 

 そう言って向けられた背中はどこまでも寂しくて・・・。わたしは胸がしめつけらるような感じになってしまう。

 

「お姉ちゃん・・・」

 

 ・・・わたし、やっぱり余計なことをしてるのかな? いまはまだそっとしておいた方が良かったのかな?

 

 ―――わかんないよ。

 

 まぁ、こうなったものは仕方ない。いまはそう割り切って気になっていることを解消しよう。

 

「・・・さて」

 

 とは言ってものの、以前会ってからかれこれ一週間は経っている。まだ同じ場所にいるんだろうか?

 

 というわけで移動してみると、はたしてその人はそこにいた。

 

 この前と同じ風景の中に、同じ光景。まるで切り取って貼り付けたかのように同じ映像(ビジョン)がそこにはあった。

 

 あのときのまま。瞳に翳る悲しみのような・・・そして何かを探しているような、迷い人のような色。

 

 そして動く人形が一つ。

 

 どこまでもこの前と同じ光景に、わたしはなぜか苦笑を浮かべていた。

 

「やっぱり儲かってないみたいだね?」

 

「あん?」

 

 気が付けばわたしは近寄って声をかけていた。

 

 そしてこちらを見上げる顔はこちらを認識すると、

 

「あぁ、お前か」

 

「・・・淡白だねぇ。もっとこう、ないの? 久しぶりの再会なのに」

 

「そうだな。また俺に飯を奢ってくれるのならな」

 

「・・・あのさー。年下の女の子にたかるのってどうかと思うよ、国崎さん?」

 

「それだけ切実な状況なんだよ、綾那」

 

 不意に名を呼ばれ、わたしは一瞬キョトンとしてしまう。そして次の瞬間ボッと顔が熱くなって。

 

「・・・ちょ、いきなり女の子の下の名前を呼ぶのはどうかと思うよ!?」

 

「ん? 嫌ならやめるが」

 

「別に嫌ってわけじゃなくて、だけど・・・。その、えっと、そう。常識的な問題でね?」

 

 なにをしどろもどろになっている、わたし!?

 

 あー、落ち着け落ち着け。はい、深呼吸してー、吐いてー。

 

「・・・なにやってんだ、お前」

 

「男の人が細かいこと気にしない!」

 

「お、おう」

 

 きょどる国崎さんの横にわたしはゆっくりと座りこんで、いまなお動き回る人形を見下ろしてみる。

 

 ・・・やっぱおもしろくないなぁ。

 

「で、少しは稼げたの?」

 

 問いに、人形が突然動きを止めてパタリと地面に倒れ付した。横を見れば、国崎さんの肩が微妙に震えているのがわかる。

 

 ・・・つまり稼げていない、と。まぁ、それはともかく。

 

「ところで国崎さんはどうしてこんなところで人形・・・・・・劇をしてるの?」

 

「お前、いま人形劇のところで迷っただろ」

 

 だって人形劇じゃないし。それは口にせず作り笑いで、

 

「ううん、そんなことないよー。」

 

「嘘だな」

 

 いや、嘘だけど。っていうか人が気を遣ってあげてるんだから甘受しても良いんじゃなかろうか。

 

「まぁ、それはともかく。―――で、どうして人形劇なんかしてるの?」

 

「そりゃあ食い扶持を得るためにだな・・・」

 

「あぁ、いやいや。そういうことじゃなくて。どうして人形劇でなんか生計立ててるのかな、って。もっとしっかりと働けば良いのに」

 

 そう言ったわたしに、国崎さんはおもむろにため息をして、空を見上げながらなんでもないことのようにポツリと一言。

 

「俺な、・・・旅をしているんだ」

 

「・・・旅?」

 

「あぁ。探し物が・・・、いや、探している人がいるんだ。だから、それを探すために各地を旅してる」

 

 また、国崎さんはその目をした。

 

 悲しそうな、遠い目。お姉ちゃんと被る、彷徨うような弱い瞳の色。

 

 それを見て、これ以上は迂闊に入っちゃいけない領域だと悟った。

 

 人にはそれぞれ―――大小の違いはあれど―――人に知られたくないことがある。

 

 このことが果たして国崎さんにとって知られたくないことなのかは定かじゃないけど・・・、でもそれが国崎さんにとって大切なことであることくらいはわたしにだってわかる。

 

 だからわたしは多少強引にでも話を戻すことにした。

 

「それじゃあ、定職に勤めているわけでもなく、どこかに住んでいるわけでもないの?」

 

「そうなるな」

 

 ということは・・・、この本当に人形劇だけで生計を立てていることなんだろう。

 

 けれど、そうすると疑問が一つ。

 

「ご飯とかどうしてるの?」

 

「あー。まぁ、なんとか・・・。コンビニの残りを貰ったりだな」

 

「・・・・・・・・・」

 

「なんだ、その『うわぁ、汚いことしてるよ』みたいな顔は。生きていくうえでは仕方のないことなんだよ」

 

 ふむ。意外に国崎さんは鋭いようだ。まぁ、それはともかく。

 

「でも、栄養とかの問題もあるし・・・」

 

「関係ない。いままでずっとこうして食ってきたんだ。慣れてるし、それに一度も腹なんか壊したこともない」

 

 ・・・いや、そうも自慢気に語られても・・・ねぇ?

 

「でもいままでずっとこうして・・・って。それじゃあ他のところでもあんまし稼げてなかったと?」

 

「――――――」

 

 あ、国崎さんの動きが完全に固まった。しかもなんか色が白くなっているような気がしなくもない。

 

 触れちゃいけないところだったかな・・・?

 

 でも国崎さんはすぐに復活して、その表情に曖昧な笑みを宿すと、

 

「・・・そういうときもあるのさ」

 

 ・・・ここは敢えてなにも突っ込まないでおこうと思う。そういうときもきっとあるんだろうから。うん。

 

 ぐぅ〜〜〜〜〜〜。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 鳴った。それはもうものすごく景気良く。

 

 そうしてわたしは吐息をして、さっきの国崎さんみたいに空を見上げた。

 

 妙に疲れた気分。あぁ、空は綺麗だなー、とか不意に思ったり思わなかったり。

 

 ・・・まぁ、仕方ないか。

 

「・・・・・・ご飯、奢ってあげるよ」

 

「マジか」

 

「そんな目で人のこと見ておいてよく言うよね、まったく・・・。ただしお代わり厳禁だよ」

 

「ラジャー!」

 

 勢い良く敬礼の仕草を取る国崎さんに、思わず吹き出すように笑った。

 

 現金な人だと思う。さっきまであれだけの表情をしておきながら、こんな面白い顔をするんだから。

 

 でも・・・、

 

 でも、そうして釣られるようにして小さく笑う国崎さんを見て、わたしはどこか嬉しい気分を味わっていた。

 

 ・・・不思議。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 今日は駅の中にある立ち食い蕎麦屋さんと相成った。

 

 金額もなかなかにリーズナブルだ。これくらいの金額なら奢るのもやぶさかじゃない。

 

 暖簾を潜り、外へと出てみれば駅前広場にある時計が指すのは約三時。・・・お昼ご飯とは言えない時間だね。

 

「いやー、食った食った」

 

「国崎さん、その台詞と行動おやじくさいからやめてもらえるかな・・・?」

 

 共に暖簾をくぐり出てきた国崎さんは爪楊枝で歯の間を構いつつ、残りの腕でお腹を擦るというまさに典型的なおやじの動きを見せている。

 

 ・・・一緒にいるこっちが恥ずかしくなりそうだよ。

 

「悪いな。また奢らせちまって」

 

「ホントだよ。でもわたし捨て猫とか捨て犬とか見捨てられない性分なの。これで何度親に怒られたことか。とほほ・・・」

 

「・・・俺は猫や犬と同類か」

 

「たかってくる分だけタチ悪いかもだよ?」

 

「ぐはっ」

 

 しょんぼりと肩を落とす国崎さん。

 

 そんな国崎さんを見て、わたしはさっきのあの言葉を考えた。

 

『探し物が・・・、いや、探している人がいるんだ』

 

 意味深な言葉だ。そしてこの人が人形劇だけで・・・たとえどれだけ稼げなくても生活に支障が出ても止めないほどの思いがそこにはあるんだろう。

 

 正直、気になる。

 

 気になるけど、でもわたしはまだそんなことを聞けるほど親しくなったわけでもない。もう普通に話してるけど、まだ出会って二回目なんだし。

 

 ・・・って、そもそもなんでわたしそこまで気にしてるんだろ。

 

 自分で言うのもなんだけど・・・わたしは別にそこまで野次馬根性はない。

 

 なら・・・、なんでだろう?

 

 わからない。このモヤモヤは・・・なに?

 

 ―――やめ、やめだ。考えてどうこうはわたしのイメージじゃない。

 

 そろそろ帰った方が良いかな。あんまり長い間いたらお邪魔だろうし。だからわたしはくるっと振り返り、

 

「じゃあ、わたしそろそろ行くね」

 

「ん? もう行くのか?」

 

「だって、あんまし長く一緒にいたらお仕事のお邪魔でしょ?」

 

「・・・聞かないのか?」

 

「なにを?」

 

「とぼけるなよ」

 

 ・・・うん、やっぱり国崎さんは意外に鋭いみたいだ。なかなか的確にこちらを突いてくる。

 

 でも・・・。

 

「でも、だからって聞いたら言ってくれるの?」

 

「それは・・・」

 

「悩むんならまだいいよ。もしいつかそれを国崎さんが言ってくれるなら、わたしは聞きたいけど・・・ね?」

 

 一瞬キョトンと、そして小さく笑い、

 

「お前は変わった人間だな」

 

「よく言われますー」

 

 と、そこでわたしはあることを思いついた。

 

 ・・・うん、なかなか良い案だね。これならお金も浪費しないし。

 

「ねね。明日もあそこにいるの?」

 

「その予定だが?」

 

「うん、そっか。じゃあ明日そこで待っててよ。喜ぶようなお土産持ってきてあげるから♪」

 

「土産?」

 

「そそ。でもなにかは秘密〜」

 

 思い立ったが吉日だ。わたしは軽やかに地を蹴って、顔だけを振り向かせて別れの挨拶。

 

「チャオ!」

 

 手を振るわたしに、国崎さんも小さく振り返してくれる。

 

「さーてと」

 

 これで明日はやることができた。

 

 やるからには全力で行きましょう。まずはそのために・・・、

 

「お買い物だね」

 

 なんか楽しい気分。なぜかはわからないけれど・・・、でもウキウキしてるのはホントだ。

 

 よくわかんないけど・・・よーし、頑張るぞー!

 

 

 

 

 

 あとがき

 はい、これではお久しぶりの神無月です。

 二ヶ月空いたのかな? とまぁ、長らくお待たせしました。春の煌き、第二話です。

 今回はそれほど中身に意味はありませんね。まぁ、日常とでも言いましょうか。

 展開が変わっていくのは・・・次々回くらいでしょうか。楽しみにしてもらええれば、幸いです。

 では、また〜。

 

 

 

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